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1-3

 フロークを出てから1時間。走り続けるモータービークルはセヴィニエに入った。


セヴィニエはその昔、活気にあふれた町で鉱山労働者とその家族でにぎわっていたが、今その面影おもかげはない。空き家ばかりが目立つゴーストタウンのようだ。


 教会の塔が見えてきた。あれがホームの目印だ。


ちょうど15時を告げるかねの音がひびいている。荘厳(そうごん)な鐘の音は町の隅々にまで鳴り渡り、オレたちの元にもささやかな幸せを届けてくれる。


 ジョシュアは鐘楼(しょうろう)のあたりをじっと見つめている。オレもつられて目をやるが遠すぎてそこにひとがいるかどうかもわからない。


「おまえには見えるのか?」


「ん。」


「レイチェルは元気か?」


「ん。」


「そうか」


 1日4回、定時に鐘を鳴らすのはレイチェルの役目だ。ずっと彼女を見つめている相棒の心中を思って、もう一度つぶやく。


「そうか」



 正式名称は“ロマーノ教会セヴィニエ支部”


どっからでも救いを求めるひとが入って来れるようにと(へい)のようなものは一切ない。


さっき鐘を鳴らしていた塔のある教会、その横にある平屋がオレたちのホーム“みんなの家”だ。


一度火事になって中途半端な修理しかできていないボロ屋は、どこかこわれる度に補強するのもそろそろ限界にきている。


立て替えてやりたいが、それには途方もない金がかかる。山があんなだから材木をよその島から運んで来なくちゃならないんだ。


待ってろよ。いつか必ず立派な教会とホームをおっ建ててやる!


