5-1
「フィル、雪って冷たいんだよね。雪の上にねたら気持ちよさそう」
オレの背中でうっとりとつぶやくルシオンの身体は異様にあったかい。熱があるんだ。コーマリカバリーで強引に昏睡状態から引き戻された身体が悲鳴をあげていた。
「ああ、そうだな」
ほてる身体を冷ますにはちょうどいいだろうよ。
オレは明るい声を絞りだす。
「他には? 雪で何がしたい?」
「スノーマン作りたい!」
「オレは作ったことあるぞ。人工雪だけどな。ホームの子供たちに見せてやろうと思ってさ、冷凍庫を買って入れておいたんだ。
ところがその冷凍庫、やたらエナルギーを食うからブレーカーが落ちて使えないでやんの」
「それで、どうしたの?」
「もちろん金は返してもらったさ。迷惑料を上乗せしてな」
「そうじゃなくて、スノーマンはどうなったの?」
「力作のスノーマンは溶けて水になっちまったさ。くそっ! 今思い出しても腹が立つ」
そんな話をしながらオレたちは、6か所目となるイアソンの採掘場に向かって歩いていた。
先に配置についている訓練生たちが見えてきた。疲れ果てた連中は悲壮感を漂わせて黙り込んでいる。
だが、オレたちを視界にとらえると、途端に明るい顔になり歓声をあげた。
連中だってバカじゃない。ルシオンがいなけりゃ採掘場を奪取することはできないことぐらいわかってる。こいつはみんなの希望の星ってワケだ。
実はビビりのルシオンが歓声に驚いてオレの背中にしがみついた。
「みんななにをさわいでいるの?」
「おまえにがんばれってさ」
「そうなの?」
訓練生たちの事情を知らない救世主は首をかしげてる。
グールトンから300コールの位置にたどり着くと背中のルシオンを降ろしてやった。
なんもしないうちから汗びっしょりで肩で大きく息をしている。オレは相棒の顔を両手ではさみ、青緑の瞳をのぞき込む。
「ドナティスに行こうな」
「ん。雪で遊ぶんだ」
その声は弾んでいた。
「よし!」
長いながい数分がはじまった。
これまでと同じにグールトンの動きを止めたルシオンの横で、オレは時間を計る。
3分ですめばいいが、そう上手くはいかないだろう。訓練生たちも疲れ切った身体でけんめいに戦っているのはわかってる。それでも
急いでくれ!
3分を1分58秒もすぎて、やっと全部のグールトンを破壊できた。
時間はかかりすぎだが、これまでとまったく同じ展開にこれまでとまったく同じ結果を手にした気になっていた。
イアソンが買収した採掘場6か所とも奪取に成功したのだと心底ほっとしていた。
訓練生たちはひとしきり歓声をあげると、電池が切れたみたいにその場にへたり込んだ。まあ、なんだ。おまえらもそれなりにがんばったよ。ルシオンほどじゃないけど。
そのルシオンは突っ立ったまま、採掘場の横穴を見つめている。
「どうした? そこになんかあるのか?」
つられて穴の奥に目をやるが真っ暗でなにも見えない。
「みんな逃げて!!」
ルシオンが大声をあげると訓練生たちはいっせいにこっちを見た。その顔にはそろって“?”が浮かんでる。
そりゃあそうだ。オレだってなにがなんだかわからない。
地鳴りのような音が聞こえてきてやっと異変に気が付いた。
「ゴウン、ゴウン、ゴウン・・・・・・」
地の底から響くような低い音はだんだん大きくなっていく。
「はやくっ!!」
ルシオンが叫んだのとそいつが横穴からはい出してきたのは同時だった。
バカでかいムカデみてえなロボットだ。びっしり並んだ短い脚をせわしく動かしてうねうねとくねりながらこっちに向かって来る。
こいつもドス・サントスの自動兵器なんだろう。どんな仕掛けがあるかわからないからには逃げるっきゃない。
訓練生たちがあわてて立ち上がろうとする間に近づいてきたムカデの、長い胴体の節がはずれてバラバラになった。四方に散った胴体は訓練生に向かって突進して行く。
「それからはなれて!! 爆発する!」
ルシオンが叫ぶ。訓練生たちが悲鳴をあげる。
なにしてやがる! 瞬間移動でもなんでも使ってさっさと逃げろ!!
逃げ遅れた訓練生たちがシールドに包まれた。ルシオンの仕業だ。
次々に爆発して行くムカデの胴体。採掘場にとどろく轟音。
シールドの中の訓練生たちは生きた心地はしないだろうさ。シールドがなけりゃ確実に死んでいたんだから。
今度こそ終わったのか?
しばらく耳を澄ましていると、
「カラン」
と小さな音。
なんだ? どこから聞こえた?
