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後ろを向いてばかりだと前には進めないもの、なの?

 公主殿以外は納屋を抜けて勝手口から屋敷内へと戻る。厨房にはまだ明かりがついており、宴の残り物を前に料理番の女性2人と厨のおじいさんがいた。


「喉でも乾きなすったかえ?残りもんですが、辛いワインでもどぶろくでも何でもありますぜ」

「そうではないんだよ。おじいちゃん。

 今ね。お屋敷内で刃傷沙汰が起こりそうなんだよ。だから、使用人のみんな、ここへ呼んで隠れていてくれないかな。ボクがパパっときれいに治めてくるからさ」

「ええっ!」


 おじいさんと残り物を片付けていた料理番の女性たちから悲鳴が上がりそうになる。わたしは彼女たちの肩へ手を置いた。


「ビルギット殿に任せておけば大丈夫ですよ。安心して。わたしたちも協力します。花嫁花婿さんたちのお部屋はどこでしょう?護衛しに行きます」


 *


 わたしは2階にある花嫁花婿のいる部屋へ副隊長とモーリス、ピエールの3人を率いて向かい、扉越しに、騒ぎが起こっても決して出てこないよう声を掛けた。そして、明かりを消し、襲撃者が来るのを闇の中で待った。


 わたしたちは公主殿の特訓のおかげで闇の中でも剣の届く範囲であれば認識できる。

 闇の中、一番年若いモーリス・ジェルモーがいつでも抜剣できるよう腰を低くして構え、剣の柄に手をかけていた。かなり緊張しているのが分かる。

 モーリスは数少ないヒト族至上主義に反対する司教の甥っ子であり、その司教に圧力をかけるため「茨姫の廃城」攻略の討伐隊に組み込まれた。わたしたち神聖騎士は全員が修道士である修道会騎士団とは異なり、騎士の誓いをしているものの、誓願も出家もしていない。それゆえ、討伐隊への辞令が下ったとき辞めることが可能だった。しかし、命を落とすことが不可避だというのに彼は辞めなかったのだ。

 公主殿なら「無駄なことをする」とおっしゃるところだろうが、わたしは彼を誉めてあげたい。


 扉の左にはピエール・ダーモンがごく自然体で立っている。彼はモーリスとは逆に一番の年かさである。場数も相当に踏んでいる。彼が討伐隊という貧乏くじを引かされたのは、彼がどんな修羅場からでも五体満足で生きて帰ってくることにある。たとえ部隊が全滅しても彼は生きて帰ってくる。元来神聖騎士団では勇ましく戦って死ぬことを潔しとする者が多い。それゆえ、彼は陰で臆病者と軽蔑され、”疫病神”のあだ名までつけられていた。だが、実際の彼は寡黙で、命ぜられたことはどんな手段を使っても確実にこなす得難い男だった。周囲の誤解によって討伐隊に組み込まれたわけだが、彼もまた神聖騎士団を辞めなかった。


 わたしの傍らには副隊長のマックスがいる。彼はいつものような冷たい笑いを浮かべていない。わたしは以前彼と組んで仕事をしたことがあるが、戦いの前、彼は決まってひどく冷たい笑いを浮かべたものだ。そして、彼は敵をむごたらしく殺す。

 しかし、今は笑っていない。公主殿に決断を迫られたことで彼の中で何かが変わった……と思いたい。

 彼の場合は他の二人と違ってそもそも辞めることを許されていなかった。そればかりか、スパイの疑惑のあった彼が脱走しようとした場合、確実に殺すようわたしは上から命令を受けている。スパイであることがはっきりと知れた場合も同様である。でも、彼がこれまでのことをすべて捨て生まれ変わるというのなら、わたしは命令に従わない。すべては彼の決断にかかっている。


 *


 闇の中で待っていると、やはり誰かがやって来た。纏っている殺気から敵であることが分かる。それも相当な凄腕。


 カツっ。カツっ。カツっ。


 ひどく耳障りな、杖でもついているように規則正しい足音が近づいてくる。

 廊下の角から敵の持っている角灯の光が差す。


「どうしてバレたのですかな?神聖騎士団のお歴々がここにいるということは事前にアウゲンターラー家の3男に計画が知られていた?

