傘とつかの間とメッセージと
ふはーっ、寒い。
と、心の中で呟く。
あっという間に、今年も残すとこ3ヶ月。
昨日まで30度超だったこの地域も秋に近づいたらしく、突然肌寒くなった。天気も悪いし、そろそろ雨が降りそうだ。
そんな空模様の玄関前、今私は友達を──幼なじみを待っている。まさかこんなに寒いなんて思わなかった。教室前で待ってればよかったなぁ。あ、あの人ジャンバー持ってきてる。いいなぁ持ってくればよかったなぁ……
「おまたせ」
「……あ、うん」
ぼーっと考えたいたら、右手に傘を持った幼なじみがそばに来ていた。
彼は、少々息が切れていた。
「え、そんな急いでこなくても大丈夫だよ?」
「いや、やたらとこっちの掃除が長引いたから、困ってるかと思って」
「ううん。誘ったのこっちだし。てか、気遣わないでよ幼なじみなんだから」
ちょっと責める。
彼はおぅ、と変な声を出して寂しそうにした。
「だ、だってお前が困ると俺が困るんだから……」
「ふふ、冗談だよっ。来てくれてありがとう」
笑う。
彼はおぅ、と変な声を出して顔を赤くした。
「え、大丈夫!?瞬時に顔赤くなったよ?」
「なっ……ね、熱だよ!発熱だから気にすんな!」
「え、え?じゃ、もう帰ろ?買い物またでいいから」
「あああそこまでせんでいい!男子ってよくこういう風になるの!」
「えー初耳」
疑わしい視線を向けたが、まあ大丈夫そうだからいっか。
にしても彼の表情はいつも忙しい。毎日楽しい人だ。
「じゃ、じゃあ、そろそろ行こ」
「うん………あ、」
雨。
降り始めてしまった。
玄関には屋根がついてるものの、雨粒が少し顔に当たってきた。私はリュックを前に持ち替え、折りたたみ傘を出した。
「ねぇねぇ、今日傘持ってき」
バンッッッ
……………………!?
「わ、悪い!!!」
「……気をつけろよ」
………??
幼なじみの手が、私の肩に強く触れていた。
彼が開いた傘の向こうから、起き上がった男子生徒が見える。その向こうには、こちらを心配そうに見ている男子組がいる。どうやら、ふざけ合っていたら転び、こちらに飛んできてしまったらしかった。
……守ってくれたんだ。
謝る男子生徒を見送る彼の優しい匂いが、ふと私を包んだ。
「ケガしてない?」
「……あ、うん」
彼の顔が予想以上に近い。見慣れた彼の眼差しが眩しい。なぜか、どうしようもなく心地よい。
───ん?どうした、私。
と、私より早く、何かに気づいた彼はハッとして、私から手を離して距離をとった。
瞬間、心地良さは、名残惜しそうに離れた。
「……ごめん」
「………え?」
「行こ。雨ひどくなる前に」
「あ……待って!」
慌てて折りたたみ傘を開く。
周りから感じていた視線も、次第にバラけていった。
───私たち、みんなの目にどう写っていたのかな。
………ん?どうした、私。
なんでそんなこと考えるの?あれ?なんか様子おかしくない?なんか、寒かったのに暑いし。え、なんだろう。
彼の隣に追いつくと、ふと、傘を閉じて彼に寄り添いたくなった。
……え、なになになにどうしたの私。
何でそばにいたい?え、初めて考えたんだけどこれ。別いつもそばにいるじゃんこの幼なじみ。
時々こうやって一緒に帰ってるじゃん。だって幼なじみだもん。
それだけだ。彼は幼なじみなだけなんだよ。だからほら、あんな一瞬で初恋奪われるとかないし。トキメキとかドキドキとかキュンキュンとか感じてないし。
………けど、今見上げた彼の顔が、愛おしく見える。ずっと見ていたくなる。かっこいい、なんて感じてしまう。今までの思い出が突然、大事な日々に変わっていく。
どうしたの?私。
なんでこんなに、感情が溢れてるの?
「……ん?やっぱケガしたとかあった?」
「……ううん。あ、さっきありがとう」
「ん?あぁ。いやびっくりしたよ。傘開きかけてて良かったよまじで」
ふわっと息を着く彼。その息遣いに、ドキッとしてしまった。
「そういや、今日何買い行きたいんだっけ」
「んー……秘密?」
「はは、なんだそれ」
マスク越しで微笑む彼。その愛しさに、胸が変に動く。
「そだ、帰りうちよってくんない?母さんがまたお菓子作りまくってさ、まじ消費困ってんの」
「あ、いいよ」
「やりっ」
いえっ、とピースサイン。その細長い指に、また心が奪われる。
あぁだめだ。さっきからおかしい。
この心情は初めてだけど、どうしてか名前を知ってる。心地良さが、再び戻ってきて、同じ名前を呟く。
伝えたい、もうどうしようもなく、どうなってもいいからこの気持ちを伝えたくなった。咲きたての想いを、届けたくなった。
ふと、信号が、渡る途中で点滅し始めた。
誰もいない横断歩道を、急いで2人で渡る。
2人だけの世界。
厳密に言えばそんなことないけど、でも今はそう感じることしか出来なかった。
「日知!!!」
堪えられなくなって、隣にいるのに大声で彼を呼ぶ。
「なに、未利!!!」
答えてくれた。
信号が赤になる。私はひと足早く横断歩道を渡りきり、振り向いて告げる。
誰にも負けない、咲きたてのメッセージを。
「あなたに、恋をしました!!世界で1番、大好きです!!」