神の名・弐
薙は──夢を見る。封じられた記憶の夢。
封じられた最初の記憶は回廊から始まっていた。そこにいるのは幼い薙と、彼の母親。
「──よくお聞き、我が息子」
幼い薙に母親は言う。
天界に住まう神々のひとり──黄帝含枢紐、それが薙の母親だ。
「お前のその瞳……〝紫の瞳〟は天界では不吉な色なの」
どうして? と問いかける薙に母親は理由を話し出す。
「三百年前に〝禁忌を破った天界人〟がいたの。紫の瞳はその者の色。──その後、禁忌を破った天界人の持つ〝紫〟という色は不吉となった。長い間、紫色を宿して生まれてくる者はいなかったけれど……」
「俺が生まれた……?」
「そう、お前が生まれた。そして、我が息子よ、お前には役目がある」
役目? と、薙は聞き返す。
「人間の一生を我ら神が定めるべきか否か、天界に神は存在するべきか否か──を。それが……お前の役目」
言葉を紡ぎながら、指を鳴らすと空間が歪む。
「これを通って下界に降りなさい。能力も記憶も封じておくけれど、全部は封じないわ。封じた記憶と能力が戻った時に天界に戻ってきなさい」
「母さんは……?」
問いかけに彼女は薙の頬に触れ、息子よ、と言葉を紡ぐ。
「お前がこの天界に戻ってきた時、私とお前は戦うことになる。──でも、私と戦うことを躊躇っては駄目よ」
「……?」
こてん、と首を傾げる息子に母親は双眸を細めた。
「我ら神の行く末はお前が決めるの。お前の瞳で見極めなさい。己の意志で決めなさい、お前は〝解放者〟なのだから。──下界に降りたら、十二神将の主がお前を見つける。さあ──お行き──……」
歪んだ空間を指差す彼女。
「神の子供……神としての名も封じておくのは、人間に近い状態で見極めるため。──いいわね、我が息子よ、見極めるのよ。神と呼ばれる存在は、この地球に存在するべきかを──……」
そして、彼女は薙を歪んだ空間へと突き飛ばした。
「!? かあさ……っ!?」
突き飛ばされた薙は、歪んだ空間に飲み込まれたせいで言葉を発せない。飲み込まれていく中、彼女の……母親の涙を見た。母親は涙を流しながら、微笑んでいた。
〝母さん……ッ!!〟
手をのばしても、届かないのはわかっている。それでも薙は手をのばしながら、叫んだ。
それが、天界での薙の最後の記憶だった──。