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4-1

◇◇◇◇


 看護師かんごしのユニフォームに身を包んだ若い女は、殺意に染まった目でベッドに横たわる少年を見下ろしていた。


銀色の長い髪を持った美しい少年は10歳になったばかりだと聞いている。


一昨日、重症を負ってここに運び込まれてきた時には助からないだろうと思った。身体の真ん中に大きな穴が開いていたからだ。そもそも常人なら即死のはずだ。


だが、少年は生きている。


彼は特殊能力者ヴァイオーサーだった。常人にはない強い生命力がある。それが少年の命をつなぎ止めていた。


それでも重症であることには変わりはなく、こうして点滴を受けながら昏々(こんこん)と眠り続けている。


(今なら、殺せる)


 女は隠し持っていた手術用のメスを取り出した。鋭い輝きを放つメスはよく切れそうだ。しっかりと握り直し少年の首筋に押し当てる。


にじみ出てきた赤い液体を見て、女の殺意は揺らぎ始めた。看護師でありながら人を(あや)めようとしていることへの罪悪感がメスを持つ手を押し止めていた。



()らないの」


 ふいに声をかけられ驚いた女はメスを取り落とした。凍り付いたように動けない。眠っていたはずの少年が自分を見上げている。


青味がかった緑色の神秘的な色をした瞳は息をのむほど美しい。だが、その顔に表情はなく何の感情も読み取れない。


「・・・・・・あ・・・あなたが悪いのよ。トーマスは、あんな・・・あんな死に方をしなければならないような人じゃなかった・・・・・・」


女の声は震えていた。


「そうだね」


言い訳のように聞こえるセリフをあっさり肯定(こうてい)されて女は息を止めた。動揺どうよう(おさ)えようと深くゆっくりと空気を吸い込むが効果があったようには感じられない。


 トーマスというのは、一昨日、少年が惨殺(ざんさつ)した3人のミュウディアンの内のひとりだ。そして、この若い看護師の恋人だった。


未登録のヴァイオーサーを保護しに行くだけだと言っていたのに。戦場に(おもむ)いた訳でもないのに。冷たい(むくろ)になって帰って来た恋人を目の当たりにして女はなげき悲しんだ。


そんな時、先に運び込まれていた少年に殺されたのだと知って、この世が終わったような悲しみは狂おしいほどの憎悪に変わった。



(わたしは間違っていない。トーマスの命を奪ったんだ。殺されて当然なんだ)


 自分に言い聞かせるも、身体は言うことをきかない。


「どうしたの? 仕返しするんでしょ」


 少年の言葉に突かれて女の身体がぴくんと動く。


(そうだ。トーマスの(かたき)を討つんだ)


呪縛(じゅばく)が解けた女は少年の細い首に手をかけた。ぬくもりと脈動を感じる手に力を込める。


『強く 強く もっと強く! 力いっぱい!!』


頭の中で叫ぶ声がする。感情のない少年の顔を見降ろして両手に力を加え続けた。大きく見開かれた青緑の瞳は次第に光を失っていく。


『母・・・さま・・・・・・』


 不意に女の手から力が抜けた。


頭の中で聞こえたその声は消え入りそうに小さくて弱々しくて、そして、悲しそうだった。


気が付くとすでに少年は息をしていなかった。女は少年の首に(から)みつく指を引きはがすようにして手を放した。


「うううぅうううぅ・・・・・・」


低く(うな)るような声が聞こえている。女にはそれが自分の声だとわからなかった。 






 用を足して戻ってきたオレは病室から飛び出してきた看護師とすれ違った。


なんだ? 


走り去る背中を見ながら首をひねる。両手で顔をおおった女は泣いていなかったか。確か名はアンジェリカといったな。胸騒ぎがする。


急いで中に入り相棒の様子を確かめようとした。


・・・・・・ウソ、だろ?


ルシオンは天井を見上げたまま(まばたき)きひとつしない。首筋に血の跡と紫のあざがある。ついさっきまでこんなものはなかった。


息を、、、していない―――


ウソだ! ウソだ!! ウソだ!!!



 突然のことにオレは冷静さを失いかける。だが、ルシオンの首筋に触れた手に伝わるぬくもりが落ち着きを取り戻させてくれた。


あたたかい! まだ間に合う!! 


