閑話 最強の魔王誕生への序曲
ハドウの閑話になります。
羽藤が国境付近でファニエと出会ってから2週間、彼は帝国の迷宮都市までたどり着いていた。
「ここが迷宮都市か。思っていた以上に賑やかな街だなぁ」
「私もここに来るのは初めてです、人間の街がここまで活気づいているなんて」
「ああ、うん。人間の街だね」
(……人間、ね。まあそれはともかく、確かここにはミーシャさんがいるはずだからとりあえず挨拶だけでもしておこう…たしか迷宮都市は迷宮の傍にあるはずだからここから北の方角に向かえばいいんだっけな)
「迷宮都市と聞いていましたからモンスターの楽園なのかと思っていました。実際は迷宮を起点に繁栄した都市のことだったんですね、お母様に聞いていないことばかりです」
「あ、あははは、まあモンスターの楽園だったら来てないかな……。あとファニエさんのお母さんの話しってよく出るけどどんな人なの?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました。お母さまは魔法陣スキルのマスタークラスなんですよっ!その上空間魔法にも長けている方で、過去にもたらされた技術であるアイテムポーチなんかの製造販売も行っているのですっ」
「げ、そりゃすごいね……」
(アイテムポーチがあるなんて王国ですら聞いたことないんだけど、それに魔法陣のマスタークラスか。やっぱあれだよなぁ)
羽藤が今後の事に対してシミュレーションを行っていると、冒険者育成機関の方に人だかりができていた。
「そこをどけ下級生っ! ミーシャ様がお通りになるっ」
「キャーッ! みて、ミーシャ様よっ!」
「あぁ、なんど見てもお美しい……」
「……ふぅ」
迷宮都市を起点として活躍するミーシャだった。
彼女は育成機関の闘技大会への出場枠、その10名に年少組の頃から入っていたメンバーであり、現在では唯一ここに残っている者だった。
それ故に年長組となった現在では彼女の上にいる者が存在せず、あの頃よりレベルもあがったことから育成機関を代表する人物になっていたのだ。
「え、ミーシャさん? あれがミーシャさんか、確かに動き一つとっても一般の冒険者のレベルを超えている。いまの俺の全力と互角くらいかもしれないな」
「あの者、結構な手練れですね」
羽藤がミーシャに近づくと、ミーシャが羽藤に視線を向けた。
召喚者の特徴である黒髪黒目が目にとまったのだ。
「……その髪と瞳、あなた、もしかして召喚された方ですか?」
「そうですよ。召喚された日からずっとロイルさんのしごきを受けていたので、面会する機会はなかったですが。俺はハドウ・ギョクといいます、よければゼノンさんやエレンさんについてお話をさせていただけませんか?」
「……っ!その話を詳しくきかせてっ」
ミーシャはゼノンとエレンの安否を確認できてはいたが、ゼノンたちが手紙を送るよりも早く羽藤が出発していたためにまだ連絡を受けていなかったのだ。
彼女にとってエレンの情報は何物にも代えがたいものであるため、思わずくいついてしまった。
「なに、あの黒髪の人、ミーシャ様に声をかけたわよ?」
「ミーシャ様もあんな冴えない人相手にしないでいいと思いますっ」
「くっ抜け駆けは許さんぞっ」
「はぁ。そこをどいて、邪魔をしないでくれる?」
「「「あ、はいっ!」」」
すでにアイドルとなっているミーシャの取り巻き達は羽藤にブーイングを飛ばすが、ミーシャの行動そのものを止めることはできないので見送るしかないようだ。
「さて、ハドウさんでしたっけ? よければ人のいないところ、私の宿にお連れの人と来てもらってもいいですか?」
「……え、いやあの」
「構いませんっ」
(やばい、こっちが聞きたいのに話す側になっちゃったよ)
ミーシャは育成機関の宿泊施設を利用せずに自分で宿をとっていた。
宿泊施設ではなにかと周りが邪魔だったのである。
……そして冒険者ギルドの傍にある一軒の宿にたどり着いた。
「何もない所ですがどうぞ、それでエレン様とゼノンさんの情報を持っているんですか?その話でしたよね?」
「あ、え~と、そのなんていうか、すいませんっ!!」
「……どういうことですか?」
ミーシャの目が細まった。
