瑞華国白家秘聞 ~価値を知られぬ娘は、王弟殿下の唯一となる~
ご覧頂きありがとうございます!
長編にしようか迷い中の短編になります。
少しでも、気に入って頂けると幸いです。
どうぞ、よろしくお願い致します!
瑞華国。
遥か昔より水に恵まれた緑豊かな国。
だが……数年続く旱魃により、河川は枯れ果て、農作物は芽吹かない。
井戸の水はどんどん浅くなり、民は渇きと飢えに苦しんでいた。
そんな民達を尻目に、貴族は門扉を固く閉ざした。
蓄えている水や食料を民に配る者など居なかったのである。
「税を絞るだけの存在を助けて何になる?」
「多少の民畜生が死んだとしても、変わりなど幾らでもいる」
宮廷内の貴族達は囁く。
しかし……神仙を祖に持つ王家を持ってしても出来ないことを。
唯一人の風変わりな女がやり遂げてしまった。
「……え?
すみません、普通に泥水を濾過しただけですので悪しからず。」
破談になった縁談は数知れず。
王都一の行き遅れで、変わり者。
中級貴族、白家の娘。
白 明葵、二十四才独身である。
「なぁ……彰玄様、本当に行くんですか?」
華やかだが……少し影に入れば、屍も打ち捨てられている王都。
「王弟にして、大将軍の彰玄様が、こんな山の麓に屋敷を構える変人貴族どもに態々会いに行くなんて……」
中級貴族、白家。
宮廷争いから落ち延びて、王都の背後に聳える霊山の管理を任された一族。
何代も続く貴族としての血脈だけは確かな変人一族。
「凛、文句があるならば帰れ。
……俺は一人で構わん。」
「あのね、彰玄様の護衛がオレの役割なの。
護衛対象を置いて帰る護衛なんて居ないんだよ。」
軽口を叩きながら歩く、二人の青年。
端正な顔立ちに、大柄な体躯。
涼やかな目元に、意志の強そうな黒曜石の瞳。
瑞華国、王族が一人。
宗 彰玄。
「……問題ない。」
「いや、問題有りまくりだからな。」
深い溜息をつくのは、一筋の明るい髪色が混ざった細身の青年。
華やかな美貌の持ち主だが、その身体が鍛えられていることは服の上からでも見てわかる。
「……変人かどうかなど興味はない。
だが、王家ですら苦慮する飲水の確保。
それを……何故、中級貴族程度が民に配る余裕まである?」
「それは……霊山の水を独占しているからでは?」
凛は王宮内の声を思い出す。
白家は霊山の水を堰き止め、独占している。
白家は怪しい妖術を用いて、水を確保している。
白家が水を隠している。
「くだらんな。
元々、霊山の水は人間が飲めるようなものではない。
……大半が泥や石の混ざった汚れた水だ。」
霊山の天辺付近の水ならば兎も角、麓に流れ落ちる水は土砂が入り混じっていると記録されている。
「まあ……確かに、此処に来るまでの間に見た小川も何もかも、全て泥水でしたね。」
王都から霊山の麓に来るまで。
そして、霊山に入ってなお……流れる水は全てが泥水だった。
「だからこそ、不可思議と思わないか?
……何故、そんな泥水しかない霊山の水が……あんな澄んだ水になる?」
「……妖術?」
「神仙を祖に持つ王家の血筋とやらにも宿らぬ人外の力を持つ、と?」
凛の言葉を、彰玄は鼻で笑う。
「彰玄様……」
「人気のない場所での軽口くらい目を瞑れ。」
神仙とやらの人外の力が、王家の血に有ったならば…………雨を降らせることなど容易かろう。
「……所詮は王家の血筋を正当化する飾りだ。
この世に神仙など……現実に存在するなど、有りはしない。」
「…………」
凛は、口を噤む。
「……雨さえ、降れば……」
この国の誰もが思うこと。
そして……どんなに願っても、この数年の間に激しい雨など降りはしなかった。
「……?」
そんなしんみりとした空気が二人を包んだ時。
「何の音だ……?」
ガラガラ……と、音が近付いて来た。
「…………女……?」
大八車の荷物を乗せる部分を箱にしたような奇妙な押し車。
汚れた簡素な男物の服を身に纏った華奢な体躯。
「……っ……」
ドクンっ。
近付いて来た女の顔を、瞳を見た瞬間に彰玄の心臓が高鳴る。
「…………ぁ……」
言葉にならない。
凛とした白い顔を土で汚し。
真っ直ぐな濁りのない瞳。
宮廷の女の方が余程美しい。
それなのに……何故か、視線が囚われ、目が離せない……!
「……………っ」
馬に乗った二人の横。
ちらりとも視線を彰玄へと向けることなく、無表情の女が通り過ぎた。
「……何だったんだ……?」
白い顔を土で汚し、男物の服を纏った奇妙な女。
あまりの異質さに、凛が眉を寄せ呟く。
「追い掛けるぞ」
「は?
ちょっ、彰玄様っ!?」
言うが早いか、馬を走らせた彰玄。
彰玄の魂が、あの女を逃がすなと追い立てる。
「彰玄様っ……!」
凛の声が彰玄を追ってくる。
それすらも無視して、轍を追った先。
「な、んなんだ、コレ……?」
「大きな……風車……?」
突如現れた大きな風車のような建物。
「……泥水を、汲み上げているのか……」
異質な建物に、目を丸くする凛。
だが、彰玄は建物から目を離し、女を探す。
「……いた」
探して歩き回る必要もなく、女はすぐに見つかった。
「……女、貴様は此処で何をしている?」
木製の台の上に置かれた大きな桶のような物。
その中へ一心不乱に砂利や石ころを投入している女。
「……?」
振り向いた女と視線が重なる。
「っ……?!」
彰玄の身体に雷が落ちたような衝撃が走る。
心臓の鼓動が早まり、血流が逆巻く。
「(……さっきの……高そうな服を着た、変な人達……?