 今日帰るということは知らせていない。足音を忍ばせて食堂に入ると、おやつの最中だった子供たちがスプーンを放り出してかけ寄って来る。


「フィル、おかえりなさい!」


「おかえり、ジョシュア!」


「おみやげちょうだい!!」


 大きい子たちの間でチビのカールがなにか言いたそうにしている。ひょいと抱き上げると真面目な顔でオレを見た。


「ガッポリモウケテキタ?」


思いもよらない相手に思いもよらない言葉を聞かされて目が点になる。


「カール、おまえどこでそんなセリフ覚えたんだ?!」


まだ片言しかしゃべれない2歳児のくせに。


「子供は悪いことから覚えていくものなのよ。フィルもそうだったでしょ?」


エプロン姿の少女が子供たちの後ろで微笑ほほえんでいる。


「お帰りなさい、フィル。がっぽりもうけてきた?」



 彼女の名はモニカ。オレより2歳年下の16でこのホームで一緒に育った。オレにとっては妹のような存在だ。


ホームの子供たちは15歳になるとここを出てひとり立ちするのが習わしだが、オレとモニカは年老いたシスターアナを助けるために残ったのだ。


 オレは働いて収入を得ることで、モニカは子供たちの世話をすることで、シスターの慈善(じぜん)活動を支えている。


「お帰りなさい、ジョシュア」


 少しキーが高くなった声にオレは首をかしげる。


「あれ。なんかオレに言った“お帰り”と違うな」


「なっ! なに言ってるの。違ってないよ!!」


あわてて言い返すモニカの顔は赤い。モニカはジョシュアにホレている。ジョシュアが実はまだ9歳だということを知らないんだ。



 オレたちのやり取りを微笑(ほほえ)ましそうに見守るシスターアナは、どんなときでも神に感謝することを忘れない。


「神よ、ふたりを無事に帰してくださったことに心より感謝いたします」


まず手を合わせて祈りをささげてからオレたちに声をかけてくれる。


「フィル、ジョシュア、お帰りなさい。さあ、ここへ来てよく顔を見せてちょうだい」


満面の笑みを浮かべた老女はオレたちを代わるがわる抱きしめてキスをした。


 ホームに身を寄せる者すべての母親であるシスターアナは70歳をとっくに超えている。これまでのムリがたたって腰痛に悩まされつえがないと歩けない。


それでもしわの刻まれた顔にはいつもやさしい微笑みがたたえられていて、その微笑みはどんなことがあっても消えることはない。


 オレが町のチンピラをたたきのめした報復にホームが放火された時も、オレが運び屋になるため有り金残らず持ち出したときも、動じることはなかった。


そばにいるだけで安心できて素直な気持ちになれる。そんなシスターアナはみんなからしたわれ愛されている。もちろん、オレとジョシュアも彼女が大好きだ。



 現在、ホームで面倒めんどうをみている子供は2歳から12歳までの22人だ。全員身寄りがない。だが、子供たちはそんなことなんかみじんも感じさせないほど元気一杯だ。


 今も、土産(みやげ)にとび付き、こっちがいいの、やっぱりそっちにするのと大騒ぎだ。恒例の土産を子供たちはハッピーボックスと呼んでいる。


仕事の先々で買っておいた菓子を詰め合わせたものだが、どれかひとつにだけ特別なものが入れてある。


 サプライズカードといって“ドライブに連れて行ってもらえる”とか“新しい服を買ってもらえる”とかいった子供たちにうれしい特権とっけんを与えるものだ。


自然とボックスを選ぶ子供たちの目は真剣になる。



「モニカ、レイチェルさんは?」


 レイチェルの姿を探していたジョシュアがたずねると、モニカは少し困ったような顔をした。


「レイチェルならマルティのところよ。この間転んでケガをして。でもたいしたことないの。レイチェルをひとり占めしたいだけなんだから」


「そう・・・・・・」


ジョシュアのココアブラウンの瞳にらぎはない。つまり、激しく動揺してるってことだ。こいつは動揺しているときほど感情を見せない。


「ほら、マルティの分だ。持って行ってやれ」


オレはひとつ残っていたハッピーボックスをジョシュアに渡し、まわれ右をさせて背中を押した。


 ためらいがちに歩き出す背中を見ながら見えないものの悪戯(いたずら)について考える。


この悪戯がいいことなのか、それとも悪いことなのか、まだわからない。悪意に満ちたものでないことを祈るばかりだ。




 ジョシュアをはじめてホームに連れて来たときのことをオレははっきり覚えている。


レイチェルに紹介されたジョシュアは、彼女の顔を見つめたまま凍りついたようになっちまった。何度も声をかけてやっと我に返ったほどだ。


逃げるように外に出て行ったジョシュアを追いかけて行くと、教会の裏でひざを抱えて震えていた。


動揺を隠すのが上手いジョシュアのそんな姿を見たのは、後にも先にもこのとき1度きりだ。


「一体どうしたんだ?」


「・・・・・・母様(かあさま)だ」


「え、なんだって?」


「レイチェル、、さんは・・・・・・ぼくの母様だ」


ジョシュアが動揺していたワケを知ってオレは愕然(がくぜん)とした。


 これがただの偶然であるはずがない。


オレの脳裏には、見えないものの悪戯な手が運命の糸をもてあそんでいる様が思い浮かんでいた。


 ジョシュア、いや、ルシオンからは、5歳のときに母親と引き離され、その後は一度も会っていないと聞いている。


レイチェルの方はダンナと息子を亡くしたと言っていたがくわしいことは知らない。


まさか、このふたりが実の親子だったとは!



 ルシオンは母親と生き別れになってからずっとまた会える日を夢みて、その日のためだけに生きてきた。


だが、自分の手が多くの人間の血で汚れていることに気付いたとき、二度と母に抱きしめてもらうことはないのだと気が付いてしまった。


レイチェルは殺生(せっしょう)を禁じているロマーノ教の敬虔(けいけん)な信者なのだ。もう、会うことはできない。あきらめるしかなかった。


それが、こんな形で再会してしまうとは。


 レイチェルはジョシュアがルシオンであることを知らない。4年前に別れたきりなんだ。


姿が違っているうえに、9歳のはずが16歳になってちゃいくら母親でもわかるはずがない。


ジョシュアは自分がルシオンであることを打ち明けることもできず、他人のふりをして同じ屋根の下で暮らしている。


それはきっと、あいつにとってうれしくもありつらくもあるんだろう。                  




◇◇◇◇


 ハッピーボックスを抱えて子供部屋の前に立ったジョシュアは深呼吸をひとつして、ドアをノックした。


「どうぞ」


中から聞こえてきたレイチェルの声にドキリとしながらドアを開ける。


(いた!)


