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決闘は魔法で、なの?

 広場の中央へ行くと、見物人の輪の中で当事者たちが東西に分かれて固まっていた。

 東の方には、ひと際豪華な(裏に黒貂の毛皮の内張りのある)黒の上衣(マント)をはおり、濃い紫色の靴下をはいた男がいた。これがヴァンデルハウゼン卿というやつだろう。茶金の長い髪の毛を後ろに流し、つば広の帽子を被っている。そして、そのつばの陰に隠れている青い瞳は嫌に冷たい。

 一方、西の方は、年を取ってすっかり銀髪になってしまった厳つい男を同じくらいの年より連中が囲んでいる。中心にいる銀髪の男が郷士仲間で選ばれた選手といったところだろうか。


 おれと白雪が西の方に陣取って見ていると、見物人の輪の南側にいた背の高い帽子に赤く染めた紋章入りの袖なしという揃いの格好をした4人の男たちが輪を抜け出し、真ん中あたりに出てきて宣言をする。


「これよりオットー・へブラー以下4人の郷士対ゲルアルド・フォン・ヴァンデルハウゼンのエレノア村境界に関する決闘裁判を執り行う。

 当事者は前に」


 郷士4人とヴァンデルハウゼン卿とが立会人のもとへ集まり、立会人の注意を受ける。


「第一にあくまで公平に決闘を執り行うため、いかなる時も立会人の指示に従うこと。両者とも、異存はないね?」


 両者がともに肯くと、次に立会人がルールの説明をしてから勝敗の基準を両者に求めた。


「いいかね。決闘の勝敗の基準には3通りある。ひとつは、どちらか先に傷を負わせた方が勝ちというもの。もうひとつは、先に決闘継続が困難とみられる傷を負わせた方が勝ちというもの。最後は、相手を殺すか致命傷を負わせた方が勝ちというもの。

 これを両君たちの話し合いで決めてもらう。

 なお、決闘がもとで戦った者が死んだり後遺症を負ったとしても遺恨を残さないのがきまりである。この点も考慮に入れて判断してほしい。

 われわれ立会人は当事者の話し合いに一切口を出さないから決まったら声をかけてくれ。では」


 立会人4人は帽子に手をやり両者に挨拶をして元の場所へと戻っていった。


 距離が離れているためほとんどの見物人には両者が何を話し合っているか聞こえていないだろう。しかし、おれと白雪には明瞭に伝わってくる。


「……わたしは自分の土地が多少減ようが増えようが気にしない。それに小作人たちのことなどどうでもよい。むしろわたしの名を使って余計なことをしたことに怒りさえ覚えている。

 だが、我慢できないのは……」

 ヴァンデルハウゼン卿とやらは怒りのあまり極まって声が出なくなってしまったようだ。深呼吸してから言葉を継いだ。

「わたしに盾突き、ご領主さまの寄子筆頭のわたしを訴え、ご領主さまの御手を煩わせて、わたしを困らせ、わたしに恥をかかせ、わたしの顔に泥を塗ったおまえたちを断じて許すことはできない。

 ここで死んでもらう。

 代闘士を3人呼んでいるからおまえたち4人のうち3人はこの場で死に、残りひとりはわたしに盾突いた場合どうなるかということを未来永劫語り継がせるため生き残らせる。

 誰が生き残るかはおまえたちが決めろ」

「「「……」」」


 銀髪の厳つい男以外の郷士たちはあまりのことに気が動転してしまった。ひとりの郷士などは泣き叫ぶ寸前の顔をして「だから、わしは訴え出ることに反対したんじゃ」とつぶやいている。


「決闘裁判では戦うのは一人と決まっているはずだが」

 銀髪の男オットー・へブラーが静かに問いただす。

「そんなことは決まりでも何でもない。今までそういうことが多かったというだけだ。公平に決闘をしさえすれば問題はないのだ。人数も同数。武器も同等。これさえ守ればよい。ご領主さまも決闘のやり方を当事者に一任していることだしな」

「その当事者の片方が嫌だと言えば」

「へブラー、貴様。

 ……おまえとは複雑な因縁があるから、おまえだけは許してやってもよい。あとの3人を公開で始末すれば一応わたしの面目もたつ。おまえは黙って引っ込んでいろ」

「そうはいかない。ヴァンデルハウゼン卿」


 オットー・へブラーとヴァンデルハウゼン卿とがにらみ合う。


「へブラーよ。

 ここで難を逃れても、わたしには人知れずおまえたち全員を死なす手がまだ残っていることを知らぬわけではあるまい。それをしなかったのは決闘裁判という名のもとに公開でできるからだよ。日の当たるところで死ぬかそれとも闇夜のうちに冷たくなっているかの違いしかない。諦めろ」

