第一話 お見合い話は突然に
はじめましての方、もしよかったら読んで下さい。他のも読んで下さった方、こちらも読んで下さったら幸いです。
暖かな春の日差しが木々の間から漏れてくる。色鮮やかな花達が風にそよいで見ているだけで心地好い。遠くに聞こえる喧騒が耳に響いて静かなこの空間を殊更強調させている。
カポーン…
鹿威しのあの独特の音を聞いて綺麗に着飾った少女、支倉恋子ははぁ、と小さく溜息をついて目の前に座る男性を見つめた。
彼は一之瀬澄という大企業のお坊っちゃまである。
何故二人で向かい合って座っているのかと言えばなんてことはない、よくあるお見合いなのだ。恋子は今年で18才。由緒正しい旧華族としては適した年齢でのお見合い話だろうと恋子は冷静に考える。相手の澄は恋子より4つ上の22才というから適当と言えば適当なのだろうが、恋子も澄もお見合いが始まってからまだ一言も話していない。わざと話さない恋子が言うのもどうかと思うが、澄もなかなかの人物ではないだろうか。わざとなら物凄く性格が悪いだろうし、素でやっているのなら朴吶を通り越して頼りないことこの上ない。
ふぅ、と溜息をついた恋子が口を開きかけるのと、部屋の襖が音をたてて開くのはほぼ同時。
パァンッという騒々しい音に誰もが振り返り、全員の注目を一斉に浴びてそこには恋子の妹、愛緒が鬼の形相で立っている。
その場の凍り付いた空気も突然の登場に食い入るように見つめる視線もものともせず愛緒はその赤い唇を開いた。
「お見合いなんてあり得ない!お姉ちゃん!」
ぐるっと首を曲げて愛緒は恋子に視線を向ける。にこりと恋子は愛緒に笑ってみせる。
「なぁに?」
「何じゃない!お見合いなんてする必要ないの!いい?時代は女性の自立を叫んでるのよ。それに無理矢理家の為に結婚なんて絶対おかしいんだから!」
「愛ちゃん、そう興奮しないで。……お饅頭食べる?」
「饅頭なんかどうでもいいから!」
くわっ、と姉に食って掛かって愛緒は面白そうに姉妹を見ている澄を思い切り睨んだ。
「そういう訳で姉は帰ります!さようなら!」
言うや否や愛緒は恋子の腕を取って歩き出したのだった。
そのお見合いの二日後にその電話はかかってきた。お見合いを無理矢理壊した愛緒はあの後家で散々両親に説教をくらい、そしてその度に女性の自立云々を掲げて反論し、更に喧嘩が激しくなるのを恋子は毎日見ている。
何故か恋子の部屋で寛ぐ馬鹿だが可愛い妹は澄からの連絡に更に機嫌を悪くする。
「はぁ!?なんで!?」
「本当になんでかしらね…一之瀬さん、貴女に用があるんですって」
「私!?」
電話を取り次ぎにきた母の藤は困ったように恋子ではなく愛緒を見つめた。
「そう。貴女に電話なのよ…」
溜息混じりに呟いて藤は複雑そうに恋子を見つめる。
きっと恋子が傷つくのではないかと心配しているだろう母を安心させるように恋子はにっこりと微笑む。実際、恋子は傷ついてなどいないし、落ち込む気も全くない。元々断るつもりの縁談だったし、多分向こうもそうだと勝手に恋子は思っていた。だから、愛緒に電話だと聞いて恋子は愛緒の心配こそするけれど、対して電話に興味はないのだ。
「なんで?…まさか、苦情の電話…?」
突然の電話に急にオロオロし始める愛緒の背中に手をあてて恋子は愛緒を見つめた。
「愛ちゃん、大丈夫?…私が先に出てもいいわよ?」
「だ、大丈夫!苦情でもなんでも平気よ!」
強がる妹を心配そうに眺めて恋子は優しく笑う。
「苦情を受けるのは私だから。そういう電話なら直ぐに代わってね?…私が直接お話するわ」
ふわりと恋子は笑うが、有無を言わさない強い視線に愛緒は大人しく頷く。見合い話は恋子と澄の問題なのだから、例え途中で愛緒が乱入したとしても、苦情は当事者である恋子に来るべきだと恋子自身思っている。ぎこちなく電話に向かう愛緒の後を追って恋子も部屋を後にした。
電話に向かい合い、一つ息を整えて愛緒は受話器を耳にあてる。その姿を横で座って見ている恋子に愛緒はちょっと目配せをする。
「…あの、お電話代わりました。愛緒ですが……え?はい…えぇまぁ…は?…空いてますが、あの、どういう…?……はぁ!?えっ、ちょっと!あっ…」
5分ほど会話した後、愛緒は困惑した顔で受話器を見やる。不満げに愛緒はぽつりと呟く。
「………切れた…」
「…何の電話だったの?」
「……それが…」
きょとんと首を傾げる恋子に愛緒は相変わらずの困惑顔で少し言いにくそうに口元に手をあてる。
「…来週、演劇に誘われたんだけど…?」
「……あらまぁ…」
恋子も口元に手をあてて思わず声を上げる。が、その表情は他人の恋愛話に興味津々のどこか楽しそうなものである。普通自分の見合い相手が妹を演劇に誘ったら怒っても良さそうなものだが、恋子にその様子は全くない。むしろ応援でもしそうな姉の表情に愛緒は困惑よりも怒りがこみ上げてくる。
「なに楽しそうにしてるの!お姉ちゃんの見合い相手なのに私を誘うなんて…信じられない!なんて軟派な奴なの!?」
「あら、いいじゃないの。…きっとあの一瞬で愛ちゃんのことが気に入ったのよ。…見る目、あると思うわ」
両手を合わせて顔の横で首を傾げる恋子を愛緒はキッと睨む。
「…自分がお見合い避けられたからって…」
「…勿論、それもあるけど……でも、悪い人じゃなさそうだったし、いいと思うの」
にこにこと恋子は笑う。じゃあ、変わってもらいたいが、恋子の様子からそれはできないことなのだと、愛緒は深く溜め息をつく。
姉は見た目こそか弱そうだが、その内面は一度決めたらテコでも動かない頑固さがあることを身内で知らぬ者はいないのだから。
読んで下さってありがとうございます!
次話投稿が遅いのですが、また読んでもらえると嬉しいです。