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小さくてもプリンセス、なの?

「この川エビのスープ、うめえな!」

「うむ。これもよい。これもよいのじゃが、妾としてはやはり海の魚が食いたいのじゃ」


 妾は辺境の街にない日用品の買い出しに400里(約100キロ)ほど離れた隣のアーラウという街にまで連れ出された挙句、なぜか口うるさい大男と向かい合って昼飯を食べておる。いろいろ解せぬが、奢ってくれると言うておるのじゃ、ここは遠慮なく馳走してもらって散財させてやろうぞ。


 前掛けをした女給仕が急いでやってきて卓に料理を並べていく。


「ご注文の子牛のパイ。豚の肩ロースのステーキ。豚の煮込み料理。芋のサラダ。エール1パイント。それと、ハーブティーの茶器セットとなります」

「おお。ありがとよ」


 目の端に強面のヒト族の集団と獣人の集団がお互いけん制しながら中央の大きな卓に集まってきたのが映る。


「あのっ。いつもはこんなに一ぺんにお料理持ってこないんです。でも、今日は」

「ああ。分かってるって。関係ねえけど、おれらも事情知ってから。

 お嬢ちゃんにまで気使わせちまって悪いね。これ、少ないけどチップ。さあ。早いとこ、安全なとこまでお逃げ」


 肉肉肉じゃなあ。特に煮込みは崩れた豆の海から豚の頭がにゅっと出ていてなかなかの壮観であるの。


「海のものはここじゃ無理だな。食いたきゃ、隣国メラリアへ行くしかない」

「干し鮑とか干物の魚は手に入らぬのかえ?」

「まあ、需要がないからな。(市場に)流れてきてないんじゃねえの。

 んで、欲しかったもんは手に入ったのか?」

「いや。この土地のものの値段がおかしすぎて買う気が起こらんのじゃ」

「少しくらい高くても散財しろよ。おまえさん。この間のオーガ討伐で大金稼いだじゃねえか?」

「なにが大金じゃ!最初にレナとかいうきつい小娘に言われておった額の半分ほどしかもらっておらぬわ。期待させおってがっくりじゃぞ」

「はあ!?それはおかしい。いくらおまえさんがオーガ・ロードを魔石ごと叩き切っちまったとはいえ、査定にそんなに響いていたわけじゃねえんだがな。半額にされる理由が分からねえな」

「レナが言うに、妾は本来4万5000ペニヒ(6650万円)ほどもらえるところ、税金とギルドの手数料を引いて2万2569ペニヒ(3385万3500円)しかもらえぬのじゃとか。ギルドから回ってきた仕事じゃ。手数料を取られることは納得できる。しかし、なんで妾が税を取られるのじゃ?ここの領主はいったい何を考えとるのじゃ?」

「えっ。そうか?おれとしてはギルドの手数料の方が納得いかないんだけどな。

 とにかく税金なら仕方がねえ。減って当然じゃねえか。税金引かれることを考えてない方がおかしい。それに税金に関して言えば、ここの領主様のは安い方だぜ。他所じゃ高額所得の冒険者に収入の6割を税とするところもザラよ。安くてラッキーって思うべきだぜ」

「安い高いではないのじゃ。そもそも冒険者のような堅気でない者から税を取り立てていること自体が不可解なのじゃ。税といえば百姓と役人と関係して甘い汁を吸っている商人から取り立てるのが相場じゃろ?違うのかえ?」

「そんなことあるわけねえじゃねえか。何考えてるんだ。

 ははあーん。おまえさん。故郷で税金納めたことねえだろ。侠客だか何だか知らんけど、アウト・ロー気取って役人追っ払ってたんだろう。この脱税者めが。脱税は犯罪だぞ」

「は、犯罪者だと!?」

「おまえさん。本当に何も知らないんだな。

 いいよ、いいよ。おれが特別に教えてやるよ。常識知らずにまた変なこと言いだされちゃかなわないからな」

「要らぬわ。妾は元から常識人じゃ」

「はっ!よく言う。

 んじゃ、さ。領主様はどうして税金をおれたちから取り立てるのか、理由を説明してみ?理由をちゃんと説明出来たら常識人と認めてやるよ」

「そんなの自分たちが贅沢したいからに決まっておろうが」

「馬鹿か!いや。そんな奴もいることはいるが、それは例外。おれは建前を聞いているの」

「……」

「おまえさんが領主だったらどう言い繕うんだよ?」

「妾が領主だったら民のためと言うの。治安を守るには兵隊たちを養わねばならん。洪水で田畑が押し流されないようにするには堤防を築かねばならん。裁判など役所の仕事を滞りなくするには役人を雇わねばならん。そのためには金が要る。民のために使う金は民から徴収するのが道理だと言うじゃろの」

