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剣士の魂は攻撃に始まり、道の神髄は調和にあり、なの?

「つまらぬな。

 鼠、蝙蝠、蜘蛛、蝙蝠、蜘蛛、蜘蛛、鼠、犬獣人、鼠。

 碌な魔物が出て来んのじゃ」

「いやいやいや。犬の獣人さんは魔物じゃないから。斬っちゃダメ。それは犯罪だから。あれはコポルトなの。似てはいるけどコポルトという魔物なの。

 わかっていると思うけど、街へ帰っても犬の獣人さんにコポルトとか言っちゃダメだからね」


 公主殿はご機嫌斜めのようである。かく言うわたしも少し拍子抜けというかダンジョンに対する期待が大きすぎたというか、少し残念な気持ちである。


「ビルギット殿。もうわたしたちは地下5層まで来ているというのにコポルトが未だ3匹というのは少々おかしいのでは?」

「いや。こんなもんだよ。地下10層までがコポルトたちの縄張りでね。階層を超えてやつらは群れで巡回しているんだ。だから三々五々に群れを小分けにして次々と襲いかかってくることもあれば、大集団で一挙に襲いかかってくることもあるよ。もちろん数匹の群れ一つに出会ったきりでその後は行き違いになって全然姿を現さないこともあるんだけど」

「では、もしかするとこのまま10層まで鼠や蝙蝠にしか出会わずに済むこともあるんですね?」

「うん。もしかして物足りないのかな?まあ、この集団の実力からするとそうなるかもしれないけど。

 でもね。あなた方は言っちゃ悪いけどダンジョン初心者なんだから、ボクとしては気負わずにダンジョン特有の空気に慣れて欲しいな。そして、魔物を殺すことばかりに気を囚われのではなく、たとえばこの場所で魔物に気づかれずにやり過ごすにはどうしたらよいかとか、重傷者を背負って撤退する場合どれくらいの時間でこの通路を駆け抜けられるのとか、暗闇になった場合一番気を付けなければならないことは何なのかとかを考えてくれたらうれしいかな」


 なるほど。わたしは少し浮ついていたようだ。ここは戦場と同じなのだ。目的完遂と部隊の安全確保の両方に目を配るべきだった。

 感謝の念を込めてビルギット殿に一礼する。


「あー。いやいやいや。いちいち礼なんてしなくていいよ。スザンヌさんはホント固いね。騎士様なんだから仕方がないとは思うけど。

 誰かさんみたいに偉そうにされるのも困るけど、余りに謙虚だとチョットね。もう少し軽くしてくれるとボクは助かるかな」

「軽くですか……」


 困った。騎士だからということでこの態度ではないのだが。現に辺境の街で留守番をしているポールなどは騎士とは思えぬほどの態度の悪さであって……。


「ふん。スザンナにいくら言ったところでその鬱陶しい態度は変わらぬぞえ。根が天晴な阿呆だからの。

 それよりの。ビルギットよ。誰が偉そうなのじゃ?返答次第によっては……つまらぬことになるぞえ」

「やめてよ。”ちびプリンセス”ちゃんのは、ときどき冗談に聞こえないから」

「ククク。何を怖がっておるのか妾にはトンと分からぬな。実際、妾はおぬしをぶちのめしたことなどないのじゃが」

「こないだのっ。あれ。ドレス2枚じゃなくて1枚しかあげなかったら本当はボクをボコってたんでしょう?」

「いいや。妾はそんなことはせんぞえ。最初からオスカーのみボコるつもりだったからの」

「嘘・つ・き、だ!」

「ククク。ビルギットよ。また妾の剣術に挑戦してくれぬかえ?妾が新しいドレスを欲しがる頃ぐらいにの。アハハ!」

「完全に恐喝じゃん。やってられないよ!」


 なんのかの言いながら公主殿は仲の良い友人をおつくりのようだ。最初の頃の尖り様がとれて……、こう、なんというか、そう、落ち着いてこられたような感じになられたのではないのか。


「ふむ。次のこぽるとが襲ってくるまで少し時間があるようだの。

 そうじゃ。副隊長よ。どうじゃ?決心はついたかえ?必要があるのなら背中を押してやるぞえ?いつまでも暗い顔をされていても鬱陶しいだけじゃからの」

「……申し訳ありません。未だ決心がつかず」

「うむ。よし決めた。おぬし。密偵など辞めて真の討伐隊の騎士になれ。ついでに今まで習い覚えた武芸のすべてを忘れ、妾が今から教えるひとつの動きのみ身体に刻め」

「はあ?いえ。わたしはまだ」

「もう決めたことじゃ。妾が。おぬしに選択肢はもうない。

 おぬしは密偵を辞め、騎士に生まれ変わり、妾が授けるがゆえ、基本の型『高山流水』の『流水』を極めるのじゃ。よいな。

 では、妾の動きに刮目せよ。息づかい。気の巡らし様。手足の位置。目の使い方。力加減。速さ。拍子。すべてじゃ」


 いつの間にかマックスの剣を鞘ごと奪っていた公主殿がゆっくりと右手で鞘を払い剣を一閃させてみせた。


「およそ斬り合いとは一瞬の間に事を決するものじゃ。上手は一撃で決め、下手は2合3合と切り結ぶ。

 上手であろうとすれば、その一瞬に、剣を抜く。相手に刃を当てようとする。斬る。戻す、の4つの拍子をとることになる。しかし、これがなかなか難しい。正しい呼吸、正しい姿勢、正しい動作が必要となる。

 では、正しいとはなんじゃ?

