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オレとジョシュアの休日は穏やかにすぎていった。変わったことと言えばシェリーがカゼをひいて寝込んじまったことぐらいだ。
密航なんて無茶なマネをしたから疲れが出たんだろう。医者に診せて薬をもらったからすぐによくなるはずだ。
“みんなの家”の日課は毎日同じだ。
朝7時に起床。朝食後、年長組が学校へ行くと、オレとジョシュアがチビたちの面倒をみながら掃除をする。シスターアナとレイチェル、モニカの3人は洗濯と昼食の支度だ。
午後はチビたちが昼寝をしている間に雑用をすませて、年長組が学校から帰って来るとお楽しみのおやつだ。
その後はまたオレとジョシュアがチビたちの面倒を見つつ年長組の宿題もみてやる。その間に女たちが夕食の支度を整えるのだ。
夕食がすんだ子から風呂に入れて、そして就寝が21時。
一日中とてもにぎやかで、大人は休む間もない。シスターたちはオレとジョシュアがいないときは、3人だけで全部こなしているんだから頭が下がる。
できればもうひとり大人を置いときたいが、無給で子供たちの世話をしようなんてもの好きはそうそういない。
ジョシュアは・・・・・・ルシオンのままでいられたなら年長組と一緒に学校に通っていたんだろうな。一緒に勉強し、一緒に遊んで友達になれたはずだ。
それが、自分より年上の子供たちにまで勉強を教えているんだ。あいつは当然顔には出さないしなんにも言わないが、複雑な想いはあるだろう。
ルシオンは幼い頃から英才教育を受けていて、知識だけなら70歳を超えたシスターよりも豊富だ。けれども、学校は勉強するだけの場所じゃない。
さぼってばかりいたオレが言うのもなんだけどな。
ルシオンがルシオンとしてありのままに生きられる日は来るんだろうか。変身という能力は便利だが本当の自分を見失うことになりゃしないか。
だが、今は、ジョシュアでいるしかない。軍に見つかったら絶対にロクなことにはならない。ひどい目に会わされるに決まってるんだ。
◇◇◇◇
ジョシュアはここでの暮らしを気に入っていた。子供たちは自分のことを慕ってくれるし、勉強を教えたり家事を手伝ったりしてみんなの役に立つこともできる。
そして何より、ここには母がいる。それだけで充分だった。母がそばにいてくれるならどんなことでもできそうな気がした。
ジョシュアは寝起きが悪く朝は苦手だ。だが、ホームにいるときだけは早起きだった。朝7時の鐘の音が聞こえてきたら起きるようにしている。
眠たい目をこすりながら起きると急いで身支度を整えて外に飛び出す。教会の建物の裏手に行くとその日一回目の鐘つきを終えたレイチェルがいるのだ。
この朝もレイチェルはポルッカの木の前にたたずんでいた。木と言ってもまだ人の背丈ほどもない若木だ。
この地で生きることを決意したときにレイチェルが植えたものだった。乾いた土地で育てるのは容易なことではない。
特殊能力を使えば木の成長を促進し一瞬で立派な大木に変えることも可能だ。
だが、レイチェルがそれを望んではいないのはなんとなくわかったし、何よりも、ふたりきりですごせる貴重な時間を失いたくはなかった。
「おはよう、ジョシュア」
「おはようございます」
あいさつを交わすとバケツで運んできた水を木の根元にたっぷりとかけてやる。
木を植えた時からずっとレイチェルが続けて来たことだが、ジョシュアが自分にやらせて欲しいと頼んでからは彼の仕事になっている。
「これを見て」
レイチェルが指差した枝の先にはまだ固くて小さなつぼみが付いていた。
「今年こそ花を咲かせてくれそうなの。24日に咲いてくれないかしら」
「えっ?」
「5月24日は息子の誕生日なのよ」
(誕生日を覚えていてくれた!)
ジョシュアの小さな胸が高鳴った。だが、次の言葉を聞いて凍りつく。
「この木はね、お墓なの。この下にはあの子の形身が埋めてあるのよ。とてもきれいな銀色の髪だったわ」
(ぼくは生きているよ! ここにいるよ!!)
