4-5
4か所目で犠牲者を出さずにすんだのはルシオンのおかげだ。
3分たったとき、まだ破壊破壊できていないグールトンが3体あった。
仲間が危うく命を落としかけるところを目の当たりにしてるんだ。連中だって必死だ。だが、溜まってきた疲労に気持ちだけじゃあらがえない。
だから、ルシオンは3分たっても一時停止を解除しなかった。グールトンが動きだせば確実に犠牲者がでる。仕方なかったんだ。
そんなこたぁ、わかってる。けど、納得できない。なんで重症のおまえがそこまでしなくちゃならないんだ!
ルシオンは今、トレーラーの中で点滴につながれている。点滴だけでなんとか持たせてきたがそろそろ限界だ。
すっかりやつれて閉じたまぶたは落ちくぼんでいる。心身ともにすり減らしているのは訓練生だけじゃないんだ。こいつの方が何十倍も苦しいに決まってる。
そもそも、こんな身体で作戦に協力するなんてムリだったんだ。できることなら今すぐにでもこんな無茶はやめさせたい。
だが、ここぞという時のこいつのガンコさときたら! テコでも動かせない。自分で“やる”と決めたからには本当にもう身体が動かなくなるまで投げだしたりはしない。
なん度目だろう。。溜息がもれるのは。
せめて身体を休めるための時間を取ってもらおう。その必要があるのはルシオンだけじゃない。疲れ切った訓練生たちにも体力を取り戻してもらわなくちゃならない。
グールトンの破壊に時間がかかればそれだけルシオンの負担も大きくなる。今やトレーラーの中は弱って動けなくなった訓練生でいっぱいだ。
乗馬服にルシオンをみていてくれるよう頼んでリアンクール少佐のところへ行き、1時間の休憩を取り付けた。
ほんの少しだけ気持ちが軽くなって戻ってみると、驚きの光景が目に飛び込んできた。
セイスタリアスが、パンツさえ自分ではきそうにないお坊ちゃんが、ルシオンの顔をタオルで拭いているじゃないか!
慣れない手つきで、それでもやさしく汗を拭きとっている。
乗馬服たちもそれぞれに衰弱した訓練生の世話をしている。
驚いて見ているとルシオンが水を欲しがった。すぐに乗馬服が吸い飲みを持ってきて口に運ぼうとするが、お坊ちゃんに止められる。
「おまえたちには他にもやらなければならないことがあるようだ。ならば仕方がない。この僕が代りに飲ませてやっても構わない」
・・・・・・自分が世話を焼きたいだけだろ。素直にそう言えよ。
「ありがとうございます。とても助かります」
主の本心なんか見透かしてるだろうに、乗馬服はていねいに礼を言って吸い飲みを渡した。
セイスタリアス・コングラート―――鼻持ちならないのは確かだが、そんなに悪いヤツでもなさそうだ。
これで終わったのだと思った。
休憩後、多少なりとも体力と気力を取り戻したマッカラーズの総力を結集して、5か所目の奪取に成功した。作戦完了だ。
これ以上ルシオンがつらい思いをすることはないんだ。後はゆっくり休んで傷を治すことに専念すればいい。
そのはずだった。
それなのに・・・・・・
イアソンの採掘場はもう1か所あることがわかった。
この知らせに落胆したのは訓練生たちも同じだった。最後だと思ったからこそへとへとの状態でもがんばれた。もう一度と言われて立ち上がる気力は残ってなさそうだ。
しかも、頼りのルシオンが昏睡状態だってことはみんな知っている。それでどうやって戦えってんだ?