「わかっているじゃねえか。だったらどうして税金イヤってごねんだよ?」

「妾は領主に何かしてもらった覚えもない。恩もないのに税金など払えるものか!」

「いやいやいや。討伐依頼の金、どこから出てるのか知ってんのか?おまえさん。税金だよ。税金。領主様が払ってくれてんの。

 おれたちは辺境の街にいる。辺境じゃ、魔物や魔獣が跋扈していて百姓たちは農地を広げられない。商人も街道を気軽に行き来できない。でも、魔物や魔獣を追っ払うことができれば、辺境でも百姓も農地が増えて食料を自給できるし、商人も仕事がうまくいって落とす金も増える。税収も上がる。そのためには冒険者に頼んで日常的に駆除してもらわなければならない。兵隊たちに手伝わせるにしてもすべてを任せることはできない。任せてしまえば失業者対策にならないからな。冒険者に金を払うからこそ冒険者も金を使って商人たちも潤って金が回る。経済が回る。つまりよ。これは公共事業なんだわ。

 その恩恵を受けてんだ。税金払うのは当たり前だろ」

「……ちっ」

「舌打ちしやがったよ。おらあ、常識教えて舌打ちされたの初めてだよ。びっくり人間め。 で。他に知らないことはないのか?この際だから教えておくぜ」

「木綿や絹の布は常識的な値段に納まっておるのに、なぜに古着があんなに高いのじゃ?」

「うん?よくわからんが、昔と違って布はたしかに安くなったよな。安くなったのは海外からメラリアを通して大量の絹や木綿が入ってきているせいだろう。メラリアには外洋貿易港がいくつかあるから。それにしても、そんなに古着は高いのか?」

「妾の下宿料は月20ペニヒ。商家の一室を間借りして、部屋も寝台も清潔。日に2度、たっぷりの上等な食事が出て、祭りや祝いの日には菓子や酒が存分にふるまわれる。こんな最高級の下宿で月たったの20ペニヒじゃ。それに引き換え、どこの古着屋でも女物の一番安い古着が400ペニヒ。普通ので3000ペニヒを超えることはザラじゃ。最高級品ともなれば1万ペニヒは優にする。おかしいと思うじゃろ?普通の服を買うだけで10年以上の生活費が飛ぶのじゃぞ?」

「おまえさん。それ、普通の服ではなくてドレスだろ。庶民にとっては一生に一度の晴れ着だよ。祝い事とか大きな祭りの日に着るやつ。何着も持っている奴なんていねえよ。お貴族様は別だがな。それと、その手の服は借金の担保となるようにわざと資産価値をつけているんだよ。つまりだ。お貴族様なら宝石だの絵画だの美術品だのを質にして割と簡単に借金することができる。だが、庶民はそんなもの持っちゃいねえ。代わりのものが服ってわけさ」


 ふーむ。だったら妾には必要のない物じゃな。いや、待て。父者は確実に偉くなるしの。実の娘がいざというときにろくな服もない貧相な恰好じゃと、父者の沽券にかかわる。ウムムム。買うべきか止めるべきか、悩ましいの。困ったぞえ。


「要らねえんじゃねえの?ご領主様主催の宴に呼ばれるわけねえんだし。王様の御前に出ることなんてもっとないしな。おまえさんが会えるお偉いさんといえばせいぜい裁判官とか司法関係者だろ。主に裁かれる側としてな。アハハ!」


 一度ボコボコにしてやろうか。この大男。


「やはり買うことにするのじゃ。自分で仕立てた衫だけでは心もとないからの。

 ということで金が要るのじゃ。ギルドの仕事を斡旋してたもれ」

「勘弁してくれや。さっきも言ったように討伐依頼は公共事業なんだよ。おまえさんに仕事取られちまえば、他の冒険者たちが干やがってしまうぜ。

 そういや、おまえさん。医術と料理を施してんだってな。評判いいんだからそっちの方で儲けろよ」

「あれは近所のジジババが妾の顔を見ると芋飴や蜂蜜をくれるお礼に肩こりや腰痛を治してやっただけじゃ。ついでにもらった麦芽糖で饅頭を作って父者へ送り、余りをガキどもに振舞ったのじゃ。金目当てに商売をしたのではないわ」


