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第零章 毒物への戒厳

 誤字や脱字、挙句の果てには正しくない文法を用いていたりと、そういった不備がありましたら早急に修正を致しますので、見つけ次第「ここ間違えてるぞ」とご指摘いただけると幸いです。

設定の矛盾などのご指摘も気にせずに行ってもらって構いません。

 靄の掛かった回転の緩い脳細胞が、鈍麻のその所以である睡魔という名の甘美な欲求の価値を吟味し、贔屓目ぬきにしても非常に魅力的な睡眠という選択に対して忠実に従う命令を自らに嬉々として課した現状、それとは裏腹に、回転に摩擦を生んでいた微睡が段々と軟質な物に変化していくのを思考は如実に認識していた。


 だがそれは仕方のないことだろう。理由は至って単純明快。何故ならば自身は、心身の休息には余りにも不適切、極まりない環境に身を置いていたからだ。


 まず筆頭として、寝具にしては暴力的な硬度の背の下の感覚である。それが硬いだけならまだしも、不快感の為だけに生を受けたかのような小さな痛みを発する礫と、揺らぐ水面のような起伏の激しい背を押し返す感覚、そして極め付けは身体を転がす場の嫌に角度のある傾斜であろう。


 言葉にすればただ大きな岩の上にでも転がっているのだろう。だが問題はそれだけで尽きることはない。

 自身の安眠を脅かす次の一手は、静寂を求めて脱力しきった鼓膜を盛大に揺らす煩わしい騒音である。まだそれが、人々の団欒の喧騒や往来のものならば微笑ましくさえ思える。


 耳朶に嫌に響くその悪意の具現化のような数々は、嫌悪感を振り撒くためだけが使用用途であり存在の意義であるかのような硬質な物同士の衝突しあうような音と、声帯を破壊してしまう引き換えにでも吐き出されたような下劣な怒声。


 その他にも様々な要因が殺到し、眠りの深さに大きな定評と自負のある者でも、これには流石に白旗を振りかざす事を余儀なくされてしまうことだろう。それに自身も含まれる事実の、他への表明の必要性は皆無だ。


 思考の回転にある程度の潤滑油が注された事により、先程よりも幾分か軽くなった両の瞼をゆっくりと持ちあげた。


 上体を起こしてまず第一に眼球に飛び込んできたのは、遠い間隔で立ち並んだ立派な樹木であった。背の低い緑が地を這っており、優しく走った涼風によりそれらはカサカサと心地の良い小さな音を鳴らす。対照的に背の高い木々の長く伸びた枝や葉の隙間から、恐らく快晴であろう良く澄んだ青を覗く事が叶い、緑の遮蔽物により少し薄暗いこの空間に煌びやかな線として幾つかの光が降り注いでいた。


 だが悲しいことに、その光景に呑気な感想を抱くことは大変難しく、それにはその光に晒されながら(せわ)しなく動き回るそれらが大いに関与していた。


 一言でそのモノ達を表すならば、それらは「剣戟」に酷く精を出していた。


 片や全身を鉄製の鎧で包みあげ、両手に鋭利に加工された明瞭なまでの殺意と防御の術を握った集団。それらは明確に意味の存在する言語を用いて他との協調性を強めており、肺を労わるかのような優しげな空間を躍る鈍色は、粗暴ながらも中々の練度を蓄積させたのであろう力強い軌道を描いていた。


 片や生理的な拒絶を誘発する異常なまでに膨れあがった筋繊維の、目算で2メートル弱はある歪な巨躯を誇る深い緑の体色をした集団。全身防具の者達と比べると、その大きさは奇異にさえ映る。手には武器と呼ぶには粗末な気もする辛うじて剣の形を持った鉄塊がぶら下がっていて、こちらは全身を重厚に鉄で覆うようなことをしているわけではなく、最低限の防具を身に着けただけのような風体であった。


