冒険者登録は大変、なの?
ええい。腹立たしいことぞ。
あのフロイデとかいうお姫様とやらが来てからというもの、妾にとって都合の悪いことしか起こらぬ。知らなくてもよいことまで知ってしまう。
疫病神めが。おかげで父者と袂を分かつことになってしもうたわっ!
うーむ。鍛冶屋。鋳掛屋。銀細工屋。四つ角を左に曲がって。武器屋。防具屋。道具屋。
むむむ。だいぶ場末のほうまで来てしもうたが、まだ見えぬのか。冒険者ぎるど、とかいうふざけた建物は。
オットーの屋敷の女中に教えられた通りここまで来たのじゃが……。
女中はこの筋をずっと歩いていけ、と言っておったな。む。だいぶ人通りが少なくなったの。本当にあるのかの。
おうおう。あれか。確かに女中の言うた通り馬屋の隣にあるの。長靴と剣をあしらった看板もある。間違いなしじゃ。
奥行きのある石造りの3階建てか。ふん。破落戸の集まりのくせに生意気な。
妾が両開きの扉を開けて中に入ると、案の定、左側では皮鎧を着た薄汚い連中が集まって昼日中から酒をくらっておる。
受付は右側じゃな。
左の連中はしきりに右側を気にしているらしいがなんぞあるのかや?
*
「急がせて悪いが、こちらも困っているのだ。
至急、魔法が使えて茨姫の廃城まで案内を頼める腕利きの冒険者を最低2人は集めてもらいたい」
「当方といたしましてもお客様のご要望に添いたいのはやまやまなのですが……」
「お金の問題か?前金として教皇国金貨で100枚は出す。これでどうだ?」
「……」
「もしかしてこの教皇国神聖騎士団の鎧がいけないのか?冒険者ギルドは神聖騎士団には協力できない、ということか?」
「……」
統一した鎧を着こんだ集団が受付を占拠しており、その集団の長とみえる若い女が受付嬢のひとりをなにやら詰問している。
しかし、そんなのは妾には関係のないことじゃ。妾はすすっと集団をかき分けて詰問している女騎士の横に立ち、バンバンと仕切り台を叩いた。
「妾は冒険者登録とやらをしてもらいたいのじゃ。丁寧な対応をしてたもれ」
「「「!!っ」」」
おうおう。鎧の集団もむさい皮鎧の連中も詰問されていた受付嬢も唖然として妾に注目しておるな。しめしめ。やはりこういうことは最初が肝心じゃ。ガツンとかましてやらねば。
と、思っていると……。
「ちょいちょいちょーい。君、君、君。いま、大人の人たちが難しいお話をしているんだから邪魔しちゃだめだよ。お姉さんと一緒に向こうへ行ってお茶でも飲みながら待ちましょうね(厄介な連中が来ているんだから空気読もうね。君みたいな子が連中に目をつけられたらろくなことにならないわよ)」
別の受付嬢が仕切り台から出てきて妾を隅のほうへ引っ張っていこうとする。
「あれ。あれ。なんで?思いっきり腕を引っ張っているのにびくともしない……」
「当り前じゃ。妾を幼子か何かと勘違いしておるのかや?素人が武芸の達人を無理やり動かせるわけがなかろ。一寸でも動かせたらその方が驚きじゃ」
「えっ!」
「おぬしが集団を怖がっているのに妾を助けようと出てきたのは殊勝な心掛けとはいえるの。しかし、妾には無用の世話というものじゃ。
妾は達人で、連中は雑魚。それに、妾は故郷で呉王にさえ頭を下げたことがない。連中がどこに所属していようが妾には関係のないことじゃ。怖がる必要など全くないから助けられる必要もないということだの」
妾はそう言うと、連中に頭を下げながらなおむしゃぶりついてきて強引に隅へ連れて行こうとする受付嬢の指を一本ずつ引きはがす。
「小さい女の子が虚勢を張る様子もほほえましく愛嬌があっていいけど、あんまりフカしすぎるのはいただけないな」
隣の女騎士は黙ったままだが、女騎士のそばにいたにやけた若い男は口を出してきた。
