正解
「セイカイ」
その者まるで神のような存在だった。
なんてことはまったくなく、実際のことを描写すれば、その者は悪魔のような人間だった、になるだろう。
悪魔のような人間。
正確には、人間の姿に擬態した悪魔。
何を言っているのかと、とうとう頭が壊れてしまったのかと、そこら辺の質問のフリをした罵倒の言葉を受ける気はさらさらない。
毛頭ない。
毛ほどにもない。
毛が頭にないのは悲しいことだが、毛頭ないという言葉をそんな状態の人間が使うこと自体が面白い。
さらさらとした毛のない頭。
完全なる罵倒の言葉である。
使い方によっては、使うものによっては、自虐の言葉に成り上がってしまう。
成り下がってしまうのか?
まあ、ここは一応ながら、成り代わってしまった、そういう風にしておこう。
上から目線である。
俺としては上から目線も下から目線も大して変わらない。いや、構図的には変わりすぎているが、そこのところは今回に限って言えば、議論に上がる資格すら持っていないのだ。
さて、そろそろ現実逃避やめて、目の前の非現実的な存在に眼を向けるとしよう。
『眼』向けるとしよう。
神だよ。
そう、友が言った瞬間にはもう、ここにいた。いや、最初からここにいた。一年前からここにいた。俺たちが生まれる前からここにいた。
不思議と脳が勝手にそう判断していく。
錯覚していく。
いる。
それはわかる。
しかし、見えない。見えない。いるのに見えない。
「君は誰なんだい? まさか『神』というわけではないだろう?」
友は物怖じせずに訊いている。勇気あるな。
「ソレハナイ。シカシ、オシイ」
片言であるが、その意味はしっかりと理解できた。
「惜しい、とは?」
「ウム、ワタシハ、シト」
シト……使徒……か?
「ワガハイハシトデアル」
それ言っちゃうとなんか文学っぽくなっちゃうよ。
いつもならいれているであろう突っ込みは今回に限り自粛しておくとしよう。なんかいないのに突っ込みとか、悲しいし。
それにしても、さっき回りを見たとき、この店のみんなはこの使徒のことをまったく認識していないようだった。どうやら使徒が『いる』と判断できるのは、俺と友だけらしい。
「あの、一ついいかい?」
友は使徒に語りかけた。というか、俺が参加しないと三人称みたいになってしまう。積極的に会話に参加しないと主人公としての価値が失われてしまうかもしれない。いい解決策を見いだしておかなければならないな。
「その片言しゃべり、聞き取りづらいからやめてくれないかな?」
友は勇気のある人間だ。
しかしながら、今回に限って言えば、ただ、空気の読めない人間に成り下がっている。
この場面でその言葉を、そんな聞き取りづらいというわりとちっぽけな理由で、言っていることに驚きを禁じ得ない。
どう見ても、いや、見えないけれど、どう考えても使徒は上位存在である。
人間なんて比較にならないほどの上位存在である。
この地球上における比較すべてを参照したとしても、人間と、使徒の差に匹敵する差を持つ種はいないであろう。
俺なんかが、俺たちなんかが本来関わっていい存在ではないのだ。生物としての、存在としての格がと違いすぎる。器が違いすぎる。
「しょうがない。これで満足か?」
……………………………………………………いや。
いやいやいやいやいや。
「お前、最初からそれで行けよ!」
思わず、突っ込んでしまった。
明らかな上位存在に突っ込みをいれてしまった。なんと、馬鹿な行為だろう。
友を空気が読めないなどと、罵れる立場が俺にはないな。
俺は、俺が臆病者であることを知っていたが、馬鹿者だということは、愚者だということは知りもしなかった。新たな発見は良いものだが、こんなタイミングでの発見は嫌だ。せっかくなら、命の危険のないところで発見したかった。
と言ってももう遅い。
明らかに遅すぎた。
過ぎたことを長々と悩み続けるのは俺の数少ない悪癖の一つではあるが、今はそんな悪癖振り回されている場合ではない。