ルシオンの口に息を吹き込んで胸を数回押す。それを繰り返すとすぐに汗がき出してくる。


(死ぬな! 死ぬな! 死ぬな!)


心の中で叫びながら人工呼吸を続ける。この手を止めたらこいつは本当に死んじまう。


流れる汗を(ぬぐ)いもせず同じ動作を繰り返す。何度も何度も。



 ルシオンが息を吹き返したときにはこっちの息が上がっていた。


ぼんやりした焦点(しょうてん)が定まって来るとやっとのことでオレと目が合った。


「バカ野郎! 心配させやがって!!」


オレは銀色の頭をわしづかみにしてわしゃわしゃとかき混ぜてやった。かすかに笑うのを見たら、もう、泣きそうだ。


どうしてこんなことになった! オレがほんの少し目を離したスキになにがあったんだ?


 改めてルシオンの首筋のあざを調べてみる。うっ血したようなあざは明らかに首を絞められてできたものだ。つまり、誰かがルシオンを殺そうとしたんだ。


ハンドガンを使えば簡単にすむことだ。絞め殺そうとしたのはハンドガンを持っていなかったからなのか。それとも・・・・・・


 ここに来たときから憎まれていることはわかっていた。ルシオンに仲間を3人も殺られてるんだ。子供だからって許せるもんじゃない。


ここの人間があの遺体のありさまを目にしたら殺意を抱いてもおかしくはない。




 一昨日、ミュウディアンのボリュックに身体をつらぬかれたジョシュアは、モータービークルに乗せられると元の姿に戻っちまった。


完全に意識を失くしたせいで変身メタモルフォーゼが解けたんだ。


ミュウディアンたちは信じらんねえって顔でルシオンを見つめてた。

オレはいずれ事情をきかれるだろうと覚悟した。


 モータービークルの目的地=マッカラーズ基地は、軍の基地といっても敵の攻撃に備えるためのもんじゃない。ミュウディアンの卵を訓練するための基地だ。


なんもないさびれた島にリトギルカ軍が攻めてくることはない。広大な荒地が広がるこの島は訓練の場として最適だ。


若者にとっちゃ遊ぶ場所もない退屈なだけの島だが、訓練に集中できるからかえって好都合らしい。


 道すがらそんな話をしたミュウディアンの女は、ルシル・リアンクールと名乗った。階級は中佐でこの基地の司令官だと言うからおどろいた。見たところ30手前だ。


口ひげはクラーク・ヘットガー中尉。副官だと紹介された。こっちは40すぎのおっさんだ。



 マッカラーズ基地に着いて治療を終えたルシオンは点滴を受けながら眠り続けていた。


オレはずっとそばにいるつもりだった。意識を取り戻したとき真っ先に目に入るのがオレの顔であるように。


知らない場所で知らない人間しかいなかったら、怖がりのルシオンはさぞ心細い思いをするだろうから。


 オレはルシオンのほっぺをなでた。青白い顔には涙の跡が残っていた。


「あんたらが悪いんだ。こいつを本気で怒らせるから・・・・・・ これまで一度だってあんな風に自分を失ったことなんかなかったのに」


ひとり言のようにつぶやくオレの背後から声がする。


「すべて私の責任よ。あなたを傷付けたことで彼の逆鱗(げきりん)に触れてしまったんだわ」


リアンクール少佐はオレの横に立ちベッドに横たわるルシオンを見下ろした。


「きれいな子ね。まるで天使みたい。でも・・・・・・」


「怖がりで泣き虫で、そのくせ、強がってばかりいる大バカ野郎だよ! あんたにこいつのなにがわかるって言うんだっ!!」


 いつもそうだ。どういつもこいつもルシオンの力しか見ちゃいない。なんにも知らないヤツに悪く言われるのがいちばん腹が立つ。



「そうね。私たちは彼のことを何も知らない。だから、教えて欲しいの」


 リアンクール少佐は不思議な女だ。いつもやわらかな空気をまとっていて、その空気に触れると荒れていた心も冷静さを取り戻していく。


「その前にききたいことがある。どうやってこいつのことを知ったんだ」


 オレはずっと気になっていたことを切り出した。ジョシュアがヴァイオーサーだとバレないように細心の注意を払っていたつもりだ。どこから秘密がもれたんだ?


