筆箱とサボリとトランプと
サボリ
いやしない。普通しない。
ちょくちょく寝過ごして移動授業遅れかけたことは何度かあるけど、まだしてない。
え?一緒に移動する友達?いませんけど?何か?
「ふーみーやくーっん」
暗くなっていた心に、突如電気が灯された。
机に突っ伏していた僕が顔を上げると、教卓に座って足を組む、人生勝ち組顔の女子生徒がいた。
「……なにですか」
「次移動だよ?早くしないと遅刻するよー」
「……そうじゃん!」
ヤバい、爆睡してた。もう電気が消された教室には僕と彼女、呉ミネコさんしか残っていない。
慌てて机の中から教科書類を取り出し、筆箱を手に取……
「──え、!?筆箱どこいった!?」
甲高い声が教室に響く。
僕の声。今まで散っ々バカにされてきた、声変わりしていない大嫌いな声。
そこに、少しアルトテイストの女声が重なる。
「あっれれぇ?なくしちゃったのォ?」
「いや失くしてない!なんで?どこ行った………」
はたと気づく。
これまでの陰キャ人生でも数多くあった、所有物紛失問題。それは大抵陽キャ、またはイキリクズによる反抗だった。しかし、このクラスにはそんなクズはいない。てことは………
「返してください」
「……え、誰に言ってるの?」
「呉さんしかいないでしょうが!!!もう、何なんすか!早くしないと授業遅れるでしょ!?」
「大丈夫だってー、みんなにも言っといたし」
「最初からサボる前提!?てか巻き込まないでくださいよ!今日の化学、実験なんですよ!?」
「あたし実験嫌いだからちょーラッキー!ね、めんどくさいやつ受けるより教室で遊ぼーよー」
「僕は実験のために今日生きてきたんですー!もー早く返してっ」
ばっ
!?
ショートヘアの彼女が勢いよく、近づいてきた僕に何かを差し出した。
アニメチックなメモ用紙に、文字が書かれている。僕の筆箱に入っているやつだ。内容は……
「うーん、ふみやくんがどーっしても実験に行きたいって言うんだったら、これ黒板に貼っとこっかなぁ。あ、大丈夫大丈夫!あたしが貼ったってことは誰にも言わないから!」
「……人の恋路を脅しに使うって、最低ですよ?」
「えー脅しじゃないよ?ヘタレふみやくんのシングルベル回避のお手伝いをするだけだよ?」
「余計なお世話ですよ!だーっ、もー本当に酷い人だ!」
「あーっ、分かった!実験に行きたい理由!あの子と実験の班が同じなんでしょ!」
「なんで分かるの!?」
あ、しまった。
ヘマをおかしたバカな僕は、彼女の勝利顔に呆然とした。
………くっそぉ……
「分かりましたよ。遊べばいいんでしょ、遊べば」
「そゆことそゆこと」
「ただし、」
キッと目線を上げる。見下ろす彼女のニンマリ顔を見つめる。
「──もしサボっているのがバレたり、その……僕の好きな人をバラしたりしたら、最悪なクリスマスプレゼントをあげますから」
「おっ、いーねいーね、交換条件ってことねっ」
ニィと笑った彼女は、ぶんっ、と背中から何かを投げた。慌てて手に取ると、僕の筆箱だった。
あんな近くにあったの………
───こうして、休み時間に寝ていただけの哀れな僕は、彼女のサボリに付き合うことになった。
○○○────────☆☆☆───────○○○
「あっがりーっ!」
「ちょ……強すぎません!?」
いえっ、とピースする彼女。
今、ババ抜き3戦目。彼女、3連勝。強い。強すぎる。
遊ぶ、と言っても45分しかないので、教室や彼女のトランプやUNOで遊ぶことになった。ちなみにスマホの持ち込みは禁止な我が母校だが、陽キャの彼女はしっかり持って来ていて、俺にスマホゲームをしようと誘ったが丁重に断った。
「テニス部なめんなよ?合宿の時とかずっとトランプやってるし。てか、ふみやくんが弱すぎんだよ。……あ、もしかしてババ抜き初めてやった?見よう見まねでやってたの?」
「それ本気で言ってます!?もーっ本当に酷い人ですね!」
「ぎゃっはっははwwwホントウニヒドイヒトデスネ!だって!言い方わろたwww」
「爆笑しないでくださいよ!あーっ次は絶対勝ってやる!」
「ひゃっはっはっ、それさっきも言ってたしwww」
彼女の笑い声は止まらない。そのうち涙が出てきそうなくらい爆笑してる。
「もーほとんど初対面なのに、どうしてそんな失礼なんですか!」
「初対面とかwwあたしら一応クラスメートですけど?てか、そっちこそちょーツッコんでくるじゃん」
「それは生まれつきですーう。あ、ちょ、」
ひょい、と切り始めたトランプから1枚取られた。
ハートのエース。
「ゲーム始めれないんですけど」
「まぁそんな怒んなって。てかハートのエースってちょー可愛くね?赤のハートだし」
「何言ってるんですか。それ言ったらハートのトランプぜんぶちょー可愛いじゃないですか」
「甘いなぁふみやくん。JとかQとかは他のとも共通しているだろー?しかもエースって、ハート1個だから一途だよねえ」
「それいったら、クローバーのエースも良くないですか?幸せって、一つだけでもすごく貴重な感じがするし」
「うーんそれはよく分からん」
「なんだよ。てかなんですか、突然恋愛の話になって。フラれたんすか?」
「うわぁ痛いとこつく……」
……えっ?