上位存在に対しての無礼を、上位存在に対して、お前呼ばわりしてしまったことへ、謝罪をしなければならない。
友はなんやかんやで許してもらえているが、それは相手が友だからに他ならない。
友が許してもらえているからと言って、自分もというわけにはいかないのだ。
断罪されなければならない。
俺は、いや、わたくしは上位存在に対し、跪いた。
ここが店内だということは重々理解しているつもりだが、この体勢を崩すわけにはいかない。
「申しわけありません」
「うん、別にいいよ」
「いいのですか?」
思わず、感嘆符がついてしまいそうだった。
「信児」
「なんだ?」
「僕のなかでの君の株が少々やばいことになっているんだけど」
なん……だと。
「理由を訊いてもいいか?」
「まあ、そんな姿を見せられたらね。いくらもともと高くはない株価だって、下がるよ」
言われて始めて今の自分の姿を思い返した。
そうだ。跪いたままだった。
ひれ伏したままだった。
気づいた、気づいてしまったことにより、自分に刺さる店内の人々の視線が痛く感じる。好奇の視線が痛く感じる。
気持ちよくはない。
俺はそんな変態になど、成り下がってはいない。
そして、友。
お前しれっと人のこと株価が低いとか言ったな。
まあ、そのことに突っ込むのは今ではない。もっと先のことである。
そう、例えば、この不思議な邂逅が終わったとき……とか。
まあ、始まったばかりであるため、終わる気配などそうそうないのだが……。
そんなこんなで、俺は立ち上がることにした。
いつまでも頭を垂れているわけにはいかない。
平伏って割と悲しいものだ。いや、なにか大切なものを亡くしたと言うだけなのかもしれないな。
プライドとか、株価とか、エトセトラ……。
「ねえ、使徒さん」
これは驚きである。
明日は天地がひっくり返ってもおかしくないかもしれない。
俺はそう思った。
俺にそう思わせてしまった。
それほどの力が、今の台詞には詰まっていた。
友が敬語を使ったのだ。
少なくとも俺は、友が敬語を使った場面など見たことはない。つまり、これが初見である。
俺が驚いたのは厳密に言えば、二つの要因によって成り立っている。
一つは、友が敬語を使えたのだということだ。
長らく友人の関係でいてそろそろ、こいつは敬語を使えないのかもしれない、そんな結論に至ろうとしていたところでの思わぬ成果だった。
もう一つは、友が使徒をしっかりと人間より上位の存在だと感じ取れたことに、驚いている。こちらのほうは、驚愕している、のほうが正しいかもしれない。
俺自身、友のことを悪く言える権利をさほど持っていないが、少なくとも、危機感知能力に関して言えば、俺は友のことを蔑むことができる。嘲笑うことができる。
できるからと言って、やるつもりはまったくないのだが、できる──『やれる』と『やる』がまったく違うプロセスのもと成り立っているのと同様に、俺もまた、蔑めるが蔑まない。嘲笑えるが、嘲笑わない。つまりそういうことなのだ。
「ん?」
「君はなんの用があってここに来たんだい?」
わかっていたことだが、少し敬意を払ったところで、根本のところは、根源のところはまったく同じである。
友が成長したかどうか、その判断は他人がするものだ。身内がするものではない。仲間が判断することではない。赤の他人が、素晴らしいと思えるかどうかが、友の成長を確信させる。
つまり、俺が言いたいことは、友の成長は俺が判断することではない。そんなただ当たり前のことなのだ。
それにしても、友の質問は俺も気になっていたところだ。
使徒が、人間よりかもはるかに上位の存在である使徒が、なぜこんなところにいるのか、それは俺も気になっていた。
なんとなく予想はついてしまいそうだが、おそらく友はついているのだろうが、ただの一般市民としては訊かなければわからないだろう。
「わたしは──」
謎に緊迫した雰囲気が舞い降りる。
「わたしは、『眼』の持ち主に会いに来た」
読んで頂きありがとうございました。
評価等よろしくお願いします。




