音と呟きと代償と
独り言
部室で一人でいる時に少々。
だって楽しいじゃん。
けどまあ、まさかあんなことになるなんてなぁ……
「例えば」
キィと音を立てるパイプ椅子に座り、俺は呟く。
換気扇の回る静かな音と、パソコンのジーッという音だけが、続きを待っている。
「……例えばですよ?俺がもし、篠原臨音がもし彼女に、好きと言ったら……」
『……言ったら?』
音どもがオウム返ししてくる。俺は、ぴっ、と人差し指を立て、背筋を伸ばす。
「やっぱ、フラれますよね」
がくーっ、と机につっ伏す。
はぁ。
最近の日課。
別名帰宅部の文芸部の部室で、1人劇場をすること。
寂しい寂しい陰キャの俺は、今日も放課後はひとりぼっち。
いや、放課後以外は慣れ親しんだ友人たちと和気あいあいしてるけど、ほら、たまに疲れるじゃん?楽しいけどうわめんどくせえってなる時あるじゃん?
だから放課後くらいは好きにさせろよってことで、廃部した写真部の暗室に独り言を呟きながら、課題をしたりスマホいじったりしてる。楽しい。
───けど、今日は話題的にツラい。
「はぁぁ……やっぱり好きって言いたいんだよなぁ……けど隣の席なのに全然話したことないんだよなぁ……話したいんだけどなぁ……緊張するんだよなぁ……はぁ……キャッキャウフフ出来たらいいのにぁ……」
「くくっ」
。
………………え、いま、人間の声なかった?
「だっ、………誰か、いる、んですか?」
ガララ
「あい、いまっせ」
「………ぁ」
少女マンガなら、当人とか、嫌いなアイツとか、そういうひとだろう。
けど、この人は予想のyの字すらない方。
まじで一言も話したことない、メガネっ娘の文芸部員だった。
名前は、えと……えと……
「ごめん、名前覚えてない……」
「あっはは、えー、同級生の大森ですよ?」
「あ、大森さん……」
思い出した。大森夜弥さんだ。バレー部マネと兼部してる。俺部長なのに覚えてなかった。
「ごめんなさい……」
「もー謝んなってー。元はと言えば盗み聞きしてたウチが悪いんだから」
「うぅ……って、やっぱり聞いてたんですか!?」
「うん。もう2ヶ月経つかな」
「そんなに!!!?え、なんで聞いてたんですか!!?」
通報しますよ!?とまでは言わなかった。言うべきだろうか。
と、彼女は眼鏡をかけ直し、んー、と呟く。
「部活ない時、音楽室に居座ってるんだよね、ウチ。水曜だけだけど。りうこと一緒に」
りうこ、と言うのは、同じ文芸部員兼バレーマネの菅りうこさんだ。名前が印象深くて覚えている。顔は別として。
「で、ある時トイレ行こうと思って廊下に出たらさ、部室に電気ついててビビったわけ。そしたら次の週もその次の週も電気ついてて、気になって行ってみたの。そしたら、めっちゃ独り言聞こえたから、何だろうめっちゃ草!ってなって度々聞きに行ってた。そしたら今に至っちゃいました」
「なるほど……」
つまり通報してもいいってことかな。絶対さっき気づかなかったら、永遠に盗み聞きしてたよなこの人。
「……どのくらい知ったんですか、俺のこと」
「え、言っちゃっていいの?」
頷く。
まずは事情聴取からだ。それから通報するかを決めよう。
「えー……隣の席のコが去年から大好きってことと、学園祭からいろんな男子と話し始めて嫉妬してることと、そろそろ告白したいことと、少女マンガ好きなとこかな」
「……なんで恋愛のことしか覚えないんですか
「いやその時だけテンションおかしかったからさ。印象的だったし。さっきとかキャッキャウフフって言ってたし。まじわろた」
「先生に報告してきます」
「え、やめて!!」
恥ずかしい。少女マンガ好きってこともあの人好きってことも隠してたのに。てか、こうなると好きな人の名前も知ってるよな、この人。恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。
「ちょ、ごめんマジでごめんなさい!立ち上がんないで!ドア開けないで!な、何かするから!金欠だから奢るの以外で何かするから!」
「じゃあ、バナナオレ奢ってください」
「金欠って言いましたけど!?あ、ちょ、わ、分かった分かった買います買います買いますからあああ!」
よし、言い切ったな。
俺の恋バナを知ってバナナオレで許されるなんて優しい方だからな?
………うん?恋バナ?
はた、と止まる。
ぐったりと、俺の横からドアを開けようとした彼女の制服の裾を握る。
「さ、財布取りに行くだけですけど……」
「……やっぱりいいです」
「え?まじで!!?」
ほころぶ彼女の瞳を見つめ、マスク越しに微笑む。
「その代わりに、あなたの恋バナをお聞かせください。」
「………ん?」
「それで、今日のことはナシにしましょう」
「………んん?」
「ちなみに、好きな人の名前や馴れ初め等々、端から端まで教えてくださいね」
「………んんん?」
「そっか、言わないんだ、じゃ職員室行ってきまs」
「んんんん待ってええ!?え、どういうこと!?え、なんでそうなった!?なんでその思考回路に至った!!?」
「いやぁ、目には目をって言うじゃないですか。痛めつけるんだったらそっちの方がいいかなってー」
「い、いやいやいやいやいやいやいやいや、ちょ、それはマジ勘べ」
「ん?」
ニッコリ責める。
2週間分の傷を知りたまえ副部長。
ここまで来ると、とても初めての会話とは思えないなと客観的に呟くもう1人の俺と共に、背の低い彼女をじっと見つめる。
「そ、それ困る……」
「俺の方が困ってます」
「………うぅ……」
──ちょっとやりすぎたかな。
涙目で顔を赤くした彼女を、少し可哀想に思えてきた。けど負けない。俺は次の言葉をじっと待つ。
「……そ、その人に、き、キスされたこと、ある?」
「…………は?」
「あるかってきいてるの!」
「あ、あるわけない!え、なんですか突然!?てかもう俺のこと聞かないで、え?」
ばっ、
とマスクが外された。
息つく暇もなく、顔を近づけられた。
「───んっ」
………ん、ん??
やっわらかいものが、頬に当たっている。
時々離れて、また吸い寄せられる。
え、 。え、え、え、え、ええええ?
ちゅぅ、と音が耳に入り、そして、離れた。
「………ひぇ?」
変な声が出た。
呆然と立ち尽くしたまま、俺は彼女を直視出来なかった。
暗室の景色に入り込み、赤らんだ顔をした彼女は、精一杯の力で俺を見ていた。
「……これで、許してください……」
「………は………はい」
そう言うと、彼女はふりむいて、ドアを開けて行ってしまった。
換気扇とパソコンに鼓動が共演してきた音が、静かに響いていた。
大森ちゃんは一途でわかりやすいギャルのイメージ。
篠原くんは大人しいけど隠れSのイメージ。
隣の席ちゃんはきっと清楚のイメージ。