新人はいつも大変、なの?
「公主殿。あなたのおっしゃることが理解できない。
確かに、戦乱の中、あなたが生きのびるために人を殺めたり盗んだりしたことを犯罪だと言い切るには忍びない。しかし、揚州というところで落ち着いた生活をしておきながら土地のやくざ者の集団との諍いを繰り返し相手方を皆殺しにしてしまったことや、そのために裏の社会で有名になりすぎて度々刺客を送り込まれていること(皆返り討ちにしている)などは弁解の余地がないのではありませんか。なぜ避けなかったのです?あなたならできたでしょう?あなたの話しぶりからすると、あえて戦って殺人に喜びを感じていると疑いを持つほどです。
また、あなたは弱いものが踏みにじられるのもそれはごく自然で当たり前のことであって、同情するものではないし余計な手助けをするものでもないと言い切っていた。そのくせ、実際には土地の勢力家にいじめられていた百姓たちを助けておられる。おっしゃっていることとだいぶ矛盾しているのではありませんか?」
「ふーん。やれやれ。世間知らずの女騎士殿には少し難しい話じゃったかえ?そうじゃとすると、今少し言葉が足りなかったかの。失敬失敬。
まず、やくざ者の生態についてじゃが、あれは縄張りをもつ狼などの獣にそっくりじゃ。自分たちの縄張りに新たな狼が入ってきた場合、狼たちはどうする?生存をかけて全力で追い出しにかかるじゃろ?まさに生存競争じゃ。それと同じ。新参者がその土地に住み着きたければ相手を皆殺しにするまで戦うほかない。はっ!逃げる?避ける?それは生存競争をやめるということじゃ。そんなことをしておれば妾は一生涯定住などできんかったわな。ハハハ。相手のやくざ者たちにしても妾のような新参者との共存はできぬ。縄張りから追い出すか追い出されるかじゃ。縄張りを失えば奴らとて生きてはいけぬからの。それがわかっているから奴らは命を懸けた。妾も懸けた。5分と5分じゃ。その結果、妾は奴らより強かったので生き延び、奴らは妾より弱かったので死に絶えた。これは虐殺ではなく、ただの競争。犯罪ではない。
それに、返り討ちにした刺客どもじゃが、あれらは妾を討つことで有名になろうとしたうつけ者たちじゃ。自分たちの命を張って妾に挑み、負けて死んだ。ただそれだけのこと。あんな連中に憐憫の情をかける値などない。
うん?この説明で納得できたかえ。女騎士殿?その顔ではまだまだ納得できていないようじゃのう。まあ、よいわ。妾自身が犯罪だと思っていないことだけでも理解してもらえればそれでよい。
その他、弱い者たちを助けたとか云々言っておったの。それは間違いじゃ。大きな間違いじゃ。
女騎士殿は百姓たちを弱い者といい、同情して是非とも救わなければいけないという。じゃが、百姓たちは本当に女騎士殿が救世主気取りで救いの手を差し出さなければならなくなるほどのか弱く可哀そうな存在なのかえ?妾にはそうは思えん。百姓とは年中土地にへばりつきさんざん這いずり回ってたった年一回の収穫という大博打をするしか能のない、どうしようもない連中のことじゃ。天災もあれば酷吏にいじめられることもある。毎年毎年、収穫があってその博打に勝てるというわけでもない。それでも連中は辛抱強く土地にへばりついている。そんな連中に力がないわけがないじゃろ。性質も正直とか朴訥とかとはまるで正反対じゃ。至って狡すっからく残忍で自分勝手で嫉妬深い。そして、自分たちの財産が何よりも大事じゃ。それじゃから、苛め抜かれてつまり奪われすぎて連中が怒り狂いだしたらもう誰にも止められん。故郷では昔、苛められた百姓が主体となって黄巾の乱というのを起こした。それが端緒になって結局、王朝が倒れた。それほど百姓というのはすさまじい存在なのじゃ。そんな存在に妾が救いの手を差し伸べた?馬鹿を言うのも大概にせい。妾は求められてなけなしの剣術の腕を貸し、百姓たちからはそれなりの対価をもらった。無償で慈愛を注いだわけでも感謝の言葉でごまかされたわけでもない。対等の関係としてきちんと対価をもらったのじゃ。百姓というのは無条件に救いの手を差し出すほど見下してよい存在ではないのじゃからな。
妾は何も他者に絶対手を貸すなと言っておるのではない。社会というのは妾を含めて無力な連中が寄り添うことで成り立っておる。無力な者同士、お互いなけなしのわずかな力を貸し与えっこしながら社会が回っているといっても過言ではない。それなのに、自分の無力さを顧みずいたずらに他人を見下して独り善がりな思慮から余計なことをしでかし、悦に入る。それは醜いことではないのか?ひとを馬鹿にした所業ではないのか?なぜ手を貸したら対価を取らない?おぬしのところの宗旨では、手助けする相手は尊重に値しないということなのかや?のう。女騎士殿?
