4-3
緊急会議にはセイスタリアスも同席していたらしい。
「僕がいなければ会議は始まらないだろうからね」
なんてことを言って乗馬服のふたりを引き連れ会議室に乱入したんだ。しかも少佐の横に座って「さっさと始めたまえ」ときたもんだ。
あまりにも堂々としてるもんだから誰も文句を言えなかったそうだ。
とにかく会議は開かれて、プロクルステスの島外持ち出しを阻止しようということになった。
新兵器を作るにはプロクルステスが不可欠だったんだ。今頃になって鉱山の採掘が再開したのにはそんなワケがあった。
ドス・サントスの暴走を止めるために動きだしたマッカラーズは、それまでのどこかのんびりした空気を追っ払って緊張感を漂わせていた。
オレはそんな空気が、ルシオンの病室に入って来ないように細心の注意を払わなくちゃならなかった。
もちろん、状況は気になるからダレスをつかまえては聞き出すようにしている。
ルポライターの話だと、イアソンはすでに相当量のプロクルステスを掘り出していて、いつ島の外に運び出してもおかしくないらしい。
急がなければならないと判断したリアンクール少佐は、5か所あるイアソンの鉱山を差し押さえることにした。だが、ことはそう簡単にいかない。
兵器開発でのし上がったサントスは自社生の兵器を鉱山の警備に投入していたのだ。
採掘場の周囲には8本脚の脚高クモのようなもんが等間隔で切れ目なく設置されていた。グールトンという自動兵器で、設定された距離より近づくものがあると自動的に攻撃する。
採掘場のグールトンは300コールに設定されていて、そのラインから中に踏み込んだ訓練生が3人、狙撃されて死んだ。その精密さは一流のスナイパー並だ。
近づくのは至難の技。かと言って、こっちに300コールも離れたところからグールトンを破壊できる武器はない。お手上げだ。
「こんなときこそ役に立つのがミュウディアンじゃないのか」
と言うと、ダレスになにもわかっていないという目で見られた。
いくら才能があって訓練された特殊能力者でも、300コールも離れたところにあるものをどうこうすることはできないのだと言う。
マッカラーズには300コールとべるテレポーターが3人いるだけだった。瞬間移動を繰り返して1基ずつ破壊してたんじゃ、こっちが先に潰れる。
第一そんなに悠長なことをしちゃいられない。軍の動きを知ったイアソンがプロクルステスの輸送を急いでいるのは明らかだった。もたもたしているうちに手遅れになっちまう。
なんとかしようにも、マッカラーズは実戦投入前のミュウディアンの卵を訓練するための基地だ。戦い慣れているミュウディアンは何人もいないし、たいした武器も装備もない。
応援を要請してはあるが到着するのは5日後らしい。
その前にイアソンは、プロクルステスを両手に抱えてアリアーガを後にしちまうことだろう。そして、新型の大量破壊兵器が戦場を蹂躙するようになる。
そんなことは絶対にさせられないとわかっているのに誰にもどうにもできない。
――――オレだけが知っているんだ。
この状況を打ち破れるヤツがひとりだけいることを。
ルシオンならあんなもん、おもちゃみたいに簡単に壊せるはずだ。でも、そんなことは絶対に口には出さないぞ。
あいつは今、心も身体もボロボロなんだ。レイチェルに裏切られたことで死にたくなるほどみじめな気持ちになっているんだと思う。
腹に空いた穴がなかなかふさがらないのがその証拠だ。生きる意志がないとヴァイオーサー特有の超治癒力は働かない。
それでも、ルシオンが今のこの状況を知ったら自分がなんとかすると言いだすに決まってるんだ。
あいつには自分を兵器と見ているところがあって、そこにしか存在意義がないと考えているようだからな。
オレはルシオンにおまえは人間なんだと言い続けてきた。もう二度と、誰にも、あいつを兵器扱いさせない。どんな理由があっても。
「とにかく。援軍が来るまでの間なんとかイアソンを足止めできれば道は開けるわ」
「ですが、足止めするにしても人員が足りません。採掘場は5か所ありますから」
「訓練生に無茶はさせたくないし、かと言って、他に戦える者はいないしね」
ああ、もう!! なんだってこんなところでそんな話をしやがるんだ!
