未来視
幼井信児。
彼、というか俺は物心ついたときから、人の頭の上に数字が見えていた。
その数字は人によって違うのだが、たったひとつだけ共通していることがある。
その数字には二種類あるということだ。
例えば、目の前に座る親友──神野友で言えば、『73』と『3』という数字である。
後者の数字の意味はわからないが、前者の意味ならなんとなくわかっている。
いや、わかりやすいだけなのだ。
前者のほうのは詳しく見ることができる。
『73』を詳しく──注意深く、見る『73・04・14・06・32・03』なんて数字が浮かんでくる。
しかし、次の瞬間には、『73・04・14・06・32・02』、その次の瞬間には、
73・04・14・06・32・01。
73・04・14・06・32・00。
73・04・14・06・31・59…………。
次々減っていく、まるでなにかしらのカウントダウンのように。
そう、カウントダウンである。
これは死へのカウントダウンである。
つまり、齢十六である俺の親友は、七十三年四ヶ月十四日六時三十一分四十八秒間後には死ぬらしい。
わりと長生きである。
「君はまた、僕の寿命見てるのかい?」
「なんでわかるんだ?」
「君、僕のこと、見すぎだよ。あと、寿命を詳しく見ているんだろうけどね、僕のことを睨み付けてるように見えるからな、注意したほうがいい。はっきり言っても、それは恐らくだが、初対面の人には絶対にしてはいけない部類の表情だからね」
「お前は俺が──」
「君がさすがに、人の初対面の人の寿命を見ることは絶対にないとこの僕も思ってはいるけれどね。まあ、睨み付けられたかどうかも、主観の問題だからね。他人の寿命を正確にそして知られずに、知りたいんだったら、サングラスをおすすめするよ。いわゆるグラサンというやつだね。あと、これも付け加えたい忠告だけど、サングラスをするときにはそれなりの服装をすることだね」
捲し立てる友に俺は苦笑し、
「おう、わかった。そして、俺からも忠告だ」
「ん? なんだい?」
「せめて相づちを打たせろ」
俺の言葉に、友はじっくり考えるようなそぶりをして、
「…………すまない。確かにこれは僕の悪癖だ。三ヶ月以内に直すとしよう」
「それ、何回目だ?」
「うっ」
「俺の記憶だと、五回目だよな」
毎回三ヶ月だから、通算一年と三ヶ月である。
俺と友が出会ったのが、一年四ヶ月前──入学式だ。
その当時から、この話法は変わっていない、おそらくだが、変える気がないのだろう。
まあ、変えてほしいとも思っていないんだけどな。
「まあ、いいや。とりあえずお前の寿命に変化はない。変化はあるけど、自然な変化だ」
「変化が加わるとすれば、君が手を加えるしかないだろう──その点から見れば、君の能力はライトノベルで言うところの『未来視』と同質のものを感じるよ」
「未来視か……」
「そう、未来視。未来予知と言ってもいいかもしれないけど、君の能力は寿命というごく限られた未来だけを予知している。しかしながら、方法論から考えて、見ている──視ているのだがらそこはやっぱり、未来視と言うべきなんだと、僕は解釈しているよ」
「…………一つ言っていい?」
「なんだい? なんでも言いたまえよ」
「ボリューム」
「ボリューム?」
「周り」
友がようやく周りを見る。
というか、俺、今まで自分が何してるか、言ってなかったな。
地の文がなければ、この世界のことはまったくと言っていいほど説明しがたいのだ。自分語りなんかしている暇などなかったのかもしれないな。それでも俺は自分語りをしなければならなかったのだろう。なぜなら、俺の物語は、俺を俺の能力を語らずには始まらないのだから。
というわけで、俺たちは今、カフェにいる。
何度も通っているが、月に一回は来てしまう。店の雰囲気が俺にあっているのだ。
俺と友にはただいま、視線が集まっている。
痛いほどである。
まあ、カフェに来て未来視なんて会話をしているのがわりと、というか絶大的に駄目だし、俺たちの会話におけるボリュームがそうさせているのだろうということは容易に想像がつくものだ。
俺は瞬時に周りへ頭を下げる。
俺にあわせて友も頭を下げたようである。
「未来視と言っても」
先ほどの反省を生かし、ボリュームを考えて会話を再開する。
「俺の能力は、未来なんかを見てるわけじゃない。人における限界──寿命を図っているだけなんだよ」
「それでも、だよ。人の限界を見れる能力と仮定してもその『眼』は破格すぎる。人間の限界を知るなんてもはや神の領域だと僕は思うよ。まあ、君のことだから『神だとしても、神じゃなくて死神さ』なんてキザな台詞を吐きそうなものだけどね。それよりか、まず前提が間違っているだろう。君はもう一つ『数字』が見えているんじゃあなかったかな?」
「まあ、そうだな」
「減らないんだろう?」
「ん? ああ、数字ね。まあ、その通りだ。減らない。減ったことすらないよ」
「たしか、全員が『3』なんだったかな」
「そうだ」
「本当かい?」
「あ、いや、たまに『0』がいるよ」
「その人の特徴は?」
「うーん」
唸り声をあげながら、俺は友の数字を見る。『73』を詳しく見る。
73・04・14・05・56・45。
あ。
「あ!」
思わず口にしてしまったらしい。
「あ?」
「いや、すまない。時間のようだ」
「……一ついい?」
「? なんだ?」
「人の寿命を時計にするな」
「…………別にいいだろう。減るわけじゃないし」
「寿命は現在進行形で減ってるけどね」
ジョークにしてはまあ、普通だ。
それにしても、今日は『まあ』が多いな。俺的流行語大賞に入っちゃうかな? まあ、そんなことはどうでもいいとして。
「友」
「はい、いってらっしゃい。どうせ妹ちゃんのところでしょ」
「話がわかるようで助かる」
「抜けてもいいけど、その代わり──」
僕の代金まで払って行ってほしいな。
厚かましいことこの上ない親友であった。
読んで頂きありがとうございました。
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