 その巨躯の動作には大凡の効率を求めた色は無い。


 だがその不遜にもとれるような備えであるにも関わらず、戦況は全身防具の集団からしてみるとあまり芳しいとは言えない現状であった。


 なんせ身体的な差異は見た目以上に大きい物であったのだ。


 緑の容姿から来る印象は誰しもが「緩慢」と思い浮かべるはずだ。だがそれを清々しいほどに裏切り、比べる対象が限られるこの状況では小柄に見て取れる彼らよりも、目に見えて機敏な動作で一方的な攻勢に出ていた。数では全身防具の集団が(まさ)っているにしても、それは大した意味を成しているようには見えない。


 鉄の鎧を着込んだ集団は三十そこらか、緑の体躯は二十にも満たない程度だろうか。草木に転がる死骸の比率からしても、それは明白であった。


「怯むな! 奴らは所詮、膨れた体躯だけが取り柄の肉塊に過ぎない!」


 そう全身防具の中で一際、鉄の分量が多い装備の者が声を張り上げる。


『グルアアアアアア!』


 それに呼応するかのようにして、緑の巨体が意味の含まれない声を張り上げた。


 そこで初めて、自身の現状を思考するだけの脳の機能が回復し、そして存分に把握に努めた結果。


「……どこだここ」


 目の前で繰り広げられる自ら死へと歩み寄っているようなその争いを傍観しながらに、そう声を落とした。


 自身の記憶を漁りながら、目を覚ます前に何があったかを考えるが、中々にそれは苦労を()いてきた。


 だが流石に「ここはどこ? 私はだれ?」ほどの深刻なものではないので、自身の名前くらいはしっかりと覚えており、そこまでの動揺はなかった。だがまあ同様が無かったのかと問われれば、あったと答えるほかない。


 秋塚(あきつか)、それが自身の名であった。


 どうも覚えていないのはある一定の期間だけであるようだ。それも目が覚める前の少ない時間である。おそらくその間に何かがあったのは間違いないであろう。


「うああああああッ!」


 だがそんな思考を半ばで中断し、視線を目の前へと向ける。すると先程、声を張り上げ味方を鼓舞していた全身防具の男が、左の肩に(やすり)のような錆びた刃を刺し込まれている猟奇的な光景が両の瞳を射る。


 いくら慣れが芽生えていたとしても、精神的な衛生上あまりよろしくはない。


 すっかりと冴えてしまった脳は、気が付けば自身の身体をその剣戟へと運ばせていた。軟らかな土を蹴るようにして疾駆する中、目前では刺突した刃を引き抜き、(うずくま)った男へと高く腕を振り上げている緑の体躯。他は自身のことですでに必死のようで、振られた鈍色(にびいろ)を盾で受け止めた勢いで大きく転がるその一連を見れば、仮に助けに入れたとしても高確率で屍の数量に数字として加えられるだけであろうことが予測できた。第三者の横槍でも入らない限り、彼は意識をその身体から手放すことになるだろう。


 だからこそ、そんな彼は幸運だったと言えよう。


「必殺、不意打ちパンチ!」


 疾駆の速度から目的を殺傷へと変更すればそれは幾分か本来よりも高い結果を(もたら)してくれるであろう事は明瞭であった。突き刺すようにして放たれた鋭い蹴りが緑の巨人の腹部に打ち込まれる。


 それはたかだか人間如きの膂力で行われたとしても、成人男性のおおよそ三倍近い重量の筋繊維と脂肪の塊などからしてみれば、自重を支える為に発達した肉の恩恵から大した効果はなく、緑の体躯を軽い負傷にすら負わせることが出来ない可能性があったとしても不可思議へは成りえない。


 何かの動物の皮から作られた靴底が触れた箇所から、視覚という感覚機能では到底、認識に至らない速度で緑の庇護の下に隠れていた赤黒い軌跡を辺りに飛散させ、その重厚で不衛生な肉塊は、接触の際の暴力的な大音響を置き去りにするほどの速度で秋塚から距離を離す。地面と再会する度に部位を着実と損壊させていたため、進行上の木々や同胞を薙ぎ倒し、もしくは轢き殺し、静止に至った時点では既にそれは赤と緑という色を認識することが限度の利用価値の見当たらない塵芥と化していた。


