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 青い空と海の狭間(はざま)に赤い島が見えて来た。


水平線に半分かくれた太陽みたいだ。太陽だとしたら、昇るところか沈むところ、どっちなんだろうな。


 あれはオレが育った島、アリアーガ。赤土でできた島は遠目には真っ赤に見える。


オレの通り名の“アリアーガ”はそこからきていて、島の色とオレの髪の色が同じことから誰かが勝手に付けたんだ。


 讃美歌さんびかをBGMにファビウスⅡ世号はアリアーガ目指してまっすぐに進んで行く。朝日に照らされた海面で光がおどってる。


今日はいい天気になりそうだ。



 アリアーガで唯一まともに機能しているトムンセン港はいつも閑散(かんさん)としている。週に一度やって来る定期船以外の船が停泊ていはくしてるのを見たことはない。


こんななんもない島にやって来るモノ好きはなく、この島の住人で島の外へ旅行に出かけようなんて余裕のある者もいない。


見捨てられ貧しい者だけが取り残された島、それがアリアーガだ。


 だが、今日は違う。先客がいた。船体に“ドス・サントス”と書かれた貨物船が荷降ろしの最中だ。


ドス・サントスは軍に自動兵器なんかを供給している大企業だ。確か、軍需産業のシェアで15%を占めている。


死の商人がこんな島になにしに来たんだ? 昔ならともかく。



「めずらしいこともあるもんだな」


 船から降りてなにげなくながめていると、ドス・サントスの船から降ろされたなにかの機械がバランスをくずして倒れた。悲鳴と叫び声があがる。


どうやら誰かが下敷きになったらしい。


 オレはそばにあった貨物積み降ろし用のロボットアームにとび乗り現場へ急ぐ。


案の定、数人がかりで仲間を下敷きにした機械をどかそうとしてるが、重量がありそうな機械はびくともしない。


「そこをどけ!」


オレは叫びロボットアームのツメを機械の下に差し込んでゆっくりと持ち上げる。


「今だ、引っ張り出せ!」


 助け出された男はぐったりしてるが意識はあるようだ。


「むやみに動かすな。誰か担架たんかを持って来い」


オレの見事な采配(さいはい)で救出された男はすぐに病院へと運ばれて行った。



「いやー、君、助かったよ。一時はどうなることかと思った」


 小太りの男がハンカチで汗を拭きながら近づいて来た。


オレは素早く身なりに視線を走らせる。他の連中と同じ作業着を着てるが、袖口から見える腕時計は庶民しょみんには手が出ない高級ブランドのもんだ。こいつが責任者だな。


オレは心の中でほくそ笑んだ。いいカモになりそうだ。


「なあに、困ったときはお互い様だ。気にすんな」


「いやー、本当にありがとう」


 立ち去ろうとする小太りの男をすかさず呼びとめる。


「ちょっと待てよ。こいつの燃料費ぐらいは払ってくれるんだろ?」


オレは港の備品(・・)のロボットアームを指差した。もちろん燃料費は港湾管理事務所が負担している。


「オレの労働に対する報酬ほうしゅうも含めて10000シリンにまけといてやるよ」


男の顔色が変わる。


「ちょっと高すぎやしないかね」


「あんたがどこから来たのか知らないが、アリアーガにはアリアーガのルールってもんが

あるんだぜ」


 オレは当然のようにうそぶく。うそはついてないぜ。島のアリアーガじゃなくて、アリアーガと呼ばれるオレのルールだけどな。


「毎度あり♡」



 “取れるところからは取れるだけ取る”のルールにのっとってまんまと金をせしめてやった。


口笛を吹きながら戻ってみるとファビウスⅡ世号の前でひとりの少年が待っている。


くせのある杏色(あんずいろ)の髪にココアブラウンの瞳。顔をよく見るとルシオンにそっくりだ。それもそのはず、他の誰でもないルシオン本人なんだから。ただし、16歳の。


 特殊能力者ヴァイオーサーのルシオンは面白い能力をたくさん持っている。


その中のひとつに変身(メタモルフォーゼ)というのがある。文字通り自分の姿形(すがたかたち)を自由に変えることができるんだ。この能力を使って別人になりすましているというワケだ。


