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美しい天使  作者: 千助
9/10

王都《フリュ》

書斎に於いて書類整理をしていたハワネスが、丁度整理を終え、書類を揃えた時だった。


オ"ォォォォォォゥゥーーーーッ!

アウゥォォォォォーーーーッ!


町中に響くような遠吠えが窓ガラスをガタガタと震わせた。

ハワネスはうっかり書類を落とし、書類の束は思い思いに翻りながら床に散乱した。


「あ」


間抜けにも見える無表情で、呆然と薄く口が開く。

彼はくるりと振り返るとレースの遮光カーテンをシャアッ!と掻き分け、緑色の縁の窓を両腕で開け放った。


「サニエル!!」


大きな声で名を呼ぶと、ハワネスの目の前に巨大な目が現れる。

彼の頭とほぼ同じ大きさの若葉色の瞳を持つ巨大な動物が、お座りをしてハワネスをじっと見つめた。


「サニエル、大きな声で。どうかしたのか?」


普段、寝そべって動きもおっとりとしている彼の相棒は、今はなんだか落ちつかず、首の毛を逆立てて忙しなく耳を動かしていた。

見つめ合うこと数秒。


「…なるほど。わかった、東の国境だな?確認しよう。」


相棒は満足気に鼻を鳴らした。



サニエルを伴って国境付近へ向かおうとした矢先、彼の元に使者が来た。


「ハワネス様、ご報告いたします!」

「何事だ。」

「東の国境付近で、向かってくる怪しい影が確認されたそうで応援を要求しています!」


相棒の指摘は正しかったようだ。

サニエルは鼻面をひくひくさせて嬉しそうにこちらを見下ろす。


「サニエルが気づいてな、これから向かうところだった。国境付近のやつにはそう伝えておいてくれ。」

「はっ!」


使者は自慢の俊足であっという間に駆け去って行った。


「さあ、行こうか。」


ハワネスはそう言って、魔法で勢いをつけサニエルの背に飛び乗った。


***


日を遮った物体の確認をしようと空を見上げた警備員たちは慌ててその場から退いた。

と、わずかな砂の擦れる音と共に巨大な四肢の動物が降り立つ。


「ハワネス隊長!」


警備員たちはそろって敬礼をする。

白い巨体の背から降りた男は手をあげて反応した。

そして望遠視をしている警備員の側に行き、


「何が見えるんだ?」


その背中に声をかけた。


「うわあっ!」


警備員は飛び上がり、振り返って上官を確認するとあまりの衝撃に口をぱくぱくと開けたり閉じたり、言葉を詰まらせた。


「驚かせて悪かったな。故意ではない、許せ。で、何が見えるんだ?」

「は、はいっ、魔鳥がっ!」

「魔鳥?」

「遠視で見えるほど、そのっ、巨大でっ!」

「なるほど。サニエル、仲間だな。」


サニエルはくだらない、とばかりに半眼で鼻を鳴らした。


「一応、部分的に結界を強めておく。どの辺りに来るか見当はつくか?」

「はい、丁度我々のいるこの辺りかと。」

「…妙だな」


わざわざ目掛けて来ているということだろうか。

そうだとすると野生の動物はまずありえない。

考えこんだハワネスの世界を破ったのはサニエルだった。


「…ヒン…キュイン…クゥーン…」


手足をがたがたと震わせて耳を伏せ、しっぽを両足の間に挟み込んでいた。

ハワネスは驚愕に目を見開いた。

彼の相棒が怯えて震えるなど見たことがない。


「何なんだ…あれは」


顔を険しくした上官の様子に、警備員たちは心配そうに顔を見合わせた。


「とりあえず、結界は強めておかねばな。」


独り言のように呟いて、ハワネスは両腕を掲げ、魔法を詠唱し始めた。

言葉は無い。

音の高さと揺らしの違いのみで使い分ける古代魔法を得意とする彼は、耳が良かったため出来たと言える。

少しでも音が外れたり、長さを間違えれば、自爆してしまう危険を伴う魔法だが、単純故に短時間で完成する上凄まじい威力を発揮し消費魔力も少なく済む。