「通報があったのよ。未登録のヴァイオーサーがいるから保護して欲しいとね」


しっかりバレてんじゃねえか!


「通報したのは誰だ」


「それは言えないわ」


「そうかよ。だったらこっちもなにひとつ教えてやるワケにはいかないな」


 少佐は溜息ためいきをひとつついた。


「レイチェルという女性よ。ホームの職員らしいから、あなたの知っている人でしょう?」



 ウソだ―――


レイチェルがルシオンを軍に売ったってのか。あのやさしいレイチェルが、どうして? ルシオンは実の息子なんだぞ! オレにはなにがなんだかさっぱりわからない。


こんなむごい話、ルシオンには聞かせられない。レイチェルに裏切られたと知ったら、どんなにか傷つくことだろう。意識がなくてよかった。


「今の話、こいつには黙っていてくれ」


「わかったわ」


リアンクール少佐は真剣な顔でうなずいてから、声の調子を変えてきた。


「そろそろ“ジョシュア”君の本当の名前を教えてもらえるかしら」


 偽名(ぎめい)だとバレてるらしい。


「・・・・・・ルシオン」


少佐は教えた名を口の中でつぶやいた。


「いいひびきね。素敵な名前だわ。それで、ルシオン君とあなたはどういう関係なの?」


そうきたか。



「オレの仕事をこいつが手伝ってる。助手だよ」


「あなたの仕事って運送業? それとも運び屋の方かしら」


 なんだ、こいつ! オレのことまで調べたのか。


「両方だ」


「あれだけの力があれば何かと便利でしょうね」


いちいちカンにさわる女だ。やっぱり軍人なんてロクなもんじゃねぇ。


「オレがこいつをいいように利用してるって言うのか」


「まさか! だってあなた、彼の母親みたいよ」


「母親ぁ?」


思いがけない言葉を聞かされてオレは間抜けな声をあげた。


「必死で守ろうとするところがね」



 リアンクール少佐はまぶしいものを見るように目を細めた。


そんな目で見るなよ。結局オレはこいつを守れなかったんだから。少佐の視線をけるようにそっぽをむいて「フン」と鼻を鳴らす。


「こいつは危機感がなさすぎなんだよ。(がけ)っぷちをフラフラ歩いていて今にも落ちそうなのに、そのことに気付いてさえいない。風に吹かれて気持ちよさそうにしてやがる。