……んー……駆け落ち中……じゃない?
えっと……水が欲しくて、来たのかな……?)」
女、明葵は困惑し、首を傾げる。
「何を、と申されましても……?
えっと……おっきな桶に、砂利とか、土とかを入れてます……?」
「「(何故、疑問形……?)」」
困ったように答える明葵。
「あ……水も入れます!」
「……そう、か……」
「はい」
要はそれだけかとばかりに、さっさと彰玄達から視線を離して作業を再開する明葵。
「……よいしょっ……!」
「…………」
既に彰玄と凛の存在など忘れたのだろう。
一生懸命に額に玉のような汗をかきながら、明葵は砂利や土を持ち上げる。
「……何なんでしょうね、あの女は……」
「…………」
顔や体が汚れようが。
重たい土や砂利を持ち上げ、掌の豆が潰れたのだろうか?
服など、所々に血が付着した跡もある。
「(……気にくわない。
何故……此方を見ない?)」
目の前に明葵よりも力のある男が二人もいるのに、助けすら求めない。
「っ……ん、しょっ……!」
風車が汲み上げた泥混じりの茶色の水。
ただの水を運ぶよりも余計に細い女の身では重いだろう。
「っ……!」
桶の中に茶色の水を投入する。
空になった桶を下ろし、赤くなった掌に息を吹きかける。
「貸せ」
「み゛っ……?!」
痛々しい掌。
痛みに耐えて桶を持ち上げようとする明葵から、音も無く近付いた彰玄が桶を取り上げた。
「え、えっと……あの、返してください……!」
「アレに水を入れれば良いんだな?」
「そ、そう……です、けど……でも……!」
オロオロと困惑する明葵を無視して、無言で彰玄が水を運ぶ。
「ちょっ、彰玄様っ?!」
「黙ってろ、凛」
余計な事を言うな、とばかりの射殺すような視線。
「あの!
見ず知らずの方に、ご迷惑をお掛けする理由にはいきません!
それに、これは私の役目みたいなもので……」
「見るからに非力な女にさせる作業だ、と?
……そんなに手を荒らし、泥にまみれてまで、女がするようなことでは無い。」
「っ……」
明葵は両手を隠すように背中で握り締める。
「それ、でも……これは、私の役目です。
私は、私の出来ることをしている。
ただ……それだけのことですから。」
唇を噛み締め、真っ直ぐに彰玄を射抜く瞳。
「っ……だが……」
「だが、も有りません。
誰が何と言おうとも、これは私の役目。
手が荒れようとも、泥にまみれようとも、関係ありません」
炎のような強い言葉。
明葵の纏う覇気に、覚悟に気圧された。
「それに……水を待っている人達がいますから。」
纏う空気が緩む。
微かな微笑み。
「水……?
この泥水のことか?」
「いやいや、さすがにこんな泥水は飲めないだろう?」
驚きに目を瞬かせる彰玄と凛。
「……お二人は……水が欲しくて来たのでは無いのですか?」
首を傾げながらも、明葵は泥水を汲み入れた大きな桶の下の方を指差す。
「たぶん……汲み入れた水が、そろそろ出ると思うので見ていてください」
示された先には、小さな穴。
「……泥水を集めても、結局は泥水だろ……え……?」
眉を寄せる凛の言葉が終わらないうちに、チョロチョロと水が零れ落ちてくる。
「これは……」
目を見開いた二人の視線の先。
細い線となって……透明な水が零れ落ちた。
「はぁっ?!
なんでだよっ?!
確かに、この桶には泥水を汲んでたじゃんっ?!」
言葉が崩れるほどに驚いた凛。
「……何故……泥水が真水になった?」
「簡単なことです。
この大きな桶の中に何層にも重ねた砂利や石ころが"濾過"したんです。」
「"濾過"?」
差も当然と言わんばかりの明葵に、彰玄は目を細める。
「大きな桶の底から順に、布類、炭、きめ細かい砂利、小石や砂利、少し大きめの石の順番で重ねます。
そうすると、上から下へ水が流れるときに、汚れや塵を綺麗にしていく。」
大きな桶を上から下へ指差していく。
「だから、泥水の中に混ざった泥だけを除去して透明な水だけが出てくる。
……言葉にすれば、簡単な原理です。」
「その知識は、誰から聞いた?」
当たり前のように話す明葵に、彰玄の視線が突き刺さる。
「……誰、から…………えっ、と……し、親切な……旅の、お姉さんから……?」
「ほう……?
その旅のお姉さんとやらの名前は?」
「せっ……せ、せ……西月さ、ま……?」
「西月様、か」
視線が泳いでいる。
……偽り、か。
「では、お前の名前は?」
「……え、私ですか?
えっと……白 明葵です……?」
「……何故、己の名前なのに疑問形なんだ?」
「聞かれるとは……思わなかったから?」
「…………そうか」
本当に、変な女だ。
「……また、来る」
「え……困ります」
「……困っても、来る」
「もっと、困ります」
「…………気にするな」
「気にします」
「……土産も持って来る」
「知らない人から貰っちゃダメなんですよ」
「…………俺は、彰玄だ。
名前を言ったから、知らない人ではない」
「……誘拐犯の論理だと二番目の兄が言ってました」
「…………」
困惑した明葵の顔に、彰玄は憮然とした表情になる。
「……彰玄様……」
呆れたような凛の声。
「……絶対に、また来る」
絶対に、と念を押して踵を返した彰玄。
「謎です……」
彰玄が霊山に来たがる理由が分からず、明葵は頭を抱えるのだった。