5か所目のグールトン制圧には5分もかかっちまった。その間、能力を使い続けたルシオンはとうとう限界を超えた。
スイッチが切れたみたいにバッタリ倒れて、その後はいくら呼びかけても身体をゆすっても目を覚ますことはなかった。
ルシオンにはもうなにもできない。重症の身体を押してできる限りの協力はした。充分だ。約束通り自由にしてもらおう。
すぐにでも相棒を連れて帰りたかった。だが、今は動かせるような状態じゃない。
そんな時だ。あってはならないことが起きちまったのは。
救護車代わりのトレーラーに収容しきれなかった訓練生たちを診るため、医者に付いて出て行った看護師がひとりで戻って来た。
トレーラー内には衰弱の激しい訓練生が収容されている。看護師は順にバイタルチェックをしていきルシオンの番になった。手首に計測器を巻いてスイッチを入れる。
バイタルチェックは日に4、5回。看護師の仕事だからその間はアンジェリカから目を離さないようにしていた。
これまでのところルシオンに殺意を向けるようなそぶりは見せていない。
「水を・・・」
訓練生のかすれた声がしてアンジェリカはちょっと困った顔をした。今はセイスタリアスと乗馬服もいない。
6番目の採掘場をどうするか少佐たちと協議中だ。オレが口を出すことじゃない。昏睡状態のルシオンにはもうなにもできないのだから。
「こっちが終わるまで待てるかしら?」
アンジェリカは訓練生を気にしながらも手が放せない。ほんの親切心だった。
「いいよ。オレがやる」
吸い飲みを取って訓練生の口に当ててやるほんの一瞬だった。オレがアンジェリカから目を離したのは。
視線を戻したときにはもう、注射針がルシオンの腕に刺さっていた。バイタルチェックしてたんじゃないのかよ!
「なにしてるんだっ!?」
あわてて針を引き抜いたが遅かった。注射器は空になっている。
「中身はなんだ? なにを注射した!」
えり元をつかまれたアンジェリカは無表情にオレを見上げる。
「コーマリカバリーよ」
聞いたことがある。副作用が強すぎるからって使用禁止になった覚醒促進剤だ。強引に昏睡状態から引き戻すんだ。反動がないワケない。
薬が切れると何日も眠り続け、そのまま死亡するケースが多発したといういわくつきだ。そんなもんをルシオンに注射したのか!
怒りのあまり言葉が出てこないオレに向かって、アンジェリカは冷やかな言葉を浴びせかける。
「最後までやり遂げてもらうわ。途中で投げだすことは許さない」
「・・・・・・なにが・・・なにが許さないだっ!!!」
オレはやっとのことで言葉を吐きだした。
「意識が戻ったところで動けやしないんだぞ。そんなヤツに・・・・・・そんなヤツに、どうしろって言うんだっっ!!」
「トーマスの命を奪ったことをわたしは決して許さない。死の瞬間まで苦しみ続けるといいわ」
憎しみをむきだしにしたアンジェリカの瞳はぞっとするほど暗く冷たい。
「まだ足りないって言うのかっ!!!」
オレの全身は怒りの炎が噴き出してるみたいに熱かった。狂っているとしか思えない女のえり元をつかんだ手がゆるむ。
ベッドのルシオンが身じろぎしたのが見えたんだ。
昏睡状態におちいっていたはずのルシオンは、重たそうなまぶたをわずかに開くがまつげの奥の瞳に光はない。不意にうめき声をあげて頭を抱えた。
コーマリカバリーが効果を現し始めると副作用も強くなっていく。ルシオンは苦痛にもだえながらワケのわからないことを口走っている。
「おいっ! 大丈夫か。しっかりしろ!!」
オレは不安にかられるも声をかけることしかできない。
「完全に覚醒すれば副作用は収まるわ」
どうということはないとでも言いたげなアンジェリカには殺意を覚えた。ひどい女だ。このありさまを見てなんとも思わないのか。
トレーラーから出て行く女を追いかけて怒りのままに殴り飛ばしてやりたい。そんな煮えたぎるような感情を押さえつけてルシオンをはげまし続けた。
やがて激しい頭痛は収まって意識もはっきりとしてきたらしい。ルシオンは錯乱状態から抜け出している。
だが、元々限界を超えていたんだ。さらに体力と気力を削り取られて疲弊しきっている。
「大丈夫か」
「・・・・・・ん。もう平気」
平気なもんか。死人のような顔色をしてるくせに。