イ イ イ ア ア エ ーーー


ア ア ア ア ア ァ ーーー


魔力が絡まり響きが変わる。

音波は元々張ってある結界の表面に波紋を広げた。

結界が厚みを増し先ほどよりも視界が霞み、近づきつつある巨鳥の姿が曖昧になる。

それでも、その鳥の、断定するに余りある特徴は見てとることが出来た。


「あれは囊五指じゃないか。なんでこんな所に…」

「ノウゴシ、とは何ですか?聞いたことがない名前です。」


警備員は言いづらそうに名を繰り返した。


「あれは遥か南西にある山岳地帯の魔鳥だ。腹部に袋を持っているために、袋という意味の囊という字がついているそうだ。五指は脚の指が五本あることから五本の指という意味のその言葉がついたとか、つかないとか。」

「南西の鳥が、また何故ここまで?」

「さぁな。」


鳥の嘴が識別できる距離まで迫ってきたため、ハワネスは掲げた腕に更に神経を研ぎ澄ませた。

強度が数倍にもなっている今の結界ならば、大岩が転がってきたとしてもびくともしないだろう。

むしろ大岩が砕け散るに違い無い。

自信は満ち満ちていたが油断は隙を生む。

ハワネスは鋭く、魔鳥が激突するだろう辺りを睨みつけていた。


キ イ ヤヤヤヤヤァァァァァ ッッ!!!


「何だ!?」


激突する寸前、魔鳥は人間を軽く丸呑み出来そうな大きな嘴を全開にし、結界越しにも肉が振動するほどの雄叫びをあげた。

ぼやけた視界にも、向こうの地面がひび割れ踊りあがっているのが見える。


「うそだろ!?…こいつは囊五指じゃない!」


不可侵領域テリトリー》で強化した結界が破られることはまずありえない、はずだった。


「っ、!化物め」


割れ目から魔力が漏れ出すのを信じられない思いで見つめていたが、はっと我にかえって後ろの部下たちへ出せる限りの声で叫んだ。


「伏せろぉっ!!吹き飛ばされるぞっ!!」


言い終わらないうちに凶暴な風が吹き込み始め、なす術なくしがみつく他なかった。

風を巻き起こした張本人(張本鳥?)は、羽ばたいてまた風を起こしつつ関門の縁に降りたった。


「もう!!どうしてそんな乱暴なことするの!?目立つなってあれほど言ったのに!」

「ハワネス殿!?」


一つは知らない、庶民的な話し方の女性の声で。

もう一つは、聞き覚えのある透明な声だった。


「シャルロット嬢!」


信じがたいことに、魔鳥の腹袋から出てきたのは四大名家の一つハシェスト家の令嬢、その美貌から《宝石女神ジュエリア》と称えられるシャルロット・ベル・ア・ヤーデン・ハシェストその人であった。


「な…ぜ、このような、場所に」

「話している間も惜しいのです。どうか通して頂けませんか。病人がいるのです。」

「無理です!こんな得体の知れない魔鳥を街に入れるなど。危険極まりない!」

「わたくしが安全を保証いたしますわ。それに、これは仮の姿。別の姿に変えることも可能でありましょう。そうよね?」


シャルロットが見上げた先、魔鳥の鋭い目がシャルロットを写してハワネスは身構える。

魔鳥はすぐに目をつむり、その巨体を縮め始めた。


「な…」


発光しながら一瞬ごとに小さくなっていく。

やがて、薄茶色だった翼は深い闇色になり、氷のような魔力を纏った美しい “天使” が人間を抱えて現れた。


「魔神の類いか…通りで」


ハワネスは口の中で悪態をついた。


《魔神》


いかなる魔法も、彼らの前には意味をなさない。

元は彼らの能力であり、人間はそれを模したに過ぎないからだ。

サニエルを見やるとやはり全身を震わせ《魔神》と目が合わぬよう瞳を伏せていた。


【ーーーーーーー。】


天使が口を開いた、その口から出た独特の響はまさしくハワネスが使う古代魔法のそれだった。


魔詞マジックセンテンスではなく、言語だったのか)


