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足場の悪い坂道を確かめるようにして一歩ずつ登っていく。大事な荷物を背負ってるんだ。慎重にもなるさ。
オレたちはイアソンに買収された鉱山の採掘場を目指している。
訓練生たちが見えてきた。連中のいる場所がグールトンから300コールの位置なのだろう。
向こうもこっちに気付いたらしく視線が集まってくる。にらみ付けるような視線には反感と憎悪がこもってやがる。仲間を殺した相手に頼るのがおもしろくないんだ。
こっちだって好きで協力してるワケじゃないんだぞ。
なんにも知らないくせに! 自分たちだけじゃどうすることもできないくせに!!
その時あたたかいものがほおに触れた。オレにおぶわれたルシオンの手だ。
「ぼくは平気だよ」
「なんだ? おまえオレの心が読めるのか」
「ううん。でも、フィルのことならわかるよ」
ふっと心がほどけていく。不思議なことに訓練生の視線なんか気にならなくなった。
「これが片付いてホームに戻ったらパーティをやり直そう」
今は目先のことよりその後のことを考えていよう。
「おまえに渡したいものもあるしな」
「渡したいものって?」
背中のルシオンが身を乗り出した。
「バースディプレゼントだよ。おまえの10歳の」
「ドケチのフィルが?!」
そんなに驚かれるとは心外だ。
「そういうこと言うんならもうやんない」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
そんなにあやまられちゃ仕方ない。
「わかった、わかった。許してやるよ」
「プレゼントってなんなの」
そりゃ気になるよな。でも
「教えてやんない」
「おねがい!」
「ダメ~」
「フィルのドケチ」
「なんでまたそこに戻るんだよ」
実は、プレゼントは今着ている革ジャンのポケットの中だ。ホームでパーティをやるはずだった日の朝からずっとそこにある。
「すっごくいい物だ。楽しみにしてろ」
プレゼントを見た時のルシオンの顔を想像して自然とほおがゆるむ。きっと大喜びするぞ。
訓練生たちを指揮しているリアンクール少佐の元にたどり着くと、背中の相棒をそっと降ろした。
オレに支えられてやっと立っているルシオンは、まだなにもしてないのに肩で息をしている。やっぱりムリなんじゃないのか。くそ。急に不安がふくらんできやがった。
少佐はオレたちを見つめて
「来てくれてありがとう」
と言った。
はじめて見たグールトンは思っていたよりずっとデカい。8本脚を足場の悪い地面にしっかりと踏ん張って重たそうな本体を支えている。
黒塗りのボディに埋め込まれた半球体が鳥の目のようでぞっとする。こっちを見ているような気がするのはオレがびびってるからなのか。
「作戦は打ち合わせ通りよ」
作戦
ルシオンはひとりで全部のグールトンを破壊するつもりでいたらしい。元気なときならそんなこと朝飯前だろうし、その方が手っ取り早い。
だが、今の状態じゃ、そんな無茶はさせられない。
それは少佐にもわかっていて、できる限りルシオンの負担が少なくてすむ作戦にしてくれた。
ルシオンに任されたのは3分。3分間だけ一時停止の能力を使ってグールトンの動きを止めること。その間にマッカラーズの総力で全部破壊するという手はずになっている。
グールトンを破壊するよりは動きを止めるだけの方が、生体エネルギーの消費量が少なくてすむ。
とはいえ、300コールも離れた所から、10体以上もあるグールトンの動きをいっせいに止めるのは容易じゃない。
誰にでもできるのなら他のヤツがとっくにそうしてた。誰にもできないからルシオンが手をかすハメになっている。ムリしないというワケにはいかない。
「ちゃっちゃっと終わらせちまえ」
オレは不安を顔に出さないようにして銀色の頭をわしづかみにした。いつものように。
ルシオンは周囲を見まわしてグールトンの位置を確認すると、両の手の平を握りしめた。こぶしにぐうっと力が込められていく。と、グールトンの鳥の目が動きを止めた。
「今です」
ルシオンの合図を待っていた少佐が声をあげる。
「攻撃開始!」
グールトンは半球体の目の動きが止まったこと以外はなにも変わっていないように見える。
元々8本脚を踏ん張って地面に立ってるだけだから、本当に動きを止められているのかどうかわからない。
もし、停止していなかったら300コールのラインから中に入った途端、正確無比な狙撃で命を落とすことになる。
そんな状況で真っ先に中に飛び込んだのはリアンクール少佐だった。号令をかけ終わらないうちに動き出した少佐をヘットガー中尉があわてて追いかける。
もちろん、グールトンが撃ってくることはない。これで、停止していることが証明された。
安心した訓練生たちも割り当てられたグールトンに向かって突っ込んで行く。攻撃されることはないから、特殊能力を使おうが武器を使おうが好きに料理できる。
ただし、3分以内に完全に破壊しなくちゃならない。
ストップウォッチ片手にルシオンのかたわらに立っているオレはじれはじめていた。
動かない自動兵器なんざ簡単に壊せそうなものなのに、訓練生はなにを手間取ってやがるんだ。どうやら見た目以上に頑丈らしい。
時間は刻々とすぎていく。少佐は3分たったら一時停止を解除していいと言った。
ルシオンの体力を考えてのことなんだろうが、それまでに全部のグールトンを破壊できなかったらどうするつもりだ?
