運命と席替えとカーテンと
席替え
まぁできればしてほしくなかった。
まじで。
別に、今席近い人と離れるのが嫌ってわけじゃないし。
え?質問してない?
………あっそ。
数分が、数時間のように思える今。
前の子が去り、いよいよ私の出番となってしまった。
ふぅ………
そっと、誰にも気づかれないような深呼吸をする。
意を決した私は、ルーズリーフで作られた小さな箱の中にある、2つ折りされた無数の紙のうち1枚を手に取った。
───心臓の音が、耳から煩く抜けてゆく。
紙をギュッと握り締め、少しその場から離れた。そして、恐る恐る紙を開く。
「25」
ぱ、と黒板を見た。
教室の簡易図が書かれていて、その中にある番号の書かれた四角たちの中にひとつ、同じ「25」という数字があった。それは、「黒板」と書かれた長方形の、すぐ左下にあった。
……てことは………1番前の席?
ズシャアアアアアアアァン
壮大な絶望の効果音。
第2回席替え、真田氏は無事死亡いたしました。
「サナサナーっ!どこぞどこぞっ?」
「……そこ」
「わーっやーったやーんっ。先生に質問し放題やーんっ」
ツインテールとハイテンションがポイントの永野は、特に悪気もなくニコニコ笑う。この子はきっと1番前の席になったことがないのだろう。そう信じないとこの子を殴ってしまいそうだ。
「……ナガはどこになったの」
「ドア側の1番後ろーっ。もー、あそこ寒いんだよねーっ。まぁロッカー近いからいいんだけどねぇ」
「1回窓から落ちて」
「え怖ーっ。あ、そろそろ周りの子にお別れしなくちゃ!まったねぇ⤴︎」
身を翻し、彼女は去っていく。
くっそぉ………運命残酷すぎだろ………
つと、嫌な予感が遅れてやってきた。
……いや、遅れてじゃないかもしれない。黒板をキラキラした視線で見ている地味そうな天パ男子が、私に気づいて歩いてきた。
「サナ、どこになった?」
「……カノは?」
「んー、どこだろ」
悪戯っぽく笑う狩野。その笑顔に酔ってしまう前に、私はムッと顔をしかめた。
「……ドア側の1番後ろ、とか?」
「おっすごい!大正解!」
「天然パーマさらにクシャクシャにすんぞこのバカ」
「え、怖い」
しゅん、とわかりやすく落ち込む狩野。うっ、私の気持ちを知らずにコイツは……
「じゃ、今度はオレの番な。うーん……あっ、さてはオレの席の近く!?」
「コ、コ、で、す」
「おーわ。授業大好きになれるチャンスじゃね?」
「もーなんでみんなそういうことばっかりいうのさあ!もう嫌い!みんな嫌い!ばか!」
「あ、もー拗ねないでよー」
私はつかつかと自分の席に戻り、乱暴に椅子に座って机に突っ伏した。
後ろの席から、狩野が背中をコツコツ突く。
「げーんーきーだーしてー」
「ふぇーったいむりー!」
「もー……そんなにオレと離れるの寂しいの?」
「ふぁあ!?」
あ、思わず振り向いてしまった。だいぶ声も大きかったし。……い、いや、だ、だって、あまりにも珍しいこと言うもんだからさ。でも誰も見てないし。バレてないバレてない。うん。
なのに、顔から熱を感じた。
「え、……まじ?」
「な、ななななわけないわ、バカ!バカ!」
「わ、二回言った!これはツンデレだ!」
「うるっさいバカカノ!変な誤解しないでよ!」
「みーなさーん、真田さんはツンデレキャラだそうでーっす」
「やーめーろーおー!!!」
わたわたと手を動かすが、彼はニコニコして聞く様子もない。カーテンに妨げられている日差しがすり抜けて、彼のところだけ届いているように感じて余計に顔が赤くなった。
最悪だ。まさか察されたわけじゃないと思うけど最悪だ。こんな顔見られたくなかったのに。
「もーやだ!私は1番前だしカノは1番後ろだしナガも窓側だし!」
「え、オレ永野と近いの!?」
瞬間。彼の表情がぽかんとした。
心臓が、ぐにゅ、と静かになる。
