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梓さんよく食べます。  作者: 浦字みーる
~梓、限界を知る~
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梓、限界を知る1

高校生になった梓のお話です。

高校生になっても奥手の梓と先生の仲はなかなか進展しませんが、新しい環境の中で梓は琴音という友達と出会います。

でも互いに何か一歩踏みこめない違和感を感じているのですが・・。

そんな二人を巻き込むように、学校最大のイベント「学園祭」が始まります。

琴音の大活躍で学園祭は大成功。そして打上げと称してしゃぶしゃぶパーティーに突入。

そこで梓に大事件が!

「先生、わたし、高校生よ!」

 桜の葉も青々と茂ろうかという季節。

 真新しい制服を着た梓が、くるっとまわって言った。

 スカートのプリーツがふわりと広がり、透明感のある太ももが露わになる。

 長いストレートの髪が顔にさらりとかかり、その合間から、はじけるような笑顔が見えた。

 今日は梓が待ちに待った先生との逢瀬。月に1度の特別な日だ。

 

 その梓をまぶしそうに見るのが俊介。梓が先生と呼ぶ人だ。

「・・もう高校かぁ」

 年甲斐もなくどぎまぎする自分を隠すように、俊介はやっとの思いでその言葉をひねり出した。

「制服どう?かわいくない?」

 紺ブレにちょっと明るめのチェックのプリーツスカート、首元は赤リボン。

 ブレザーには赤のポイントラインが入っている。

「このラインのところがかわいいっしょ!」

 梓は自分から見て欲しいポイントを指で示す。

「あ、うん、かわいい。似合ってるよ」

「ホント?」

「うん」

「感情こもってないぃ!」

「いや、ホントに似合ってるよ!ちょっと・・・見とれた」

「マジ!やった!」

 そう言うとぼぅっと見とれる俊介に見せるでもなく、梓は小さくガッツポーズした。

「これ見せようと思って着てきたんだ。先生気にってくれてよかった」

「ありがとう。外出するときは制服を着るのが校則かと思うったよ」

 表情をほころばせて俊介がいう。

「んなわけないじゃん、わざわざ着てきてやったんだぞ。感謝したまえ」

「はーい、ありがとう」

「ふふふ、素直でよろしい」

 梓はからかいながらも甘えた表情で俊介を見つめた。

「けど、あからさまに女子高生と歩いていると、なんというか絵ずら的にどうなのかなって不安はあるけどね」

「え、どういうこと」

「だから、あれだよ。その・・」

「ん?」

「ば・・ゅんっぽいとか」

「え、きこえない」

「察っしろよ、女の子なんだから」

「はっ、そうかー」

「僕の年だと、そうみえないかなって」

 気持ち身を潜めキョロキョロとまわりを見る二人。そしてヒソヒソ声で

「うーん、見えなと思うけど。それに昼間だよ」

「そうだけど」

「ただ、ご飯食べるだけだし」

「周りの人には分かんないだろ」

「そうか、知ってる人に見られたらヤバイかもね」

「だろ?」

 梓はちょっと考えてから身をもどし、

「やっぱ、制服は今日だけねっ」

 とちょっと残念そうに言った。

「それがいいと思うよ」

 

 俊介は自分が女性を買うような男に見えるんじゃないかとヒヤヒヤしながら、でも梓とこうやって会うのを楽しみにしていた。

 梓はとにかく早く制服を見せたくて、そんなことなど想像もしていなかったが、言われるとそういう見方もありうると初めて気づいた。

 小中学生なら「親戚のおじさんと遊びに行くのかしら」で済むものが、女子高生が年の差のある男性と歩いていると、俄然いかがわしい雰囲気が強くなる。

 梓の中には、先生と自分がいかがわしい関係と思われるのはイヤだという気持ちと、やっと男女のもしかして恋人と見られる年になったうれしさが混在していた。そのうれしさがつい表に出る。

「うふふー、じゃ先生ご飯にいこ!」

 梓は先生の袖を引っ張って歩き出す。先生はおっとととよろめきながら梓にひっぱられるままだ。

「おいおい、ひっぱるなよ」

「早く行くよ!」

 黄色い声が春の陽気に乗って街の間を紛れていく。

「今日はね、お好み焼きを食べに行くのだー」

「えー、そういう予定だったけ」

「いま、決めたの。なんか、そんなお腹になった」

「相変わらずきまぐれだなぁ」

 二人はお好み焼き屋を探して、人ごみの中に消えていった。

 