 無駄な力を籠めず最小限の力で、余計な軌道を描かず相手まで最短距離を、最高の速度で剣を振るう。ならば、一瞬の中に先に言った4つの拍子が合わさってそこからはみ出ない。つまり、一瞬の中に4つの拍子が合わさるような呼吸、姿勢、動作が正しいということになるわけじゃ。

 ただし、一瞬の中に4つの拍子が合わされば上手と言えてもまだまだ達人の奥義の域ではない。奥義はその4つの拍子のほかに、さらに有るがごとくにして無き、無きのごとくにして有るという絶微妙な拍子を掴んで合わせるもの。

 視よ」


 公主殿がそう言うと同時に剣を一閃、いや、わたしには見えなかったが、糸を引きながら飛ばされてきた極細の蜘蛛が3つ背を斬られて落ちていたので、恐ろしいことに三閃したようだった。


「このように奥義に達すれば一瞬の中に5つ6つの拍子を合わせることも可能となる。

 通常の人間では一瞬の中に5つも6つもの拍子が合わさるような呼吸をすることも動作をすることも不可能じゃ。どうしても一瞬では収まらずにはみ出てしまう。しかし、この場にいる諸君らのように気や魔力を使える者たちは違う。身体を強化することによって自在に呼吸でも姿勢でも動作でも扱えてしまえるのじゃからな」


 公主殿はマックスに剣を返しながらさらに続けられる。


「副隊長よ。面倒な余計なことはすべて頭から消し去り、最小限の力、最短距離、最高の速度を心掛けて、まずは一瞬の中の4つの拍子を合わせて一閃してみせよ」

「……」

「できぬとは言わせぬ。おぬしはもはや密偵ではない。上司にしっぽを振る神聖騎士団の騎士でもない。おぬしは茨姫の廃城を攻略する討伐隊の騎士。そして、妾が初めて他人に奥義を伝授する者。これ以外の何者でもない。

 故国への忠誠。残してきた家族への情。かつての仲間との絆。いろいろしがらみがあるやもしれん。しかし、茨姫の廃城を攻略するまでは消し去っておけ。今必要なのは強くなること、(攻略に成功して)生き延びることしかないのじゃからな。

 やれっ!」


 マックスが一瞬、ピクリとした。

 沈黙。

 しばらくしてから面を上げ、首をひねってゴキリと音を鳴らした。顔色がすでに戻っている。纏う雰囲気が一変し、気を充実させ始めた。

 しばらくして一度目を静かに閉じてから半眼に戻し、呼吸を整え、力を抜き自然体となる。 


 マックスが肩幅程度足元を開け、剣を抜き、一閃。


「少し気に偏りがある。剣は腕だけで振るうものではないのじゃ」

「はいっ」


 マックスがまた一閃してみせた。


「よくなった。もう一閃してみせよ。それで得心がいくはずじゃ」

「はい」


 マックスが低めの返事をし、再び自然体となったままになる。


 唐突な一閃。


「でけたぞえ」「はい。できました」


 たしかに呼吸、姿勢、動作、公主殿と何一つ変わらぬ見事な一閃だった。

 ああ。何ということだろう。無駄がなく美しい。マックスの持ち味がいかんなく発揮された一閃だった。

 わたしもモーリスも手を握りしめ、その瞬間、呼吸を止めて見入ってしまった。


「副隊長。通路を50歩進んでそこで待て。30数えるうちに”こぽると”の群れが現れる。それを残らず斬るがよい。

 よいか。マックス。すべての型、すべての技、すべての動作とはある状況下での剣の最適解を示すもの。しかし、そのような都合の良い状況になることなど現実ではあり得ん。偶然でもあり得ないことじゃ。

 では、いかに剣を振るうべきか?

 型や技や動作に現実が合うのを待つのではなく、現実に型や技や動作を合わすのじゃ。状況に応じて応用してみせよ。それと、合うように状況を作り出せ。気と魔力を使ってな。おぬしの水の属性の魔力は実に使い勝手が良い。知っておるか?生物の体のほとんどが水分でできておることを」


 2分ほど後、公主殿のアドバイスを忠実に実行したマックスを見てわたしたちははじめて奥義というものを実感することとなった。

 そこにはコボルト57匹の前衛と18匹の弓持ちの後衛の死骸が積み上げられ、やがてそれらはすべて黒い粒子となり煙となって消えた。すべてが一閃で死骸になっていたのは言うまでもない。

 ちなみに、ビルギット殿は「コボルト」のことを「コポルト」と言っている。細かいことなので面と向かって「コポルトでなくコボルトだ!」などと訂正しないが、公主殿が間違えたまま覚えられるのも気の毒だ。今後、わたしがコボルトのことを正確に発音することでさり気なく訂正しておこう。

 



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