人混みと好きときっかけと
人混み
私の大好きなものだ。
その中にいると、包まれているようで安心する。ふわふわする。心地良くって、嬉しくなる。
それがより一層、特別になったのは………
目線を上げる。そして、きょろっ、と周りを見渡す。
「どこにいるかな?」
心の中で、私────新風 葵は呟く。
いないって分かってる。ここは東京。ついでに言えばとあるバス停。今住んでるところとだいぶ離れてる。会えるわけない。
でも、人混みの中にいると……君に抱く、温かい感情と同じ温度に包まれると、探してしまう。
『君』は特別な人。王子様。誰がなんと言おうと、白馬に乗った王子様なのだ。
この王子様がどんな人かを簡潔にまとめると、
声変わりしてない高めの声で話す、とても優しい人。
ふわっ、とあくびをする、可愛い人。
すれ違うだけで、幸せな人。
だ。
ぽーっ、とそんなことを考えながら、スリ防止のために前に抱えた小さなカバンを守り、人混みの2番目に後ろあたりで温もりに包まれる。
と、斜め前の空間が空いた。あ。サラリーマンさんが抜けた。目で追うと、駅ビルの前の女性のもとに駆け寄っていた。
あ、どうやら待ち合わせじゃなかったらしい。すっごい驚いてる。でも、彼女は嬉しそうに手を振り始めた。
あー、リア充っすか。おめでとう。なるべく長続きしてね。お幸せに。
ふと、私があのサラリーマンで、『君』があの女性だったら、と考えた。あー。私だったら話しかけない。周りに誤解されたら彼が困るだろうし。
こんなことを思うのは、彼の気持ちが怖くて踏み出せないからだろう。意気地無しだよなー、私。
でも、告白することを拒み続けているのは、この恋が叶わなくてもいい、って思っていることにある。
そりゃあ好きだ。大好きだ。銀河系で1番大好きだ。でも、それでも私は彼を探し続けたい。何度でもはぐれて、きょろっ、と周りを見渡して、何度でも見つけたい。でも、叶ってしまったら先に見つけられる。ちょっと悔しい。だから、叶わなくてもいいんだ。
彼に想い人がいても。それが叶っていても。そもそも想い人がいるかも知らないけど。それでも1人で探して、見つけて、今日も幸せだった、と思いたい。
クラスが嫌で、部活が嫌で、生きてるのが嫌で、でも死ぬのが嫌で。そんな時、君の力は強い。ほんの少しだけど、力をくれる。だから、クラスが楽しくなった。部活は結局辞める事にしたけど、生きるのは格段楽しくなった。
それに、君を探すようになって探すのも得意になったし。とにかく、『君』は色んなきっかけになった。
ありがとう、と言いたい。
言いたいから、心の中で、せめて言いたいから今日も探してる。いるわけない場所で、一人物語を呟きながら探している。
それでいい。それで充分。
さ、バスの到着時刻までまだまだある。そろそろ夏だけど、逢魔ヶ刻はまだひんやりするこの時期にぴったりの、温かい人混みに包まれながら、彼を探そう。
「あの………ここ、いいですか?」
「あ、どうぞどうぞ」
別に座ってるわけじゃないし。てか、隣の空間空いてたんだ…………………
「え、あれ、葵。偶然だね」
「………ぇ」
心臓が、瞬間的に早くなった。
黒髪短髪。色白で目は細く、とっても優しい顔。私服。素敵で、カッコいい。
『君』───椰民 雄葉が目の前で微笑んでいた。
続