「オークを一撃で……」


 秋塚は、後方から届いたそんな声に対して「そこはパンチと言ったのに蹴りを放ったことをツッコム所だ!」と、顔を(しか)める。これではボケが華麗に滑り去って行った恥ずかしい奴ではないか。と的外れな思考を回していた秋塚であったが、その男からしてみれば、それは酷く理不尽性に富んだものであった。男達からしてみれば、それは余りに現実味の乖離(かいり)した現象であり光景であったからだ。憧憬(しょうけい)、と言っても差し支えないかもしれない。


 だがその事実から長年、離れて触れ合ってきていなかった秋塚は、そんな異常性のことをすっかり忘れていた。


「ん?」


 その有り余る暴力を、危険性として認識する程度の脳の機能は有していたようで、オークと呼ばれた緑の巨躯は、何匹かが目の前の戦闘を放棄してこちらへと足を向けていた。どうやら危険性を察知は出来ても、それらから敗走や策略を構築に繋げられるほどの機能を求めるのは贅沢すぎたようで、腹回りに下がった脂肪を揺らしながらに幾らかがこちらへと寄ってきているその行動こそが、そのお粗末な頭蓋の中身を滑稽にも露呈していた。


 死骸への一方通行の権利を今まで握らされていた何人かの鎧の男たちは、途端に一変して手持無沙汰となったことにより、個々で様々な反応を示し、他へと加勢するもの、中には無遠慮に応援の言葉なんぞを飛ばす者たちもいた。だがまあ、それは気分を高揚させることにはかなりの適任であった。


 オークが自身の間合いへと踏み込むのを確認すると、擦るようにして身体を巨躯へと近づけ、拳を押し込むイメージで一撃ずつ緑の表面へと触れていく。それを所詮は人間如きの腕力で行ったとしても何とも言い難い微妙な空気を作り上げるだけに止まるだろう。だが先程の出来事を鑑みるに、それが所詮は人間如きでない事は周知の事実だ。


 粘性の赤黒い液体を周囲に奔らせる肉塊が、ほとんど同時に急激な加速で秋塚を中心に広がるようにして距離を離していく。


「んんんんんッ! 気持てぃぃ……」


 オークの容姿が更に歪に処理されていく度に、後方から男達の野太い歓声が上がる。我儘を言えば、見目麗しい美女の黄色い歓声を背中に受けたいものであったが、低い男達の声でもそれらが秋塚の鼻を高くするには十分だ。


「ヘイヘイ、カマァーン。おら来いよ!」


 秋塚は煽てられると満を持して樹を登りきるタイプであった。ようするに調子に乗っていた。


 腰に吊った安価な鈍を抜くことも考えたが、いくら安価とはいえ鈍を更に鉄屑へとグレードダウンさせ、今月に入って何度目かのお叱りを受けるのは馬鹿らしい。


 既に両の指でギリギリ足りる数にまで減らした醜い頭部へと意識を向ける。


 随分と慣れた体内の蠢きの感覚を味わいながら、秋塚は考えていた。何故こんな森林のど真ん中で眠りこけていたのか、という最もな疑問について。


 特に身体的な異常も感じられないので、森に足を踏み入れることが多い身としては、疲労から仮眠でもとっていたのかとも考えたが、それだとこの記憶に掛かった濃霧のような感覚が理解できない。寝ぼけているだとか、そういった感覚ではなく、何か意図的な、そういった何か。


 頭を悩ませていた秋塚であったが、彼が腰に下げていた皮の小物入れから少しだけはみ出すその何かが、その眠りの原因だとは知る由もない。


 傘の毒々しい斑点模様が特徴的な、いわゆるキノコの致死性の猛毒によるものが原因だと知るのはそれから少ししての事だった。


 瞬間、緑の頭部が一斉に消失する。

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