雪と傷みと愛情と
ああ、やってしまった。
洗濯物を畳みながら、私、千媛は深い深いため息をついた。
今日、曇りの予報だったのに雪が降った。
午後からって言っていたのに早朝から降った。
そして今日、私は好きな人とその友達とスキーに行く予定だった。
漫画とかなら行かないだろう。けど、行ったのだ。
しかし、私は会話に入れなかった。
その上、空回り癖で自分勝手な振る舞いをし、撃沈。
しかも、雪もだいぶ酷い振り方だった。
いや、そもそもこの予定自体が自分勝手だったんだ。
何でこんなの立てたんだろ。
はあぁぁぁ…………
「全然進んでないじゃん」
「……愛葉」
「そんなに今日楽しかったの?」
「…………。」
私の弟が痛いところをついてくる。
グゥゥ、と唸るように睨みつけるが、愛葉は素知らぬフリして私の隣に座った。
私が畳み掛けていたTシャツを奪い取り、丁寧に畳んでいく。
「着替えもしないで洗濯物何か畳んでると風邪ひくぞ」
「……上から目線」
「どこがだよ」
……上から目線と自分で言い、今日の行いがあまりにも上から目線だったことを思い出し、また落ち込む。
ああダメだ。今日は何したって何言ったってダメだ。
惨めな自分に涙しそう。
私はまた、下を向いた。
───ふぅ、と呆れたようなため息。ぐい、と無理やり体を動かされ、愛葉の足元が目に映った。
「吐き出せ、全部」
「……やだよ」
「何で」
「愛葉に話すことないもん」
「はァ?お前俺の事何だと思ってんだよ」
「生意気バカ弟」
「あまりにもひでぇな。世界のどこにも代わりのいねぇ、佐倉千媛の弟だろうが」
「…… だからって、なんで私のこと聞こうとするの」
「お前の心が言ってんだよ、誰かに話してスッキリしたいって」
心?何それ。
突然、何気ない感情からぶわっ、と呆れと怒りが心に満ちる。
心が分かる?
何言ってんだ。
双子だから何だ。
私の心は……心は……
「愛葉なんかに、分かるわけないじゃん」
「分かるよ。だって世界で2番目にお前のこと理解してるのは俺」
「違う!!!私のことわかってくれるのは私しかいない!!次に分かって欲しいのはあの人だ!!あんた何かじゃない!!無理に私の心こじ開けようとしないでよ!!分かろうとしないでよバカ!!!!!」
不器用に畳まれた洗濯物を蹴り飛ばし、階段を駆け上がった。
「千ひめっ」
バンッッッッ
自分の部屋に飛び込みドアを閉め鍵をかけ、ベッドに転がり布団を被った。
バカバカバカバカバカバカバカ
私は何してんだ
私は今日何したんだ
上手く出来なかった
空回りした
また
まただ
何度も何度も空回りばかりしている
上手くいかない
何で
何で
私はあの人に近づきたいだけなのに
何で1歩が踏み出せないの
何で嫌われるようなことするの
傷つけるの
どうして
どうして
何で私だけこんな辛い思いしなきゃなの
何でよ
何でよ
何で………
ジャカジャカジャ………ガチッ
バンッ
!?ドア開いた!?
「千媛!おいもう、寝てんじゃねぇよ!……あーもー悪かったから!確かにお前のこと分かるってのは盛ったから!」
「ちょ、ひっ、引っ張んないでよ!分かったんだったら、もうほっといてよ!!」
「はぁぁ、ほっとけるわけねぇじゃん!もー早くいじけてないで出てこいよー!」
「なんでほっといてくれないの!また双子どうとか言ったらもう……」
「お前がまた塞ぎ込んで引きこもったら嫌だからだよ!!!!」
引きこもる。
ふつ、と思考が落ち着く。
『引きこもる』。
……そうだ、引きこもる。
私はそうだ、この間の恋もそうだった。
あまりにも上手くいかず、心が病んで、引きこもってしまった。2年前。あの時、どんなに心配されても誰にも何も相談しなかった。出来なかった。
怖かった。自分の恋に何か言われるのが。間違っていると言われるのが。
だから結局『学校行きたくない』の一点張りで引きこもっていた。その時、誰よりも心配してくれたのは誰?
……愛葉だ。
「千媛がまた理由もなく引きこもって、1人で苦しんで、なあなあにされるのが嫌なんだよ。なぁ、前回も何かしら理由があったんだろ?ただ漠然と行きたくないって考えじゃなかったんだろ?それはもういいけどさ、今回はやめてくれよそういうの。お前がどうかしてしまうのが怖いんだよ。壊れるのがヤなんだよ」
ぎゅう、と布団の一端が握られる。
「俺弟だよ。下だよ。けどさ、唯一の姉が自分の行為に後悔して、1人でそれと戦い続けるのをただ傍観するのって辛いんだよ?だから話して欲しいんだよ。詰め込んで欲しくないんだよ」
だんだん、言葉が詰まっていく。私は瞬きができなかった。
「……俺の心が、そう言ってんだ。抱え込んで欲しくないって。1人だと勘違いさせたくないって。だから、お前がどう思っているのかなんて、実は分かんない。わかったふりしか出来ない。だって話してくんないとわかんねぇんだから。……頼むよ、姉ちゃん。少しは俺を頼ってよ……」
ぐすっ、と涙声。
私は、布団の中で、目の下に溜まる温かいものがこぼれていくのを感じた。
辛いのを、誰かに話す。
それは相当な覚悟を必要とする。
でも、本当に信頼している人に話すのなら、全然怖くないんじゃないか。
……目を瞑る。
またポロポロと粒がこぼれる。
布団からふわりと出た。
「……愛葉」
くると振り返る。
暗がりの愛葉は、とても小さかった。けど、誰よりも大きな心を持って、私を涙目で見つめていた。
「……聞いてもらって、いい?心、分けたいんだ」
「……うん」
にっこり微笑む。
今日はたぶん、人生で1番最悪な日だった。
けど、最悪を話すのも、悪くないかもしれない。