どの魔法書にも書いていない。

ハワネスは何度目かわからない衝撃に目を見開いた。


【ーーーーーーーー。】


独特な響が、先ほどよりも険を含んだような気がした。


「ライラック殿、わたくしたちには分かりませんの。」


シャルロットが言った。


「ーーーーー……オリビエを、早く寝かせたいのだが。」


大きな翼が背中にしみ通るように消え、深淵のような底知れない瞳や氷のような魔力もその鳴りを潜めた。

サニエルも、強張った筋肉をほぐして幾分かは落ち着きを取り戻してきたようだった。

ハワネスは初めて、天使の抱く人間に注意を向けた。

フードの付いたマントを巻き付けられ、男なのか女なのか、若いのか年老いているのか、そもそも人間なのかすら分からない。


「ラ……ク……こ…こは……」


かすれた弱々しい声が微かに聞こえた気がして、包まれたものが発した声だとすぐに判断した。


「ここは王都フリュだ、なるほど、病気というのは本当らしいな。」

「そう、申し上げたはずです。」

「いえ決して、シャルロットお嬢様のことを信じていないわけではございません。この者等が信用するに値するか計りかねますゆえ。」

「あーそう。じゃあ」


赤髪の女性が面白くなさそうに思ってもみなかった名を口にした。


「エレヘル・マスティヘンに聞けばよくわかるはずよ。確か今議会の警備に当たってるはずよね。あなたたちの上司にあたるんじゃない?」

「い、いかにも。剣聖エレヘルと言えば知らぬ者はいない。」

「わたしたち、あ、わたしとオリビエね。はあいつの親戚だから。」

「「!!」」


ハワネスと、もれなくその場にいた警備員たちは開いた口が塞がらなかった。


「嘘だろ…あのエレヘル様の…」

「親戚…?」

「血縁関係があるようには見えないが…」

「こんな下品な…」

「あ"あ"?」


女性にあるまじきドスの効いた声に口をつぐむしかない。


「とりあえず飛んで来てまで急いだんだからその努力を少しは汲んでくれない?早く診て欲しいの。命に関わることだから。」

「……しかたない。街中を飛んでは目立つ。サニエルの背中を特別に貸してやろう。シャルロットお嬢様は…」

「わたくしも乗ります。」

「いやしかし」

「あなたの指図は受けませんの。」

「申し訳ありません。では同じく。」


ハワネスが魔法を使おうと手を出したのを、ライラックとかいう天使が一瞥して一言、


「必要ない。」


ハワネスの体も浮かしながら涼しい顔で五人をサニエルの背中まで運んだ。


「…すさまじい魔力だな。五人同時に運んで全く堪えてないのか。」

「あはあ、こんなの序の口。やろうと思えば城ごと動かせるわ。」

「……サニエル、頼んだ」


二の句が継げないとはまさにこのことだと思った。

さらに。

サニエルが後ろ脚で宙を蹴って走りだそうとした矢先、


「着いた。停まれ。」


天使がそう言ってサニエルを急停止させた。

そうしてさっさと一人背中を降りてしまう。


「おい…何してんだ?」


いつの間に敬語を使うことを忘れていることにも気づかず、下に降りた天使を見下ろした。


「………幻、じゃないようだな」


確かにそこは、王都のど真ん中、有名人御用達の診療所の真上だった。


「ちょっとライラック!!あたしたちも下ろしなさいよ!!」


赤髪の女性は何事もなかったかのように文句を言っている。

ハワネスはもはや自分がおかしいのかもしれないと思い始めていた。


「シャルロットお嬢様…」


彼女も別段、驚いた様子はない。


「こんなことでは、驚きませんわ。」


少し、疲れたようにそう言った。


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