妹、死す。
恋が死んだ。
寿命通りに。
俺の『眼』で見た通りに。
泣いたりはしなかった。
それが恋との最期の約束だったからだ。そんなことは、二十節までしっかりと読んでくれている読者の方々にはお見通しだと思うが、念のためである。その台詞を言うとしよう。いや、言ったところで俺が周りの人間から変な眼で見られるだけなので、言われたことを、約束したことを思うとしよう。
──お兄ちゃん、おねがいがあるの。
そのとき、俺は「なんだ?」と簡素に答えたのだった。恋を見ることが直視することができなかったのだ。刻一刻と『0』に近づく数字を見ることができなかった。すなわち、意思が弱かったのである。
──お兄ちゃん、わたしがしんでもなかないで。
情けない。
恋にそんなことを言わせている自分が許せない。
──そして、
恋はその小さな手で、俺の右手を包み込んだ。使用したのは両手だった。
その行為に思わず、恋を見てしまう。
相も変わらず、可愛らしい、整った顔立ちだった。
何ものよりも、黒い瞳には、大きな水が溜まっており、どんなものより人を酩酊させることができるその声は、少し掠れていた。
──わたしのかわりに、いきて。
十一歳の子供にそんな言葉を言わせるなんて、俺は俺を殺したくなってしまった。
しかし、死ぬことはない。
死んではならないのだ。
それが恋との約束だから。
恋との約束を守るために、これからは生き続けよう。なんのことはない。人生を楽しめばいいだけなのだ。
笑い方を忘れてしまった俺だけど。
泣き方も忘れてしまった俺だけど。
精一杯、恋の代わりに生きていこう。
さて、現実に戻ろうか。
「それで、これからどうするつもりなんだい?」
いつものカフェで友は言う。
「何もしない」
「……はあ」
かなり大きめのため息をつく友。
「君にはまず、やることがあるんじゃないのか?」
やることってなんだ?
葬式はもう終わった。
毎日二回は墓にも行っている。
恋のことを思いながら生活しているが、他に何かあったのだろうか?
「妹ちゃんのもう一つの数値についてだよ」
「3のことか?」
「そう」
友は満面の笑みで肯定の意を示してきた。今このときじゃなきゃ殺していた。
友は更に口を開く。
「君の話によれば、寿命が一年を切ったとき、もう一つの『3』という数字が『0』に変質したらしいね」
友の言う通りである。
寿命が『00・12・31・23・59・59』になった瞬間、『3』だった数字は『0』に変化した。『2』、『1』なんて言う過程をすっ飛ばして、いきなり『0』になったのだ。
もちろん、そのときは疑問に思った。しかしながら、考察することはまったくと言っていいほどなかったのだ。それよりかも、恋との残りの一年のほうが大事だったし、大切だった。
俺はそのことを悔いるつもりはない。
後悔することはこの幸せな一年間を冒涜する行為に他ならないのだから。
「それがどうした?」
「いや、一つ気づきを得てね。君の『眼』に妹ちゃんに関することなんだよ」
俺は友との距離を一気に詰めた。
具体的には、俺が机から身を乗り出しているので、俺の額が友の額に接触するか、しないかの距離間である。
「どんなことを気づいたんだ?」
俺の反応に満足でもしたのか、友は喜ばしそうにしながら、答えた。
「じゃあ、君の期待に答えられるように、僕の考察を披露しよう」
珍しく眼を輝かせながら言う友に、俺はわずかな期待を胸に灯すのだった。
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