「ふん。虚言と真実との区別もつかんのか。だから雑魚というのじゃ。相手の呼吸、目の配り方、重心の置き方、身に纏う気や仙気など諸々から何故に彼我の力量の差を読み取れん?こんなにも手掛りがあるというのにの。
確かにおぬしは鎧の連中のなかでは、いやこの建物の中にいる者のなかでは腕がいい方とはいえる。したが、妾の基準からいえばせいぜい半人前。立ち合えば刹那殺というより瞬息殺という程度じゃ。
ちなみに、おぬしの腕を超える者はこの建物内では妾を除けば3人しかおらぬ。
ひとりは隣の女騎士。不思議なことに2流には達する腕を持ちながら内傷を受けて気や仙気(この土地でいうところの魔力)が使えんようじゃがな。今はせいぜい一人前に毛の生えた程度。
いまひとりは奥の部屋で息を殺してこちらの様子をうかがっている男。用心のために仙気を練っているようじゃが、ダダ洩れでは意味がないぞよ。まあ、こやつはぎりぎり2流といえるかどうかじゃな。
最後のひとりは2階の部屋で寛いでおるの。妾からすれば1流とはいえんが、2流は十分に超えておる。
まあ、なんにしてもこの建物内の全員が束になってかかってきても妾の相手になりはせんの。つまり、雑魚しかおらぬということじゃ」
「「「……」」」
妾がよく理解できるように圧をかけてやると、にやけ男が真っ青になって小刻みに震えながらダラダラと汗をかき始めた。女騎士も無意識に拳を固く握りしめる。
急に空気が重くなり、左側の薄汚れた皮鎧の連中もひそひそ声の会話をやめた。
「ようやくわかってくれたようじゃの。では、妾の冒険者登録とやらを迅速にやってもらおうかの。
妾も埒もないことにダラダラしている連中と付き合うほど暇ではないのでな。
実は父者のもとから自立することになっての。生活のため早急に金が要りようなのじゃ」
*
なぜか別室に通され、奥で魔力を練っていたギルド長と名乗る男が直々に妾の冒険者登録をすることになった。それに、なぜか女騎士とにやけ男まで部屋についてきて妾の横に座っている。
「なぜに妾の冒険者登録におぬし達までついてくるのじゃ?」
「わたしたちは遠征のため腕の立つ冒険者を求めているからな。達人と称する貴殿の力量を見たい」
「うむ?」
「本当に何も知らないのだな。冒険者登録には本当に冒険者としてやっていけるかどうかの試験をするのが習わしだ。わたしたちはそれを見学する。
それと、冒険者ギルドがわたしたち神聖騎士団からの依頼を渋る真意を直接ギルド長に問いたい。
遅ればせながらだが、わたしはスザンナ・ランランという。遠征隊の隊長をしている。横にいるのは副隊長のマックス・デキュジスだ。以後昵懇に頼む」
「妾は呂……。いや。字といえど親しくない者にその名で呼ばれたくないの。
とはいえ、名無しでも困るじゃろ。適当に公主様とでも呼ぶがよかろ。なんなら鳥王公主でも黒白公主でもよいぞ。故郷ではそれで通っておったからの」
「鳥王?黒白?」
「故郷ではだいぶ殺したからの。わからぬか?
鳥、特に鶏は地虫や蚯蚓、果ては小蛇まで嘴でつついて無心に殺して食らっておろう。あれだけ殺生をしておきながら何の感情の起伏もない。それが似ているというので殺戮無道の鳥王公主という有難い二つ名をもらったわけじゃ。
黒白というのは、医術の心得もあるので気分次第で死にかけを治しもするし殺しもする。気分次第でやることが大きく分かれるので、ついた二つ名じゃ。
先に言うておくが、妾と昵懇にしたいのなら妾の気分を害さぬことじゃ。他人の気分を察することもできぬ阿呆とは付き合いとうないし、阿呆でなくとも妾に無礼な真似は許さぬ。妾はこの世のだれにも頭を下げぬ。ゆえに権柄づくでこちらを畏まらせようとする輩は妾にひどい目にあわされて後悔することになる。このことをよく覚えておくがよい」
「……」
「どうした?臆したのかえ?