「あんたらそんな話はよそでやってくれ!!」
とうとうブチ切れて大声をあげちまった。壁際にイスを並べて話し込んでいたリアンクール少佐とヘットガー中尉は、驚いた顔でこっちを見てる。
「キナ臭い話をけが人の前でするなって言ってるんだよ!」
オレはミュウディアンたちの視線をさえぎるようにベッドの前に立った。無意識のうちにベッドで眠っている相棒をふたりの視界に入れないようにしていたんだ。
ヘットガー中尉はルシオンの護衛をきちんとやってくれてる。こんな状況になってもそれは変わらなかった。
こっちにしてみればありがたいが、副官をそばに置けないリアンクール少佐にとってはさぞや不便なことだろう。ルシオンのそばを離れるわけにはいかない中尉と話がしたければ、少佐の方がこっちに来るしかない。
だからって、ここでそんな話をされちゃ困るんだ。
「あなたの言う通りね。ごめんなさい。無神経だったわ」
少佐の言葉を聞いて内心ほっとした。
そうだよ。とっとと出てってくれ。
ところが少佐は病室を出て行こうとはせずになにやら考え込んでいる。なんだ、なにを考えてやがる?
「ねえ、フィヨドル」
名前を呼ばれてドキリとする。
「私ね、ずっと気になっていることがあるの」
少佐がなにを言おうとしているのかなんとなくわかっちまった。
動揺するな。平然としているんだ。自分に言い聞かせてゆっくりと少佐の方に顔を向ける。
「ルシオン君はいくつの顔を持っているのかしら」
少佐たちにはジョシュアの姿からルシオンに戻るところを見られちまっている。ルシオンが変身を持っているのはバレてるとして、その先をどこまで推測できているかだ。
「あの能力はメタモルフォーゼなのでしょう? どんな姿にでもなれるんですってね。たとえば、、大人にでも」
一瞬、心臓が止まった。
くそっ! 感づいてやがるのか?
オレは心の中で深呼吸する。
「そうらしいな」
よし。冷静な声が出せた。
「あなたは知っているんじゃないの?」
少佐は射るような視線でオレを串刺しにして逃がさない。
「知らないよ」
さりげなく視線をはずしたものの、オレの心臓は激しく鼓動を打っていた。
しばらく黙り込んでいた少佐が慎重に言葉を選ぶように口を開く。
「もうひとつ、きいてもいいかしら」
イヤだ。なにもきくな!
「ルシオン君にならこの状況を打開できるんじゃないの?」
「そんなのムリに決まってるだろっ!! あんた、なに考えてんだよ! 身体に大穴空けられてまだ何日もたってないってのに。
その大穴を開けた張本人を護衛に付けたり、まったくワケのわからない女だぜ!!」
あ。。やっちまった。
「つまり、ケガがなければ可能と考えていいのね」
ほらみろ。オレのバカ野郎! 今さらごまかしはきかないぞ。
「だからなんだ! あんた忘れてないか? どれだけの力を持っていようとこいつはまだ10歳になったばかりの子供なんだ。こんな身体でどうしろって言うんだよ!」
少佐は沈黙した。そして、ふうと息を吐いて肩を落とした。
「あなたの言う通りね。どうにもならないからって馬鹿なことを考えてしまったわ。今の話は忘れてちょうだい」
少佐があきらめてくれて助かった。
「話ってなに?」
後で声がしてとび上がるほどびっくりした。振り返るとルシオンがこっちを見てる。
「おまえには関係ない。いいからおとなしく寝てろ」
毛布を頭の上まで引っ張り上げて押さえつけてやった。少佐の姿を見なくてもすむように。
「・・・××!・・・×××・・・・・・!!」
毛布の下でもがいているから手をゆるめてやると、赤くなったルシオンが顔を出す。
「ひどいよ」
確かにちょっと乱暴だったけどそんなに怒らなくたっていいじゃないか。オレだっておまえを危ない目にあわせまいと必死なんだ。そんな心の声がひと言に集約されて飛び出す。
「うるさいっ!!」
怒鳴られたルシオンは口をとがらせる。
「どうしておこるの?」
「おまえが大人の話に首を突っ込もうとするからだ。子供は余計なことを考えるな」
「フィルだって子供なのに」
「バカ言うな。オレは大人だ!」
「大人はすぐにおこったりしないよ」
その時、クスクスと忍び笑いが聞こえてきた。見るとリアンクール少佐が口に手を当てて笑いをかみ殺そうとしている。
「君たちは本当に仲がいいんだな」
ヘットガー中尉が笑いをこらえながら言葉を押し出した。なんでそうなる?
