3-6
顔が、、くすぐったい
むずがゆい
あったかい
目をさますと、ぐしゃぐしゃのジョシュアの顔があった。涙が、ポタポタとオレの顔に降り注いでいる。
「・・・なんて顔・・・してやがる。・・・・・・泣くな・・・」
涙をふいてやろうとして右手の感覚がないことに気が付いた。そうか。右腕をやられたのか。
恐るおそる目をやると右腕があるはずの場所には、砕かれ引き裂かれた骨と肉のかたまりがあった。
オレの右腕だったモノにかざしたジョシュアの手からオレンジ色の光が出ている。治してくれてるのか。
こいつの治癒は神の御業と言っていい。どう見ても切り落とすしかないありさまだった腕が、次第に元の姿を取り戻していく。
「ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい・・・・・・」
ジョシュアは力を使いながら泣きじゃくっていた。
「・・・おまえのせいじゃ・・・ないさ・・・・・・」
守ってやるつもりだったのに、情けない。
少し離れたところにはミュウディアンが立っている。女と口ひげと若いのが3人。3人のうちのひとりはオレの腕をやった少女だ。青ざめた顔で震えてる。
連中の視線はジョシュアの手元に釘付けだ。
ヒーリングは貴重な特殊能力だ。使えるのは特殊能力者全体の1%にも満たない。持ってるというだけでもすげえのに、ジョシュアのはけたはずれだ。
ヒーリングを見ただけでこいつが並のヴァイオーサーじゃないとわかったはずだ。
「どうやら彼がわたしたちの探し人のようね」
女が口ひげにささやくのが聞こえた。今さら言っても仕方のないことだが。
「中にいろって・・・・・・言ったろ」
「ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい・・・・・・」
ジョシュアは一段と激しく泣きだした。別に責めてるワケじゃないんだ。おかげでオレは片腕を失くさずにすむ。
名医でもどうにもならなかっただろう右腕は元に戻った。だが、身体は鉛みてえに重い。血を流しすぎたんだ。ヒーリングでも失った血液を戻すことはできない。
「ジョシュア・ロイエリングだな。我々と一緒に来てもらおう」
口ひげの機械的な声がした。
そのとき、ジョシュアを包む空気が、、変わった―――
なんだ? このイヤな感じは・・・・・・
ジョシュアの目を見てはっとする。ココアブラウンの瞳の中に、揺らめく炎のような緋色の光が生まれていた。こんなことはこれまで一度もなかった。
ジョシュアのまわりに熱を帯びた空気が立ち昇っている。ゆらゆらと揺らめいて陽炎のようだ。
―――怒っている。
そう認識したときオレの体内を戦慄がかけ抜けた。こんな風に本気で怒っているジョシュアを、はじめて見た。
ゆっくりと立ち上がってミュウディアンと向き合う相棒の背中に恐怖を感じた。
「逃げろ!!」
今出せる精一杯の声で叫ぶと、ミュウディアンたちはいっせいに飛び退った。ジョシュアの視線はミュウディアンに突き刺さったままだ。
ダメだ! やめさせるんだ!!
なんとか上体を起こしジョシュアの腕をつかもうとしたが間に合わない。シールドに閉じ込められちまった。オレを守るためジョシュアが張ったんだ。
やっぱり、そのつもりなんだな。
ジョシュアを包む熱い空気が渦を巻き、杏色の髪を逆立てて空を突き破る。それでも消せない怒りの炎はなおも激しく燃えさかり、理性を焼きつくしていく。
ミュウディアンたちはジョシュアをにらみ付けている。一瞬でも目を離してしまったなら命を奪われるとでも言うかのように。
口ひげが女をかばうように一歩前に進み出た。と同時に他の3人が攻撃に打って出る。三方向からの同時攻撃だ。
圧縮しきれなかったエネルギーがほとばしるボリュックがジョシュアに襲いかかる。
だが、あいつはその場を動かない。迫りくるボリュックに目をくれることもなく腕の一振りでエネルギーのかたまりは霧散した。
あっけにとられたミュウディアンたちに一瞬のスキが生まれる。
すぐ目の前にジョシュアの姿があると気付いたときにはもう遅い。細い腕が若い男の胸に埋まっていた。無造作に引き抜かれた手には心臓が握られている。
ジョシュアは泥人形のようにくずれ落ちるミュウディアンには目もくれず、手の中でぴくぴく動いている心臓を握りつぶした。返り血を浴びて真っ赤に染まった姿は悪鬼のようだ。
仲間の無残な死を目の当たりにしたミュウディアンたちは、距離をとったままジョシュアに攻撃を仕掛ける。けれども、そんな攻撃があいつに通じるはずがない。
すべての攻撃を軽く受け流しながら次のターゲットに近づいて行く。
ジョシュアは狙いを定めたミュウディアンから目を離さずに右手を上げた。
真っすぐに伸ばした手に虹色の光が生まれて揺らめき、細長い棒状のものが現れた。そこにはなにもなかったはずだ。
ミュウデイアンたちが目を丸くしている間に、ジョシュアの細い身体には不釣り合いなバカでかい鎌が完成していた。
長すぎる柄は乾いた血がこびり付いたような黒ずんだ赤い色をしている。孤をえがく刃も異様に長い。暗闇に紛れて獲物を狙う獣の目みてえに鈍く光っている。
大鎌を持ったジョシュアが地面をけった。一気に間合いをつめターゲットに迫る。大鎌を振りかぶり恐怖にすくむ少女の首を刈ろうとする。が、手前で止められる。
女がふたりの間に割って入りシールドを張ったのだ。ジョシュアはもう一度大鎌を振りかぶり、振り抜いた。
刃が2枚に分かれように見えた。光で形作られた刃が柄からはずれて、ミュウディアンたちの前面を守るシールドの盾の外から向こう側へと入り込む。
そのままブーメランのように曲線を描いて、女の背後で守られていた少女の首を切り落とした。
瞬時に屍と化した少女の首の切断面から勢いよく鮮血が吹き出し、仲間を守り切れなかった女の上に降り注ぐ。
ジョシュアは動揺した女が生んだ一瞬のスキを見逃さない。女の背後にまわり込み大鎌を振りまわす。
危ないっ!!