「……」


 ヴァンデルハウゼン卿はへブラーに言い捨てると、自分だけで立会人のもとへ行き、勝手に勝敗の基準を死ぬか致命傷を負うかにしたと告げた。


 しばらくしてまた立会人4人が中央に立った。


「これより決闘のやり方について詳細に決めることとする。

 まず、ヴァンデルハウゼン卿に問う。貴方自身が戦いますか?それとも代わりの者を立てますか?」

「代わりの者に戦ってもらう」

「では、その者を呼んでください」

「出てこい。ウルズ。ヴェルザンディ。スクルド」


 ヴァンデルハウゼン卿が後ろを振り返って叫ぶと、人垣が割れて中から3人の女闘士が現れた。


「ククク。おまえらに屈辱を与えるためわざわざ選んだのだ。女に殺されるなんて屈辱だろう。オットー・へブラー」

「……」


 *


「オットー。あの女たちを知っているのか?」

 郷士仲間のフェルディナンドと呼ばれる老人が尋ねる。

「ああ。名前だけは。

 やつらは代闘士というより公開処刑人として名高い。つまり、権力者が決闘裁判に名を借りて邪魔な相手を抹殺するための道具だ。

 彼女たちはこれまで失敗が一度もなく、権力者たちに大変重宝がられている。

 彼女たち自身、そのことを誇って自分たちを神話の女神に例えて『運命の女神が死の宣告を下したらもう生き続けることは誰もできない』と嘯いているくらいだ。

 どうやらヴァンデルハウゼン卿はとんでもない大金を積んだようだな。本気の度合いが分かる」

「そうか。

 オットー。

 ヴァンデルハウゼン卿の意図がどうであれ。君だけを死なせるつもりはない。死ぬも生きるもわれわれ4人。あの女たち全員を相手取って討ち死にしよう。

 力及ばずとも郷士の意地は見せねばな」

「……悪くはない。美女の腕の中で死ねるのなら。どうせ老い先短い命なのだから最後くらいは華やかにいこう」

 オットーではなく、別の郷士ワルターが応えた。

 だが、別のつぶやきも聞こえてくる。

「ああ。だから、こんなことになると思うてわしは反対したんじゃ。くそっ。わしは初孫を見ることもできんのか」

「泣くな。ルートヴィッヒ。おまえは生き残ればいい」

「そんなことをすればわしの家族が村八分になる。生まれてくるかわいい孫のためにもここで死ぬほかには……」


「力を貸そうか?」


 おれは女代闘士3人の登場に動揺している4人の郷士たちに声をかけた。


「なんじゃ、おぬしは?見たところ遠国の者らしいが」

「おれの名は呂奉先。ご明察の通り、おれはこの土地が初めてだ。

 少し気に食わぬことがあって、手を貸したくなった」

「年は若いが、なかなかの面構えだな。

 その志はありがたいが、事情があってやつらはわれわれを殺しにかかっているのだ。要らぬおせっかいでとばっちりを食らったら悔やみきれんぞ」

「委細は承知している。

 だからこそ、気に食わないのだ。

『運命の女神が死の宣告を下したらもう生き続けることは誰もできない』だと!

 戦場に立つ者を舐めているとしか言いようのない言葉だ。あまたの戦場を踏んだおれには我慢ならんっ!

 運命とはそもそも自分で切り開くものなのだ。最初から誰かによって決められているものなど、この世に一つもない。

 一つ一つが自分の選択の結果だということをあの馬鹿者たちに叩き込んでやりたい!」

「お、おう。

 熱くなっているところ悪いが、力を貸してくれると言っても相手は3人、こちらは4人。君まで入れると5人。それに見たところ君は武器の持ち合わせもないようだし。

 どうするつもりなのだ?」

「抜かりはない。

 決闘とは公平に行うものなのだろう?逆に言えば公平にさえ行えば何の問題もないはずだ。

 万事おれに任せておけ。悪いようにはしない」


 まだ何か言いたそうにしている4人の郷士たちを無視しておれは立会人のところへと向かった。


「おれがこちらの代闘士になる。いいな?」

「君がか?立会人としては問題はないが……」


「問題は大いにある。こちらは3人だ。一人だけ選んでという申し出は断固拒否する」

「それなら、おれが3人まとめて相手すれば問題はないな」

「なっ!」


 立会人からは「それは不公平なのでは?」という物言いが来るが、おれの「不利を承知で申し出るのは別に不公平ではないだろう?」との返しに沈黙した。


「では、武器はどうする?こちらはブロードソードとバックラー。レイピアにマイン・ゴーシュ。それと特殊な双剣だ。

 おまえひとりでそれらの武器を全部扱えるのか?武器の公平というのなら、おまえ一人で全部扱えねば話にならんぞ」

「武器か。

 おれはあれを使おう」


 そう言って、おれは近くの立派な建物の門の上に飾られている交差した斧とも鉾ともつかない長柄武器の一つを掴んで、そのまま留めてある金具を引き千切った。


「おいっ!それは市役所の権威を象徴す儀礼用のハルバードだぞ」

「柄の部分まで金属製でできていて通常の人間では扱えない代物だぞ。いくらなんでも無茶だ」


 郷士たちからこもごも制止の声がかかるが、おれは無視して肩慣らしにそれを振ってみた。


 ごおっ、と風が巻き起こる。

 ふむ。重さといい、バランスといい、まるであつらえたの如く手になじむ。これはいい。これはいい。


「まあ。おれとしては無手でもよかったのだが、そちらも体面というものがあろう。おれはこれにする。

 気に食わないというのなら、そちらは3人とは言わず、6人でも9人でも好きなだけ呼んでくるがいい。おれは一向にかまわん」

「「「!!!」」」


 とにかくこれでおれは最初に意図した通り長柄の武器で3人のこの土地で強者といわれている者たちと対峙することができた。完璧である。


 *


 立会人が渋々といった体で「本当にいいのかね?」などと確認してくるのに肯くと、決闘の合図が出された。


 おれはヴァンデルハウゼン卿とやらが「あの男を血祭りにあげた後、きっとあとの4人をじっくりといたぶって殺してやる!」などとつぶやいているのを聞きながら、魔法を使う準備に入っているらしい右端の女のもとへと【はるばーど】を構えて駆け寄せた。


 白雪の察知で事前準備は完璧。

 大義名分がなくとも、おれは殺す相手が武人として気に入らぬ者なら良心の呵責を一向に感じない。


 身度ほどを知るがいい。強者ぶった馬鹿どもめがっ! 





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