プリンセスはプレゼンが苦手、なの?
「俺たちをこんな目に合わせてタダで済むと思っているのか!後ろについてるお偉いさんが黙っちゃいないぜ」
奴隷商人の馬車の鉄格子の中からなにやら安いセリフが聞こえてきた。
「残念だねえ。そのお偉いさんというのがヴァンデルハウゼン卿のことを言っているのなら、おまえさんたちに助けは来ないよ。彼は罷免されたから。ご領主様から突然通達があって筆頭寄子の地位も代官の地位も治安判事の地位もみんな取り上げられたそうだぜ」
「「!!」」
ヴァンデルハウゼン卿というのはあの決闘裁判の時の奴じゃな。どうでもよいが、奴に5年も領地を任せっきりにしておいて、帰ってきた途端、罪を押し付けて反社会的集団もろとも粛清とはな。あのお姫様、相当えげつない奴じゃな。やはり父者の側から一刻も早く引き剥がすべきか。
「そこな奴隷商人よ。こやつら、(奴隷として)売れるのかえ?何のとりえもなさそうに見えるのじゃが」
「それはもう、十分すぎるくらい売れますよ。なにせ北部では鉱山労働者の数が足りてませんので」
「ふーん。暴力を背景に弱い者を食い物にしてきたやつらでも役に立つこともあるのじゃな。世の中うまくできているものじゃ」
「補足するとだな。2か月前、アウゲンターラー家がドワーフたちを追い出して連中の先祖伝来の鉱山を奪っちまったのさ。奪ったのはよいが、働き手もいなくなってしまって目下絶賛募集中なんだわ。よかったな。おまえさんたち。永久就職ができて。給料が出るかは分からんがな」
大男の煽りに対して檻の中からの罵声がひどくなる。
「殺してやる。必ず殺してやる」「地獄へ落ちやがれ。淫売の息子が」「ちくしょうーめ。覚えてやがれ」
「恨むんならアウゲンターラー家を恨めよ。おまえさんたちが領兵解散の煽りを喰らったり故郷を追い出されたのはみんなアウゲンターラー家のせいだろ?それが原因で半ぐれやならず者に転落したんだからな」
「妾は大男の言い分には反対じゃな。すべてこいつらの身から出た錆じゃ。いつまでも弱い者から搾取を続けられると、ここの領主を舐めていた報いともいえる。他人を恨むのは筋違いじゃの」
「おまえさんならそう言うだろうな。まあ、おれはおれ以外の人間が恨まれるならそれでいいや。ハハハ」
「ハハハじゃねえぞ。この野郎っ!」「呪われろ!みんな死んじまえ」「クソ。クソ。クソが!」
馬車6両分の罵声もものとせず、ビルギットが奴隷商人から52人のならず者の代金を受け取り受取書にサインをする。
「じゃあな。おまえさんたち。元気でやれや。3年ぐらいは生きられるそうだぞ」
*
「で。妾に何の用なのじゃ?」
奴隷商人たちを見送った後、妾と大男とビルギットは人気のない空地へと場所を変えた。
「大男。おぬしは一体妾のなにを漏らした?ギルドというのは情報の秘匿に厳しいところじゃなかったのかの?」
「おっとと。怖い顔するなよ。おれは先日のオーガ討伐について誰と行ったのかと聞かれて首を振っただけだぜ。何にも言ってねえ。ただ、あの時、ビルギットにも白金等級の冒険者の助太刀を頼んだ手前、その誰だかわからない討伐者への紹介を断れなくてな。この街まで連れ出したんだよ」
「おぬしの義理など知ったことではない」
ビルギットがニコリとして一歩手前に出る。
「ボクさ。強い人って大好きなんだよね。強い人に会って刺激を受けたら、自分も頑張ろうってモチベーションが上がるじゃない?」
「おまえさん。ビルギットはこの通り悪い奴じゃねえし、知り合いになれば役立つ情報ももらえるぜ」
ふん。大男め。良い奴か悪い奴かを決めるのは妾であって、おぬしではないわ。
「……とりあえず妾に利益になる情報をビルギットが持っているとして、それはただではもらえんのじゃろ?何をしてほしい?腕試しかえ?立ち合いかえ?」
「うんうん。話が早くていいね。ついでに友達にもなろうよ」
「ふーむ。友とは気が早いの。おぬしが妾の友になるにはまずこの場を生き延びねばならんが、その自信はあるのかえ?」
「えっ?え、え~!?どういうこと?何か気に障ったこと言った?」
「せっかく友になりたいと申し込まれたのじゃ。妾も何も言わずにバッサリいくわけにはいかんの。自己紹介ぐらいしてやろうの」
「ええっ。相当怒ってる?」
「妾は天下無双と謳われた、大漢国奮武将軍慍侯呂奉先が娘。字を白雪という。故郷では江湖を三度震撼させ、天下に剣の腕で少しは知られた女侠客じゃ。
普通、江湖で武芸者や侠客の手の内を知るということは即ちその者の死命を制することに等しいとされておる。情報を知られ準備して仕掛けられたら防ぎようがないからの。
ゆえに、江湖では相手の手の内を知ろうとすることは覚悟がいるとされ、失敗すれば殺されても文句が言えん。例外は師弟関係や同門、同流のつながりがある場合じゃが、ビルギットと妾は知り合いですらない。
お分かりかえ?妾が今何を考えておるか」
「ううん。わからない。でも、そんなに重く考える必要あるのかな。試合くらいいいじゃない?他流試合という言葉だってあるくらいだし」
「妾のは道場剣法ではない。そんなぬるいものではないのじゃ。妾は剣術を人殺しの技術と考えておる。心を鍛えるものでも、精神世界の高みに導くものでもない。人を殺して己を生き延びさせるための技術にすぎん。それゆえ、妾の剣術では試合えばどちらかが死ぬ。当然のことじゃろ?
