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ひとりぼっちのパシ

 ある町。

 ある家。

 あるお部屋。

 机に置かれた、ある水槽の中。

 そこにパシという名前の蛙が住んでいました。

 パシは尻尾が生えてた頃からの水槽暮らしです。


「パシ、バッタだよ!がんばって捕まえたんだ!」


 名前をつけてくれた男の子がにっこり笑います。

 男の子はパシにとってもよくしてくれます。

 パシは今日も幸せでした。

 でも、パシには知りたいことがありました。


「うわあ!ありがとう、パパ!」


 プレゼントを貰い、箱を開ける男の子。

 それを優しく見守る男の子のパパとママ。

 パシは思うのです。

 僕のパパとママは今何をしているのだろうと。

 僕の仲間達はどこに隠れているのだろうと。

 パシは一人ぼっちだったのです。



 それは月の綺麗な夜でした。

 パシは水槽の壁をペタペタと這い登り、揺れるカーテンの隙間から外へ飛び出しました。

 パシは石畳の上を休みなく必死に跳ねます。

 人間に踏まれては堪りませんから。

 やがて町の終わりに着くと、見渡す限りの草原が広がっていました。

 乱暴な風が草原を渡ります。

 パシはしっかと地面にしがみつきました。

 吹き飛ばされては大変ですから。

 風はピューピュー唸ります。


「おや、蛙がいるぞ」

「小さいなあ、小さい」

「何してるんだ、そんなに小さいくせに」


 パシは這いつくばりながら答えました。


「僕は仲間を探しているんだ」


 風もピューピュー答えます。


「仲間?どこかで見たな」

「あっちだ」

「いいや向こうだ」

「見てない気もするな」


 風は適当なことを言いながら草原を吹き抜けていきました。

 パシはぴょんぴょん跳ねて草原を進みます。

 すると大きな木がたくさん生えたところに着きました。


「どこにいるのかな……」


 パシがきょろきょろしていると、雨がざあっと降ってきました。

 パシは木の下で雨宿りすることにしました。

 濡れすぎると蛙でも風邪をひいてしまいますから。

 雨はちっちゃな子供のように、ざあざあ騒ぎ立てます。


「わあわあ!」「きゃーっ!」「えへへっ!」

「ざーざー!」「いけーっ!」「もっともっと!」


 あんまりうるさくて、パシは耳を塞ぎました。

 そのとき。

 ぴかっ!と空が光りました。

 雷がごろごろ怒鳴ります。


「こら!そこの蛙!お前のような小さい者がどこへいくか!」


 パシは耳を塞ぎながら答えました。


「僕はパパやママを探しているのです」

「こんな夜中にか!バカ者が!」


 雷は怒鳴ってばかりです。

 パシは小さな身体をもっと小さく丸めて、雷が去るのを待ちました。

 怒鳴り声が山の向こうに遠ざかり、騒がしかった雨も鳴りを潜めました。

 パシが耳から手を下ろすと、ゆっくり声がすぐそばから聞こえてきました。


「かわいそうに――君は一人ぼっちなんだね――」


 雨宿りしていた木がのんびり話します。


「君の――仲間は――森の中に――いるよ――」

「本当?」

「ほんとさ――それも――たくさんね――」

「すごい!」


 パシは元気を取り戻しました。

 森の中をぴょん!ぴょん!と跳ねていきます。


「こっちかな。それともあっちかな」


 パシがどちらへ行こうか迷っていると、枝葉がさあっと揺れて月の光が射し込みました。

 月の光はしずしずと語りかけます。


「一人ぼっちのパシ。あなたの仲間は私の射す方にいますよ」

「そっか!ありがとう!」


 パシはお礼を言うと、明るい方へ跳ねていきます。

 瞬く星がきらきらとパシを励まします。


「あとちょっとだよ!」「がんばれがんばれ!」

「ほうら、聞こえてきた!」


 パシの耳に歌が聞こえてきました。

 げこっ、げこっと大合唱です。

 パシは大きな石を飛び越え、張り出した根の下をくぐり、やっとのことで辿り着きました。

 それは森の奥の奥。

 樹木が隠した秘密の沼でした。

 穏やかな水面には、もうひとつの月が輝きます。

 仲間達の声が賑やかにこだまします。

 パシは仲間の輪の中に跳ねていきました。



 それからはもう。

 パシは仲間達とおおはしゃぎでした。

 みんなで輪になって大合唱。

 しずくの音に合わせてみんなでぴょんぴょん。

 そうして一晩たって。

 二晩たって。

 三度目の晩がきました。

 パシは仲良しになった痩せ蛙に聞きました。


「僕のパパとママ、どこにいるか知らない?」


 痩せ蛙は難しい顔で聞き返します。


「君のパパとママは、いったいどんな顔をしているんだい?」


 パシはしばらく考え、しゅんと落ち込みました。


「わからないや」

「だろうね」


 痩せ蛙は頷きます。


「ふつう、蛙はパパやママの顔を知らないものさ。なにせ、卵の頃に別れたっきりだからね」


 これではパパとママに会えません。

 だって探しようがないですから。


「そんなにガッカリしなくてもいいさ」


 痩せ蛙が励まします。


「ずうっと、ここに住めばいい」


 でも。

 パシは水槽に帰ることにしました。

 パパやママの顔を思い出そうとしたとき、頭に浮かんできたのは優しいあの子の顔だったのです。



 パシは揺れるカーテンの隙間へぴょん!と着地しました。

 もう夜なのに、男の子は起きていました。

 机の上に顔を置いて、空の水槽を見つめています。

 パシは思いきり跳ねて水槽の中へ飛び込みました。

 男の子は驚いて、大声で言いました。


「どこ行ってたのさ、パシ!心配したんだよ?」


 パシはげこっと答えました。

 どうやらパシは初めから一人ぼっちではなかったようです。

 パシは今日も幸せでした。

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