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生きるしかないと言うこと

 窓から差し込む日差しで目が覚める。

 まず第一に、やはり楠木の体に病気由来の不調が見える気配はない。

 しかし原因など考えてもわかるはずがない。

 「何故か病気が治った」と割り切ることにした。


 そして、昨日の晩の醜態を思い出した。

 まだ16とは言え、大の男が人前で泣き疲れて寝てしまったというのは、少々気恥しい。

 しかしその一方で、楠木は昨日ほど絶望していないことに気が付いていた。


 コールドスリープに入る前から「いつ目覚めることになるかは分からない。」と、大山先生は言っていた。

 スリープに入ること自体が、もとより一つの大きな賭けだったのだ。

 全てを捨てて生にしがみつく選択をしたのは、楠木本人だったはずだ。


「…こうも乱暴に土手っ腹をかっさばかれるなんて、さすがに思わなかったなぁ…。」


 まだ少し痛む腹部をそっとさする。

 皮肉にも、その痛みが楠木にある事実を突きつけていた。


「死んでた。」


 死の存在。


「本当はあそこで死んでたんだ。運が良かっただけ。運良く助けられただけだ。」


 恐らくこの世界では、楠木が生きていた時代よりもはるかに死が身近だ。

 たとえ家の中、ベッドの上にいても、その推察は楠木をぶるっと震わせた。


 そもそもコールドスリープをしていなければ、間違いなく末期ガンで死んでいた。

 あのまま施設に残る選択をしていたら、恐らく野垂れ死んでいた。

 何となく腹に巻いた服がなければ、あの黒い兎の尖ったつのは、命に届いていた。


 今生きているのは、まさに偶然の積み重ねに過ぎない。


「──死ねない。」


 ベッドから降り、床を踏みしめる。腹は痛むが体は動く。

 楠木は「生きる」という覚悟を胸に、ゆっくりと立ち上がった。



 * * * *



 楠木はまず、周囲を軽く探索することにした。

 寝込んでいたせいでわからなかったが、この家はそこまで大きくない。

 1LDKと言うやつだ、おそらく一人暮らしなのだろう。

 部屋をぬけ、家の外に出る。

 外では、ご老人が畑作業をしていた。

 どうやらご老人は農家らしい。


「おはようございます」


 伝わるかは分からないが、ご老人に聞こえるよう声を張り、軽く頭を下げた。

 こちらに気がついたご老人は、少し驚いた表情をしたが、すぐさま立派な髭をグイッと上げ、朗らかな笑顔でこちらに手を振った。

 そして、先程までふるっていた鍬を置き、こちらに走りよってきた。

 外見の年齢に対して非常にアクティブな人であると、楠木は感心した。


「レー*・**ナー。」


「え?」


「レーン・ライナー」


 老人は、おもむろに自分を指さしながら、そう繰り返した。

 楠木は「レーンライナーという人なのか」と理解した。

 そして楠木も、自分を指さしながら。


「楠木、クスノキ・アオイ」


 と繰り返した。


「クスノキ、クスノキ。」


 伝わったらしく、ご老人──レーン・ライナーも心得たというように頷いた。


 その後、楠木も何かを手伝おうと身振り手振りで伝えたのだが、結局レーン老人に家に押し込まれてしまい、傷が治るまで療養することになった。

 「そりゃまあ手当したのに悪化されても困るか」と、楠木も冷静に考えて納得する。


 しばらくして、作業がひと段落着いたらしいレーン老人が、汗を拭きながら家に戻ってきた。


「ち***待っ***い。」


 レーン老人はそう言い残し、棚をあさって何かを探し始めた。


「た****残**い****ま**っ***だ***。」


「え?あれ?」


 楠木は不思議なことに気がついた。

 耳が慣れたと言うべきか、本来意味も分からないはずのレーン老人の言葉が、まるで断片的な日本語のように聞こえることがあるのだ。

 そうこうしているうちに、レーン老人は大小数冊の本を手に抱えて再び戻ってきた。

 それらの本をテーブルに置き、楠木に手招きをする。

 そして、一冊の本を開いて見せてきた。


 どうやら、これらの本を読めということらしい。


「うーん…でも俺この様子だと文字の読み書きなんて絶望的ですよ。」


 伝わらないとは分かりつつ、申し訳なさそうに本のページを覗き込む。


「えっ……これ」


 それは、日本語で書かれた本であった。

 というよりは、所々日本語らしき雰囲気を本文から感じるのだ。


 レーン老人は、ページの一行を指さし、こう続けた。


「女の**、森*中***って*る*中、髪***落と***い**た。」


「え?ん?」


「女の*は、森の中**走って帰る*中、髪***落とし**いました。」


 楠木は自分の耳を疑った。

 言葉として認識できる範囲が広がっているのだ。

 レーン老人はページをめくり、また違う文章を読み上げた。


「ク****髪飾り*傷***ようそっ**い上*、****女の**呼び止***た。」


 全体の意味が理解できるほどでは無いが、楠木はレーン老人の言葉が日本語のようであるとはっきり認識出来た。

 今レーン老人が読んでいるのは、絵こそなけれど、恐らく童話や絵本の部類であった。


「ひ***、会話**きん***だ。***るま***本で**勉****な**。」


 そういうと、レーン老人は再び家を出て農作業に戻って行った。

 部屋には、楠木と数冊の本が残された。

 しばらくは、傷が治るのを待ちながら、この本で勉強しろと言うことらしかった。


 まず、一番上にある本を一冊手に取り、表紙をめくってそっとページを摘まむ。

 手に伝わる紙の感触は、楠木が知っている綺麗に整えられたものとは大きく異なる。

 それは、ざらざらとした荒削りの紙であった。



 * * * *



 日差しも穏やかになり、窓の外には、地平線に沈みかけた綺麗な夕日が森を照らしているのが見える。

 実際楠木は、果てしない時間が経っただけでここが変わらず日本なのか、それとも眠ったあと国外に移動させられたのか、はたまた突拍子もない話だが、異世界にでも来てしまったのか、未だに掴めずにいた。