残り10秒というところで作戦が完了したときには心底ほっとした。少佐の合図でポーズを解いたルシオンの顔は汗でぐっしょりぬれている。
元気なときならこれくらい、涼しい顔でやってのけるのに。早く休ませよう。これで終わりじゃないんだ。すぐに次の鉱山に移動して、同じことを繰り返さなくちゃならない。あと4回も!!
オレはふらついているルシオンをおぶって来た道を戻って行く。
「具合はどう?」
追いかけて来たリアンクール少佐がルシオンの顔をのぞきこんだ。
「フラフラだよ。腹に穴が空いてる状態で力を使えばこうなることぐらい、あんたにはわかっていたはずだ」
意地の悪い言い方をしたのは不安でたまらないからだ。少しぐらい八つ当たりしたっていいよな。
「・・・・・・フィル。ぼくは平気だよ」
耳の後ろで声がした。ウソつけ!
「わたしたちの力が足りないばかりに、無理をさせてごめんなさいね」
少佐はくちびるをかんだ。
「ぼくが手伝いたいからだけだから」
そりゃあ、ルシオンが自分から言い出したことだし、利用されているとはこれっぽっちも思っちゃいないんだろうけど。
「ありがとう」
少佐はおぼれているヤツが手を差し伸べられたときの顔をしていた。
鉱山のふもとには、訓練生たちが乗って来たモータービークルが並んで停まっている。その中にひときわ大きなトレーラーが混じっていた。
ピッカピカにみがかれたキャンピングトレーラーはセイスタリアスのだ。お坊ちゃんのホテル代わりにわざわざよその島から運んで来たものだが、今は救護車として使っている。
マッカラーズ基地に救護車はなく、重症のルシオンをどうやって鉱山まで運ぶかが問題になった。
医者には寝かせたまま揺らさないで運ぶようにと注文をつけられている。それに、医療機器も一緒に持って行かなくちゃならない。
基地にあるモータービークルは小型のものばかりだし、古いから振動も大きい。
困り果てていたときに、セイスタリアスが自分のキャンピングトレーラーを提供すると言い出したのだ。元々、作戦の成り行きを見届けるために同行するつもりでいたらしい。
いくら広いトレーラーの中でもお坊ちゃんと一緒なんてのはうんざりだし、ジャマなだけだと最初は思った。だが、すぐにそうでもないかもしれないと思い直した。
ルシオンには医者と看護師が付き添うことになっている。絶対に必要な措置だというのはわかるが大きな問題がある。看護師がアンジェリカなのだ。
マッカラーズには医者も看護師もひとりしかいないから仕方ないとはいえ、ルシオンを殺そうとした女だ。目を離すワケにはいかない。
不安を感じているところに、セイスタリアスが乗馬服のふたりを引き連れて乗り込んでくれると言うんだ。監視の目が増えるのなら歓迎すべきだろう。
キャンピングトレーラーの中はそうとは思えない豪華さだった。高級ホテルのスイートルームにも負けてないんじゃないか。
壁にかけられた大きな絵からカップボードに並んだスプーン1本にいたるまで、どれもこれも超が付く高級品だということはわかる。
小汚いかっこうをしたオレは場違いだ。医者と看護師も同じ。ここにいても違和感がないのはお坊ちゃんと乗馬服だけだ。
ソファにふんぞり返って本を読んでるセイスタリアスは、ここにあるものすべてが自分のために作られたものであるかのようになじんでいる。生まれながらの御曹司なんだろうな。
まったく、ムシズが走るぜ。
あれ? 変だぞ。御曹司の活字に落とした視線がチラチラ動いてる。豪奢なベッドに寝かされて治療中のルシオンが気になるらしい。
セイスタリアスに耳打ちされた乗馬服がひとり近付いて来た。
「お手伝いできることはありますか」
つまり、お坊ちゃんが手伝いたいと思ってるということか。
「今んとこないよ。ありがとな」
一応礼を言うと、セイスタリアスは赤くなって本で顔を隠した。
ルシオンの汗でぬれた服を取り替えて点滴をはじめると、救護車代わりのキャンピングトレーラーは動き出した。