といっても、髪型と髪の色、それに瞳の色を変えただけで、あとは7年分成長した姿になっているだけだ。


 もちろん、顔のつくりを変えることもできるのだがルシオンはまだこの能力を使いこなせてはいない。


メタモルフォーゼする度、微妙びみょうに違った顔になっちまうからあえて変えずにいる。



 こんなことをしているのにはそれなりのワケがある。深い事情があってリトギルカ軍とアビュースタ軍の両方から追われているため本当の姿じゃいられないのだ。


天使の姿は目立ち過ぎる。なるべくどこにでもいそうなありふれた見てくれになる必要があった。


 それに、運送屋として働くには9歳のままじゃ都合が悪い。


本当はもっと大人の方がなにかと便利なんだが、オレより年上にはしたくなかったから16歳ということにしておいた。


ついでに中身も16歳になってくれれば余計な手間はかからなかったんだけど、残念ながらそっちは9歳のままだ。


 世間知らずのチビにひとりで生きていく(すべ)をたたきこむのはなかなかに骨が折れる。


そのための報酬は全額前払いでもらっちまってるから仕方ない。


依頼内容から考えると充分な額とはいえないが、金のやり取りがなかったとしてもオレにルシオンを放っておくことはできなかっただろう。



生き場をなくした子供を見捨てるなんてマネができるかってんだ。



臨時収入りんじしゅうにゅうが入ったからさっきの労働の報酬を払ってやる」


 たった今手に入れた金の中から1000シリン札を2枚抜き取ってジョシュアに渡す。


ジョシュア・ロイエリング。16歳のルシオンはそう名乗っている。


ジョシュアは受け取った金を確かめてからポケットにしまいこむ。本物と偽札(にせさつ)との見分け方はオレが教えた。


金の入ったポケットをポンポンとたたく仕草しぐさにオレは心の内でクスリと笑う。相棒が喜んでいるとわかったからだ。


 ジョシュアは物に執着(しゅうちゃく)するということがない。普通の子供みたいになにかを欲しがったりはしない。


だが、今のあいつにはどうしても買いたいものがある。それはとても高価なモノでそのためにずっと貯金をしているのだ。


 どうしてそんなモノが欲しいのか、その理由をオレは知っている。ジョシュアのそういう気持ちは大切にしてやりたいと思う。


だから、できる限り協力し労働に対する報酬はきっちり支払うようにしている。オレとしちゃ破格の高待遇だ。




「ああ!? なんだ、こいつ!!」


 オレは思わず調子はずれな声をあげた。


荷下ろしをしていて紙オムツ意外のモノを見つけたからだ。外で積荷のチェックをしていたジョシュアがやって来て貨物室の中をのぞきこむ。


積荷のすき間に転がってるのは、ヒトだ。


「オレの船に密航だと。ふざけやがって!」


 わめきながら積荷をどかして、密航者の姿を確かめて、もう一度驚く。


「子供じゃないか!」


ひざを抱えるようにして目を閉じているのは7、8歳位の少女だ。よく見ると、服は汚れ手足はすり傷だらけだ。青白い顔をしてこれだけ騒いでもぴくりともしない。


「おいおい、死体とかかんべんだぜ!」


「生きてるよ」


 かがんだジョシュアが少女の胸に手をかざした。手の平からオレンジ色の光がわき出て少女の傷がすうっと消えていく。


治癒(ヒーリング)は何度見ても感動的だ。この力のおかげで治療費も節約できる。



 しばらくして目を覚ました少女は、自分を見下ろしているオレたちに気付いてとび起きた。


「おまえ誰だ。なんでこんなマネをした!」


 オレの怒声どせいに少女は顔を(こわ)ばらせている。


「下手すると死んでたかもしれないんだぞ!!」


子供の死体なんざ、オレは見たくない。


「・・・・・・ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」


少女はふるえる声であやまるばかりだ。


 そのときジョシュアの取った行動は意外なものだった。


母親のような仕草で少女の身体を抱きしめたんだ。シスターアナみたいじゃないか。こいつ、いつの間にこんなマネができるようになった?


