つめくさの灯り
「私、幼い頃病弱でね、入退院を繰り返してたんだ。
そこで知り合ったお姉さんがいてね…。
まあ、なんかよくあるっぽい話ではあるんだけどさ」
◇
薬の匂いが染みついた、白くて四角い建物。
私のベッドの隣に、いつも本を読んでいるお姉さんがいた。
名前も知らない。でも、不思議と好きだった。
お姉さんはたくさんの本を持っていて、まだ幼く字が読めなかった私に、いつも童話を読み聞かせてくれた。
その人がよく読んでいたのが、つめくさの花が灯りになる童話。
夜になると、白い花に小さな光がともって、番号をたどれば、星が降ってくる特別な広場に行けるんだって話。
「ねえ、お姉さん、その広場って、本当にあるの?どこに?」
「あるわよ。私、行ったことあるもの。場所はねえ…説明しづらいなあ」
そう言って笑うとき綺麗な黒い瞳が、やけに澄んでいた。
まるで、星まつりの夜の空みたいだった。
年に一度、星が白くにじむ夜。
天の川の堤がゆるみ、この世界と、どこか別の場所とが、ほんのわずか、近づく夜が星まつり。
…ああ、そうか、この話もお姉さんがしてくれたのだったかもしれない。
「こんな夜はね、不思議なことが起きるのよ。広場との距離が近くなるの」
お姉さんはそう言って、つめくさの話と、星の話とを、同じ調子で語ってくれた。
――大人たちは、静かな声で囁いてたんだよね。
“生まれつき足が…”
“一人で外に出たことなんて…”
でも、そのどれもが、私には遠い話に思えてた。
ある夜。
うんそうだ、夜に星が白くにじんでた日だったはずだよ。
消灯のあとで、お姉さんがこっそり私を呼んだ。
「ほら、見て」
掌の上には、乳白色に光るつめくさ。
小さな雪洞みたいで、番号がひとつ、刻まれている。
「間違えて同じ番号がふたつ付いちゃったの。だから、摘んできたのよ」
わぁ、と私は小さく感嘆の声を上げた。
「お姉さん、広場に行ってきたんだね」
「ええ」
にっこり笑うお姉さんだったけど、少しだけ声の調子を硬くしたんだよ。
「向こうはね、戻る道のほうが、ずっと見つけにくいのよ」
それは忠告みたいでもあって、どこか、もう知っている人の言い方だった。
秘密ね、と囁いて笑う。
その目の光は、星まつりの夜の星と、よく似ていた。
数日後。
夕方から、病棟が騒がしくなって。
白い服の人たちが行き交って、お姉さんのお母さんが、泣いていた。
目が覚めたとき、隣のベッドは空っぽだった。
荷物も、本も、お姉さんがそこにいた形跡は、何一つ残されていなかった。
ただ、私の枕元に、もう光らない枯れたつめ草が一輪だけ置かれていた。
私はそれを、そっと本の間に挟んだ。
◇
それから何年も経っても。
毎年、星まつりの夜が来るたびに、私はあのお姉さんのことを思い出す。
お姉さんの、あの黒い水晶のような瞳の残像が、胸の奥で星の名残みたいに、淡く光ったまま消えずにいる。
そして、つめくさが咲く季節、星が白くにじむ夜になると、私はつい広場への道しるべを探してしまうようになった。
本の間に挟んだ枯れたつめ草が、今でも時折、ぽぅっと乳白色に灯る。
だから、まだ道はどこかでつながっているはずだから。
◇
……それでさ、こないだ、知らない女性に呼び止められたんだ。
ちょっと警戒してたら、その人が笑って言ったんだ。
「久しぶりね」
って、あの時と同じ本が……すごくボロボロになってたけど、その手にあって。
隣のベッドのお姉さんだった。
足もとが、やけにしっかりして見えた。
ちゃんと大人になってた。
・ ・ ・
「今までどうしてたの、って私は聞かなかった。
だって、つめくさはその後も、ときどき光るんだもの」
ー了ー




