第1話 パニピュアって何じゃ?
1、パニピュアって何じゃ?
「俺をパニピュアにしてくれ!」
レグノ王国の宮廷魔導士ソル・チーストは焦っていた。
たった今召喚した勇者候補が何を言っているのかさっぱり分からないからだ。
「だからパニピュアとは何なんじゃ?」
「パニピュアはパニピュアだ!それ以上でも以下でもない!」
話は平行線。
本来の目的のためには、こんなところで躓いているわけにはいかなかった。
汗が一滴、二滴と顔を流れる。
「やはり失敗か。魔王封印の儀は予定通りネピノ・チーストに行わせる」
「お待ちくだされ、女王陛下!恐れながら……!」
「ならん。ここまで貴様の勝手に付き合ってやったのだぞ。第三十一代目勇者はネピノに決まりだ」
「しかし……!」
女王に追いすがろうとするのを兵士たちが止める。
老人の、ましてや男の自分が国中の女から選ばれた兵士に敵うはずがない。
「言葉も満足に交わせず、何の力も感じさせない……そんな者を使ってどう魔王を封印するつもりなのだ?そもそもこやつは男ではないか」
「いま少しこの男を調べる時間をお与えくだされ……」
会話ができないのならば直接精神を読み取るしかない。
本来は繊細な操作が必要だが、背に腹は代えられなかった。
「じっとしておれよ……!」
「パニピュア!」
勇者候補の頭を両手で覆い、記憶を紐解いていく。
名前、天内エイト――職業、…大学生?――年齢、22――。
順調なのはここまでだった。
――タカラダに生を受け順調に成長、6歳パニからピュア花野井パニ小ピュアパニピュアパニピュアパニピュア……。
「パパパパパパピュピュピュアアアアア……パニニニニニ……ぐはあ!」
異常を感じた兵士に引きはがされる。
パニピュアについての膨大な映像と音が流れ込んできたため、気絶しかけていたのだ。
警戒されたエイトは引き倒され、剣の鞘を使って床に抑え込まれた。
まだ少し痛む頭を押さえながら、息を整えていく。
「俺をパニピュアにしてくれよ!異世界なら何でもできるんじゃないのか?なあ!ここは魔法の世界なんだろ?魔法でパニピュアにしておくれよ!ピュアップ・ラパパ!ピュアップ・ラパパ!ピュアップ……」
「……魔導士パニピュアか」
エイトの言葉に反応して、無意識に口から出ていた。
瞬間、こちらに彼の顔が向けられる。
「いま、魔導士パニピュアって言いました!?」
「え、あ……?」
「パニピュアシリーズ第13作目にして、二人一緒じゃないと変身できないなどの初代への原点回帰をしつつ、魔法界、人間界を行き来するという新たな展開も特徴的なあの魔導士パニピュアって言いました!?」
「あ、ああ。どうやらそのようじゃな……」
「さすがパニピュア!異世界にも知ってる人がいるなんてワクワクもんだぁ!」
――分かる。
「ピュアップ・ラパパ」が魔導士パニピュアでたびたび唱えられる呪文だということが分かってしまう。「って言いました!?」、「ワクワクもんだぁ!」が同作主人公の口癖だということも分かってしまう。
「どうしたのだ、ソルよ。こやつの言葉を理解できたのか?」
「……はい、断片的にですが」
先ほどエイトの記憶が流れ込んできたことで、パニピュア概念の一部を理解できるようになったのだろう。
可憐な少女にもかかわらず、激しい肉弾戦にも耐える戦闘能力を持ち、どんな状況でも絶対に諦めない。勇者の世界で広く知られる伝説の戦士たち――それがパニピュア。
光明が見えた。
「女王陛下」
「申してみよ」
「こちらのエイト殿の世界では強さと美しさを兼ね備えた女傑を“パニピュア”と呼ぶそうです。すなわち、“パニピュア”とは我が国では勇者“ヘロポネカ”を指していることになります」
「違う!何だ、ヘロポネカって!?パニピュアはパニピュアだ!」
「しっ、黙っておれ。後で説明する……」
これ以上余計な事を言えないように魔術でエイトの服を操り、口を閉じさせた。
「ふむ……それでは、こやつは正式に選ばれた勇者候補だというのか」
「そうです。此度の召喚術式は初代勇者様が現れになる際に用いられたと伝えられるもの。男性の勇者候補が呼び出されたのには、何らかの意味があるはずです」
「しかし、男に英雄の力が宿った前例などない……。それに、こやつに魔王を封印する力が宿っているようにも見えないぞ」
女王の視線がエイトの頭の先から足先までを往復する。
ソルにもエイトが特別な力を持っているようには感じられなかった。
それでもここは押しの一手だ。
「特定の条件を満たすと目覚めるのかもしれません。能力については私が責任をもって調べ上げます」
「ソルよ、一年に渡る準備が無駄になったと考えたくないのは分かるがな……男が勇者になれるわけがないのだ」
判断がつきかねる様子で女王はもう一度エイトへ目をやった。
「もがもがが……!」
エイトは布で顎を固定されている。
それでも何かを叫ぼうと必死に口を動かしながら、女王をにらみつけている。
「何か言いたそうだぞ。口枷を外してやれ」
不興を買うことだけは言わないでくれと念じながら魔術を解く。
「みんなもパニピュア……!」
「は?」
「パニピュアにまつわる詩の一節ですな」
「どういう意味じゃ」
「さあ、そこまでは……。エイト殿、どういう意味ですか」
「みんなもパニピュアは………………みんなも……パニピュア!」
「……だそうです」
「馬鹿にしとるのか」
「滅相もない!エイト殿、私にも分かるように言ってくだされ!エイト殿!」
女王は毒気を抜かれたように鼻を鳴らし、目を閉じた。
「依然話にはならんようだが……。しかし、万事上手くいけばこやつの子孫は男も勇者の力を受け継ぐようになるかもしれないな」
「それでは……」
「よかろう。宮廷魔導士ソル・チーストよ、見事こやつを史上初、男の勇者に育て上げてみせよ」
「ははっ!命に代えましても!」
何とか第一段階は突破した。
今度こそ守るのだ。そのために出来ることは何でもするとあの日に誓ったのだ。
ネピノ、お前を勇者にはさせない。
「俺がなるのはパニピュアだ!パニピュア!」
ソルは既に意識を次の段階へ向けていた。
エイトが何を言っているのかなど耳には入らなかった。
魔王が封印されるまで、あと 99日