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人間としての区別。それは言葉なの?それとも服なの?

「父者よ。妾たちを隠れて包囲しようとしているやつばらがおることに気づいておるかえ?」

「うむ」


 確かにいる。正面の木立に隠れているのが7。右手の茂みに6。左手の奥の方には5。いずれの方面にも弓持ちがそれぞれ2づついるはずだ。奴らの立てる音でわかる。

 白雪がどうやって隠れた相手を把握しているのかは知らないが、幾多の戦場で鍛えたおれの耳はごまかされない。


 横では、道具や火や衣服の問題などがマルっと解決しそうなので白雪がニヤリとしている。


 実の娘がまともな人間ならどうかと思うほど非常にたくましく成長しているのを見て、おれは父親として悲しい。

 だが、よだれを垂らしながら世にも珍しい角の生えたウサギ(皮つき)8羽も抱えた、裸の娘を見るのはもっと悲しい。


 仕方がない。


「解せぬのは相手にガキしかいないということだが、こちらに敵意をもって武器を向けている以上、……やはりやるしかないな」

「フフフ。父者よ。あれらは人間の子供らではないわ。人の形に近い全く別の生き物じゃぞ。その証拠にあのくらいの年ごろの子供についている乳臭さをまったく漂わせておらんし、陰の気が強すぎる。

 しかし、そんなことは皆殺しにした後いくらでも考えられることじゃ。

 早う行動を起こすべきと思うのじゃが、父者にはなにか懸念でもあるのかえ?」


 白雪が挑発するかのように獰猛にニヤリと笑ってみせる。


 だいぶ修羅場をくぐったように見える。うーむ。実に不憫である。


「おれは右から攻めようと思う。白雪は……いや、おまえは左から行くか?手にあまりそうならおれと一緒に」

「心配無用じゃ」

「各方面に弓持ちがそれぞれ2づつついている。剣持ちは前だけだ。抜かるなよ」

「承知!」


 おれと白雪は左右に分かれて走り出し、すぐさまおれたちの急な行動に慌てふためいた敵の群れへと飛び込んだ。


 敵はやはり白雪の言ったとおり人間ではなかった。痩せて骨ばり、背丈は5尺2寸(約125センチ)にも満たない緑色の皮膚をした生き物だった。

 大きな口から尖った乱杭歯を剥きだしていてひどく醜く、嫌悪の情しか湧かない。

 しかも、こいつらは弱くて脆い。

 目を見ればわかる。妄執のような敵意を持ちながら自分たちの弱さを自覚しており、臆病で狡猾。全力を出せるのは自分たちが有利と確信しているときだけ。

 まさに烏合の衆。

 泰山の山賊どもや張燕に従っていた野盗どもを思い出す。


「おのれらっ!地獄の使者の足音が聞こえるかっ!」


 鉄則通り弓持ちから潰すべくおれは相手の首や頭に肘打ちをくれてやることにする。

 両足に力を込めて蹴るようにして相手の間合いに入り、腕を掲げて肘を中てる。たったそれだけでこいつら緑色の小鬼どもは首の骨が折れ曲がって絶命しあるいは頭が割れ目が飛び出て脳漿をまき散らすことになる……はずであった。


「……」


 おれが大声を上げただけで、なぜか緑色の小鬼ども全員が武器を投げ捨て地面に額をこすりつけて平伏し、ブルブル震える手を合わせておれを拝み出した。


「「「オ慈悲ヲ!ドウカ命バカリハオ助ケクダサイ!」」」

「はあ!?」


 白雪の方を見ると、同じように平伏して命乞いをしている緑色の小鬼たちと拳法の構えをしたまま固まっている裸の娘が見えた……。


 まるで弱い者いじめをしている不良の娘とその父。

 実に悲しい景色である。


 それにしても、どういうことなのだろうか?

 誰か説明してほしい。 



「おのれらっ!最初、妾たちに敵意を見せたのはどういうつもりだったのじゃ!?」


 まっ裸の娘が仁王立ちして平伏している緑色の小鬼たちを怒鳴りつけている。


 あああっ。

 恥も外聞もない、擦れた娘の姿を見るにつけ、父親として色々なものがこみ上げてくる。


「父者よ。なんという目で娘を見るのじゃ!憐れみか憐れみなのかや?

 言うておくが、真っ裸なのは父者も同じぞ」

「何を言う。おれはしっかり大事なところは隠しておるぞ。娘の感情を酌んでな」

「はあ!?そんな小さな葉っぱでは横から丸見えじゃ。

 それともなにか。その小さいものをぶらぶらさせて娘に自慢している気でもおるのかや?そのような痴態、天下の飛将の名が泣くぞよ。娘としては今すぐにでもねじ切ってやりたいところじゃ!」

「……」

「だから、なんじゃその目は?」

「離れて住んでいたら年ごろの娘が恥じらいというものを失いすっかりあばずれになっていたという、世の無常を感じて。つい、な」

「妾のどこがあばずれじゃ!

