1-2 どう見ても転生していない俺
芽衣が言うには、この世界はいわゆるファンタジーっぽい世界らしい。
「エルフもいるし魔法もあるのか……」
「とは言いますけど、エルフ以外の種族を見たことはありませんが」
そもそも目の前に居る芽衣自体がかなりファンタジーだ。これがVRゲームだと言われるほうがまだ現実感があるかもしれない。
しかし、そうか。魔法もあるのか。
「リューリル、どうしましたか」
「あ……」
部屋の入り口から声がかかった。そこに立っているのは芽衣に良く似た若いエルフだ。
「誰?」
「んー、お母さん?」
その語尾で少し戸惑っていることが見受けられる。まあ確かにこんなに美人(美人なのだ)が母と言われても困るかもしれない。
「おや、ヒューマン殿が目覚めたのですね」
「そ、そうなの! だからお話していたの!」
「はあ、好奇心旺盛なのは良いですが警戒心を持たないと駄目ですよ」
お母さんにため息をつかれる。そりゃそうだ。普通まったく知らない人間とこれだけ一緒に居ることがおかしい。
「むー、先輩は大丈夫なんだもん」
「センパイ? それがこの方の名前なのですか?」
「あー、いや、自分はジンです」
こちらから名乗った。こういう時に外国でも発音しやすそうな名前は有難い。
「ジン殿ですか、娘がずいぶん心配しておりました。目覚めてよかったです」
「2日ほど寝ていたということなのですが……」
「そうですね、その辺りの話は食事しながらにしましょう。空腹を感じていませんか?」
そういえば腹は減っている。2日も寝続けたことは記憶にないが、寝てる間にも体力は使うらしい。
「かなり減っています」
「わかりました。リューリル、ジン殿をお呼びするまでお話でもしてもらっていなさい」
警戒しろと言ったのに話をしとけというのはどういうことなんだ。
「いいんですか?」
「大丈夫です、リューリルには『結界』が張られているので。貴方が紳士的であることは発動していないのでわかりますよ」
なるほど魔法か。どうやら俺がその魔法を破れるとは思わないらしい。相当強力なのだろうと推測できる。
もしくは俺の力量を見抜いているか、だがそういえば俺は魔法を使えるのだろうか。
いや、そもそもだ。
俺は転生したのか?
芽衣の今のお母様が出て行ったところで、芽衣に聞いてみた。
「そういえば、俺って見た目どうなってるの? やっぱエルフなの?」
芽衣は驚いたような顔をして、こう言った。
「私が最期に会ったお盆の帰省時からあまり変わっていませんよ、先輩のままです」
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どうやら俺は転生した訳ではなさそうだ。
芽衣と最後に会ったのは大学1年の夏。その年の秋に芽衣は事故でこの世を去った。実際のところは去ったのはこの世界、今ここから見ればあの世界とでも言うのだろうか。
俺の記憶はその後1年ほど続き、6月5日に寝るところで途切れている。
今のところその現象については芽衣にしか伝えていない。
この用意してもらった食事の席では、そういった話をしていいのかがわからないのだ。
食卓を囲むのは芽衣、俺、芽衣の両親、それとお手伝いさんらしい人の5人だ。当然俺以外は全員エルフで、見た目麗しい。
そしてこれが非常に驚いたことに、芽衣とお母様以外話が通じない。言葉がわからないのだ。
(なあ芽衣、なんでか知らないが親父さんの言葉わからないんだけど)
小声で芽衣に話しかける。ちなみに俺の隣に座っている。芽衣が譲らなかったからだ。
(え、そうなの? 私は普通にわかるのになんでだろう)
もしかすると古代エルフ語とかで話されているのかもしれない。エルフじゃない俺は流石にそんなの知らないからなあ。
女性の声だけ聞き取れるとか言った変な事なのかもと思ったが、お手伝いさんはどう見ても女性なのだ。
「リューリル、どうしたのですか?」
「えっと、先輩がお……お父さんの言葉が分からないって言ってて」
会話の中で分かったがリューリルと言うのが今生の芽衣の名前であるらしかった。ファンタジーだ。
「そうですね、長は確かに古語っぽい言い方ですが、そこまで聞き取りにくくはないと思うのですが」
お母様からするとお父様の言葉も自分とさほど変わらないと言いたいらしい。うーん、どうしてだろう。
というか、
「長?」
「ええ、そうですよ。ここはこのウルストラを纏める長の家ですよ」
なんとリューリル=芽衣は村長の娘だった。
どうやらこのウルストラの里は50世帯ほどのエルフが暮らす里らしい。
これが多いのか少ないのかはわからない。まあ中くらいのマンション1棟って感じなので地球の感覚だと少ないのだが。
芽衣が一人娘のリューリル=ウルストラ。お母様がエレニア=ウルストラでお父様がフェイナス=ウルストラ。
村長は里の名前を苗字とするらしい。里と言うのだから村長より族長とかの方が正しいのかもしれないな。
その後は里の周辺の説明などを受けたりもしたのだが、どうにもピンと来ない。少し考えて理由がわかった。
「実のところ、ここで起きるまでの記憶がないんですよね」
予備知識に圧倒的な欠落があるのだ。たとえば知らない国の土地名を言われてもわからないだろう? それだ。
「まあまあ、それはそれは」
エレニアさんは今までどこかしら薄い壁のようなものを張った言い方をしていたが、この言葉だけは少し軟化していたように聞こえた。
「ではジン殿は帰る場所もない、ということなのでしょうか」
「そうですね……少なくとも何処から来て何処に行けばいいのかはわからないですね」
恐らく帰る場所は元の世界なのだろうとは思うが、そう答えた。そもそもどう来たかわからない以上帰ることもできないし、帰れば芽衣とまた離れてしまう。
「わかりました、どうやらリューリルも懐いているようですし、しばらくはウルストラで養生してください」
ここで言うということは追い出すつもりだったのだろうか。少し怖い。しかし好意には甘えることにする。するというより選択肢などない。
「ありがとうございます」
「古き教えに『魂の安息の為の地』というものがあります。ジン殿の安息になれば幸いです」
最後の言葉は長であるフェイナス氏の言葉であるらしかった。エレニアさんが訳して伝えてくれた。
芽衣は飛び跳ねるほど喜んでくれ、こうして俺の異世界生活が始まった。