首を刈り取られる寸前で女が消えた。口ひげの体当たりを食らって転んだのだ。ふたりに息つくヒマはない。血ぬられた大鎌を持ったジョシュアが近付いて行く。
素早く立ち上がって身構えるミュウディアンたちの背後で、別の男の首が転げ落ちた。
なんてヤツだ! 無造作に鎌を振りまわしているように見えて、その実、まったくムダがない。あっという間に3人が殺られた。
残ったふたりはジョシュアが充分に訓練され実戦を積んだ、完成された兵器であると悟ったことだろう。
心臓を抜き取ったり首を切り落としたりするのは、生命力の強いヴァイオーサーを確実に仕留めるためだ。
オレには残るふたりの死に様をはっきりと思い浮かべることができた。
「やめろー! これ以上殺すな!!」
あらん限りの声で叫んでもジョシュアの耳には入っていない。こぶしを握りしめシールドの壁にたたきつける。
ジョシュアを止めないと!! それができるのはオレだけだ。
なのに、シールドはびくともしやがらねえ!
シールドの向こう側に、緋色の光が揺らめく瞳でミュウディアンたちを見すえるジョシュアがいる。今にも大鎌を振りかぶって襲いかかりそうだ。
口ひげが女をかばうように前に立ち、なにやら合図を送っている。
「逃げろ! あんたらに勝ち目はない。頼むから逃げてくれっ!!」
本気のジョシュアから逃げ切れるとは思えない。それでも、このまま戦っても確実に死ぬだけだ。
ミュウディアンたちは覚悟を決めた顔で眼前のジョシュアをにらんでいる。口ひげがボリュックを放ったのと同時だった。
「やめなさいっ!!」
凛とした女の声が響き渡った。
聞き覚えのある声に我に返ったジョシュアが振り返る。そこには険しい表情で息子を見つめるレイチェルが立っていた。ジョシュアの瞳に浮かんでいた緋色の光は消えている。
“あっ!”と思ったが声を上げる間もない。
口ひげの放ったボリュックがジョシュアの背中に突き刺さり細い身体を貫いた!
身体の真ん中に信じられないような大きな穴が空き、信じられない量の鮮血が噴き出す。なにが起きたのかわからない様子でくずれ落ちるジョシュア。
一瞬の出来事がスローモーションのようにはっきりと見て取れた。
悪夢だ。。それも最悪の。
ジョシュアが倒れてオレを包んでいたシールドは消えた。
「ジョシュアー!」
オレは相棒の名を叫びながら走る。どうしてこんなことになってんだよっ!
うつ伏せに倒れたジョシュアの背中に開いた穴からは地面が見える。あふれ出す鮮血が乾いた大地に吸い込まれて赤く染まっていく。
くそっ! くそっ!! くそっ!!!
オレにはなにもできなかった。守ってやりたかったのに、ジョシュアはまた血にまみれている。他人の血と、自分の血とに。。
応急手当をしてくれたのはミュウディアンだった。
「近くに病院はある?」
きかれて首を振る。この辺りに病院なんてもんはない。ケガをしたり病気になったりしたら医者のエルンストが来てくれる。
「マッカラーズ基地に運びましょう」
女の言葉に口ひげがうなずく。
「少し遠いですがそれが最善でしょう。連絡を入れておきます」
ミュウディアンたちの会話にオレはあわてた。アビュースタ軍の基地に死にかけのジョシュアを連れて行くだと?!
「ちょっと待て! こいつはどこにも連れて行かせない!!」
オレに向き直った女は厳しい顔をしていた。
「この状況をよく見なさい」
言われて相棒に視線を戻す。ジョシュアの顔は死人のように白い。このまま死んじまうんじゃないか。不安がオレの心臓をしめつける。
「設備の整ったところで治療を受けさせるべきだわ」
他に選択肢はなかった。
「・・・・・・わかったよ。ただし、オレも一緒に行く」
口ひげがジョシュアを抱いて歩きだす。ホーム前の道路にモータービークルがある。並んで歩いていた女が、足をとめて振り返った。
「すぐに迎えに来ます。待っていてね」
ジョシュアに殺された若い3人に声をかけているんだ。返事があるはずもなく女はくちびるをかんだ。
本当なら仲間の遺体の方を連れて帰りたいはずだ。それなのにジョシュアの命を救うことを優先したんだ。この判断には感謝するしかない。
当分ホームには帰れないだろう。長くなるかもしれない。オレは玄関の前に座り込んでいるレイチェルを振り返る。
「ジョシュアにはオレがついているから大丈夫だ。しばらく留守にするとシスターアナに伝えておいてくれ」
オレを見ているのだと思ったレイチェルの視線は、運ばれていくジョシュアを追いかけていた。オレの声は聞こえていない。
そりゃあそうか。息子の身体に大穴が開くところを見ちまったんだ。声もなく震えているに違いない。
この時のオレはそう思い込んでいた。