 父者とちごうて、髪の毛と木の葉で前も下もすっかり覆っておるわ!」

「恥じらいもなく太ももを大っぴらに見せながら仁王立ちして怒鳴っているところとか、実の父親に対して『ぶらぶらさせて』とか『ねじ切ってやりたい』とか言うところ、だな。

 中原の婦人なら他人に太ももを見られただけで自死するくらいの貞淑ぶりがあったと思うのだが」

「なっ、な、な、なんじゃと!」


 白雪が顔を真っ赤にして怒りだし、一触即発の事態になりかける。

 

 おれは旧式の人間だからこういうところで変に物分かりのいい顔はできない。手を放してしまった娘であるからこそ、ぴっぱたいても矯正しなければと思う。

 しかし、こういうことを第三者の前でやると余計な干渉を入れられて結局、有耶無耶になってしまうのが世の理でもある。

 現に横で平伏していたはずの緑色の小鬼たちから邪魔が入った。


「アノウ。オ取込ミ中、大変申シ訳ナイノデスガ、結局ノトコロ、私共ハ殺サレルノデショウカ?ソレトモ許シテ頂ケルノデショウカ?」

「許すもなにも、おまえたちが最初に敵意を見せたわけを申せ。話はそれからじゃ」


 白雪の返答に緑色の小鬼たちが渋い顔をしてしばらく沈黙した後、小鬼たちの中でもっとも真面目そうにみえるのが恐る恐る話し始めた。


「大変失礼ナノデスガ、私共ニハアナタ様方ガ【おーが】ノ変異種二思エマシタ」

「【おーが】とはなんじゃ?」

「ソコノ木ホドモアリソウナ大キナ体ノ鬼デゴザイマス」


 そう言ってその生真面目君が指したのは1丈5尺(約3メーター50センチ)ほどの木であった。


「馬鹿を言え。妾たちがそんなに大きくあってたまるか」

「デスカラ変異種ダト思イマシタ」

「?」


 怪訝な顔をした白雪の理解を助けるため、今度は気はいいが頭の鈍そうな小鬼が口を出してきた。


「アノネ。【おーが】ハオ馬鹿ナンダヨ。

 言葉、シャベルコトデキナイシ、粗暴デ、スグ怒ル。

 アイツラ、頭悪イカラ着物着ナイ。道具使エナイ。平気デ裸デ出歩イタリ、素手デ【うさぎ】撲殺シタリスル。

 アト、ヒト族ノ冒険者モ【うさぎ】狩ルケド、素手デシナイ。罠使ウ。

 ヒト族ニ限ラズ知性ノアル生物ハ裸デ出歩カナイ。イツモ服着テイル。

 ダカラ俺タチ、間違エタ」

「アト付ケ加エルト、【おーが】ノ変異種ハ特殊ナ力ヲ持ッテイテ大変危険ナノデスガ、生マレタテハ弱イノデ唯一殺セルチャンスナノデス。

 【うさぎ】ハ危険ナノデ頭ノ悪イ【おーが】トイエドモ慎重ニ行動スルノニ、アナタ様方ハ何ノ躊躇イモナク【うさぎ】ノ間合イニ入ッテイタノデ、経験ノナイ生マレタテノ【おーが】ダト勘違イシテシマイマシタ。ドウモゴメンナサイ」

「それでどうして降伏したのじゃ?」

「恐ロシイ言葉デシタガ、一応言葉ヲ口ニサレタノデ。変異種トイエドモ【おーが】ハ話セナイカラヒト族ト判断シマシタ」


 平身低頭しながら弁解する小鬼たち(かなり馬鹿にされている気もするが)を白雪が腕を組んで文字通り鬼のような形相で睨みつけた。


「ふーん。おまえたちはその頭の悪い【おーが】よりもさらに知性の点で妾たちが劣ると感じたわけじゃだな。ふーん。

 フフフ。父者よ。もうここまでコケにされた以上、黙って見過ごす必要もないはずじゃ。

 巣ごと絶滅させたうえ、妾たちもこいつらの言うところの『知性のある生物』になるために是非ともその住処にあるらしい服とか着るものでももらうのが筋と思うのじゃが」

「あのな。娘よ。

 おれは自分の兵に略奪を許したことは一度もないのだよ。むしろ略奪する兵こそ殺すべきだと考えている。

 おまえも知っての通り、おれは并州の孤児だった。孤児になったのは、父が県令で立場上匈奴の略奪に抗わなければならず、見せしめのためおれを除いて一族が匈奴に皆殺しにされたせいだ。だから、おれは略奪する奴が心底憎い。

