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ダンジョン攻略は犯罪、なの?

「この恩知らずどもめが!先祖代々マテウス家に忠義を尽くしてきたというのにおまえたちの代で手の平を返すとは何事か!しかも寄りにもよって主家の仇であるアウゲンターラー家に媚を売るとは。恥さらしどもが!不忠者どもが!」


 朝早くから気絶から目覚めたペドロさんが縄で縛られたまま喚き散らしていた。


「ペドロさん。ペドロさん。落ち着いて。

 ボクだよ。ビルギットだよ。昨晩は事情が分からなかったから、ペドロさんだけじゃなく関係していると思われるほかの人たち全員も気絶させて縄で縛ったんだ。とりあえず刃傷沙汰を防いだだけだから。

 落ち着いたら事情を話してね。ボク、ペドロさん好きだからお話は聞くよ」


 外の7人の不審者はペドロさんと老隠士が雇ったアーラウの街の冒険者たちだった。手筈では、ペドロさんが花嫁の親族のひとりを屋敷の外へ誘い出し冒険者たちに矢を射かけさせて屋敷が大量の襲撃者によって包囲されていると思い込ませるはずだった。射かけられたひとりが屋敷内に戻って騒ぎ立てると、他の連中も包囲されていると思い込み屋敷内から出られなくなるばかりか外へ助けを求めることもできなくなる。ペドロさんは当然疑われない。襲撃に動揺している連中ひとりひとりに鎌をかけて主家を裏切った者をあぶり出し密かに処刑していく計画だった。


「ふーん。密室で完全犯罪をする気だったんだ。

 ペドロさんの動機が頷けるものかどうかなんてボクにはわからない。でも、婚礼の日に殺人だなんて普段の優しいペドロさんに似合わないよ。しかも、花嫁花婿さんたちまで襲うなんてひどすぎない?」

「……アルバロ・ドン・グレオ様の苦渋の決断じゃ。まずはエミリオ殿に問いただす手筈じゃった」

「あっ。ボクたちが急にやって来たから計画が狂ってしまったのか。でも、そんな計画、実行されなくてよかったと思うよ。ボクは」

「……」


 よかったよかったと笑顔のビルギット殿に対してペドロさんも何も言えずに苦り切るばかり。

 ペドロさんは話さないが、エミリオ様の秘密は老隠士のアルバロ・ドン・グレオ殿から事前に聞いていた。

 17年前、アルバロ殿の弟エクトル殿の妻バルバラ様は大変美人な方でアウゲンターラー家の当主マンフレートに目を付けられ、夫の留守中誘拐されてその身に乱暴を受けた。不幸なことにバルバラ様は妊娠してしまい、出生したのがエミリオ様である。夫のエクトル殿はこのことを知らずに隣国メラリアとの戦争で戦死。エミリオ様の出生の秘密は誰にも知られていなかったのだけれど、5年前、バルバラ様がご病気になられたとき、マンフレートからの問い合わせに不安に駆られてアルバロ殿とペドロさんにだけは告白された。バルバラ様はその後すぐにお亡くなりになられ、両人は秘密にしたままエミリオ様の成長を見守っていたのだが、エミリオ様が王都遊学の際、アウゲンターラー家の3男フリードリヒとなぜか仲良くなり、次いで王宮の近衛隊に抜擢されて何の手柄もないのにあれよあれよという間に出世した。さらに主家のマテウス家の没落後さかんにアウゲンターラー家へ媚を売りだしたイガレタ家が今回の花嫁マルタ殿の実家であった。これらのことからアルバロ殿とペドロさんはマンフレートがエミリオ様を5番目の息子として認知することを計画していると勘ぐりだした。

 そして、マンフレートは5年前の和解後も執拗にマテウス家当主フロイデ様をつけ狙っており、エミリオ様の認知に際してマテウス家の残りの領地を奪い去りエミリオ様に領主の地位をとって代わらせるおそれがあると不安に駆られていたのだ。


「マンフレートという男は非常に強欲でどんな非道なことでも平気でする。認知したエミリオにフロイデ様の領地をそっくり奪って渡すことも現実にありうることなのだ」


 当初の計画では、誰がやったかわからないよう工作してマンフレートと意を通じているらしい花嫁の実家の何人かとアウゲンターラー家の3男とも非常に親しいエミリオ様の友人を殺害する予定だった。殺害後は地方に伝わる幽霊騎士が不忠者に天誅を加えたとのうわさを流してマンフレートの領地奪取の計画をそれとなく世間に知らしめ、かつその意図を挫くつもりだった。しかし、そこへヒト族至上主義でアウゲンターラー家と共闘しているらしい神聖騎士団のわたしたちを引き連れてビルギット殿がやって来たうえ、外の冒険者たちを片付け矢を射ることを邪魔したため、アルバロ殿とペドロさん二人は急遽屋敷内の人間をエミリオ様と花嫁をも含め皆殺しにすることへ計画を変更したのだ。


