あと一歩
「ここ…何処?」
先程まで神社で休んでいた筈だ
しかし今自分が居るのは、休んでいた所とは違う見知らぬ神社の階段の前
困惑し状況整理すら出来ずにいると
「おや、ここに人の子が迷い混むとは珍しい」
先程まで誰もいなかった階段の上に着物姿の女性が立っていた
「え、さっきまでは誰も…それに迷い混むってなに?ここ何処なの?」
焦り、不安、恐怖、困惑
様々な感情が入り交じり、つい早口で目の前の女性に問いかける
「そうだねぇ。簡単に言えば此処は本来君が来るところではない、来てはならない場所だよ」
「ここは人ならざる者、妖達の溜まり場さ」
問いに答えてくれはしたが困惑した頭では理解が追い付かない
「まぁ口で説明しても分からないか。見た方が早い、おいで」
そう言って手招きし、女性は着いてくるよう促した
着いていくしかないのだけは理解でき、急ぎ足で女性を追いかけた
着いていった先で見たのは
人魂、目が1つしかない何か、狐の尻尾が生えた人(のような存在)
目の前は見るからに人ではない者で溢れていた
「な、なにこれ…帰る、今すぐ帰る!」
ようやく女性が言っていた意味を理解し、恐怖に駆られながら帰りたいと懇願する
「まぁ帰る方法がない訳じゃあないけど、この場所は迷い混んだ者を簡単には逃がそうとはしない、帰れる保証はないよ」
まるで脅しのような言葉を投げ掛けられ、恐怖に支配された思考は更に動きを鈍らせた
「か、帰れなかったらどうなるの?死ぬ、とか…?」
「いや、死にはしないさ。けど此処にいる者達と同じようになるのは確かだね。人じゃなくなるよ」「まぁもっとも、此処に居続けても同じだ。帰りたいというなら試した方が良いけどね?」
怖い、怖くて堪らない
けど此処に居続けてもろくなことがないのは確かだ
何とか再び働き始めた思考で考え
「なら帰る方法を教えて」
はっきりと迷いなく帰ることを選んだ
「そうかい、ならお帰り」
女性がそう言った瞬間
目の前の景色は遠ざかり、辺りは白く染まっていく
「え」
視界の全てが白く染まりきる刹那、その白い空間にあの女性の声が響いた
「次はもう迷うことのないように…人の世を生きる覚悟を捨てないよう心掛けなさい」
あぁそうか、あの場所は人の生を捨てたいと願った者が迷い混む場所
人として生きることを「迷いなく選ぶ」ことができれば良かったんだ
でも危なかった、あの人の脅しにも似た言葉が無ければとっくにあちらの存在だった
本当にあと一歩の所で、あの女性は止めてくれたのだ
目を覚ますと元の場所に戻っていた
一瞬夢かと思ったが、どうやら現実だったらしい
何故なら神社を出る刹那
「私は君を見守っている。人の子として強く生きよ」
そう、あの女性の声が聞こえたのだから
「うん、ありがとう」
後ろを振り向かず、最後にそう言って神社から出た
後ろでは柔らかな風が吹き、女性が優しく微笑みながら立っていた
「君も迷うことのないように…決してこちらへ来てはならないよ。約束、してくれるね?」
貴方も不思議な世界に迷い混まぬよう、ご用心を…