 どなたか、この老いぼれに教えていただけますかな?あなた方を皆殺しにする前に」

「すべては偶然です。

 わたしは神聖騎士団の騎士スザンナ・ラシェル・フロール・ランラン。ダンジョン攻略の隊長をしている者です。

 襲撃を予想できたのは、わたしたちに同行してくださっている方が屋敷の外にいる7人の不審者に気づいたからです。

 わたしたちにはあなた方の事情が分かりません。ですが、婚礼の夜に花嫁花婿が殺されるというのは悲劇。とりあえず、悲劇を回避するため花嫁花婿を護衛することに決めました」


 襲撃者は足に装具を施した老人だった。

 紹介では花婿エミリオ様の叔父に当たる隠士。アルバロ・ドン・グレオ。


「剣をおさめ、襲撃はなかったことにしてもらえませんか?でないと、わたしはあなたを斬らなければなりません」

「それはできない相談ですな。偶然であろうがアウゲンターラー家からの護衛であろうが、屋敷内にいる人間はみな殺す計画に変更ですので。お気の毒ではあるが」


 老隠士は手に持った角灯を廊下に置いた。

 角灯の光の輪ができる。わたしたちはちょうど光の輪のぎりぎりのところに立つ。


「死んでいただこう」


 老人は足の装具を解き、のこぎり状の刃をもつ剣を構える。

 わたしは光の輪の中へ一歩踏み出し、剣を抜く。魔力封じを施されたままだが、わたしは公主殿に気の操作を教えられている。

 剣先が淡く青く光る。剣がわたしの気を纏い、細かく振動してピーンと音を立てる。公主殿の故郷では高位の剣客が剣に気を纏わせ白く光る点をいくつも剣身に灯すことがあるそうだ(剣星というのだそうだが、公主殿に言わせれば光る以外全く意味がない)。わたしの剣はなぜだか青く光る。


「ほう。これは珍しい」


 対する老隠士の剣は凄まじいまでの冷気を纏っている。風の属性?それとも水の属性か?

 本来ならば分が悪い。魔力封じがなければわたしの剣は火の属性の魔力を纏い燃え上がるはず。これでは魔力の量も踏んだ場数も段違いの相手には意味をなさない。簡単に位負けして吹き消されてしまう。

 しかし、気を纏った今のわたしの剣はこんな格上相手でも十分通用する。


「今一度、言います。剣をお放しください」

「くどい!」


 老隠士の剣が風を巻いて襲ってくる。

 冷気を纏った剣はそばを掠めただけでも近い身体の部分が凍り付く。そこを並んだサメの歯のような刃で引っかけられでもしたらとても悲惨なことになる。魔力封じされた今のわたしでは防御を強化することもできず、なおさらだ。


 わたしは教えられた通り息を整え、待つ。計算し間を開けて躱す。待つ。間を開けて避ける。待つ。離す。待つ。

 老隠士が再び近寄ってくる。


 筋が見えた。

 いざっ!


 老隠士とは合い掛けの形になるが、わたしの剣の方が速い。胴を抜き、横一文字に斬る。


 ……気づくと、老隠士は廊下の壁に体をぶつけてふたつに折り、持っていた剣を根元から断ち切られていた。


 わたしは自分のしたことの実感がまだ抱けない。

 時を巻き戻して思い出してみるに、まず右足を踏み出したとき、踏んだ足裏から衝撃波の波紋が沸き起こった。同時にわたしは老隠士に対し横からの斬撃を放った。次に背後で波紋に巻き込まれた老隠士は体勢を崩し身体を吹き飛ばされて壁に腰から激突した。

 老隠士の剣はわたしの斬撃によりすでに断ち切られている。


 できた。これはオーガ・ロードの討伐のときに公主殿が披露した「鐘鳴坐聴」のわたしなりの再現だった。「鐘鳴坐聴」は公主殿に言わせれば体系から外れた雑技にすぎず、あの時は手の内を見せるのを嫌がった公主殿がとりあえず披露したもの。基本の型である「清夜坐鐘」とは何の関係もない異端の癖技。しかし、わたしはうれしい。