強がる相棒にアンジェリカがしたことは話さないでおこう。
昏睡状態だったルシオンはその間の出来事を知らない。知らない方がいいんだ。コーマリカバリーを打たれたことも、6か所目の採掘場のことも。
ところが――――
なにもなかったような顔をしてアンジェリカのヤツが戻って来た。いつものようにバイタルチェックをはじめた冷たい横顔につばの代わりの言葉をたたきつける。
「出て行け」
低い声でうなるオレをムシして、アンジェリカは一通りのチェックを終わらせた。ひどい状態なのはわかったはずだ。それなのに・・・・・・
「さあ、起きて。仕事よ」
アンジェリカにはルシオンの体調なんかどうでもいいんだ。そもそも命の心配なんかしちゃいない。
ルシオンは黙ってオレの顔を見ている。なにか言いたそうにしながら言葉を飲み込んだのは、オレのこめかみに浮きでた血管がピクピクと動いていたからだ。
「出て行けと言ってるんだ」
もう一度、今度はスゴミを効かせて言ってみたが、アンジェリカは完全無視だ。
「イアソンの採掘場がもうひとつ見つかったの。あなたは自分の仕事をしなさい」
この女、ルシオンの耳に入れたくなかったことを! オレのガマンも限界だった。
「いい加減にしろ! こんなに弱っているんだぞ。力なんか使えるかっ!!」
肩をわしづかみにされたアンジェリカはゆっくりとオレに向き直った。
「できるわ」
無表情に口だけを動かす女の、冷たい気迫に言葉が出ない。
「ねぇ、できるわよね」
ヘビににらまれたカエルのようなルシオンは小さくうなずいた。
「リアンクール少佐にはわたしから話しておくわ」
「ちょっと待て! 勝手に話を進めるな!!」
オレはあわててアンジェリカの後を追いかけた。外に出ると、訓練生を乗せたモータービークルが走り出そうとしているところだった。
キャンピングトレーラーは6か所目の採掘場に向かって走っている。
看護師のアンジェリカはいない。代りにリアンクール少佐とヘットガー中尉が乗っている。あの女がルシオンになにをしたのか話してやるとふたりは困惑していた。
「アンジェリカの処罰は後できっちりするとして、今は目先のことをどうするか対策を練るのが先決だわ」
少佐の頭の中は次の採掘場をどうやって奪取するか、そのことでいっぱいだ。
「念のため言っとくが、ルシオンはもう動けないぜ」
「それはわかっているの。でも、彼の協力なしに作戦を強行すれば多くの犠牲を出すのは確実だわ」
「だから、こいつに犠牲になれってのか」
「そんなつもりはないわ。でも、何か対策を打たないと・・・・・・」
少佐は口ごもった。
「フィル。いじわるしないで」
ベッドのルシオンが小さな声でささやいた。
どうせオレはいじめっ子だよ。おまえがやる気になっているのを知っていて少佐の罪悪感をあおっているんだからな。
元々少佐や訓練生のために力を貸していたワケじゃない。フォート・マリオッシュを、ルシオンにとってかけがえのないヒトたちを守るためなんだ。
少佐が必要ないと言ってもおとなしく寝てるもんか。
それが余計に悔しいんだ。少佐の期待通りじゃないか。
結局、いいように利用されてるようでおもしろくない。こいつは兵器じゃない。人間なんだ。そこんところ、少佐はどう思っているんだよ。
傷口を固定して服を着せルシオンの支度が終わると、オレは革ジャンのポケットに手を突っ込んでプレゼントを取り出した。
ずっと入れっぱなしだったんだ。仕方ないよな。ヨレヨレになった封筒をぶっきらぼうに手渡す。
「パーティをやり直したときに渡すつもりだったんだけどな」
「ほんとうにもらっていいの? ドケチの」
「それ以上言うと取り上げるぞ!」
「ごめんなさい。もういいません」
ベッドの縁に腰かけたルシオンは封筒をながめていぶかしげな顔をしている。失礼なやつだな。確かにプレゼントぽくはないが、中身を見たらきっと喜ぶはずなんだ。
「開けてみろ」
「ん。」
封筒の中からでてきたのは客船の往復乗船券だ。行先はドナティス。
「一年中寒い島でいつでも雪があるんだぜ。オレのプレゼントは一面に広がる雪景色を見せてやることだ」
「雪が見れるの?」
「ああ」
「ほんとうに?!」
「本当だ」
今、ルシオンの青緑の瞳は将来の夢を語るチビたちと同じに輝いている。
だから、絶対に・・・・・・