ハっ!無理もなし。この土地は妾の故郷と違ごうてぬるま湯じゃからの。故郷では言葉一つ違えれば首が飛ぶなど日常茶飯事。ここが殺伐とはまるで縁がなさそうな土地でよかったの。女騎士殿」
「いや。そうでもない。この土地でも権力者の気分次第で無慈悲な行いがそこここで起こっている。それも目を覆うばかりの悲惨な振る舞いが。皆にはあまり知られていないだけで現状はぬるま湯とは程遠い有様だよ。
わたしが言葉に詰まったのは、公主殿ほどの力量を持ちながら無慈悲な行いを止めもせず、逆に人々に不幸を振りまいていたことを知らされたからだ。
わたしが騎士になったのは無残に踏みつけられる人たちを助けたかったからだ。なのにわたしにはその力がない。力を渇望するわたしには公主殿の話は少々酷すぎる」
「ハンっ!おぬしも父者と同じく”いいことしい”か?この偽善者めが。
よいわ。後で話をしてやろう。おぬしの勘違いを大いに正すためになっ!」
妾が女騎士に言い切ると同時に待たされていた部屋にとんがり帽子をかぶった爺と冷たい目をした別の受付嬢、それと赤ら顔の大男が入ってきた。
爺は奥の部屋で魔力を練っていたやつで、大男の方は2階で寛いでいたやつだ。
「これはこれは。新人候補殿と神聖騎士団のお歴々。ご機嫌はいかがですかな?よい?なるほど。
わしがここのギルド長のヘンケルで、こっちの男は白金等級の冒険者でオスカーという。
それでは、時間もないことだし、早速有望な新人候補殿の登録手続をはじめますかな」
冷たい目をした受付嬢が妾の前に筆記具と登録用紙なるものを置く。
「先ずは用紙に実名をお書きの上、嘘偽りなく犯罪歴の有無・内容を申告してください」
「故郷の慣習で見ず知らずの赤の他人に実名を知られるのは嫌なんじゃが」
「……ギルドの事務管理上利用されるだけで、お名前が外部に漏れることはありませんし、内部でも機密保持上わたくし以外あなた様のお名前を見る者はありませんが(その用紙に書かれた文字は魔法でわたくし以外見ることができません)。
さらにわたくしも機密保持のため本人の前以外でお名前を読み上げることは絶対にございません」
「たった一人でも赤の他人に知られるのは嫌じゃと申しておるのじゃが。
あっ。いや。今のは忘れてたもう。どうせこの土地で漢字を読める者など父者以外居りはせんかったの。しめしめじゃ。味のある隷書で書いてやろうかの。
むっ。なんじゃ。この国では横に文字を書くのかや?墨も毛筆もない蛮地じゃ仕方のないことよの。まあいいわ。これでよかろ」
妾が右から左へと「呂紫芍」と書くと、みなが奇異なものでも見る目つきをしおった。なんでじゃ?
「では、犯罪歴の有無をお述べください」
「無いのう。そのようなものは」
「……正直に申告してください」
「ない」
「では、人を殺したことはないのですか?」
「それはあるのう。数は全部で千人は超えておろうな」
「はあ!?犯罪歴があるではありませんかっ!しかも千人って。現在複数国で指名手配中の超凶悪重大犯罪者でもこれほど大量殺人した者はおりませんよっ!」
「なにを激昂しておるのか知らぬが、妾の故郷では群雄が割拠し国中いたるところで戦争をしておったし、方々から異民族に攻め込まれておったのじゃ。賊が跋扈し、力あるものは勝手に太守だ刺史だ牧だなどと私称してやりたい放題。土地土地で天災や飢饉が起こっても救うものが誰もいない。略奪や放火や殺人など見慣れたものじゃ。死体など腐るほど転がって居ったわ。
犯罪じゃと!おのれらはぬるい土地で安閑と暮らしておるからそんな戯言が吐けるのじゃ。
妾は殺しにかかってくる者どもを片っ端から殺して回った。これが罪かえ?飢餓の土地で略奪している兵に対して逆に身ぐるみを剥いで食い物を奪った。これが罪かえ?賊徒の籠る砦や仇の屋敷に火をつけた。これが罪かえ?笑わせるなよ、じゃ。
同じ話を連日でしなければならないのも業腹じゃが、先ほど横の女騎士にしかけたついでじゃ。話の続きをしてやろうの。