レイチェルの悲しげな表情にたまらず叫びだしそうになる。いっそ名乗ってしまおうかとも思った。だが、そんなことをしたらかえって母を苦しめる。今の自分は母が知っている自分とは違う。
涙がこぼれないよう必死にこらえていると、不意に抱きすくめられた。懐かしい母の匂いがする。
「優しい子ね。あなたが泣くことはないのよ」
耳元でささやかれて、あふれた涙が母の腕に落ちた。
(やさしいのは母さまだよ)
母は変わっていない。別れた時のまま。。
(変わってしまったのはぼくだけだ)
取り残されたような寂しさがジョシュアの心をしめつけた。
シスターアナに頼まれて買い物に出かけたオレとジョシュアはフロークに来ていた。トムンセン港の近くにあって、ホームに帰る前にも寄った町だ。
寂れてはいるもののホームがあるセヴィニエの町よりはずっとヒトが多く物も豊富だ。
セヴィニエでは手に入らないモノも多いから、どうしてもというときは5万コールの道のりを往復することになるのだ。
ドラッグストアでメモに書かれたカゼ薬やら解熱剤やらを探しているときのことだ。
「パン!パン!パン!」
向かいの銀行で乾いた音が響いた。銃声だ。
「なんだ?」
見ると、銀行正面の出入り口から男たちが飛び出して来た。
ふたりともハンドガンを持っていて、ひとりは左手に重たそうなカバンを下げている。もうひとりは、、ケガをしてるな。前かがみになって右足を押さえてる。
「銀行強盗かよ」
オレは鼻を鳴らした。つまらないことをしやがる。
銀行なんか襲ったらすぐに捕まるってのに。警察は銀行からワイロをもらってるって知らねえのか。総動員で追っかけまわされるハメになる。でなきゃとっくにオレが襲ってる。
ふたり組の強盗は道を横切ってオレたちのいるドラッグストアにかけ込むと、店内に視線を走らせた。そして不意にカバンを放り投げる。
カバンに目がいっちまうのは仕方ない。あの中には大金が入っているはずなんだから。
もうひとりの男がカバンを受け止めたのを見届けたときには、投げた方の男の腕の中にジョシュアが収まっていた。
「ようし、いいか。一回しか言わねえからよ~く聞け。こいつが脳みそぶちまけるサマを見たくなかったらモータービークルを用意しろ!」
背後からジョシュアの首に腕をまわし、頭にハンドガンを突き付けた男は大声を張り上げた。
おい。これはなんの冗談だ?
「なぁにあっさり人質にされてんだよ」
大げさに溜息をつくと、ジョシュアはすました顔をした。
「殺すなって言った」
「はあ?」
ジョシュアはファビウスⅡ世号の中でオレが言ったことを守ろうとしていているらい。
「死なない程度にぶっ飛ばせばいいだけのことだろ」
「そんなのムリ」
「だったらおとなしく殺されてやるのか」
こいつ、それでもかまわないとか言いだすんじゃないだろうな。
オレは内心あせっていた。ジョシュアには他人の命も自分の命も同等に無価値なものだと考えているふしがある。どうせいつかは消えるものだからとでも思っているんだろう。
オレにはそれを全否定することはできない。ひとの命はなにものにも代えがたい尊いものだと気付いてしまったらどうなる?
ジョシュアは何万、何十万人、もしかすると何百万のひとを殺している。その命の重さを受け止めなくちゃならなくなったら?
ゆっくりでいい。少しずつ命の重さを感じてくれれば。きっかけはフォート・マリオッシュでつかんだ。今だって変わりつつあるはずなんだ。
だが、急いじゃいけない。こいつはまだほんの子供だ。もっと大きく、強くなってからでないと。
いいことを思いついたぞ。この言葉ならジョシュアの心を動かせるかもしれない。
「そんなことになったら、どんなにかレイチェルが悲しむだろうな」
ジョシュアの最大の弱点はレイチェルだ。そうだろう?