………なぜか知ってる。あまりにも嬉しかったり悲しかったりすると、感情に表情が追いつかないこと。真顔近くなること。
知ってた。今、彼はその状態。彼は私なんかより、永野のそばにいたいって思ってる。
世界は、そういう運命になっている。
私の顔は突然普通の温度に戻った。悟られないように、カーテンに寄りかかって笑う。
「……いーなー本当。後ろの席憧れるわー」
「………え、サナ?」
「さ、そろそろ準備せんと!あ、机の中綺麗にしないとだよね。自分たちだけ動くんだし」
「サナ、どうした?なんかテンション下がってない?」
「んー?なわけないじゃん。そっちこそどうしたの?ナガの話になってから静かじゃね?」
「え?いや、オレは別に……」
「嬉しいんでしょ」
「は?」
即答。
その表情に疑問が広がる。
けど、いつ次の感情が浮かぶか分からなくて、私は視線を彼の机に移した。
「……あ、そうだ。机の落書き消さないとじゃん!次の人に迷惑かけるもんね」
「………え、でもこれは残したいって言ってt」
がぅ、と筆箱から消しゴムを取り、声をかき消す。
そのまま落書きを端から消していく。
「え、ちょ、残しなよ」
「言った私の気が変わったんだから、いーじゃん。ほら、手どけて」
私は消しゴムを武器に机を綺麗にしていく。
下手な動物の絵。
お互いに大好きな、K-POPグループのメンバーたちの名前。
先生の似顔絵。
短い会話。
なんかのメモ。
消していく。運命に従って、消していく。
消しかすだらけになった机の上。
最後の一ヶ所だけ、狩野が囲っているせいで消せなくなった。
「なんで隠すの?」
「…………。」
答えない。
そろそろ先生が来る。いよいよ席替えが実行される。
「早くしないと、他の人に迷惑かかるよ」
「……本気で言ってるの?」
「本気で言ってんの。もー早くどきなさ」
「まだ終わってねぇじゃん」
びく。
声が低い。
感情が出やすい彼の声に、聞こえない感情が存在している気がした。
そのせいで、そのまま私の中の何かに気づきそうだった。
「まだ、途中じゃん。せめてさ、終わらせてから消そ?じゃなきゃオレ、席替えできない」
低い声のまま、彼が言う。
それはたぶん、彼が隠している机の一ヶ所に書かれていることに言っているんだろう。けど私には、私の心の奥にある感情に訴えた気がして、何も出来ない。
「……永野の話になってからおかしくなったの、サナの方じゃん。何?永野と何かあったの?」
……声が感情を全て朗読しそうで、怖くて黙ってしまう。
「ケンカ?それだったら黙ってるけど、もし変なこと吹き込んでたら許さないから」
……ほら、また永野をかばう。
永野と私はいい親友だ。断言できる。あの子は天然で明るい、太陽みたいな子。でも、この恋だけは譲らない。永野はいま別に好きな人がいるけど、でも、狩野がそれを知っても諦めないことはなんとなく分かってる。
運命。
そういうことだ。
恋してるのは、きっと私だけだ。
「……え、サナ?」
「ずっ………ほっ、ほら、早く消すからてっ、……手どかして!ぐすっ」
「な、……何で泣いてるの?そ、そんな辛いことあったの?」
小声になって、私の顔を覗き込む狩野。その顔が、あまりにも近くて想いが溢れる。余計に涙がこぼれる。
「らっ……らいじょうぶだから!何もない……私にしか関係ない話なのっ……!」
「何それ……ほら話してみなよ、辛いんだろ?」
「な、なんで私に言うの!そういうのはナガにいうんでしょ!?うずっ……な、何も関係ないナガに嫉妬してる私が悪いろっ……もうっ、早く告ってよカノ!」
「え、は!?」
「ナガにとっとと想い伝えて私をスッキリさせてよバカ!とっとと素直になれようぅ……うぁぁぁ」
どうしてか私は泣き出した。
つらい。
なんでつらいのか、なんで悲しいのか怒っているのか、わからない。分からないけど、とりあえず苦しい。
なんでよ……なんで一人で感情掻き乱してんの私……
ぶわっっっっっっ
、、、!?