ああ。それから、女騎士殿は剣術だとか武芸とかに殊の外期待を寄せられておられるようじゃが、あんなもの、ただの人殺しの方法じゃ。それも極めて効率の悪い方法の。毒や大規模な罠を用いる方がよっぽど大量に殺せるて。
言っている意味が分からんか?つまりじゃ。剣術などに長けたとしてせいぜい手近にいる人間を黙らせるくらいにしか役立たない技能にすぎん。そんなもので他人を救えるだと?勘違いも甚だしいわ」
女騎士は俯いて自分の剣の柄をじっと見ている。妾の話に納得できていないのが丸わかりじゃ。こいつ……。
「この際はっきり言うてやる。おぬしがどれほど剣の修業をしてうまくなろうと、たとえ妾ほどの腕になろうとも、おぬしでは誰も救えん。
確かに、世の中にはたった一人で世界を変えてしまうようなやつが時々現れおる。この世のあらゆる人間の意思や思惑をいつのまにか一つにまとめ上げて自分に従わせている、そんなトンデモない奴がな。妾はこういうやつを王者と呼んでいる。王者なら時と場合次第では世の中を変えるついでに他者を救うことができるやもしれん。
しかし、おぬしは王者かえ?それとも神かえ?そうじゃないじゃろ。妾と同じく、つまらぬ剣技がひとより秀でていることを自慢するしか能のない無力な人間のひとりにすぎん。できることといえば社会のクズ相手に強者を気取るくらいしかない。
そんな人間が他者を救うじゃと。諦めてしまえ!そうしなければ、いずれ周りをより悲惨な目に合わせ、おぬし自身破滅する」
「もう。その辺でいいだろう。聞いていてこっちが辛くなる」
今まで対面で黙って座っておった赤ら顔の”おすかー”とかいう大男が妾の説教を突然遮りおった。
「なんじゃ。大男。藪から棒に」
「おまえさんの言うことはいちいちもっとだよ。いっぱしの冒険者なら思いは同じよ。百姓は馬鹿にしていいもんじゃねえし、やったことの対価はもらうべきだ。だがな。こっちのお歴々は騎士様なんだよ。それも神聖騎士団様だ。神様ごっこをするのが商売なんだよ。それを頭ごなしに否定しちゃったらこっちのお歴々の立場ってもんがなくなるじゃねえか。それとも、このひとたちに商売やめろって言ってんのか、おまえさん?」
「妾の知ったことかっ!先に噛みついてきたのは女騎士の方ぞ。
……普段なら妾も笑って無視しておる。じゃが、分らず屋が多すぎてうっ憤がたまる一方なのじゃ」
「うっぷんか、はっぷんかは知らんけど、おまえさんはそもそも冒険者登録しに来たんだよな?金が要るんだよな?脱線ばっかしてないで早く手続きをしちまえよ。そうすりゃ、俺がいい金になる仕事を紹介してやるからよ」
「……くっ。まあよいわ。説教はやめじゃ。手続きを頼む」
「そうそう。聞き分けの良いお嬢ちゃんは好きだぜ」
この大男、嫌いじゃ。
「では、続きを。ああ。用紙への記入はわたくしが代行いたしますので結構ですよ。
年齢はおいくつですか?」
なぜかこめかみをさすりながら例の冷たい目の受付嬢が聞いてきた。
「秘密じゃ」
「先ほど15で攫われたとおっしゃいましたよね。では、25才くらいですか?多少のサバは許容いたしますが」
「秘密じゃ」
「あら。法螺話だとバレてしまうから年齢は明らかにできないと?」
「何を言っておる!だれがいつ、法螺など吹いたっ!」
「ホホホ。どう見ても12、3の小さな女の子がいくら背伸びしたってそんな途方もないお話、だれが信じるというのです。ばかばかしい」
「おいおい。レナ君!」「やめろよ。レナ嬢!」
「いいえ。やめません。
ギルド長とオスカーさんは小さな女の子の法螺話にまじめに付き合うふりをして神聖騎士団の皆さんをけむに巻こうというおつもりだったんでしょう?いくらまずい相手だからといって、そんなやり方で誤魔化していては後々面倒な問題になるのは目に見えていますよ。ここは小細工をせずに正面からはっきりとお答えすべきと具申いたしますわ」