1か月ぶりに母の姿を()の当たりにし、やっと帰って来たことを実感した。


「お帰りなさい、ジョジュア。お仕事ご苦労様」


 その言葉だけでジョシュアは幸福な気分になれた。だが、かたわらのベッドに横たわっている少年を見ると胸に痛みが走る。彼は先月誕生日を迎えて10歳になったばかりだ。


「マルティ、ジョシュアがハッピーボックスを持って来てくれたわよ」


ベッドの少年ははやる気持ちを押さえて興味きょうみがないようなそぶりをする。


「レイチェルが開けてよ」


この女性に子供っぽいと思われたくなかった。10歳になったのだからもうお兄ちゃんだ。



 レイチェルはハッピーボックスを開け、中身をひとつひとつ取り出してマルティに見せてやる。


「ナッツ入りクッキー、ミルクキャラメル、スパークリングキャンディ、どれもおいしそうね。あら、・・・・・・これは何かしら」


ボックスの中に片手を入れたままレイチェルが口をつぐむと、じれたマルティがさいそくする。


「はやく見せてよ。なにが入っていたの?」


ボックスから出てきたレイチェルの手にサプライズカードがあるのを見て、マルティの顔が輝いた。


「なんて書いてあるの?」


 だが、カードを開いたレイチェルは読み上げるのをためらっている。


「ああ・・・これ・・・・・・フィルに頼んで別のものに取り換えてもらいましょう」


「いいから読んでよ!」


 マルティの強い口調にレイチェルはやむなく読み上げる。


「おめでとう。今日のラッキーは君のものだ。君に自転車をプレゼントするよ」


サプライズカードの内容を聞いてジョジュアの胸にまた痛みが走った。マルティは自転車に乗ることができない。右足の付け根から先がないのだ。


「取りかえなくてもいいよ。それはアニーにやって。自転車をほしがっていたから」


そう言うと、マルティは毛布を頭の上まで引っ張り上げて隠れてしまった。



 マルティ・ムートはフットボールの選手になることを夢みていた。


ところが7歳の時の事だ。乗っていた船が通りかかった海域で戦闘に巻き込まれ、両親と右足と夢を一度に失った。


母方の祖母に引き取られアリアーガに来たものの、祖母も亡くなり行き場をなくしたマルティはすべてに絶望していた。


レイチェル・ミラ・ハーキュリーは死に場所を求めてアリアーガにやって来た。夫と息子を失った彼女もまた絶望していた。


 “みんなの家”で出会ったふたりは失ったものをお互いの中に見い出していた。


マルティはやさしかった母親の面影おもかげを。レイチェルは生きていれば7歳になっていたはずの息子を。この出会いに運命を感じたふたりは、お互いに支え合って生きていくことを約束したのだった。



 ジョシュアは(ひそ)かにマルティに義足をプレゼントしようと計画していた。彼にはそうしなければならない理由があった。そのためにフィヨドルの仕事を手伝いながら日夜貯金にはげんでいるのである。


 ジョシュアは正直なところマルティにヤキモチを焼いていた。


レイチェルと仲がよく、実の息子のようにかいがいしく世話をされているマルティがうらやましかったのだ。本当ならレイチェルのいちばん近くにいるのは自分のはずなのにという思いがある。


しかし、自分がルシオンなのだと名乗ることもできず、間近でそんなふたりを見ているしかない。それは9歳の子供にとってとてもつらいことだった。


それでも、レイチェルの近くにいられることに幸せを感じていた。本当はずっと会いたくてたまらなかったのだから。


 マルティが義足を手に入れ歩けるようになれば、母も喜んでくれるはずだ。そう思えば仕事もがんばれる。



 ジョシュアがリビングに戻ると、眠りから覚めたシェリーが子供たちに取り囲まれ質問攻めにあっているところだった。


「なまえはなんていうの?」


「どっからきたんだ?」


「すきな食べものはなに?」


「精霊にあったことある?」


みんなの輪の中心にいる新入りの少女は少し困った顔をしながらもうれしそうだ。これならすぐにみんなと打ち解けることだろう。                                                       

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