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つめくさの灯り

作者: 茶ヤマ
掲載日:2026/07/03

「私、幼い頃病弱でね、入退院を繰り返してたんだ。


そこで知り合ったお姉さんがいてね…。


まあ、なんかよくあるっぽい話ではあるんだけどさ」





薬の匂いが染みついた、白くて四角い建物。


私のベッドの隣に、いつも本を読んでいるお姉さんがいた。


名前も知らない。でも、不思議と好きだった。



お姉さんはたくさんの本を持っていて、まだ幼く字が読めなかった私に、いつも童話を読み聞かせてくれた。



その人がよく読んでいたのが、つめくさの花が灯りになる童話。


夜になると、白い花に小さな光がともって、番号をたどれば、星が降ってくる特別な広場に行けるんだって話。



「ねえ、お姉さん、その広場って、本当にあるの?どこに?」


「あるわよ。私、行ったことあるもの。場所はねえ…説明しづらいなあ」



そう言って笑うとき綺麗な黒い瞳が、やけに澄んでいた。


まるで、星まつりの夜の空みたいだった。



年に一度、星が白くにじむ夜。


天の川の堤がゆるみ、この世界と、どこか別の場所とが、ほんのわずか、近づく夜が星まつり。


…ああ、そうか、この話もお姉さんがしてくれたのだったかもしれない。



「こんな夜はね、不思議なことが起きるのよ。広場との距離が近くなるの」



お姉さんはそう言って、つめくさの話と、星の話とを、同じ調子で語ってくれた。



――大人たちは、静かな声で囁いてたんだよね。


“生まれつき足が…”


“一人で外に出たことなんて…”



でも、そのどれもが、私には遠い話に思えてた。




ある夜。


うんそうだ、夜に星が白くにじんでた日だったはずだよ。



消灯のあとで、お姉さんがこっそり私を呼んだ。



「ほら、見て」



掌の上には、乳白色に光るつめくさ。


小さな雪洞みたいで、番号がひとつ、刻まれている。



「間違えて同じ番号がふたつ付いちゃったの。だから、摘んできたのよ」



わぁ、と私は小さく感嘆の声を上げた。



「お姉さん、広場に行ってきたんだね」



「ええ」



にっこり笑うお姉さんだったけど、少しだけ声の調子を硬くしたんだよ。



「向こうはね、戻る道のほうが、ずっと見つけにくいのよ」



それは忠告みたいでもあって、どこか、もう知っている人の言い方だった。


秘密ね、と囁いて笑う。


その目の光は、星まつりの夜の星と、よく似ていた。



数日後。


夕方から、病棟が騒がしくなって。


白い服の人たちが行き交って、お姉さんのお母さんが、泣いていた。



目が覚めたとき、隣のベッドは空っぽだった。


荷物も、本も、お姉さんがそこにいた形跡は、何一つ残されていなかった。



ただ、私の枕元に、もう光らない枯れたつめ草が一輪だけ置かれていた。


私はそれを、そっと本の間に挟んだ。





それから何年も経っても。


毎年、星まつりの夜が来るたびに、私はあのお姉さんのことを思い出す。


お姉さんの、あの黒い水晶のような瞳の残像が、胸の奥で星の名残みたいに、淡く光ったまま消えずにいる。



そして、つめくさが咲く季節、星が白くにじむ夜になると、私はつい広場への道しるべを探してしまうようになった。


本の間に挟んだ枯れたつめ草が、今でも時折、ぽぅっと乳白色に灯る。


だから、まだ道はどこかでつながっているはずだから。





……それでさ、こないだ、知らない女性に呼び止められたんだ。


ちょっと警戒してたら、その人が笑って言ったんだ。



「久しぶりね」



って、あの時と同じ本が……すごくボロボロになってたけど、その手にあって。


隣のベッドのお姉さんだった。


足もとが、やけにしっかりして見えた。


ちゃんと大人になってた。






・ ・ ・



「今までどうしてたの、って私は聞かなかった。


だって、つめくさはその後も、ときどき光るんだもの」






ー了ー

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