こやつ、信じておらなんだか。そういえば、受付嬢たちには気を当ててはおらなんだった。多少なりとも武芸の心得のあるものに限定したのがまずかったか……。
「あー。ここにもわからず屋が。
あのな。レナ嬢。こいつは俺が2階のソファーで寝ていた時、建物の前でドカンととんでもない魔法を使ったんだよ。大気の魔素に紛れてあるかないかの魔力で俺の体の隅々まで調べやがった。びっくりして起き上がったら首のここんところ、キッチリ押さえられちまっててな。生殺与奪の権を握られていた。俺だけじゃねえぜ。建物内にいた全員だ。そうだろ?ギルド長」
「そのとおり。わしとオスカー以外は気づいていないようだったが。ハハハ。わしが生命の危機を覚えるなぞ実に20年ぶりのことだ。最初はギルドへの襲撃かと考えたが、どうやらそうでもない。裏も表もない、ただの冒険者志願だった。これには驚いたよ。
見かけからは想像もできないかもしれないが、彼女は相当の腕の持ち主であることには間違いない」
妾の代わりに”おすかー”と”ぎるど長”とが説明してくれる。こういう助けが入らぬとさすがの妾もやってはおれん。
「だから、彼女の話は本当だと?」
「うむ。ほとんどは真実だろう」
「……」
「こっちがビビっているのが分かると調子づくからこの話はしたくなかったのだが」
こちらへ助け舟を出してくれたはずの”おすかー”とやらがなんだかとても残念そうじゃ。妾ほど謙虚な人間はそうおらんというのにの。解せぬ。
「……でも、書類は正確を期さなくてはいけませんわ。あなた。ごねてないで何歳か、正直におっしゃいなさい」
「ああ、面倒くさいの。正直に言うてやるわ。
本当は自分でもわからんのじゃ。妾はいったん死んで生き返って若返った。死んだときは50近かった。生き返ってからは7日しかたっておらん。これでよいか?
これをどう数えるのじゃ?妾にはわからん。おぬしが適当に書いてたもれ」
再び沈黙が。じゃから言いたくなかったのじゃ。また手続きが止まってしもうた。
と思ったが、この受付嬢、一瞬だけ言いよどんで続けよった。
「……不明と書いておきます。では、次に種族の質問です。あなたはどういう種族に属しているのですか?」
「はあ?種族?人間とでも答えればよいのかえ?」
「ヒト族ですね。能力からすればこの世から消え去った魔族といわれても驚きませんけど。確かめるすべがありませんので承認ですわ。
あとはお持ちの技能と属性と加護の有無の質問ですわ。お答えください」
「技能は剣技と医術じゃな。属性も加護も何のことやらわからぬ」
「いえ。結構です。技能は剣技と医術。属性、加護の有無も不明と。
これで登録手続きは終了です。お疲れさまでした」
諦めたのか。疲れたのか。この受付嬢、なんの突っ込みもせん。皮肉を交えながらもテキパキと手続きを済ませてしもうた。
「試験をするとかなんとか聞いていたのじゃが?」
「ああ。本来なら地下の鍛錬場ですることになっているのですが、オスカーさんが直々に出張ってきたということは実地でするということなのでしょう」
「実地?」
「具体的にはオスカーさんと一緒に魔物の群れを倒しに行くことになるでしょうね。殺すのがお好きなんでしょう?魔物なんていくら殺しても犯罪になりませんから殺し放題ですわよ。喜びなさいな」
「……」
「現在、北の森にオーガ・ロードが誕生し群れが形成されつつあるそうです。37匹確認されておりますわ」
「……」
「オーガ一匹の討伐報酬は平均1000ペニヒ(約150万円)」
「乗った!37匹すべて、妾のものじゃ。余人には渡さぬ」