 その変更した計画でさえわたしたちが阻止してしまった。彼ら二人はわたしたちのことを深く恨んだことだろう。

 だが、たとえ深く恨まれたとしてもそんな計画を実行させるわけにはいかない。


「そろそろ出立しようぞ」


 朝食をとった後、ペドロさんたちの話も聞かずにプイと外へ出たきりであった公主殿が戻られてわたしたちを促した。公主殿のなかではもうこの話は終わったことなのだろう。


「他人のことよりもおぬしたちの頭の上の蠅を追い払うことを先にすべきじゃろ」

「そんなあ。ボク、ペドロさんに世話になっているし。解決しないと花嫁花婿さんたちも困ってしまうよ」

「私事よりも依頼を最優先するのが冒険者というものだと思うのじゃが。先輩の冒険者であるはずのビルギットが破るのかえ?」

「うむむ」

「領地の奪い合い。裏切り。不忠。貞淑な夫人への暴行。望まれぬ子ども。どれもみんな世間ではよくあることじゃろ。妾たちには関係ない。勝手に解決されるべき事柄じゃ。

 もうその話はするな。朝から気分が余計億劫になるわ」


 そう言い捨てて公主殿はスタスタと玄関先を出て馬車のところへ行ってしまわれた。話を聞かなくても公主殿はペドロさんたちの事情に見当をつけていたようだった……。


 屋敷の外には婚礼の翌朝のあいさつとわたしたちの出立の見送りに多くの村人が集まってきていた。

 これだけの人の前ではペドロさんたちももう騒ぎを起こすことはできないだろう。ここは後ろ髪をひかれてもわたしたちは立ち去るべきだ。


「副隊長。ダンジョン攻略に出立しよう」


 わたしは隊に命令を出した。


 *


「この地方に伝わる幽霊騎士とはどんな話なのですか?」


 道中、わたしは眉間にしわを寄せて御者台にいるビルギット殿に声を掛けた。


「んー。それは、これから攻略に向かうダンジョンの裏のボスと言われているアンデットの話だね。生前はマテウス家に仕える騎士で出征中妻に裏切られたとかなんとかという話が残っているよ」

「その妻の不貞に怒りを覚えてアンデットになったとかですか?」

「そうそう。そんな感じ」

「それは、なんだか嫌な話ですね」


 わたしは修道会騎士団の騎士ではないが一生独身を貫くつもりでいる。なので不貞を働く妻の気持ちなどわからない。同情も非難もできないし、するつもりもない。公主殿の言葉を借りれば、関係がないので余計な忖度はしない、といったところか。

 でも、アンデットになったという夫の騎士については気になるところである。不貞をした妻に対する怒りとは一体どのようなものなのだろうか?それが、公主殿の故郷のように夫が妻のことを所有物か何かだと勘違いしていて自分の自由にならなかったことへの怒りであるならば、わたしは共感を覚えることができない。そんなくだらない怒りのせいでアンデットになったという騎士はわたしの理想とする騎士の姿からひどくかけ離れてしまう。騎士なら怒りよりも悲しみを感じるものではないのか……。

 フフ。悲しみの騎士か。わたしにもまだロマンスを感じるこころが残っていたようだ。


「ほう。スザンナのような騎士の鑑のような女騎士でもその手の下世話な話に興味を惹かれるのかえ?」

「いえ。そんなわけでは。ただ、逆のことを夫がした場合、妻の怒りはどんな評価を受けるのかと考えてしまって」


 公主殿にからかわれてしまった。そんな話を持ち出したわたしが実はエミリオ様の母上バルバラ様とその夫エクトル殿のことに拘っていると考えられたようだ。ビルギット殿に質問をするのではなかった。


「ふむ。不貞を働いた妻を罰した夫の行動は物語になったりと世間の共感を呼ぶのに、逆に妻に対して不義理を働いた夫を妻が厳しく当たったりすれば世間では嫉妬と呼んで非難することが多々あるの。片手落ちじゃな」


 なんとか話を逸らすことができたようだ。でも、公主殿の片手落ちとの評価には賛同したい。正直、おかしいとわたしも思う。


「ま。地方の伝説というより噂話の類だから。本当のことは分からない。

 でも、これから攻略するダンジョンに恐ろしく強いアンデットの騎士がいるということだけはたしかだよ。それも行けば必ず会えるとかじゃなく、時々不意に現れて冒険者のチームを遊びで全滅させたりひどい手傷を負わせたりするんだよ。対処不能で非常に困った奴なんだ。ボクは会ったことないけどね」

「死者が生者を意思をもって弄ぶのかえ?ここの土地は全く不思議なところよの」

「そうなの?”ちびプリンセス”ちゃんの故郷ではアンデットとか幽霊とかの話なんてないの?」

「幽霊は人のうわさ話の中だけで存在して現実に出てくるものではなかったの。幽霊みたいな剣士や妖怪みたいな方術士はおったがの」

「ふーん」


 公主殿が暮らしておられた異世界とは一体どんなところなのだろうか?