「貴公っ!わしが老いぼれだと侮っておるのか!なぜ殺し切らなんだ!情けを掛けられる覚えはないっ!」

「……」


 たしかにわたしは公主殿の手直しを受け、できないことができるようになった。しかし、わたしの剣は変わらない。わたしは極力殺人の剣は振るわない。


「死んでしまえば後悔することもできません。わたしはあなたに今一度考えて欲しかった」

「何度も考えた末の決断だ。今更考え直すことはない」


 腰を打ち起き上がれない老隠士が苦しげにしながらもどすの利いた声を放つ。



「やはりおぬしは甘いの。妾は一撃で殺せと言うたはずじゃぞえ。いくら腕の立つ剣客でも相手を殺しきれねば逆に殺られることもある」


 いつの間にか公主殿が老隠士のそばに立っていた。相変わらず気配を全く感じさせないお方だ。


「攻略のやる気があるのかの。おぬし。

 前にも言った通り剣術など人殺しの技術じゃ。他人を殺して己が生き延びる。それしかできぬ。いくら腕が立ったところで剣術で他人を救えん。

 そんな余計なことまでやっておれば、隊長の己が死ぬばかりではなく他の隊員にまで迷惑をかけることになる。なぜ分からぬ?腹の立つ女騎士じゃ」


 ドウーンんんん


 不意に公主殿が腹いせをするかのように老隠士の胴を蹴った。衝撃波が走る。老隠士の胴から極細のナイフなどの暗器が飛び出し零れて散らばり、床や壁に突き刺さった。


「戦場に行ったことのある者は矜持などかなぐり捨てて何でもする。

 妾は戦場に行ったことはないが、父者に聞いておる。『勝つためには、それだけを考えてなんでも利用するし、なんでもしなくてはならない』と。

 おぬし。もと騎士じゃからというて暗器で不意打ちはせんと考えておったかえ?それは自分勝手な妄想というものじゃ」

「アルバロ殿は死んだのですか?」

「呆れた女騎士じゃ。この期に及んでまだ他人の心配かえ?阿呆の一念もここまでくると笑えてくるわ。

 ふん。死んではおらぬわ。このじじい、すでに妾への殺意を失っておる。殺す条件を満たさんからな。殺さぬ。

 ただし、このじじいを生かしておく価値はない。花嫁花婿への祝いにせっかく古琴を奏でた妾の気分に水を差したのじゃ。万死に値する。当然じゃろ。次、妾に殺意を向けたのなら間髪入れず妾自ら殺してくれるわ」


 老隠士はもう誰に対する殺意も失っていた。公主殿も当然知っていた。フフフ。


「公主殿がおっしゃられるようにわたしは阿呆です。でも、これは死なない限り治らないと思います」

「何をにやけておる」

「阿呆ですので」


 公主殿は大仰にため息をつくと、背中を見せた。


「妾は寝る。付き合っておれん。

 外の7人は手足の関節を外して転がしてきた。縛るなり助けるなり勝手にするがよかろ」


 公主殿の姿が消えるのと入れ替わりにビルギット殿が現れた。


「あれ。”ちびプリンセス”ちゃんは?えっと。寝に行っちゃったて。もう、しょうがないんだから。

 どれだけ自由人なんだろうね。ボクなんかいっぱい働いたんだから一言ぐらいあってもいいと思わない?思うよね。

 ペドロさんたちをどうしたかって?うん。事情が分からないし、誰が敵だかも分からない。ペドロさんだけ拘束しても、誰かが気付いてペドロさんを殺すかもしれない。だから、使用人を除くみんな感電させて気を失わせた後、縄で縛っておいたよ。ボクたち、ダンジョン攻略に行かなくちゃいけないからぐっすり寝る必要があるしね。朝になってから事情を聴いてみてもいいと思って」


 わたしたちは老隠士と外の7人を屋敷の1階に移し、全員縄で縛った。

 すべては朝になってから。わたしもそれでよいと思う。


 わたしは何も変われない。度々戦場へ行っていたピエールの顔を眺める。

「……」

 ピエールは今回も何も言わなかった……。


 花嫁花婿の部屋へ声を掛け、扉を開けて確認した後、わたしたちも寝に戻った。


 


 


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