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1足す1の中身  作者: サンドリヨン
ある男性
13/30

酩酊への坂道

 がらがらと引き戸を開けて中に入れば、がやがやとした喧騒がまず目と耳を刺激した。

 黄金色に輝く命の液体をなみなみと注がれたジョッキを思い思いに傾けながら、談笑であったり説教にいそしんでいる姿が見える。前者は主に私服を着ているのが多く、後者はきっちりとしたスーツを着ているのが対照的でどこか面白かった。


「すみません。二人ですけど座れます?」

 男性が慌ただしく行き交う店員に声をかければ、笑顔とともに大きな声で好きな席に座ることを許可してくれた。


「とりあえず生と、つまみいくつか頼んどけばいいか?」

「そうですね」

 騒ぎの真っただ中おとなしく頼んだ品々が持ってこられるのを待っていれば、そう長く待つことはなく注文したものが持ってこられた。


「それじゃ、お疲れ」

「はい、お疲れ様です」

 各々労いの言葉を言いながらジョッキを合わせる。

 カンという耳に良い高い音を鳴らさせた後、お互いにジョッキと口元にあててぐいと傾ける。

 泡立つ黄金色の液体はスルスルと喉を滑り落ち、疲労と比例して美味さを増す液体は、今日は苦みなど感じる暇もなく絶妙なのど越しだけ残し体の中へと飲み込まれていった。

 ああ今日も疲れたのだなあと、こんな機会にようやく感じてしまうのだ。

 解放感と労働の疲れを認識した体にはこの命の水は尊いもので、あっというまにジョッキを一つ空けてしまった。


「飲むね」

「ええ、まあ。最近色々あったので」

 苦笑しながら私の横に置いておいた空いたジョッキを見ると、専務はそういいながらビールをもう一つ注文した。


「すみません」

「いいってことさ。飲まなきゃできない話だってあるしな」

 専務は置かれていた枝豆を一房手に取ると中の豆を口に放り込み、流すようにビールをあおった。

 新しいジョッキがおかれ、同時に空いたジョッキが下げられたのを専務は見て取ると、やがて口を動かし始めた。


「課長。どうすれば義理の娘は家に帰ってくると思う?」

 私が口をつけてビールを飲もうとしたと同時に、唐突に踏み込まれた話を始めた。

 これは酔いが回ったというわけではなく、単純にも飲む、ということが腹を割って話すことを了承した、という儀礼的な面を考慮したからだろう。

 簡単な話、飲んだからどんな話でもしよう、ということだ。

 だからこそ、私もそれに答えなければならない。

 酔わない程度に、雰囲気によってなんでもしゃべらなければならない。


「……理想を言うならば、堅苦しくない雰囲気を作ることと、干渉しすぎないことが肝要かと」

「干渉……しすぎてるのかねえ」

「一概にはなんとも」

「どうにも頼りないな。課長が伝えたことだぞ?」

「巻き込まれているとはいえ、どこまでいってもよそ様のお家のことですからね」

 素知らぬ顔で唐揚げをほおばりながらそんなことを言うと、専務からはジトっとした目で睨まれた。

「……美味いかい、それ」

「ええ、とても」

 皮肉的な言葉に真顔で返せば、また少し苦い顔を返してきた。


「干渉しすぎないっていうんですから、これくらいでいいと思いますよ」

「……Qが来た時だけAを返せと?」

「はい。その通りです」

 私は手本を見せていただけだ、などともっともらしい理由をつけて唐揚げを味わっていたことへの言い訳をすると、専務はあきれたようにため息をついた。


「そんな対応でいいのかねえ……」

 困り顔を浮かべながらビールをぐいとあおると、専務の喉は大きく動いた。

「少なくとも今より悪化することはないと思いますよ」

「バッサリ言ってくれるな」

「事実ですので」

 私も専務に倣うようにジョッキをあおる。

「実の娘ならそれも分かるがな、義理だぞ?それも年頃の」

「だからこそですよ。急に年上の男に父親面されてよく思う女子なんていませんよ」

「それもそうだな……」

 専務はどこか気落ちした声で漏らしながらジョッキを傾ける。


「結婚前には会ってたんですか?」

「今の妻を交えて何回かな」

 流石に結婚前に顔合わせ位はしているのだろうとは思っていたが、流石にしていて少し安心した。

「その時の様子は?」

「特に変わったところはなかったな」

「だとするなら結婚後ですか」

「そうなるな……何かしらの兆候があったのなら楽だったんだが」

 何かしらのきっかけがあって関係が悪化したのか、それとも日常の積み重ねなのか。この様子だと恐らく後者の可能性が高く、また根が深いのも後者だ。


「何か心当たりは?」

「とくには思い当たらないのが本当に困りものだ。干渉気味、というのも言われるまでは知らなかったしな」

 はあ、と深くため息をつきながらぼやく。これは確かに日常の鬱憤が積み重なった方だろう。


 いい人すぎる、という女の言葉が私の耳によみがえってきた。

 それはそれは、解決が難しいわけだ。

 一人心地ながら、私は再びから揚げに箸を伸ばした。

「注文、追加するか?」

「お願いします」

 いつの間にか空になっているジョッキと料理を目で見ると、専務はそういった。

 私はそれにためらいなく頷いた。

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