 大男はそれっきりよい知恵も出さず、肩をすくめただけで食べるのに専念しはじめた。

 妾も食べながら中央の卓を見ると、狼の獣人が茶器で茶碗一杯に注いで相手に差し出していた。


「何でえ、これは?」


 意味が分からず驚いたヒト族の頭らしき輩が阿保面をさらしている。

 侠客だった妾には分かる。意味は『もう我慢ならない。全面戦争の覚悟があるんだったらかかって来いや』じゃ。


「わからねえのか?こっちは我慢の限界だと言っているんだよ。戦争する覚悟がなきゃ引き下がりな」

「獣風情が利いた風な口を」


 一番柄の良くない獣人とヒトとがお互いを威嚇し合っておる。まるで餌をめぐって争う野良犬のようじゃ。弱い者の争いなど見てもつまらんの。


「おまえさん。手を出したり煽ったりしねえでくれよ。こいつはよその奴の仕事だから」

「分かっておるわ。なんで妾が金にもならぬのに小悪党のつまらぬ諍いに手を出さねばならぬのじゃ」

「おまえさんの場合、すぐ殺っちまうだろ。それは困るんだよ」

「妾は殺人狂ではない」


 大男が豚の肩の肉をモグモグしながらふざけたことを言う。

 それにしても肉を食うのに手づかみかや?手が脂まみれで汚いの。


「おお。おまえさん。箸で肉を細切れにできるのか?それ、枝を削ったものだろ?達人はなんでもありだな」

「気を練ることさえできれば誰にでもできる。大男が腕を持ちながら一流になりきれんのはその辺のことが分かっておらぬからじゃな。一度、”切る”という動作をよく考えてみるのがよかろ」

「へ~え。おまえさん。武芸のことだけは理論的に考えられるんだな。御見それしました」

「武芸だけではない。すべてについて理論的に考えておるわ。妾が医術にも秀でていることを知らぬのかえ」


 本当に失礼な大男じゃ。

 ム。中央の奴ら、小競り合いまではじめおったか。そんなのは表に出てやれ。埃が立って迷惑じゃ。


「小刀まで飛んできたぞえ。少々煩いのじゃ」

「いや。飛んできたナイフを箸でつまむなよ」

「ちょっと黙らせるぞえ」

「お、おい。やめ」


 それっ。中央の奴らを天井付近まで飛ばして宙に浮かべてやった。


「あーあ。全員白目剥いて宙に浮かんでるよ。中には出ちゃいけない汁まで垂れちゃっているし。死んでんじゃねえの?こいつら」

「大丈夫じゃ。気を失っているだけじゃ。心臓掴んで持ち上げたくらいで人は死なん」

「いやいやいや。普通死ぬよ」

「体も若干持ち上げておいたから大丈夫じゃ」


 これで当分の間静かになったの。解放して床に転がしておくか。


「ドサドサ落とすんじゃねえよ。床がへこんだだろ。おれは弁償しないからな」

「こ奴らにつけておけばよい」


 死にかけたやつらが若干いたからバレないように気を当てて心臓を動かしておく。

 うっ。魚のようにピクリと跳ねたから、大男に睨まれてしもうたわ。


「……」

「死んでなきゃ、おれはいいよ。おまえさんの常識外れっぷりにはもう慣れた。

 こいつら、奴隷商人に叩き売るまでもてば御の字さ」



「オスカー君がよくってもさ。それじゃ、ボクが困るよ。

 辺境の街の冒険者って他人の仕事横取りするのが趣味なのかな?」


 癖毛の女の子が現れ、手のひらからパチパチするものを出してニヤリと笑った。


「ボクはビルギット。雷使いと呼ばれている白金等級の冒険者。不思議な魔法を使う君はなんて謂うの?」

「あー。ビルギット君。故郷の習わしだとかで、こいつ、名乗らないんだわ。目上の親しい人にしか名前を呼ばれたくないとか。そこのところ理解して気を悪くしないでくれると助かる」

「えっ!それじゃ、どう呼んでいいかわからないよ。みんな、困るじゃん」

「辺境の街では陰で”ちびプリンセス”と呼ばれている」


 妾は知らんぞ。そんな呼び名。


「こいつ。自分のことを公主様と呼ばせたがっていたからな。公主といえば王の娘のことだろ。王の娘といえばプリンセス。こいつの父親は異国で偉いさんみたいだったし。こいつ自身、常識外れだろ。それで、みんな、もういいかってなってな」

「ちびは余計じゃろ」

「だって、おまえさん。小さいんだもの。仕方あるめえ」

「妾が小さいのではない。この土地の女どもが異様にでかいのじゃ!子ども扱いするなよ、じゃ!」


 大男をにらんでると、ビルギットとかいう魔法使いが手を差し出してきた。


「じゃあ、お姉さんとも握手しよっか。”ちびプリンセス”ちゃん。あら。泣かないの。お姉さんが芋飴あげるから」

「おぬしもか!おぬしも妾とそんなに背丈が変わらぬではないか!子ども扱いするな!」




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