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三つの願い

「大正解」

 パチパチパチという乾いた音が、もう誰も──店員以外いなくなった、カフェ内に響く。

「まさか、人間の脳でここまでたどり着くとは」

 悪魔は少し微笑み、

「実にほしい」

 今の俺にはその言葉の意味が理解できた。

 恐ろしかった。

 心の底が冷え込むような感触だった。

「それはどうも」

 俺のほうが過剰すぎる反応だと言わんばかりに、いつも通りの反応をしている。

「でも、僕の脳はあげられないよ」

 もちろん、魂もね。

 なんて言う始末である。さすが勇気のある人間。

「確かにそうだな。わたしが用があるのは」

悪魔がこちらを向いた。俺は反射的に眼を逸らしてしまう。

「なあ、友」

「なんだい?」

「俺ってどうしたらいいと思う?」

 大して期待してはいなかったが、それでも──可能性を捨て切れなかった。ここまで友人を頼りにしていると、俺の将来に支障が出るかもしれないな。

 実のところ、俺は人見知りである。

 今まで、話していたのは、全員俺が信頼を持っている人間だけだった。

 現に、ナースさんには『対人モード』を使っている。

 俺が人見知りをせずに話せるのが、およそ、三人──今は、二人だが──だ。

 妹で好きな人である恋。

 大の親友である友。

 長らくの付き合いである主治医(名前は知っているが、言わない。主治医で大丈夫だろう)。

 悪魔は入っていない。

 それにさっきの話を聞いている限り、俺は何かやばい立場にいるようだ。

 いつもはあの一人語りのときに、解決方法まで提示してくれる友だが、実はあいつも動揺していたのだろうか?

 それも、大切なことだが、今の俺にはもっと重大なことがあった。

 友に解決方法を訊き出さなければ、今日俺は悪魔に『眼』を奪われてしまう。

 まず、『眼』と言っても、俺の能力だけを奪うのか、それとも俺の眼そのものを奪うのかさっぱり見当がつかない。

「話してみればいいんじゃないかな?」

 ニヤリと笑って、そう言う友に殺意が湧かなかったと言えば嘘になるが、まあ、確かに友の言う通りであることにはちがいないのだ。

 悪魔と話すのは、友でも、ここにいない主治医でもない。

 俺なのだ。

 心がそちらに傾いているうちに悪魔と対話しよう。

 でなければ、俺はもう二度と悪魔と話す気になんてなるはずがないのだから。

 俺は悪魔のほうを見る。

 たった三つ質問を投げかけるだけでいいんだ。

 あとは友に任せよう。

 俺は口を開いた。

「二つ質問いいですか?」

 一つ目。

「ああ」

 思えば、悪魔も相当な口下手である。単に無口なのかもしれないが、今この状況において言えば、最高の状態と言えるだろう。

 俺は再び口を開いた。

「『眼』を奪うって、わたくしの眼ごと奪い取ってしまうということですか?」

 二つ目。

「いや、お前の能力だけを奪い取るつもりだ。未来を見るなんて能力を人間が備えていてはいけないと、神も仰っていた」

 俺は心の片隅でほっ、と息を着いた。

 安心した。

 俺は(以下略)。

「わたくし──いや、俺のこの『眼』と引き換えにお前は何をしてくれる? まさか、ただ奪っていくわけじゃあないだろう?

 三つ目。

 なぜ、こんなことをしたのか。

 なぜ、こんなことをしてしまったのか。

 俺にはまったくわからない。

 俺は心の中で、必死に失礼のないようにしようと、思っていたのに……。

 消される。

 俺の心の中ではそんな言葉がぐるぐると回っていた。

「…………」

 俺はうつむき、そのときが来るのを待った。

 しかしながら、いくら待ってもそのときなど来るはずがないのだった。

「顔を上げろ」

 悪魔の言葉に従う。

「わたしを恐れるな」

 悪魔は少し笑って、そう言った。

 元々の不遜な態度のまま、しかし、笑った笑顔は天使と見間違えるほどの優しさに満ちていた。

 先ほどの俺の態度など全く気にしている様子もなかった。

 だからと言ってはなんだが、俺は、この悪魔の優しさに甘えることにする。

「大丈夫だな」

 悪魔が今度は満足げに笑い、そして、俺に最後の回答を言い渡す。

 悪魔として、悪魔自身が何を対価とするのか。


「三つの願いを叶えよう」


 それは至って普通のことだった。

 悪魔として、最もスタンダードな方法だった。

 一転の曇りもなく、ただ自分が何をできるのか、それを正確に理解している。

 俺がこの対価に何を望んでいたのか、もしかしたら、それすらも──。

 いや、それはいくらなんでも考えすぎだろう。

 友のほうをちらりと見る。

 友は満面の笑みで俺にサムズアップをしてくる。

 俺は悪魔を見据える。

 もう、怖さは感じない。

 だから、必死に言葉を伝えるんだ。

 もう、願いは決まっている。

 三つの願いは決まっている。

 最初から、決まっていたのだ。

 俺は、俺の望みを叶える。


──だから、待っててくれ。


 俺は口を開いた。


──恋。

読んで頂きありがとうございました。

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