故郷でも多くの高名な剣客から臨まれた。妾は一度も敗れなかったがゆえに生き延び、あやつらは妾に勝てなかったがゆえにみな死んだ。
そんな妾の剣術におぬしは臨むという。当然、死を覚悟してもらわねばの」
「……」
「おぬしが妾を友にするには、まず妾に勝って生き延び、かつ手加減をして妾を殺さずにおく必要があるの。どうじゃ?できるのかえ?」
「……」
「とは言うものの、右も左も分からぬ見知らぬ土地で三流の冒険者風情をサクッと殺したところで、妾には何の益もない。
そこでじゃ。おぬし、対価を支払え。
さすれば、妾は立ち合いで手加減して殺さずにいてやろう。対価次第ではおぬしの指導をしてやってもよいぞ?なんせ妾は達人じゃからの。おぬしよりはるかに強い。手加減など朝飯前じゃ。
それに、おぬしらの腕では試合うてみても妾の技を盗むことも理解することすらできぬからの。妾には何の害もない。クククク。アハハ。はっははは!」
「”ちびプリンセス”ちゃんのくせにひどいことを言う。ボクを舐めないでほしいものだよ。
……でも、ちょっと怖いから手加減はしてほしいかな」
「うん?少し最後あたりがむにゃむにゃと聞きそびれたのじゃが。手加減なしでスパッと殺ってよい?」
「もう。意地悪。ちゃんとなにかあげるから、手加減してくれないかな。よろしく頼むよ」
「何かでは困るの」
「じゃあ、なんなのさ。何が欲しいの?」
「まずは金じゃな。妾に似合う品の良いドレスが一着買える程度の金が欲しいの。それと、妾に役立つ情報すべてじゃ」
「なんだ。お金が欲しいのか。それぐらいだったらお安い御用。でも、情報全部はボリ過ぎじゃ」
妾はビルギットの硬直した足を引っかけて倒し、その背中に貫手の寸止めをした。
「分かっておるとは思うが、少し力を強めればおぬしの心臓はおろか上半身が粉みじんになる」
「ええっ。いきなりひどいじゃないか」
「ふん。腕に魔力を通しビリビリ攻撃の準備をしたことくらいお見通しじゃ。
というよりも、こちらはおぬしを一目見た瞬間からおぬしの手の内をすべて読んでおるわ。
まず、おぬしの腕の付け根から指の先の筋肉の外側の表面は通常の人間とまるで異なる。つまり、そこでビリビリを発生させるのじゃろ。そして、手に糸を何十本と隠し持っておるところからして基本的には相手に接触しなければビリビリを発動できんわけじゃな。糸は距離のある相手対策じゃ。糸に絡めれば相手にビリビリも届く。
次に、足じゃ。筋肉の発達具合と魔力の溜りやすさから察するによほどの脚力自慢と見た。要するに足を使って相手を翻弄して戦うわけじゃ。両手で短剣を扱うところをみれば戦い方に合点がいく。重心も骨格もわずかに左にズレているところから、軸足は左で蹴りは右を多用するかの。
あとは、体の柔らかさ、筋肉の質と量から考えて、しなりを作って攻撃力を強めるのがうまい。動きの早さで相手を圧倒する種類の獣人たちを凌駕する俊敏性と耐久力を兼ね備え、相手を少しづつ削って追い込むのが得意というわけじゃな。
ここまで分かればおぬしがどのような技で攻撃してくるのか予想がつく。妾とまともに立ち合えば」
わらわは一歩退いてビルギットが立ち上がるのを待った。
「刹那殺というところじゃな。
どうするのじゃ?ビルギットよ。対価を支払ろうてボコボコですますのかえ?それとも死ぬのかえ?」
「それって選択肢ないよね」
妾がニコリとしてやると、いつものように大男が口を出してきた。
「おいおい。そりゃ、脅迫というもんだぜ。さすがは金にがめつい”ちびプリンセス”様だ。策でドレス一着分の出費を抑えやがったよ。
でもよ。後々のことを考えれば、おまえさんもビルギットと仲良くしておく方がいいんじゃねえか?な。ここは少し譲歩してやれよ。譲歩してくれるとおれも面が立つし」
「大男よ。おぬしもボコボコにしてやってもよいのじゃぞ。いつもいつも小姑のようにうるさいからの。ここらで力関係というものを認識してもらう必要があるやもしれんの」
その後、二人をボコる前に参考に高山流水という基本の型を見せておいた。これは弩兵の大部隊に連続して1万本の矢を射かけられることを想定してそれを防ぐために編み出されたものじゃ。
高山流水
列子にある言葉の意味にもかけたのじゃが、この二人には理解できんじゃろの。