二度とふざけたことを言わぬよう、よく聞くがよかろ。
妾の父者は天下にこの人ありと音に聞こえた武将であって貴族じゃ。その娘である妾も子供のころは長安の都で箱入りのお嬢様として大事に育てられ、妾自身も下女や下僕に手を振り上げたこともなければ大声を出したこともなかった。ところがじゃ。15の春、妾は人攫いにあってしもうた。攫ったのは左慈とその仲間で、奴らから妾は言葉に尽くせないほど酷い目にあわされた。それからしばらくして長安の都が兵火にかかった折、その混乱に乗じて妾は左慈のもとから逃げ出すことに成功した。しかし、成功したはよいが、その時はもう父者は都落ちしていてどこへ行ってしもうたか全くわからぬ。助けを求めたくとも父者は妾の手の届くところにはおらなんだ。仕方がなく妾も避難する民の群れに交じって南へと落ちていくほかなかった。それからはもう苦難の連続じゃ。最初に落ちていった南陽でも兵が暴れて略奪をしておった。やつらは若い女とみれば見境なく襲い掛かってくる。妾がはじめて人を殺したのもこの時じゃ。今でも鮮明に覚えておる。最初、髭面の鉄甲をまとった兵が大刀片手に目を血走らせて襲い掛かってきよった。一瞬で殺る気になった妾は貫手をくらわせ鉄甲ごとそいつの胸を破って心臓を掴みつぶしてやった。あとは勢いじゃ。もう妾は自分自身を止められなかったし、止めようとする気さえきれいさっぱりなくなっておった。掌打をくらわせ肘で砕き足蹴を放った。7人。全部で7人。妾は怒りに任せて暴兵たちの頭を砕き手足を折り胸を貫いて殺した。何に対して怒ったのか?それは分からぬ。それまでの苦難に関しての八つ当たりか?なんで妾だけがという世の不条理に対する不満の爆発か?分からぬ。分からぬ。分からぬ。とはいえ、この時はまだ妾にもおのれらのようなぬるい土地の住人のほざく戯言を信じるほどの甘い心が残っておった。南陽の次に妾は荊州公安へと落ちていった。公安では飢餓に襲われた。飢饉の原因はここでもやはり兵乱じゃった。じゃが、公安の飢饉はその次に落ちていった襄陽のに比べれば地獄と極楽ほどの差のあるぬるいものじゃった。襄陽では人が人を喰らっておった。襄陽は穀倉地帯で本来なら米が余っておるはずじゃ。よほどの事情の者以外飢える土地ではない。だが、人災に次ぐ人災で百姓たちがみな逃散し、街に住む者たちも歩けるものはほとんどが逃げ去っておった。あとに残ったのは人の心を失った獣と病人、老人、子供。結果は地獄よ。その襄陽で、まだ甘い心の残っていた妾は病気で道端に倒れている小娘に食いかけの黍の餅を手渡してやった。もうほとんど死にかけておったので最後に口に甘みを感じさせてやりたかったのじゃ。その娘は手渡された餅を長い間ジッと見つめて、それからよろよろと口へ餅を持っていったところで力尽き、死んだ。娘の枯れ木のような手から餅が転がってな。周りで見ていた人間が転がった餅に群がった。老人も病気の子供も死にかけの男も女も目だけギラギラさせてな。そのうち、殺し合いが始まった。死にかけ同士の殺し合いじゃ。決着はすぐについた。最後に残った男がそのほとんど歯の抜け落ちた口へ血だらけの餅をねじ込もうとするのを見て、妾は悟った。善も悪もない。不条理もない。不幸などというものもない。みなそれが現実じゃ。じゃから、妾は他人のせいにはせぬ。世の中のせいにはせぬ。代わりに妾は黙って耐える。それしかできぬ。力を尽くして他人を救う?そんなことは土台、人間にはできはせぬ。せいぜい妾が小娘に餅をやったように独り善がりの甘い行動でしかない。結局、さらなる惨劇を導くのがオチじゃ。妾は自分の甘い心で引き起こした余計な事の始末をつけるために、最後に残った男をその場で殺し、血だらけの餅を喰らった。それが筋というものじゃからな」
部屋の中は重苦しい沈黙じゃ。仕方あるまい。この阿呆たちには知ってもらわねばならんからな。