そんなヤツを見かけたらあんたならどうする?」


「そうね。危ないからこっちへいらっしゃいと声をかけるわね。あなたみたいに手をつないで一緒に歩いてやることはしないわ」


 そうかよ。


「オレがお人好しのおせっかいだとでも言いたいのか」


善良ぜんりょう献身的けんしんてきな人だと言いたいのよ。見かけによらずにね」


“見かけによらず”は余計だ。


 オレはどうもこの女が苦手(にがて)だ。軍人だからっていうんじゃない。ずけずけとものを言うくせに憎めないところがだ。




 ルシオンが意識を取り戻したのは2日後の朝、つまり、今朝だった。


「フィル、腕は平気?」


「ああ、なんともない」


オレは右手を握ったり開いたりして全快をアピールして見せた。


「おまえの方こそ大丈夫なのか?」


「ん。へいき」


「傷は痛まないか?」


「そんなに痛くない」


痛まないはずはないんだ。身体の真ん中に大穴が開いてるんだから。


「まったく。オレの言うことをきいてればこんなことにはならなかったんだ」


 その場合、オレは右腕をなくすことになるが、ルシオンはヒトを殺めることも自分が大ケガすることもなかったはずなんだ。


「ごめんなさい・・・・・・」


絵に描いたようなしょんぼりだな。よっぽどこたえたってことか。


「えい! お仕置きだ」


オレはルシオンの銀色の頭をわしづかみにし、わしゃわしゃとかき混ぜた。


「やめてよ」と言いながらも青緑の瞳は笑っていた。



 お互いの体調を確認しあったら、次はオレたちが置かれている状況の説明だ。これだけはヒトがくる前にすませておく必要があった。


「ここにはミュウディアンの卵がウヨウヨしてるってことだ。余計なことはしゃべるな。力を見せるのもダメだ。わかったな」


ルシオンがセイラガムだという秘密だけは絶対に知られるワケにはいかない。ミュウディアンにとっての究極きゅうきょくの敵、それがセイラガムだ。


もし秘密がばれてしまったなら、重症を負って動けないルシオンはなぶり殺しにされる。


 それでなくても、基地の中は殺気立っていた。3人の訓練生の遺体が運びこまれ、そして、その3人を惨殺した犯人はここでこうして治療を受けている。


犯人が子供じゃなくて、重症を負ってもいなければ、とっくに殺されていた。


 オレはまわりすべてが敵という状況の中でルシオンを守り抜かなけりゃならない。しかもミュウディアンには常人からすれば反則技みたいな力があるんだ。


オレは一瞬たりとも気を抜けないきびしい状況に追い込まれていた。



「フィルぅ」


「なんだ」


「あのひとたち、知ってる」


「なにぃ!?」


 ルシオンの言うあのヒトたちとはリアンクール少佐とヘットガー中尉のことだった。海賊騒ぎのときに出くわしたと話していたふたり組のミュウディアンらしい。


そう言えば、あの時は近くの基地からミュウデイアンをかき集めたんだったな。この基地からも召集されていたってことか。


「助けてもらったことがあるからって気を許すなよ」


「ん。わかってる」


 軽く返事をするルシオンにますます不安になった。


オレがみたところ、リアンクール少佐は頭のいい女だ。警戒心の薄いこいつが、うっかり余計なことをしゃべっちまうんじゃないかと気が気でなかった。



 そんなところに今回の事件だ。実際に殺されかけた。もう限界だ。

これ以上こんなところにいられるか!


「オレたちはホームに帰る。モータービークルを貸してくれ」


その辺にいたヤツに呼んで来させたリアンクール少佐は、思いもよらない言葉を聞いたという顔をした。


「あなたは自分たちが置かれている状況がわかっているのだと思っていたわ」


「ああ。よーくわかってるさ。だから帰るんだ。ここにいたらルシオンは殺される」


「どういうこと?」


「首を見てみろ」


 眠っているルシオンの首を確かめた少佐はすべてを理解したはずだ。


「誰がこんなことを・・・・・・」


「この際そんなこたぁどうだっていいんだ。どうせこの基地の連中は誰も彼もがこいつを憎んでるんだからな。ここにいたらまた襲われる。だから、殺される前に出て行く」


 結局、基地から出ることはできなかった。


意識を取り戻したばかりのルシオンを動かすことはできないし、ホームに戻ったところで殺意を持ったヴァイオーサーからは逃げられないと説得されたからだ。


その代りに護衛ごえいをつけると約束してくれた。



「ルシオン君を襲った犯人は必ず突き止めて処罰しょばつするわ」


「その必要はない。犯人ならわかってる」


「え?」


 リアンクール少佐はオレの顔を見た。


「看護師のアンジェリカって女だ。殺そうとしているところを見たワケじゃない。だが、状況からいって間違いないだろう」


「それならルシオン君にきいて確認してみればいいんじゃないの?」


「ムダさ。こいつはきっとなにも言わない」


 少佐は首をかしげた。


「首のあざだよ。あんなあざがつくほど強く絞められたってことは抵抗しなかった証拠しょうこだ。


いくら大ケガしていようが、首を絞めてくる女ひとり追っ払うくらいのことはできたはずなんだ」


オレはまつ毛を伏せた。


「このバカはそれをしなかった。犯人は誰かなんざ、しゃべるはずがねえ」


「どうしてそんなことを・・・・・・ あなたには心当たりがあるようね」



 恐らく、ルシオンはここに連れて来られた日のオレと少佐の会話を聞いていたんだ。意識はないと思っていたのに、うかつだった。


自分を軍に通報したのがレイチェルだと知って、母親に見捨てられたと思っちまったんだ。


子供にとって親に捨てられることほどみじめで悲しいことはない。自分の存在を全否定されたようなもんだ。


いらないのなら生まなけりゃいい。生まれて来たことが間違いだ。捨て子のオレにもそんな風に考えて荒れていた時期があった。


今、こいつがどれだけ傷つき絶望しているのか、オレには痛いほどわかる。


 元々、ルシオンには自分の命を軽くみているところがあった。女隊長と出会って少しは自分を大事にするようになっていたのに、レイチェルの裏切りでぶち壊しだ。


おまえの心は粉々に砕けちまったのか? 

オレにしてやれることはないのか?

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