冗談で言ったのに、彼女の笑顔と声が、突然寂しくなった。
突然過ぎて、切ってたトランプが手からこぼれた。
「あっ……ごめんなさい」
「ははっ、何で私よりびっくりしてんのふみやくん」
「いや、なんか突然すぎて………すみません」
「別いいよ。全く、純粋だなぁ、本当」
僕と一緒にカードを拾ってくれる呉さん。
彼女の顔を、チラと盗み見る。
冬になったからなのか、彼女はテニス部なのに肌が白い。目は二重でくっきりと美しく、ボーイッシュなショートヘアも、明るいどころか騒がしい彼女の性格によく似合っている。
───こんな、陽キャになるために生まれてきたような呉さんが、どうしてフラれるのだろう。
「ちょ、陽キャが皆、リア充だと思うなよ?リア充と陽キャは全くの別物なんだから」
「え、心読みました?」
「www普通に言ってましたけど?もー、やっぱりふみやくんウケる!」
「なんでウケるんですか……」
拾い終わったカードをまた集め、切っていく。
夕方の曇り空の明るさだけだと、やっぱり薄暗い教室で、つけっぱなしの暖房の風に吹かれながらトランプを切っていく。
「……ねぇふみやくん」
「はい」
「あたしの恋バナ、聞いてくれる?」
「俺のもですか?」
「話したきゃいいよ。でも───これは、私が話したいだけだから」
……やけに真剣だ。
僕はトランプを切り終え、交互に配っていく。
しばらく沈黙が続く。
カードを配り終え、自分の手札からカードを抜いていく。
「あたし、フラれたって言ったじゃん?それ、厳密には告ってフラれたんじゃないんだよね」
「……というと?」
「間接的に、現実を思い知らされたっていう感じ。好きな人の、好きな人を」
「………はぁ」
スペードの10とクローバーの10、ダイヤの3とクローバーの3。
勝負に持ち越されなかった幸せなペアが、机の上に置かれていく。その様子にさえ、僕は緊張してしまう。
「……その子とね、あと何人かで恋バナしよってなったの。なんかそういう流れになって。もーバックバックだったの心臓。みんなでジャンケンして、その子から話すことになってね、ちょー顔赤くして言うの。その名前」
ペアが無くなったらしく、呉さんは、すっと5枚のカードを僕の目の前に差し出す。
俺も選び終わり、今度は俺の番だから1枚引く。ペアがなく、そのまま束に混ぜ入れる。
「……衝撃的だったなぁ。だってその好きだって子、あの子と全く釣り合うイメージなかったんだもん。なんでそうなったの?って聞き返したら、ただただ、私の王子様だからだって」
彼女が1枚引く。ペアがあったらしく、机の上に捨て置かれる。
「何それ。あたしよりそんなやつの方が輝いて見えるの?腹立つ!あたしがそいつに痛い目見させてやる!」
僕が1枚引く。ペアがあり、机に置く。すぐさま彼女がカード引く。その力は少し強かった。
「だからそいつの筆箱隠して困らせようと思ったらさ、そいつ気づくの遅い分け。まじ腹立ったから、授業サボって中身みてやったの。そしたらメモあったから試しに開けてみたらさ……」
僕が彼女から1枚引いて、ペアを置くと、彼女は、力なく笑った。
……涙が、1粒落ちる。
彼女が1枚引く。僕が1枚引く。揃ったので置く。彼女が引く。置く。僕が引く。彼女が引く。置く。僕が引く。置く。引く。引く。引く。置く。引く。───
僕は、揃わなかった彼女の2枚のうち、1枚を引いた。
そして、最後のペアを机に置いた。
「……なんか、めちゃめちゃ性格悪いことしたなぁって、素直に思った。違う好きな人が好きなんだって分かっても、もし私がそれを伝えても、あの子がやめる可能性ほぼないのに」
そっち目を閉じた。彼女からまた、1粒涙がこぼれた。
「それに、いざ話してみればちょーいい子だし。ヘタレだけどさ、こうやって全く話したことのない私にズバズバつっこんでくるし。ちょー楽しい」
独り言のように言う。
遠くの教室で、笑い声がした。
「ね、だからさ、もっと自信持ちなよ。ふみやくんはきっと、好きな子と幸せになれるんだから」
「………ぁ」
彼女の言葉に耳を傾けていた僕が、ハッとして瞬きをした。
この、可哀想なくらい深く傷ついている彼女は、もう諦めている。
罪を犯した自分に、罰を下そうとしている。