「オレたち今ケンカの最中なんだけど」
怒りはもうどっかへ行っちまった。
「フィヨドルはあなたを守ろうと必死なのよ」
「どういうこと?」
少佐が余計なことを言うからルシオンがますます気にしだしたじゃないか。
「おまえには関係ないって言ってるだろ!」
「うそ。フィルはうそをつくときおこりっぽくなるもん」
バレてんじゃん。オレが黙り込むとルシオンは少佐に顔を向ける。
「教えてください」
少佐は困った顔でオレを見た。
「そんなに知りたいのなら教えてやるよ」
いくらルシオンの耳にいれないようにしたところで本人があきらめない限り意味はない。
こいつはヴァイオーサーだ。誰かに教えてもらわなくたって、欲しい情報は簡単に手に入れられる。だったら、余計なことまで耳に入れないように話しといた方がいい。
ひと通り状況を説明し終えると、ルシオンは上目づかいにオレを見た。
「いい?」
やっぱりそうくるか。少佐に協力してもいいかときいているんだ。
「いいワケあるか!」
「困ってるんでしょ」
「おまえには関係ない」
「自動兵器なんか簡単にやっつけられるよ」
「そんなのは元気なときのセリフだ」
オレは付け入るすきを与えずあしらっていく。状況を知ったルシオンが何と言い出すか予想がついていたからこそ冷静でいられた。
「ぼくならだいじょうぶ」
オレはゲンコツを作ってルシオンのこめかみをグリグリしてやった。
「なにが大丈夫だ! 腹にでっかい穴が空いてるだろうが」
ルシオンはオレの腕をたたきながらジタバタしている。
「大体おまえの“大丈夫”があてになるか。死にかけてたって“大丈夫”って言い張るんだからな!」
ベサラウイルスの一件がある。返す言葉もないはずだ。
手を放してやるとルシオンは腹を押さえてうずくまった。額には汗が浮いている。ほら見ろ。ちょっと動いただけでこのザマだ。
心を鬼にしてここぞとばかりにたたみかける。
「どうしても協力したいって言うんなら勝手にしろ。ただしその時はホームから出て行け! どこへでも好きなところに行けばいい」
動揺を隠せないルシオンは青緑の瞳でぼう然とオレを見つめていた。
そんなことがあってから、リアンクール少佐はここへは来ていない。話があるときには病室の外にヘットガー中尉を呼び出すようにしてくれてる。おかげで病室の中は静かになった。
代りに今度は外が騒がしくなっている。となりにある医務室のひとの出入りが急に激しくなったからだ。
犠牲覚悟の作戦が強行されていた。少佐の苦悩を思うとなんにも感じないというワケにはいかない。だからって、オレたちにできることはないんだ。
ルシオンは眠ってるし、ヘットガー中尉は手元の本に視線をはわせてる。静かな病室には廊下で話してる訓練生の声が聞こえて来る。
だが、なんと言ってるかまではわからない。だから、安心していた。ルシオンが外の声に心を惑わされることはないと。
「マリオッシュが落とされたらって、どういうこと?」
突然、そんなことを言い出したとき、オレの心臓は凍り付いた。状況を説明してやったとき、隠しておいたことをなぜ知っている?
ルシオンには読心はないからって安心してたが、聞こえてんじゃん。単に耳がいいのか、それともそういう能力を持っているのか。そんなの聞いてないぞ!