「てめえら、勝手にしゃべってんじゃねえ! 殺されグハッ!!!」
ムシされた強盗が怒鳴り声をあげるが最後まで言うことはできなかった。ジョシュアのひじが脇腹にめり込んでいたからだ。
男の腕がゆるんだすきに身体を半回転させてもう一度脇腹にケリをたたき込む。声もなくくずれ落ちた男は全治1週間というところか。
次に床をけってジャンプし、空中で身体を回転させて反動をつけもうひとりの強盗の首筋をけりとばす。
「グゲッ!」
カエルがつぶされるような声をあげた男は、吹き飛ばされて壁に叩きつけられ白目をむいた。こいつは痛そうだ。全治2週間。
「やればできるじゃないか」
オレはほっと胸をなでおろした。うまくいってよかった。“レイチェル”は使える。覚えておこう。
この様子を見ていたドラッグストアの店主は口が開いたままになってる。
はかない印象さえあるおとなしそうな少年が、ハンドガンを持った強盗ふたりをあっと言う間にたたき伏せたんだ。あっけに取られるのもムリはない。
強盗を追って来た銀行の警備員も同じような顔をしている。今頃になってのこのこやって来た支店長に状況をきかれ興奮気味に説明をはじめた。ここからがオレの出番だ。
「うちの相棒が奪われたおたくの金を取り戻したんだ。それなりの謝礼は期待していいですよね、支店長♡」
オレは床に落ちているカバンを拾って支店長に渡した。
支店長は中身を確認すると警備員に預け、オレを値踏みするようにながめまわす。謝礼をいくら払うべきか計算中なのが見えみえだ。
支店長はしぶしぶの体で小切手帳を取り出し数字を書き入れていく。2の次に0がひとつ、ふたつ、みっつ。なんだ。たったの2000シリンかよ。しみったれてやがる。
そっちがそういうつもりなら仕方ない。ウインクでジョシュアに合図を送る。
「おっと」
よろめいたふりをして支店長に肩をぶつける。その瞬間起こったことに支店長は気付いていない。
最後に支店長のサインが入って小切手の完成だ。これで金を受け取ることができる。
書面を確認していた支店長の顔色が変わった。2000シリンと書いたつもりが20000シリンになっていたんだ。そりゃあ血の気も引くわな。
オレは支店長の手から小切手をひったくって最上級の笑顔を作る。
「さすが天下のリーファンス銀行さんだ。気前がいい」
「いや・・・・・・ちょっと待ってくれ。そんなはずはないんだ。わたしは確かに2000シリンと・・・・・・」
よし。ジョシュアが力を使ったことはバレてない。
「毎度あり♡」
青くなって言いワケしている支店長を置き去りにオレたちは店を出た。
「ほら、おまえの取り分だ」
小切手を換金して手に入れた金の一部をジョシュアに渡す。札を数え始めた相棒の手がふと止まった。
「フィルぅ」
「なんだ」
「超えた」
「え?」
「30万シリン超えた」
30万シリンはジョシュアが貯金の目標にしていた金額だ。
「やったな! こんなに早く貯まるとは思わなかったぜ。ほら、もっとうれしそうな顔しろよ!」
オレが必要以上にはしゃいで見せると、愛想のない相棒も不器用な笑顔を作りしみじみと言葉を紡ぐ。
「これで義足が買えるんだね」
「ああ、そうだ。早く帰ってマルティをびっくりさせてやろう」
「・・・・・・よろこんでくれるかな」
ふいにジョシュアの笑顔が曇った。ココアブラウンの瞳が不安げに揺れている。
「喜ぶに決まってる。なにしろ歩けるようになるんだぞ」
「でも・・・・・・フットボールの選手にはなれないんだよ」
「それでも、歩けるようになればきっと新しい夢を見つけられるはずさ。義足のカタログをもらって帰ろうぜ」
オレは相棒の肩に腕をまわし並んで歩き出す。
オレにはわかっていた。
ジョシュアが本当に気にしているのはそんなことじゃないと。
確かに義足でフットボールの選手にはなれないがそんなことじゃないんだ。きっとジョシュア自身そのことに触れるのを恐れているんだろう。