突然、下から大きな風。
隠されていた日差しが私を照らす。
あっという間に、カーテンが私の上を大きくくぐる。
狩野がやったらしい。座ったまま、私が寄りかかるのを忘れていたカーテンを上げ、私を包み込んでいく。
なんで?
そこに、カーテンと太陽の光に包まれた私をさらに守るように、涙ごと狩野が抱きしめた。
甘い匂いが温かく広がる。
瞬きして、また少し涙がこぼれた。
「ひなつ」
真剣な低い声。私の名前。
「どうしてオレが好きでもない永野に告って、ひなつを笑顔にできるの?」
心を溶かされるように、私のボブの髪が撫でられる。
「それが本当にひなつを幸せにできるんだったら、それでいいよ?けど、今度はオレが笑えなくなっちゃう」
「………なんで?カノはナガが好」
「気になってるのは、さっきの反応のこと?そんな咄嗟のこと覚えてないけど、ナガにはお互いに恋愛相談してるから、近くなれて嬉しい、って話なだけだから。本当は、………本当はすごく、ひなつの近くが良かったんだよ?隣とか、また前後とか」
「……なんで?」
心臓が騒がしい。
狩野に酔ってしまいそう。
少し長くなるけど、と彼が髪を撫でながら、ふと呟き始める。
「ひなつさ、あんな根暗コミュ障だったオレに、人と話すことがどんだけ楽しいか教えてくれたじゃん。オレ、友達まじで1人もいなかったのに、ひなつがそのこと教えたくれたから、だんだん教室でも部活でも話せるようになったんだよ。楽しくなったんだよ?話すこと。知ったんだよ。愛するってこと」
撫でる手を止め、すぐ横にいた彼の頭が離れる。
太陽に優しく照らされた、大好きな人が微笑む。
「オレが恋におちたのは、紛れもなくひなつだよ。誰よりも、ひなつのそばにいたい」
……机の上。
どうしてか今思い出した。
そうだ、1番最初の私の席は、今のカノの席だった。席替えする直前に私は、女の子の絵を描いたんだ。なんでか描きたくなって。でも全身が書ききれなくて、どうしても完成したかったから、席替えした後に狩野に頼んだ。消さないでって。
なのに、いつの間にか存在すら忘れていた。そんなの狩野のこと知るずっと昔の話だから、記憶にもなかった。
彼は覚えてくれていたんだ。もしかしたら、雑談の合間にもこのことを言っていたかもしれない。気づかなかったんだ私は。本人でも忘れていることを、この人は覚えていてくれたんだ。
想いが溢れる。
涙が笑顔に変わる。
この人は、私を想ってくれる人。
私が想っている人。
とろけるような愛しい感情が、私を動かす。
好き。
大好き。
私も、すごく。
「カノ」
「……ん?」
「勘違いしないでよね。私はカッコよすぎるカノが誰かに盗られるのがなんか気に食わないから、付き合うだけなんだから」
「……はい?」
「だから、別にカノに幸せにしてほしいとかじゃないってこと。私がカノを幸せにするんだから」
「……え?」
ぽかんとする。
次第に、脳内変換が進んでいったらしく、狩野はにゃ、と変な声を出した。
「さ、サナ……」
「あんなイケボで下の名前呼んでたのに辞める気?………あ、先生来たっぽい。続きはまた後で、ね」
「え、ちょサナ」
「涙、隠してくれてありがと。カーテンカッコよかった」
「あ、う、うん」
バサっ、とカーテンからくぐり抜ける。
いつの間にか気にならなくなった教室の騒がしさは、先生の登場により少し寂しいものになった。
席は、離れる。
けど、一緒になれるものを見つけた。
運命が決めてくれた、恋っていうやつを。
なんかもう色々ありすぎてキュンキュン不足やなぁって思って勢いに任せて書きました(現在午前1時近く)。展開めちゃくちゃですが、まぁ、これも経験ですきっと。