あわてたオレは言葉が出てこない。なんとか上手くごまかそうと考えをめぐらせているとルシオンと目が合った。不安に揺れる青緑の瞳を見て、、やめにした。
フォート・マリオッシュはルシオンにとって命に代えても守りたい場所なんだ。それを知っていてウソはつけない。オレは息を吐いて肩の力を抜いた。
「新兵器が完成したら、マリオッシュ攻略に使われるらしい」
ルシオンは少し考えてから不安そうに口を開く。
「・・・・・・だいじょうぶ、だよね? 絶対障壁があるんだし」
大丈夫だと、言いたかった。
「おっさん。サントスが作ろうとしている新兵器の資料、こいつに見せてやってくれ」
ヘットガー中尉はちょっと驚いた風だった。
「構わないが、本当にいいのかね?」
オレは小さくうなずいた。
「これ以上隠していたらオレが殺される」
半分冗談、半分本気の言葉だった。
資料に目を通したルシオンの顔はすっかり蒼ざめている。そりゃあそうだろうさ。あれは新兵器を使用した場合どれくらいの損害を与えられるかを試算したものだ。
そして、その試算はマリオッシュを想定している。つまり、新兵器はマリオッシュ攻略を念頭に開発されているのだ。
戦略的に重要な海域にあるフォート・マリオッシュは、リトギルカ軍にとって避けては通れない最大の障害だ。
そして、アビュースタ軍にとっては絶対に破れることがあっちゃならない攻防の要だ。
万一、マリオッシュが落とされるようなことになれば、アビュースタ軍は一気に不利な状況に追い込まれるだろう。
だが、ルシオンの脳裏に浮かんでいるのは戦争の行方なんかじゃない。
オレたちは半年ほどマリオッシュにいたことがある。そこでたくさんのヒトと知り合った。ルシオンにとっては一生忘れることのない奇跡のような出会いだった。
その大切なヒトたちが戦禍に飲み込まれる光景を思い描いておびえているに違いない。
「フィル・・・・・・」
思いつめた顔をしたルシオンがなにを言いたいのか、きかなくてもわかる。
「そんな身体じゃ無理だ。満足に立てもしないくせに」
「フィルがいるからだいじょうぶ」
「おいおい、オレを巻き込むつもりか。冗談じゃないぞ」
なんてことを言いながら、内心では頼られてうれしいと思ってる。
オレのお人好し!
ルシオンの腹の穴はまだふさがっちゃいない。ヴァイオーサーには常人にはない強力な治癒力がある。
その強さは能力の高さに比例していて、こいつの力ならもう完全にふさがっていてもいい頃だ。なのに傷がふさがるどころか点滴もはずせないでいる。
以前にも同じようなことがあった。そのときは治癒力がまったく働かずにもう少しで命を落とすところだった。原因は本人が生きることを拒否していたから。
今のこの状況はその時と似ている。
少し違うのはまったくよくなっていないワケじゃない点だ。常人程度の治癒力は働いていて一応回復には向かっている。まるで治っていいのかどうか迷ってるみたいだ。
それはきっとレイチェルを信じたい気持ちが残っているからなのだろう。
こんな状態で傷を増やすようなことになれば今度こそ命の保証はない。それでもルシオンがこのままおとなしくはしているとも思えない。
どうしてもやるってのなら、協力する代わりに高い見返りを要求してやろうじゃないか。
リアンクール少佐に言ってルシオンを自由にしてもらおう。もちろんヴァイオーサーの登録はなしだ。それから、これ以上の詮索はしないように釘を刺しておいたほうがいいな。
そんなことを考えていたらほんの少し気が楽になった。
「全部終わったらホームに帰ろう」
ルシオンは顔を輝かせた。
「いいの?」
「ああ。どうせいくら言ったっておまえはきかないんだろ?」
「ごめんなさい・・・・・・」
しおらしくあやまっちゃいるが、オレの気持ちがどれくらいわかっているんだか。
こんなときこいつにリーディングがないことが残念に思える。リーディングがあればオレの気持ちをダイレクトに伝えることができるのに。
「帰ったらレイチェルに会って話をしろ」
ルシオンの顔が一気に強ばる。
「おまえのことをどう思っているのか確かめるんだ」
「・・・・・・母さまは・・・ぼくのことがきらいなんだ」
ためらいがちに押し出された声は引きつっていた。
「おまえが勝手にそう思ってるだけだろ」
「きっとそうだよ。。そうじゃなかったら、そうじゃなかったら・・・・・・」
反論しようとしたもののそっから先は言葉にできない。レイチェルに裏切られたことは口にするのもつらいのだろう。顔をゆがめて必死に涙をこらえてる。
「きっとワケがあるのさ。本当のところはレイチェルにきいてみなけりゃわからないんだ」
オレは銀色の頭をわしづかみにしてわしゃわしゃとかきまぜてやった。