表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/50

恋と主治医

 よかった。

 どうやら少ない文字数に抑えられたようだ。

 この小説は短編だからな。二万字に抑えないといけなかったのだが、とりあえず、ミッションクリアである。

 俺は地の文がわりと多い人間らしいからな。そこまで自己主張の激しいほうだとは思っていなかったが、別の意味で、会話文だけは異常に長いことで有名な(有名かどうかは知らない。知らないし、知ろうとも思わない)友人も、友もいるのだから。

「恋」

「なに、お兄ちゃん?」

「医者、どうだって?」

「うん」

 恋の顔にほんの少しだけ影が落ちたのを見逃さない。

 ということは、つまりそういうことである。

 先ほどからたぶんわかっているかもしれないが、俺はこの小説にシリアスな場面は入れない。

「大丈夫だ」

 恋が呆気に取られたように、俺を見る。

「恋の病気は必ず治る。正体不明なんてなんでもない。俺が突き止めて、絶対に……絶対に救ってみせる」

 それは恋への励ましと言うよりか、自分への鼓舞に近かった。

「うん」

 心底嬉しそうに、頷いてくれた。元気になったようだ。

「お兄ちゃん」

「? どうした?」

「えっとねえ……」

 恋の顔が赤い。熱でもあるのだろうか?

「だいすき」

 俺にとってはご褒美でしかない言葉、しかし恋にとっては家族間の「大好き」でしかないことを俺はよく知っている。

 決して、俺を男として見ているわけではないことを、知っている。

「俺も大好きだ」

 俺の言葉の意味は恋には伝わらないだろう。しかし、それでもいい。一緒にいられるなら。もう二度と離れることがないのなら……。

「お兄ちゃん」

 蕩けそうな声で恋は言う。恋は愛に飢えているのだ。幼いころから両親をなくし、数年間も兄と離れ離れになってしまえば、愛に飢えるのも無理はない。だから、俺は愛を注ぐ。


 それが歪んだ愛だとしても。


「恋」

「お兄ちゃん!」

「恋!」

 無駄に感嘆符までつけて名前を呼び合う俺たち……。愛を感じる。

 その呼び合いを何度となく繰り返した。まったく飽きない。全然飽きない。俺は明日から声が出なくても、今日のことを後悔したりはしないだろう。

「…………あの」

 急に声がかかった。あまりにも急なことだったので、俺と恋はビクッとした。変な意味ではない。断じて違う。

 この声からわかることは、すごくタイミングを図りかねていたということだろう。間が長い。いやいや、急に話しかけられたのだから間がわかるはずないのだが、『三点リーダ』を四つも使っていたことなんてわかるはずがないのだが……。

「すみません。邪魔してしまいましたか?」

 声のしたほうを見てみると、いかにもナースといった出で立ちの女性が困惑したような表情で立っていた。いや、ここは病院なのだ。変な風に描写しなくても、この女性がナースであることが容易に伺える。というか、それ以外の判断はありえない。

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 敬語(丁寧しか使えない)で、瞬時に『対人モード』へ移行する。

 それにしても、ナースさんにはあの光景を見られてしまったのだな。消すか。いや、さすがに物騒だ。あとで口止め料でも払っておくか……。

「何か用でもあったんですか?」

「はい、主治医がお呼びです」

「……わかりました」


 移動シーンはカットだ。つまらないからな。

 というわけで、主治医との会話だ。

「お久しぶりです」

 と俺。他人行儀である。

「そんなに久しぶりというわけでは……昨日も会うことは会ったでしょう?」

「そう言われてみれば、そうですね」

「そう言われなくても、そうですよ」

 主治医。なかなかにユニークな人である。ネームドキャラじゃないのがおかしいくらいだ。

「私にだって名前くらいありますよ」

「……俺の思考に入ってくるのやめてもらえませんか?」

「いやあ、君は考えたことがすぐ顔に出るタイプだからね」

「表情を見ていればなんとなくわかると?」

「そう」

「まあ、それは置いておくとして、あなたの名前は何て言うんです?」

「相変わらず、人の名前を覚えようとしないですねえ。何回目です?」

「五回目?」

「十回目ですよ」

 俺も人のこと言えないな。友に何回だと訊いておきながら、俺自身も訊かれてしまうなんて。屈辱という感じはしないけど、なかなかに堪えるものだな。

「主治医」

「先生でいいでしょうに」

「あなたはそれで十分です」

「名前は言わなくてもいいんですか?」

「言わなくてもいいですね」

「そうですか」

 というわけで本題に入る前にもう一つ閑話を挟むことにした。

 どういうわけなのか説明はしない。

「一ついいか?」

「何ですか?」

「敬語やめていい?」

「もうやめているのに、それ訊くのかい? 事後承諾にもほどがあるよ」

「じゃあ、お前も崩していいよ」

「……上から目線にもほどがあるね」

 閑話休題。

 そういうことで、敬語はなしだ。

「主治医、どうなんだ?」

 まどろっこしい建前を省き俺は言う。

 妹の病気が判明したのか?

 そう、問いかける。

「残念ながら、恋さんの病気の正体はわからずじまいだよ。おいおい、そんな眼で見ないでくれたまえ。私だって、私たちだって一生懸命頑張っているんだよ。……ただ、成果があげられないだけでね。まあ、私たちの力不足だということも、誤用での役不足だということもわかっているんだよ」

 そう言って、俺の反応待つ主治医。

「お前の見解はそれだけか?」

 そう返すと、「待っていたよ、その言葉を」と言うかのように、その整った顔に笑みを浮かべる。

「私の個人的な見解を言わせてもらえるならば──」

「前置きが長い。早くしろ」

「しょうがない、少し早めに、本題に入るとしようか──」

 主治医は肩を竦めながらそう言い、そして続ける。

読んで頂きありがとうございました。

評価等よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