「いや~、ハドウさんはここに来るまでミーシャさんと戦いたがっていたので、腕試し? とかの挑戦状なのではないでしょうか」
「えっ! ち、ちがいますよファニエさん! それはそうですけど、そうじゃないです!」
(なんでこの人俺を戦わせたがるんだ、これ以上ファニエさんを野放しにしたら大変なことになりそうだな。あとで俺の推測も交えて本当のことを話しておこう)
「……。なるほど、そういうことでしたか。ならばお望み通り私が相手をしてあげましょう、本気でね」
「……くふふ」
「……はぁ、まあそうなりますよね。いいですよ、一度手合わせしたかったのは本当ですし終わったら全部話します」
(まずは全力で自分の力を試してみよう……)
そして羽藤たちが闘技場の訓練スペースに降り立つと、周りには大きな人だかりができていた。
「おい、育成機関の銀狼と黒髪の兄ちゃんが戦うみたいだぞっ」
「ああ、というかこの光景どっかで見たことある気がするな。黒髪、黒髪? あのボウズかっ!」
「まさかあのガキがあんなデカくなって帰ってきたってのか?」
「そんなわけないでしょっ! どうみてもあの人はゼノン君じゃないでしょうがっ」
いつもながら賑やかな空間だった。
「どこからでもかかって来なさい、叩きのめしてあげます」
「誤解なんだけどなぁ……。まあでも、それじゃお言葉に甘えて【アンチスキル】っ!!」
「……えっ!?」
(よし、アンチスキルはよく通るっこれで俺の戦力は実質2倍だ)
「こ、このっ!!」
「火炎魔法【ファイアーミサイル】!!」
「……ッ!」
(…まともに相手をしていたらレベル差的にも勝ち目は無い。だから最初はとにかく魔力を一定以下まで減らし逃げ回る事に専念する。ついでに身体強化や魔法を連射して反撃のチャンスを伺うのが俺の定石だな。そろそろ雷魔法の速度アップもしていくか)
「どんどん行きますよっ!【サンダーアクセル】っ」
「……速いっ!でもおかしい、体が思うように動かない……っ!」
「よし、ここまで魔力が減ればもう十分だ。次は反撃に移らせていただきますっ!」
(でも流石ゼノンさんのパーティメンバーだ。ここまで完全に作戦通りなのに、まだやっと互角といったところだなんて)
「一撃でも当たればノックアウトですよっ!ロイルさん直伝【紅蓮連剣・豪】」
しかし羽藤が大技を使おうとしたそのとき…ファニエが動き出した。
「大技ですね。くふふ、そろそろいいですかね」
直後、羽藤の足元に大きな魔法陣が光った。
「なっ!? なんだ!? ……まさか、これ転移魔法陣っ!?」
「流石に優秀ですね最強の魔王、この私が何週間もつきっきりで隙を狙ってたのにまったくチャンスがなかった。でもある程度力を出さなければいけない相手ではその限りではないでしょう? あなたの大技に宿った異常な魔力と、この虚弱空間に使用されている魔力。これだけあれば私とあなたくらい転移させるのは可能なんですよ。あ、ちなみに私魔族です。魔公爵家長女、ファニエ・レヴィアタンと申します」
魔族の女性、ファニエ・レヴィアタンは嗤った。
(くっそ! 転移魔法も魔族であることも既に警戒に入れてたけど、こっちの魔力を使えるなんて知らないぞっ!? これが闇魔法ってやつか…っ。おそらく俺の体内魔力までは闇魔法じゃ耐性を貫通できないが、放出するなら別ってことだな)
(……だが、これはチャンスだ。ファニエさんの目的はわからないけど俺には魔王の力があるらしい。そしてそれはアンチスキルの所持にも原因があるだろう。最初から魔王の討伐なんてする気がなかった俺からしてみれば、これは一つの問題解決でしかない。あとはこちらの思惑を悟られないように情報収集に徹しよう。俺が魔王とやらである以上、向こうも命を奪うなんてことはないだろうし、アンチスキルを使用しててわかったが、マイナスエネルギーとか闇魔法への耐性ってやつがあるらしい。洗脳系は一切通用しないぞっ)
羽藤は自分の魔力を使用できる原因について一瞬で看破し、既に次の算段を考えだしていた。
「それでは、人間大陸の皆様ごきげんよう。次に会う時は偉大なる魔王陛下となったハドウ様をお連れしてまいりますので」
そして冒険者ギルドから2人の姿が消えた。
ハドウは全て看破していましたが、王国では闇魔法を習わないために情報が不足していました。