 いかに怒りに任せた物言いとはいえ、そんなことは言うな。今後一切言うな。おれを怒らせたくなければな」


 おれがきつい口調でそんなことを言うと、白雪はプイと横を向いて口を閉ざしてしまった。

 ああ。ふてぶてしい。

 年ごろの娘はただでさえ難しいのに、こいつには母親がいなかったから仕方がないと言えば仕方がないのだけれども。

 それにしても厳氏との間の娘たちは聞き分けがよくちゃんと父親を敬い可愛かったのだがなあ。


「それにしてもなんで武装解除しておれたちにすぐさま降伏したのだ?その変異種の【おーが】に戦いを挑むほど勇敢なのに」

「【おーが】ノ行動ハ知ッテイルノデ慎重ニスレバ対処デキマス。デモ、タダデサエ凶暴ナ【うさぎ】ヲ8羽モ素手デ殴リ殺スヒト族ノ行動ハ予測デキマセン。抵抗シテモ無残ニ殴リ殺サレルノガオチデ、ソレヨリモ同情ヲ引イタ方ガマダ生キ残レルト直感シマシタ」

「あっそう」


 *


 それから白雪とおれは小鬼たちとウサギを焼きながら平和的な長い話し合いをした。


 小鬼たちは土地の人間からは【ごぶりん】と呼ばれているそうだ。彼ら【ごぶりん】は人間の冒険者に目の敵にされているらしく、まず見つかれば殺しかけられるのだとか。いやはや物騒な話である。しかも笑ってしまうことにその人間というものの中にはおれや白雪のようなヒト族ばかりか【どわーふ】とか【えるふ】とか【じゅうじん】とかという妙な連中まで入るのだという。


「線引きが分からんな。尻尾や獣耳がついた【じゅうじん】が人間に入るのだったら余計なもののついていない【ごぶりん】こそ入るべきようにも思うのだが。

 こうして会話のできる【ごぶりん】を【おーが】と同じく魔物に分類することの方がおかしいだろう?」

「アア、ソレハ250年前ノ魔族ト人類トノ戦争デ私共ノ先祖ガ魔族側ニツイテシマッタタメデス」

「魔族?」

「ハイ。言イ伝エニヨルト姿形ハ色々ダケレド魔法ヲ得意トスル種族デアッタソウデス。戦争中忽然ト地上カラ姿ヲ消シテシマイ、今デハドコヲ探シテモ見ツケルコトガデキマセンガネ」


 なるほど。先祖の失敗が子孫に祟ったわけか。


 さらにここではよそ者であるおれや白雪は【ごぶりん】たちから人間の情報を漁った。


 まあ人間の目から隠れ住んでいる【ごぶりん】たちが大したことを知っているわけではもなく、人間特に冒険者と呼ばれる連中がいかにひどいやつらかということを知らされただけだったが。


 それにしても【ごぶりん】の死体の胸を開いて嬉々として【ませき】とかいうものを取り出すとかいう冒険者の連中には近寄りたくない。こういう冒険者の存在は特に【ませき】が現金代わりになるのだと聞いて目を光らせた娘の教育にすこぶるよろしくない。できる限り避けるべきだと思う。


「おまえたちの食った6羽の【うさぎ】の対価としておれと白雪になんとか服と呼べるものをくれ。それとできるだけきれいな布を1枚と。

 おれと白雪は身なりを整えてとりあえずその人間の街へ行ってみようと思う」


 同情はするものの、人間の攻撃対象である【ごぶりん】にヒト族であるおれや白雪が混じって生活できるはずもなく、人間の側へ行かざるを得ない。


【ごぶりん】の女たちが苦労して古着に布を当てて仕立て直し、おれには褌(犢鼻褌)と襦(下着のような普段着)とコ(衣へんに庫と書く。ズボン下)を、白雪には胸当て・腰巻(肌着)と襦と(スカート)とコをくれた。それと、頭の部分を切り落とした鞣しもしていない生のウサギの毛皮はとりあえず巻く形の裘(毛皮のコート)にしてもらえた。


 これで【ごぶりん】たちのいう知性のある生物の仲間入りすることができた。

 しかし、さらに野蛮人ではない中原の人間としてはもう一工夫要る。

 なんとも面倒なことだが、中原では髷を結った髪を頭巾などで覆わないと野蛮人とみなされるので、おれは髷を結い、それを別にもらった布で包んで余った部分を後ろに垂らした(本来ならその上に身分に合った冠を被るのだが、それは追い追い、木でも削って自作することにしよう)。


 白雪も髪を工夫して結って支度を整えたようだ。

 見送りの【ごぶりん】たちからは餞別として火打石と古びた手斧までもらい、すっかり準備は整った。


 いざ。一番近くの人間の街まで出発!


  







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