 戦乱や飢餓さえなければ十分ひとにやさしいところにも思える。

 とはいえ、公主殿が死んで生まれ変わって若返ったという話が知れると国はおろか大陸中が大騒ぎになるから、異世界のことを口外することはもちろん、ぼかして触れることすら躊躇われる。いつまでも遠い異国のお話として止めておかなくてはならない。


 *


 ダンジョンの入口前でビルギット殿による事前の説明が始まった。


「騎士のみなさんはダンジョン攻略が初めてでしたよね。あっ。”ちびプリンセス”ちゃんもですか。

 では、説明しますね。まず、ダンジョンとは実は一つの大きな生き物なのですよ。決して洞窟だとかのただの無機物ではありません。意思をもって活動している生き物なのです。そして、中の魔物には外からやってきて共生しているタイプとダンジョン自身が産み出しているタイプとがあります。外からやって来たタイプはごく普通の魔物ですが、ダンジョンの産み出したタイプは非常にユニークです。ダンジョンが外の魔物に似せて作ったまがい物で、致命傷に相当する攻撃が当たればお宝を残して消滅します」

「言っていることがよく分からんのじゃが」


 公主殿がダンジョン産の魔物について質問する。異世界にはダンジョンのような危険な生物はいないのだろう。

 ダンジョンはもともと魔族が人間の戦士の力を推し量るために設置した魔法生物であり、魔族消滅後も残ったものと言われている。

 ダンジョン産の魔物とは、魔法生物であるダンジョン自身が産み出す仮初の生き物。考えてみればおぞましい話である。


「はいはい。あのですね。”ちびプリンセス”ちゃんは射的屋というお店屋さんをご存じでしょうか?

 射的屋さんとはお金を出しておもちゃの弓矢を店の人から借り、矢を的に当てれば景品がもらえるというところです。

 それとまったく同じで、ダンジョンでは冒険者が命を張って中へと侵入し攻略の邪魔をする魔物に致命傷を与えると貴重な鉱石や角のような素材がもらえるわけです。代わりに冒険者が魔物にやられて攻略に失敗すると、冒険者の死体と装備がダンジョンに吸収されてしまいます。射的屋さんでおもちゃの弓矢を借りるのにお金を取られるのと同じですね。さっきも言ったようにダンジョンは生き物なので冒険者の死体が活動のための栄養となるのです。装備は高品質だとそのまま宝箱の中身となり、低品質だと呪いを付与するなどアップグレードしてさらに冒険者たちを中へ呼び込むための餌となります」

「ほう。たかが素材や宝箱あさりのための代金が冒険者の命と装備じゃだと。危険が大きすぎてあえてダンジョンを攻略しようとする冒険者など少なかろうて」

「いや~。それが違うんだよなあ。あのね。ダンジョンというのは非常に頭が悪くて単純に決められた反応しかできないんだよ。中に設置された罠とか生息している魔物の存在とかを正確に調べることさえできれば攻略は簡単で、命を失う危険は限りなく低くなるの。ボクのようなレンジャーさえいれば楽勝楽勝。だから冒険者の攻略は後を絶たないんだ。

 ただ、攻略には偵察をするレンジャーや罠解除や宝箱開けの鍵士は必要だけどね。

 あっ。そうだ。ボス戦の攻略方法についても説明しておかなくちゃ。

 ダンジョンでは重要な宝箱はたいていボスが守っています。なので、宝箱を得るためにはボスを倒さなければなりません。でも、ボスは飛びぬけて強力な魔物なので冒険者がひとりで倒すことは普通無理です。なので、盾役、攻撃役、遊撃役、回復役など役割を割り振ってチームを組んで当たります。

 ちなみに、みなさんは攻撃役ばかりで盾役とか回復役とか一人もおられませんが、このダンジョンのボスはとても弱っちいので心配する必要はありません」

「わたしたちが目標にしている茨姫の廃墟についても役割をきちんと割り振って臨む必要があるのでしょうか?」


 わたしも質問をしてみた。これが一番気にかかる。もし必要だと言われたら新たに探さなくてはならない。


「んー。茨姫の廃城では盾役は意味を成しませんね。すべて回避も防御もできない攻撃だらけだし、全員が生命を吸われちゃうから特定の者に相手の攻撃を集中させることすらできないからね。

 悪いけど、そもそもあそこは攻略なんて無理でしょう。

 ボクはあそこで偵察をしただけだけどね。いるだけで生命力が減っていくんだ。攻撃なんてできないし回復薬をがぶ飲みしながら逃げるので精いっぱいだった。ボクの報告で参加したチームは攻略をあきらめて引き返したんだよ」


 やはり絶望しかないのか。


「ふん。先のことなど今言うてもはじまるまい。四の五の言わずにこのダンジョンを攻略せんかい!」


「考えてみればダンジョン攻略などというものは押し込み強盗みたいなものじゃな。中の住人の裏をかいて宝箱を奪う点などそっくりじゃわい」とか呟きつつ公主殿が暗い顔をしだしたわたしたちの背中を押した。


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