エピローグ
オレってヤツはつくづくマヌケらしい。
今頃になって気が付くんだからな。
オレの親はなにひとつくれなかったワケじゃない。必要なものはちゃんと与えてくれていた。
この命と声だ。
それさえあれば、見て聞いて触れて色んなことを感じ、歌にのせて想いを表現することもできる。それ以上なにが必要だって言うんだ?
あの日、夕暮れの町角で5年ぶりに歌ってみて思った。
“歌うって気持ちがいい。オレは歌うことが好きなんだ”と。
もう、自分の気持ちをごまかすことはできない。
それに、あいつがねだるんだ。
「歌って! フィルの歌が聞きたい!!」てな。
5年のブランクがあるんだ。自信はこれっぽっちもない。けど、あんまりうるさいから歌ってやるといつの間にか眠ってやがる。
“子守唄代わりかよ!”と頭にきたけど、気持ちよさそうに寝てるから“まっいいか”って気になる。
そのうち、寝てなんかいられないようなすごい歌声を聞かせてやると決心して、レッスンをはじめた。
コーチはシスターアナだ。これがかなりのスパルタで正直やめときゃよかったと後悔したけど、根をあげたと思われるのはおもしろくない。仕方なくレッスンにはげんでいるところだ。
発声練習が日課になって、毎朝早起きしては教会の裏庭にあるポルッカの木の前で歌ってる。植物もいい音楽を聞かせると成長が早くなるって言うからな。
枯れるんじゃないかって? そんなことあるもんか。木は順調に成長してるさ。
見てろよ。来年はもっとたくさんの花を咲かせてやる。もしかしたらそこらじゅう花だらけになるかもしれないぜ。
ポルッカの木のまわりにいろんな花を植えているのはレイチェルだ。どうやらここを“天使の庭”にするつもりらしい。義足を手に入れたマルティも手伝ってる。
ガーデニングなんてのはちょっと前までのアリアーガじゃ考えられないことだった。
と言っても旅行でこの島に来た連中には信じられないだろうな。オレだっていまだに夢を見てるみてえだ。
アリアーガ島は変わった。カラカラに乾ききった大地に植物が芽吹くことはなく、広大な荒地が広がる殺風景な島だったのは過去のこと。
今のアリアーガは豊富な水源のおかげで湿潤な気候に変わっている。
あの日、ヒエロニムスの採掘場でルシオンが放った白い光がなんだったのかオレにはわからない。
だが、その光がこの島にあったすべてのプロクルステスとヒエロニムスを水に変えたことは間違いない。それこそ、地中深くにうまっていたものまで全部。
そのとてつもない量はアリアーガを水源豊かな、生命力にあふれた島に生まれ変わらせるほどのものだった。
元々、気温は高めだから水さえあれば植物が芽吹くのは早い。1か月がすぎたころには大地は緑におおわれていた。
アリアーガを緑の島にするのが夢だった、“みんなの家"の子リンジーの夢はかなったんだ。今は「アリアーガの特産物になる植物を開発してやる!」と猛勉強中だ。
いずれ世界にひとつしかない果物か野菜が誕生することだろう。
その頃には、いびつな形に削り取られ無残な姿をさらしていた鉱山も、緑の木々が生い茂る山へと変わっているかもしれない。
今、島民が力を合わせて植樹をすすめているところだ。
それもこれも苗木を植えれば必ず育つという保証があればこそだな。
こうして、アリアーガは奇跡の島になった。
うわさを聞き付けたテレビやラジオの取材が押し寄せ、新聞や雑誌で特集が組まれた。そして、奇跡の現場を見てみようと多くの観光客がやって来るようになった。
すると、それに目を付けた企業が乗り込んできて、こぞって宿泊施設や土産物屋をおっ建てはじめた。
アリアーガを見捨てた連中が、金になると見るとコロっと手の平を返しやがって。島民はなにを今さらって腹がたったりあきれたりしていた。
それでも活気が戻り、うるおうのはうれしいもんだ。おかげでホームへの援助や寄付も増えた。
まあ、ここまでならよかったんだが。この騒ぎに余計なところまで関心を持つようになっちまった。
アビュースタ軍だ。
どうしてこんな奇跡が起きたのか原因を調べていたメディアが、口をそろえて特殊能力者の存在をささやきはじめたからだ。
「今度は民間ではない軍の調査隊がやってくるわ。軍にはそうことに向いた能力を持つミュウディアンが大勢在籍しているの。
そんな人たちの手にかかれば、今はまだ存在が確認されていないヴァイオーサーの正体もあばかれることになるでしょうね」
そう言って軍の動きをいち早く知らせてくれたのはリアンクール中佐だった。