「カラコロカラン」
オレのブーツに当たった小石が転がってきた方角を見る。けずり取られた山の内側=切り立った崖を視線がのぼっていく。
崖に埋まっている岩はヒエロニムスなんだろう。掘り出す途中で放棄されたのか、ひときわ大きな岩は半分だけ土中に埋まってる。
「カラカラカラ・・・・・・」
岩の周囲から小石がぽろぽろとはがれ落ちている。
まさか!?
そこからはスローモーションのようだった。
逃げろ!という脳からの緊急司令が全身に伝わって行動にうつす間に、崖からはがれた巨大な岩が迫って来る。どんどん大きくなる岩はオレの視界を埋めつくす。
間に合わねえ!!
モータービークルにひかれたカエルが思い浮かんだ。
フィヨドル・キャニングの最期はこんなもんなのか?
へっ! 上等だ!!
その時、オレの脇腹にぶつかるものがあった。その衝撃で大岩の落下地点から押し出される。
「「ドスーン!!!」」
大音量と地響き。舞い上がる土煙。
・・・・・・オレは生きていた。
土煙がおさまって落ちてきた大岩が全貌を現す。間近で見ると思ったよりずっとでかい。
危なかった。爆発の振動で崖からはがれ落ちたんだ。
ほっとしたのもつかの間、驚愕の光景がオレの目に飛び込んだ。
岩の下からヒトの手が出ている。それも大人のもんじゃない、小さな手だ。
―――うそ、だろ?
「うおおお!!」
大岩にとびついてありったけの力で持ち上げようとする。
「おおおおおおおお!!!」
けれども、岩はびくともしやがらねえ!
くっそー! オレの力はこれっぽちなのか?!
身体中がギシギシ悲鳴をあげていたがそんなこたぁどうでもいい。はやくこの岩をどけなけりゃルシオンが死んじまう!!!
もっとだ。もっともっと力を振り絞れ!
動いた!
ほんの少し、だが確かに岩は動いた。
顔を上げると大岩の周囲を取り囲んでいる訓練生たちがいた。
「ようし、この調子だ!」
「俺たちならできる!!」
声をかけ合いながら岩を持ち上げようとしている。
なんだ、こいつら。ルシオンが憎いんじゃないのか?
「これで全力か! この腰抜けどもめ!!」
誰かの鬼軍曹みてえなセリフにケツをけとばされて、訓練生たちの顔が赤くなった。この場に居座り続けようと粘っていた大岩も耐えきれずに浮き上がる。
なけなしの特殊能力を絞り出してるヤツもいるんだろう。でなきゃ何人いたって動くはずがねえ。
大岩の下からうつ伏せに倒れたルシオンが姿を現した。岩の重みに押しつぶされた小さな身体は血まみれだ。鮮血を吸って地面が赤く染まっていく。
すべての音が遠のいていく。オレは力なく座り込み、震える指先でルシオンの背中に触れる。
「・・・・・・生きてるよな?・・・・・・こんなことで死んだりしないよな・・・・・・」
自分の声とは思えないかすれた声だった。恐怖がオレの心臓を握りつぶし、息もできずに目の前が真っ暗になる。。
『・・・・・・フィ・・・ル・・・・・・』
頭の中で聞こえたかすかな声は聞き慣れた声だ。
『・・・起こして・・・・・・』
ルシオンの声だ!
生きていてくれた!!!
ありがとう! ありがとう!! ありがとう!!!
もうだれ彼かまわずにキスしてまわりたい気分だ。
なんか所も骨折しているんだろう。くたくたの身体を支えて慎重に起こしてやると、「ゴフゴフ」と湿ったせきをして血のかたまりを吐き出した。
ヒューヒューいっているのは肺に穴が空いてるからか。ひどく弱くて苦しげだが確かに呼吸している。
「ちゃんと息してろ。やめたら殺すかんな」
『・・・へんなの・・・・・・』
オレの言葉にほんの少し笑ったように見えた。
『・・・ポケットの中・・・・・』
あ? こんな時になにを言ってやがる。
『・・・だいじょうぶかな・・・・・・』
そうか。乗船券の心配をしてるのか。
ルシオンの上着のポケットに手を入れて乗船券を取り出す。思った通り血で汚れていた。
「心配すんな。汚れてようが破れてようが、乗船券だってわかりさえすりゃいいんだ」
と思う。
『・・・ほんと?・・・・・・』
「ほんとだ」
確証はないけどはっきり言い切ってやった。
『・・・よかった・・・・・・』
ルシオンは安心したように目を閉じる。こんな状態でも意識が途切れることはない。
コーマリカバリーの効果が残っていて意識を失うとしたら、それは、、永遠の眠りについたときだけだ。
ぴくりとも動かない押しつぶされた身体。一向に止まらない出血。
だんだん冷たくなっていく。肌の色がなくなっていく。
どんなに強く抱きしめていても腕の中からルシオンの命はこぼれ落ちてしまう。
どうすることもできないもどかしさと腕の中の重みを失う恐怖に、身体の底から慟哭が突きあげて来る。
誰か! こいつを救ってくれっ!!