僕が、僕の好きな人を幸せに出来るかなんて、そんなの分かんない。まだ片方でしか進んでないんだから。
そんな分からないことを間違いだなんて言えない。
だから、まだ彼女は諦めてはいけない。
それに、恋を諦めるなんてそんな簡単に出来ることじゃないし、ものすごく苦しくなる。
僕が、今の僕が、何とかしなきゃ。
彼女を、救わなきゃ。
でも、どうやって………
「───呉さん。」
「………何?」
涙が溜まった彼女の目に、素直に吸い込まれる。
どう言うか。
沈黙をつくり、すっ、と息を吸う。
「呉さんは、まだ幸せになれるよ」
「……え?」
「……」
「呉さんの言うあの子も、誰か分からないけど、絶対幸せになれる」
「………それは、分かんないよ」
「ほら、分かんないでしょ?」
「。」
「てか、そもそも呉さんもあの子さんも、ちゃんと想いを伝えてないじゃん。それ、終わった、って言わないよ?諦め切れないんだったら、ウヤムヤにしないでちゃんと伝えるべきだよ。こんなの、俺が言えるこんじゃないけど」
「………。」
ぽかんと目を開けて、また彼女は涙を流した。
まさか直接頬に触れるわけもないから、僕はハンカチを取り出し、少しマスクをずらして涙を拭いてあげた。
──彼女はぽけっとし、俺にマスクをつけ直されるまで瞬き1つしなかった。
つけると、思い出したかのように瞬きで涙を落とし、ふ、と呟いた。
「……ふふっ………ははっ、もーどんだけ度胸隠してたのこのヘタレ!」
彼女が笑った。
「もーわかったよ。諦めなきゃいいんでしょ、諦めなきゃ。ちゃんと告って、それからまた、次のいいひと見つかるまで恋してるよ」
「………!うん」
届いた。
変だ。ただのクラスメートが、僕の一言に笑顔になってくれた。呉さんの表情が、妙にくすぐったい。
「よし!じゃあこうしよ!放課後告白しよ!私もあんたもあの子もみーんな好きな人に告ってちゃんと成就と失恋しよ!」
「うん!……………うん?」
「よしっじゃあ、ふみやは授業終わったらこの子被服室呼び出してね?あたしもあの子呼ぶから」
「…………はぁぁぁぁあああ!!?なっ、何言ってんのまじ、はぁ!?ば、バカじゃねぇのまじで!まだ勇気出ねぇって」
「うわーこーれだからヘタレは!あんたそうやってずっと先延ばしにするんでしょ!青春は今しかないんだよ!?同窓会の時に告ったって高校内でのドキドキ恋愛は叶わないんだよ!?」
「何の話だよ知らねぇよ!」
キーンコーンカーンコーン………キーンコーンカーンコーン………
「鳴っちゃったじゃん!!」
「鳴っちゃったね☆☆」
「☆☆じゃねぇよ!!うわぁもー絶対やんないからな!?」
「あ、いーんだ。そしたら懐かしのさっきのメモ、黒板に貼っとくね」
「なあ!?」
「あー残念だなぁ。そしたらふみやから最悪なクリスマスプレゼント?だっけ?それ貰わなきゃなんだなー悲しーなー」
「がっ、ぐっうっ……バカ呉!」
「あ、もしかしてプレゼント用意してなかったの?そっかぁ残念。私には失恋してスッキリすることしか出来ないんだぁ。悲しいこと一つもないんだぁ。」
「あ、あるし!クリスマスプレゼントあるし!あ、あの子さんに、あの子さんに俺が呉が好きだって言ってたって言う!」
「ダメでーす。私が直接今日言うんですーう」
「うわぁ……えぇえええ……」
廊下が騒がしくなっていく。
俺の決断タイムリミットが近づいてくる。
……最後まで、はめられるのか……
「……わあったよ………」
「んー?なになにー?」
「わ、か、あ、た、よ、!!!告りゃいいんでしょ告りゃあ!その代わり、お前絶対告れよな呉!」
「はぁ?お前呼ばわりですかぁ?メモ晒しますよぉ?」
「なんだよコイツーーーー!」
ガランッッッ
!!
教室のドアが開く、このクラスの会長と共に、化学の先生がずんずん入ってきた。
……あぁ……地獄が、始まる…………
俺は呉を見る。
呉はテハ♪と笑うだけで、何も解決してくれない。
でも、どこか吹っ切れたように感じて、僕は素直に笑ってしまった。
机の上には、僕がそろえたハートのエースとクローバーのエースが並んでいた。
ちなみに、ふみや、は苗字です。
今回長めでしたがお楽しみいただけましたでしょうか?それではまた次回(「・ω・)「