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この体に流れるのは…②

「魔素…」


「そう。この魔素が、私達の体に流れている。私達は、あらゆる活動、動きにおいてこの魔素を微量に消費し続ける。そして同時にゆっくりと回復していくんだ。」


「………。」


「そして、傷を負えばこの魔素が体から流れ出す。ほかにも、火をおこしたり物を冷やしたり、この家で使っている設備も全て、使用時に個人の魔素を消費する。」


 そう続けるレーン老人の喉からは、変わらず【魔素】による躍動が感じられる。


「そして、回復が追いつかず、一度(ひとたび)魔素が底を尽きれば…その時人は死ぬ。」


 物理的に押し返されたり、振動があるわけでもないのに、そこには確かに【魔素】の気配があった。


「私たちはこの魔素の操作を、生まれたときからある程度無意識に行える。例えば運動、例えば読書、例えば──会話。そういった行動においてほぼ無意識に魔素を使っている。しかし君は…。」


 出来ていない──いうまでもなく老人の目はそう物語っていた。

 つまりこの現代において、人々は【血液】から脱却し、代わりに【魔素】が血液のような役割をしているということなのだろう。


「そして特に会話において、クスノキの言葉には一切魔素がこもっていない。そして私たちは、魔素がこもっていない言葉を言葉と認識することができない。魔素を込めずに言葉を話せる者をそもそも見たことが無いが…。」


「あぁ…そういうことか…。」


 楠木は、連日の努力が一切実らなかった理由を、ついに理解した。

 何年程昔なのかは見当もつかないが、楠木はレーン老人が生きている今の時代より、おそらくはるか前に生まれたか、あるいはそもそも別の世界の人間。いうなれば古代人、異世界人である。

 そんな楠木がどれだけ発音をまねて話しかけたところで、魔素を込めれていない以上、レーン老人に言葉が通じるはずもなかったのだ。


 それどころか楠木は、自分がそもそも魔素を持っていないから会話できないのではないか…と絶望した。

 楠木の生きていた時代に、魔素などという概念は日常生活において一切なかった。

 知らないのではなく、存在しない。だから出来ない。

 そう考えるとすべてが腑に落ちるような気がした。

 つまり、どれだけ努力しても会話ができるようにはならない。

 文字が書けるようになり次第、筆談で貫き通すしかないのか?


「だが、君はこの家の水汲み器や湯沸かし器を使用することができた。あれらは魔素を消費しないと動かない。」


 レーン老人の言葉に、楠木は連日の生活で使用した設備の数々を思い出した。

 手で握っていると、中の水がお湯になるバケツ。

 手で握っていると、自動で滑車が回転し水をくみ上げる井戸。

 いずれも、装置に手で触れている間しか動かなかった。


「なるほど。血液どころか、人類が愛用した【電力】ですら、魔素にとってかわられたのか…。」


 一瞬絶望に沈んだが、レーン老人の言葉で希望を取り戻す。

 なぜ自分も魔素を持っている?疑問が無かったわけではないが、それをいちいち気にしている気分ではない。

 納得と喜びで、思わず素の日本語で声に出してしまったが、レーン老人は特に気に留める様子もない。


「つまり君の体には、魔素が備わってはいる。ただ、使い方を知らないだけということだ。」


 レーン老人は自分の喉から楠木の手を離させ、今度は楠木の手を自分の両手で包み込んだ。


「今からめいっぱい、私の魔素の流れを操作する。その様子だと、魔素自体を感じることはできているはずだ。変動する私の魔素を、両手を通して感じ取り、魔素の流れと操作の感覚を使むんだ。」


 レーン老人は照れ臭そうに「本来これは、母のお腹の中で済ませるはずのものなんだ。」と付け加えた。


「では……──ふっ!」


「おっうわっ!」


 突然の感覚に、思わず楠木は情けない声を上げてしまった。

 レーン老人が全身で力むと同時に、楠木の手を包む老人の手のひらから、先ほどと同じ魔素の気配が拍動する。

 しかしそれは、先ほどの喉で感じた単純な動きではなく、右から左へ、左から右へ、そして今度は全体を包むように回ったり…。

 明らかに操作された動きである。


 同時に楠木は、その流れの操作の仕方を直感で理解した。


「…ああ、凄く身に覚えがある感覚だ…。」


 それは、長時間の正座で痺れた足に、勢いよく血液が流れ込み、しびれが治っていく感覚に近かった。


「あれを、血液とは別の…この魔素で意識的に…。」


 楠木は自然と目を閉じ、その意識を老人に包み込まれた自分の手に集中させた。


「意識的に…流す。魔素を流す……!」


 まもなく「あっ」と、楠木は短く声を漏らした。

 レーン老人はそれを見て小さく口角をあげた。

 楠木は自分の手の中で、レーン老人のものとは違う別の流れを感じた。

 それは楠木が、自身の魔素を初めて意識的に操作した瞬間であった。


「……ああ、こういうことだったんですね。」


 そしてその感覚を忘れる前に、今度は自分の喉に意識を向け、魔素の流れと共に言葉を発する。


「┈┈┈┈!」


 老人は思わずその名を呼んだ。

 楠木の手を包む老人の力が強まる。

 言葉が通じた、楠木がそれを察するのには十分であった。

 思わず、楠木の目には薄く涙が滲んだ。


「ようやく、あなたにお礼が言える。」


 楠木はレーン老人に深々と頭を下げた。


「俺を…助けてくれて、ありがとうございます。」

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