「だいじょうぶ。こわくないよ」


ジョシュアがささやくと少女は声をあげて泣きだした。敵とみなしたものには容赦(ようしゃ)ないくせに、これじゃあ、オレが悪者みたいだぜ。


「・・・・・・悪かった。こわがらせるつもりはなかったんだ」


オレは指先でほおをかいた。



 大泣きした少女はジョシュアが用意したホットチョコレートを飲んで、徐々に落ち着きを取り戻した。


名前はシェリーといい、トスカネリに住んでいたということまではなんとか聞きだせた。


トスカネリは今回の仕事でファビウスⅡ世号が最後に寄港した島だ。どうやらそこで船に忍び込んだらしい。


 密航した理由についてたずねると、ひどくおびえて口がきけなくなった。その様子からなにか恐ろしい目にあったのだろうと推測すいそくできる。


親はなく家には帰れないと言う少女に、ジョシュアは以前の自分を重ねているようだ。


 オレは問答無用で攻撃を仕かけてきた海賊どものことを思い出していた。あの後ずっと考えていたが、いくら考えても海賊におそわれる理由が見つからない。


もしかしたら、この子が原因なんじゃ・・・・・


なんの根拠こんきょもない。だが、オレのかんはよく当たる。これ以上関わるのはやめておくべきだ。


港湾管理局の顔見知りに頼んでトスカネリに帰れるようにしてもらおう。親はなくとも親戚(しんせき)はいるかもしれない。


 決心したオレの耳に入って来たのはジョシュアの声だ。無口なヤツがよくしゃべる。孤独な少女をなぐさめようとしてるのか。


「“みんなの家”にくるといいよ。シェリーみたいな子がたくさんいるんだ。シスターアナもモニカも、それにレイチェルさんも、みんなやさしいよ」


おい、おい。ホームに連れて帰る気かよ! その子はヤバイってのに。

またひとつ悩みの種が増えそうだ。



 オレが運転する中古のモータービークルは、時々バウンドしながらも順調に走り続けている。


途中フロークの町に寄って買い込んだ食料や日用品で車内はぎゅうぎゅう詰めだ。助手席にはジョシュアが、後部座席には荷物と一緒にシェリーが乗っている。


ジョシュアは、全開の窓から吹き込む乾いた風に当たりながら流れゆく景色をぼんやりとながめている。


 まっすぐの道は舗装(ほそう)されてはいるが、ところどころにへこみができたまま補修されずに放置されている。このへこみがバウンドの原因だ。


道幅はやたら広く片側3車線もあるってのにすれ違うモータービークルはまれだ。


道路の両脇には荒れ地が広がり、その先には草木の一本もないはげ山が(けず)り取られたいびつな姿をさらして連なっている。


雨の少ないアリアーガでは荒れ地に草木が芽吹くことはない。


 ほんの10年くらい前までこの島は活気に満ちあふれていた。当時もてはやされたレアメタル、ヒエロニムスの産地として栄えていたのだ。


ところが、新技術の開発でヒエロニムスの需要じゅようがなくなるとあっさり見限られた。


ヒエロニムスの採掘に関わっていた企業はすべて引き払い、後には無計画な採掘のせいで荒れ果てた土地だけが残された。


 金のあるヤツは新天地を求めて旅立ち貧しい者だけが置いてけぼり。見捨てられ忘れ去られた島。それが今のアリアーガだ。



「なに考えてるんだ」


 なんとなくきいてみた。無口な相棒が相手じゃこっちから話しかけない限り永遠に会話は始まらない。


「ここがこうなる前はどんなふうだったのかな」


ジョシュアは窓の外の景色に目を向けたまま口を開いた。


「きれいなところだったんだぜ。山は手付かずの原生林で、道路も舗装ほそうされてなくて、道端には花が咲いてた。


ポルッカの栽培(さいばい)が盛んでさ、どこの家の庭にも必ず植えてあったもんだ。すげぇいい匂いのする花をたくさんつけて、おやつって言えばポルッカの実だったんだ。


ポルッカのパイはおまえも食べたことあるだろ」


甘い物が好きなジョシュアはごくりとのどを鳴らした。


「ヒエロニムスなんてもんがなけりゃ、こんな荒れ果てた島にはならなかったんだろうな」


 今さら言っても仕方のないことだ。それでも、やっぱり悔しい。ヒエロニムス需要にわく前のアリアーガがなつかしい。



 バックミラーに目をやると、シェリーが荷物にもたれかかって眠っている。


「その子、なんかよくないことに巻き込まれているのかもしれないぜ。警察に任せたほうがいい」


大人のオレは余計なリスクは回避かいひするべきだと考えている。ところが中身は9歳のジョシュアはてんで子供だ。


「ヤダ」


にべもない。予想通りの返事だったから別に腹を立てたりはしねえよ。


「シェリーを連れて帰ったせいでホームのみんなに迷惑がかかったら、おまえ責任取れるのかよ」


「とれる」


意地の悪い質問にもこの自信だ。まあ、どんなことになってもこいつならなんとかしちまうんだろうがな。


「どうしてもって言うんならおまえが責任持って面倒めんどうみろよ」


溜息(ためいき)と共に吐き出したオレの声はあきらめ混じりだ。ジョシュアが見かけに似合わず頑固(がんこ)なのはイヤというほど知っている。


「ん!」


はずんだ声に、ま、いいかって気になる。


 シェリーが海賊に狙われていると決まったワケじゃないし、もしそうだとしてもあの子の責任じゃない。


身寄りのない子供を引き取って育てているのが“みんなの家”だし、ひとりくらい増えてもなんとかなるだろう。


オレだって本当は突き放すようなマネはしたくない。


そもそも、ジョシュアをそばに置いてる以上のリスクがあるはずもないんだ。

毒を食らわば皿までってヤツだな。



オレにはわかるはずもなかったんだ。

この甘い判断が後に恐ろしい事態を招くことになるとは―――                

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