窓から外を見るとモータービークルもいっせいに走り出している。来た時よりも口数の少ない訓練生たちを乗せて。
2か所目は本当にギリギリだった。作戦が完了したとき残り時間はたったの3秒しかなかった。
そして3か所目。ついに最初の犠牲者がでた。3分以内にグールトンを破壊できなかった訓練生が胸を撃ち抜かれたのだ。名誉の戦死をとげるのも時間の問題だろう。
「まって」
背中で声がした。まさか。
オレは構わずルシオンをおぶったまま歩いて行く。
「それはおまえの仕事じゃない」
話も聞かずに拒否すると
「でも・・・・・・」
と口ごもるルシオン。
「自分の役割はきっちりこなしてるんだ。おまえが責任を感じることはない」
「そうだけど・・・・・・」
「今だっていっぱいいっぱいのくせに余計な力を使う体力がどこにある」
「そうだけど・・・・・・」
どうにも煮え切らない。
「だったら口ごたえするな」
オレは内心ハラハラしていた。
「お願い。」
そらきた。そう言うと思ったよ。だからさっさと山を下りてトレーラーに押し込めてやりたかったんだ。こうなるともう、オレの言うことなんか聞かないんだからな。
負傷者は仲間たちに囲まれていた。
「そこをどいてくれ」
声をかけると前にいた訓練生が無言で場所をあける。と言うよりオレたちに近づきたくないって態度だな。
おろしてやるとルシオンは負傷者のかたわらに両ひざをついた。傷口をふさいでいた布を取って手の平をかざす。
「おい、何をする気だ?!」
そう警戒するなって。
「おせっかいにも助けてやろうってんだ。おとなしく見てろ」
「助ける、、だと?」
訓練生たちはざわめいた。ルシオンに治癒があることを知らないんだ。
ルシオンの手にオレンジ色の光が生まれ徐々に輝きを増していく。それに連れてグールトンに撃ち抜かれた傷が少しずつ埋まっていく。早送りで見てるみたいだ。
訓練生たちはそろって目を丸くしてる。
どうだ! すごいだろ!!
完全に傷がふさがってヒーリング完了だ。
「ぼけっとしてないでキャンピングトレーラーに運び込め。
ヒーリングでも流れ出した血液は取り戻せないんだ。せっかく傷を治してやったのに失血死されたんじゃ、とんだ無駄骨だからな」
訓練生どもの称賛の目が気持ちいい。オレが救ってやったワケじゃないけどな。
「フィルぅ」
奇跡の名医が情けない声を出した。
「なんだ?」
ルシオンの背中に赤いシミが広がるのを見てぎょっとする。
「だからやめとけばよかったんだ!! さっさとおぶされ。トレーラーに戻るぞ」
しゃがんで背中を向けるがルシオンは乗ってこない。動けないんだ。
困っていると、そばにいた訓練生たちが思いがけない行動にでた。ルシオンの身体を抱えてオレの背中に乗せてくれたんだ。
「・・・・・・ありがとう」
ルシオンのか細い声は連中に聞こえただろうか。
「礼を言われるべきはおまえの方だ」
オレのつぶやきはルシオンに聞こえただろうか。
◇◇◇◇
キャンピングトレーラー近くに集まった訓練生たちはひたいを寄せ合い、声をひそめて話をしている。
運び込まれた仲間の様子を知りたいというのは建前で、本当は仲間の命を救ってくれた少年がどうなったのか気になって仕方ないのだ。
だが、トレーラーの中に声をかけようという者はいない。
そこで、透視を使える者に救護車の中を見てもらい、その映像を精神感応で共有することにした。
そうして彼らが見たのは、ベッドに寝かされた仲間と少年が輸血を受けている光景だった。
仲間の訓練生は、顔色は優れないものの容体は安定しているらしく規則正しい寝息をたてている。
一方の少年はひたいに汗を浮かべ浅く早い呼吸を繰り返している。細い腕にはいくつもの注射針の跡がありうっ血して暗赤色にはれている。
医師が血に染まった包帯を取り除くと傷口があらわになった。ぽっかり空いた穴は拳が楽に通り抜けられるほど大きい。
訓練生たちは声もなかった。