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恋人の罠 

作者: いち

「そうだ、今日はね、君のためにこのブレスレットを買ってきたんだ。とても似合うと思う」


 こう言うと、私の目の前にいる恋人は、私の白く細い腕を優しく掴み、そっとおおぶりでカラフルなきれいな石がちりばめられたブレスレットを、細い指で器用に私に身につけさせ、ゆっくりと私の腕を見ると、「うん。とても似合う」と笑った。

 二人で久しぶりの食事の最中、夜景のきれいのレストランで、こんなことをされて、嬉しくない女子はいないだろう。

 けれども、正直、ブレスレットなんて、つけるのが面倒というか、一人でつけるのが難しくて、めったにつけることがない。

 シュシュのように、簡単に身につけられるもので、あれば問題はないのだが、プレゼントしてもらったものは、自分自身で止めるタイプのもので、不器用の私にとって、この身につける時間は苦でしかならない。

 子どもの頃、大人びて試しに買ってみたけど、うまくつけられなくて、お母さんにつけてもらったあの日以降、私には向かないんだなと思い、つけたためしがない。


 ただ、嬉しくないわけじゃない。

 男の人が私のために、慣れない場所で、私のことを考えて買ってきてくれたのだ。

 彼の脳に、彼の時間に私がいたということは、幸福でしかない。

 だから、私はつけるのが面倒だと言う言葉を、呑み込んで、素直に彼にお礼をした。



 「ありがとう。嬉しい」

 「本当に?」

 「どうして?」

 「だって、ほんの少し困った顔をしてる」



 どうして、この人はいつも私の心を読むのか。

 私は「はぁ…」とため息をついた。

 これを聞いて、「やっぱり」と言う彼に「そんなことないよ」と嘘をつくのはナンセンスだ。

 仕方なく、私は正直に言う。



 「私が不器用なこと知っているでしょう」

 「うん」

 「だから」

 「だったら、会う時は持ってきてよ。つけてあげる」



 彼のこの言葉を聞いて、私は目を大きく見開いた。

 あぁ、もしかして、これは罠だったのか。

 最近仕事で忙しくて、「会えない、会えない」と言っていた私への罠。

 少し手も触れたいと言う彼の愛が、私を虜にするのだ。



 「卑怯者」

 「ふふふ。だって、愛しているのだもの」



 彼はこう言うと、私の手首に唇を近づけ、約束だよとつぶやきながら、口づけを落とした。

 その口づけのせいか、私の白い肌は真っ赤に染まり、頬も温かくなり、ほんのり冷たいブレスレッドがさらに心地よくなった。


 次の日、私は、久しぶりに一人でブレスレッドをつけてみたら、意外と簡単につけられた。

 大人になったんだなと思いながら、腕を上げてそれを眺める。

キラキラ輝く色とりどりの石たちが、大人になった私を映した。

それを見て、私は強くうなずくと、それを外し、お気に入りのファッション誌の付録の化粧ポーチに入れた。

 これなら、絶対忘れないでしょ。

 あの卑怯な恋人を喜ばせるのも、大人になった私にとって大切なことだから。

 


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