恋と主治医
よかった。
どうやら少ない文字数に抑えられたようだ。
この小説は短編だからな。二万字に抑えないといけなかったのだが、とりあえず、ミッションクリアである。
俺は地の文がわりと多い人間らしいからな。そこまで自己主張の激しいほうだとは思っていなかったが、別の意味で、会話文だけは異常に長いことで有名な(有名かどうかは知らない。知らないし、知ろうとも思わない)友人も、友もいるのだから。
「恋」
「なに、お兄ちゃん?」
「医者、どうだって?」
「うん」
恋の顔にほんの少しだけ影が落ちたのを見逃さない。
ということは、つまりそういうことである。
先ほどからたぶんわかっているかもしれないが、俺はこの小説にシリアスな場面は入れない。
「大丈夫だ」
恋が呆気に取られたように、俺を見る。
「恋の病気は必ず治る。正体不明なんてなんでもない。俺が突き止めて、絶対に……絶対に救ってみせる」
それは恋への励ましと言うよりか、自分への鼓舞に近かった。
「うん」
心底嬉しそうに、頷いてくれた。元気になったようだ。
「お兄ちゃん」
「? どうした?」
「えっとねえ……」
恋の顔が赤い。熱でもあるのだろうか?
「だいすき」
俺にとってはご褒美でしかない言葉、しかし恋にとっては家族間の「大好き」でしかないことを俺はよく知っている。
決して、俺を男として見ているわけではないことを、知っている。
「俺も大好きだ」
俺の言葉の意味は恋には伝わらないだろう。しかし、それでもいい。一緒にいられるなら。もう二度と離れることがないのなら……。
「お兄ちゃん」
蕩けそうな声で恋は言う。恋は愛に飢えているのだ。幼いころから両親をなくし、数年間も兄と離れ離れになってしまえば、愛に飢えるのも無理はない。だから、俺は愛を注ぐ。
それが歪んだ愛だとしても。
「恋」
「お兄ちゃん!」
「恋!」
無駄に感嘆符までつけて名前を呼び合う俺たち……。愛を感じる。
その呼び合いを何度となく繰り返した。まったく飽きない。全然飽きない。俺は明日から声が出なくても、今日のことを後悔したりはしないだろう。
「…………あの」
急に声がかかった。あまりにも急なことだったので、俺と恋はビクッとした。変な意味ではない。断じて違う。
この声からわかることは、すごくタイミングを図りかねていたということだろう。間が長い。いやいや、急に話しかけられたのだから間がわかるはずないのだが、『三点リーダ』を四つも使っていたことなんてわかるはずがないのだが……。
「すみません。邪魔してしまいましたか?」
声のしたほうを見てみると、いかにもナースといった出で立ちの女性が困惑したような表情で立っていた。いや、ここは病院なのだ。変な風に描写しなくても、この女性がナースであることが容易に伺える。というか、それ以外の判断はありえない。
「いえいえ、大丈夫ですよ」
敬語(丁寧しか使えない)で、瞬時に『対人モード』へ移行する。
それにしても、ナースさんにはあの光景を見られてしまったのだな。消すか。いや、さすがに物騒だ。あとで口止め料でも払っておくか……。
「何か用でもあったんですか?」
「はい、主治医がお呼びです」
「……わかりました」
移動シーンはカットだ。つまらないからな。
というわけで、主治医との会話だ。
「お久しぶりです」
と俺。他人行儀である。
「そんなに久しぶりというわけでは……昨日も会うことは会ったでしょう?」
「そう言われてみれば、そうですね」
「そう言われなくても、そうですよ」
主治医。なかなかにユニークな人である。ネームドキャラじゃないのがおかしいくらいだ。
「私にだって名前くらいありますよ」
「……俺の思考に入ってくるのやめてもらえませんか?」
「いやあ、君は考えたことがすぐ顔に出るタイプだからね」
「表情を見ていればなんとなくわかると?」
「そう」
「まあ、それは置いておくとして、あなたの名前は何て言うんです?」
「相変わらず、人の名前を覚えようとしないですねえ。何回目です?」
「五回目?」
「十回目ですよ」
俺も人のこと言えないな。友に何回だと訊いておきながら、俺自身も訊かれてしまうなんて。屈辱という感じはしないけど、なかなかに堪えるものだな。
「主治医」
「先生でいいでしょうに」
「あなたはそれで十分です」
「名前は言わなくてもいいんですか?」
「言わなくてもいいですね」
「そうですか」
というわけで本題に入る前にもう一つ閑話を挟むことにした。
どういうわけなのか説明はしない。
「一ついいか?」
「何ですか?」
「敬語やめていい?」
「もうやめているのに、それ訊くのかい? 事後承諾にもほどがあるよ」
「じゃあ、お前も崩していいよ」
「……上から目線にもほどがあるね」
閑話休題。
そういうことで、敬語はなしだ。
「主治医、どうなんだ?」
まどろっこしい建前を省き俺は言う。
妹の病気が判明したのか?
そう、問いかける。
「残念ながら、恋さんの病気の正体はわからずじまいだよ。おいおい、そんな眼で見ないでくれたまえ。私だって、私たちだって一生懸命頑張っているんだよ。……ただ、成果があげられないだけでね。まあ、私たちの力不足だということも、誤用での役不足だということもわかっているんだよ」
そう言って、俺の反応待つ主治医。
「お前の見解はそれだけか?」
そう返すと、「待っていたよ、その言葉を」と言うかのように、その整った顔に笑みを浮かべる。
「私の個人的な見解を言わせてもらえるならば──」
「前置きが長い。早くしろ」
「しょうがない、少し早めに、本題に入るとしようか──」
主治医は肩を竦めながらそう言い、そして続ける。
読んで頂きありがとうございました。
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