あの不思議な空気をまとった軍人は、ドス・サントスからプロクルステスを守り切った手柄で昇進していた。それもこれも全部ルシオンのおかげなんだが。
「だからってこんなところで軍の情報をしゃべったりしていいのかよ」
オレは中佐の立場を心配してやったのに、当の本人はけろりとしている。
「あら、教えない方がよかったかしら?」
リアンクール中佐はルシオンの正体に気付いていた。
オレたちがホームに戻って1週間がすぎた頃、アンジェリカが訪ねてきた。
中佐からルシオンに当てたプレゼントを持って。
プレゼントの中身は“ママン・マニ”のチョコレート菓子だった。甘いもの好きのあいつの一等お気に入りだ。当然大喜びしたさ。
だが、入っていたのはそれだけじゃなかった。
「フィルぅ」
「なんだ?」
「バレた」
ルシオンがオレに見せたのは“ママン・マニ”の店名がプリントされたリボンだった。
もらった菓子箱に結んであったものかと思ったが、違った。結び目があって小さな輪っかになっている部分はちぎれている。
それはセイラガムのニセモノ騒ぎのとき、オレがルシオンの髪を縛るために使ったものだった。
あの時、海賊船の中に落としてきたとは聞いていたが、まさかリアンクール中佐に拾われていたとは考えてもみなかった。
ギガロックが“ママン・マニ”のファンだと知った上で、ルシオン当てにそこの菓子を贈ってきたということは、、、つまりそういうことだ。
けど、オレは心配したりはしなかったさ。中佐は約束を守ると言った。オレたちを自由にする。詮索はしない。この約束が守られるならなんの心配もないはずだった。
だが、もう、あいつはいない。
オレのきたえ上げられた美声を聞かせる前にいなくなっちまった。
アビュースタ軍が本気で調査に乗り出してきたとなると、ここはもうルシオンにとって安全な隠れ家じゃない。なるべく早く別の島に逃がす必要があった。
とはいえ、せっかく母親との再会を果たし受け入れてもらえたばっかりなのに、よそに行くのはイヤだとダダをこねるんじゃないかと危惧したがその必要はなかった。
意外にもあっさりとオレの提案を受け入れた。
ここにいたらみんなに迷惑がかかるとでも思ったんだろう。フォート・マリオッシュを離れなくちゃならなくなった理由も同じようなもんだったし、あいつが考えそうなことだ。
今、ルシオンは“ソアレス9”にいる。オレの知り合いのつてで学校に通いバイトしながらひとり暮らしをしている。
「学校にいってみたいな」
学校ってもんに一度も通ったことのないあいつのつぶやきをオレが現実にしてやったんだ。今頃は憧れのスクールライフをエンジョイしているはずだ。
ほら、うわさをすればなんとやら。ファビウスⅡ世号の通信機が鳴っている。今日は月に一度の連絡日だ。
オレは毎月ワルター島にポルッカの砂糖漬けを届ける仕事を請け負っていた。ワルター島なら通信機の電波がギリギリ届く。ソアレス9と連絡が取れるのだ。
そりゃあ、オレだって、直接会って話がしたい。だが、あいつの居所を誰にも知られないようにするには用心に用心を重ねる必要があった。
「フィルぅ、会いたいよう・・・・・・」
通信機から聞こえる声に鼻の奥がツンとなる。
「情けないこと言うな! そっちに行ってからまだたったのひと月だろうが」
怒鳴ってはいても内心うれしかった。ほんとはオレも寂しかったから。それを悟られないようにわざと冷たく言い放つ。
「面倒ごとに首を突っ込んだりはしてないだろうな」
「ん。だいじょうぶ」
おまえの大丈夫が当てになるか。心の中で毒づく。
「なにか変わったことはないか」
「ん~と。アンジェとドウセイすることになった」
????????
“アンジェ” “ドウセイ”
そんな単語、おまえの口からは一度も聞いたことはないぞ。オレは長い溜息と共に言葉を吐き出す。
「一体なんのことだ。わかるように説明しろ」
「フィルも知ってるでしょ。アンジェリカ・マスカーレ」
ちょっと待て! なんでここでその名前がでてくるんだ?
「そのアンジェとドウセイしてる」
・・・・・・・・・
「なにぃぃいいいぃいいいいい?!」
なんだってそんなことになってるんだ!
“アンジェ”ってなんだよ。すっかりなついちまって。
あの女は本気でおまえを殺そうとしたんだぞ。なんだってそんなヤツと!
ドウセイって同棲のことだよな。同棲って、同棲って、おまえまだ10歳だろうが。
しかも“してる”って、事後報告かよ。
なにがどうなってこうなっているんだ???
ああ、オレの平穏な日々よ!