 ***

 

 お好み焼き「ぼてきゅう」には昼過ぎに着いた。

 中をのぞくと意外にお客さんが多い。

「混んでるね」

 梓が小声で言う。

「ああ、学生さんが多いな」

「うん。入れるかな」

 俊介が店の人に聞くと、幸い2人分の空きがあるとのこと。

「よかったね。ギリギリセーフだよ」

「梓ちゃんは店運がいいよね」

「うん、お店に貢献してるからね。いつも」

「それは合ってるな。僕のお財布には貢献してないけど」

「そういいながら、ごちそうしてくれる先生、大好き!」

「ご飯のときだけ都合がいいぞ」

「へへー」

 

 この関係は中学生の頃からずっと同じだ。ちょっと拗ねる先生とからかう梓。手も繋がない、ただ月に1度あってご飯を食べるだけの二人だが、こんな掛け合いをする時間が二人には心地よかった。

 席に着くと二人は荷物を置いてメニューをみた。

「何を食べるの?」

 俊介が訪ねる。

「どうしようっかなー。制服だから今日はあんまり食べられないから・・ブタ肉入りと、もちチーズと、オムそばと、あっ、ベビスターって意外とおいしいんだよね、あるかなぁ・・」

「おいおい、あんまり食べられないんじゃなかったの?」

「え、まだ4品だから、そんな量じゃないよ」

「それは梓ちゃんにとってはだね」

「うん、それと・・」

 梓がふっと視線を左にやる。

 そこは店の一番奥。同じような制服をきた女子が4名で座って、わいわい話している。

「あっ」

 梓は小さな声をあげた。俊介もその声に気づく。

「どうしたの」

 俊介もヒソヒソ声になる。

「あの子、おなじクラスの子だ・・」

「ふーん」

 そういって俊介がそっちを見ようとすると

「見ないで!」

 小さな声だが鋭く梓が言う。

「え、どうして」

「バレちゃうじゃない」

「・・まずいの」

「まずくはないけど・・・面倒じゃん。二人であってるとこ見られたり、あと・・・たくさん食べてるとこ見られたら」

 梓はメニューで顔をかくす。

「気まずかったら店を出るかい?」

「うん」

 そういうと俊介は店員と話すようにして、うまく背中で梓を隠して店を出た。

 

「ふー、危なかった。やっぱ高校になると、こんなとこでも友達と会うんだね」

「梓ちゃん、気にしすぎじゃない?」

「先生には女の世界はわかんないの。いろいろ大変なのよ。へんな噂になったりとか」

 それは俊介をあしらうような、でも本当の事のような、それは俊介には掴みきれぬニュアンスだった。返答に迷う俊介は何も言わず梓の次の言葉を待つ。

「わたしさ、たくさん食べること皆に隠してるんだ」

 梓は視線を落としてちょっと暗い表情で言った。そして間をおいてから、ぽそりと

「大食いだっていうの恥ずかしいし、それにたくさん食べることでいじられたこともあって」

「・・・そうなんだ」

 その言葉を受け止めながらも俊介は、自分と一緒にいることが問題じゃなことにほっとした。

「でも食べること嫌いじゃないよ。それに」

 ここから先はは言うのをやめた。

『お腹一杯になることがたまらなく好きだし。それに食べることが自分と先生をつないでくれてるんだから』

 本当はそう言いたかった。

 ・

 ・

 ・

 いつか、自分自身から自由になれたら・・・

 誰に遠慮なく食べて、だれにも隠れることなく先生と会って、そして先生と手をつないで、そして・・・

 ・

 ・

 わたしはいつまで、この自分を持っていくのだろう。このジレンマをいつまで抱えて生きていくのだろう。

 抑圧された日常が苦しいと思いつつ、わたしは普通という仮面を被って生きていくのだ。

 その終わりのない迷宮が頭にこびりつくが、先生を心配させまいと無理に明るくふるまう。

「なんでもない!新しいお好み焼き屋を探そう!」

「んだよ、切り替えが早いなぁ」

 梓は誰にも気付かれぬよう、心の中の黒い井戸にそっとふたをした。

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