 しかし手元にある書物は、恐らく原型の言語が間違いなく日本語かそれに限りなく近いものなのであろう。

 日が沈むまでの今までの時間、楠木は一人で渡された書物を読み込んでいた。

 

 今楠木の手にあるのは、恐らく植物図鑑らしきものであった。

 むしろ、レーン老人が農夫をやっていることから、農業に纏わる指南書のような物なのかもしれない。

 とは言っても、文章の意味はいまだにやんわりとしか理解できていない。

 雰囲気と図や絵から内容を推察するしか無い状態であった。


 「仮に漢字が衰退したのだとして…。もしそうだとしたら、ただ果てしない時間が経っただけじゃなくて、漢字が衰退せざるおえない程、一般教育に影響が出るような出来事でもあったのか…?」


 せめて歴史書のようなものがあれば…と、楠木は歯がゆい思いで手元の書物を閉じた。


 そもそもだが、間違いなく文明単位で技術力が落ちている。

 時折、楠木は家の中を歩き回り、どのような生活をしているのかを眺めていた。

 まずおおよそ【機械】と呼べるものはひとつも無い。

 テレビやスマホといったものは以ての外、冷蔵庫や電子レンジなどの生活必需品と言える物もない。

 下手すると、電力で物を動かすという技術自体が失われてしまったのだろうか。


 ────カチャッ


 家の扉が開かれる。すぐに、人影が姿を表した。

 おそらく今日一日の仕事が終わり、良い汗をかいてきたであろうレーン老人であった。


「クスノキ、調子**う**。」


 相変わらず気さくに話しかけてくるが、やはり楠木に言葉の意味は分からない。

 とは言え、ニュアンスのようなものは何となく伝わる。

 今のは「調子はどうか」とでも言っているのであろう。

 楠木はテーブルの上の本とレーン老人を交互に見、肩を竦めて困った顔をして見せた。


「ハハハ、*う簡***い***。」


 レーン老人は朗らかに笑ってみせた。


 その後、楠木はレーン老人に連れられて、家の外に向かった。

 着替えの置き場所や、食材の置き場所など、生活をする上で最低限の諸々の設備の案内だった。

 その過程で楠木は「むしろ異世界に来てしまったのか?」と、自分の推察を全て疑うことになった。


 家の外には、お湯を作る設備があり、それを簡易的な温水シャワーとして運用している。

 また、厨房と思わしき場所には、ガスコンロに似て異なる加熱用の設備まであった。

 さらに、簡素なつくりではあるが、水流を発生させて排泄物を処理する水洗トイレのようなものまで備わっていた。


 それら全てをレーン老人は、特定の場所にしばらく手をかざすだけで可動させて見せたのだ。

 電力の配線などは見える場所にはない。

 つまりなにか別の力で動いているのだ。

 楠木は魔法でも見せられたかのような面持ちであった。


 しかし同時に「お湯で体を洗える!」という喜びで、そこら辺の摩訶不思議な要素は、最早割とどうでも良いとすら思ってしまっていた。

 なぜなら楠木は、昨日から風呂に入っておらず、既にかなりの不快感を覚えていたからだ。


 楠木はレーン老人に教えて貰いながら温水シャワー(?)を使い、体の汚れを綺麗さっぱり洗い流した。

 あの施設にあったボロボロの服を着回す訳には行かず、着替えもレーンご老人のものを借りることになった。



 * * * * 


 箱のようなものの中に、先ほどまで使っていた食器を入れる。

 今日のレーン老人の振る舞ってくれた料理も、非常に美味なものであった。


(文明は退化しても、料理のクオリティはさほど落ちているようには見えない…。)

(妙なところで発展しているのは何か理由があるのか…?)


 食器を入れた箱のふちに手をかざす。

 ザラザラとした木材の触感を感じる暇もなく、箱がわずかに震え、内側に水があふれ出す。

 これもまた、なぜか配線も水道管も通っていないのに動く謎の設備の一つであった。

 水に浸かってゆく食器を眺めながら、楠木は思案にふけった。


(出てくる水に限界があるようには見えないし、まるで水道蛇口付のシンクだ。)

(木製だということを除いたら、持ち運びできる分むしろ俺が知ってるキッチンより便利だな…。)


 今日一日で目の当たりにした生活様式を、順々に思い出す。

 それは、家の作りや環境といった見かけによらず、非常に整ったものであった。


(改めて考えると、これはただ文明が退化したというより────)


 ガチャッと音を立てて扉が開かれる。扉の先にいたのは、レーン老人であった。

 右手には、一冊の本が握られている。

 それは昼間楠木が読んでいたものの一つ、確か絵本に近い物であった。

 レーン老人は楠木を一瞥すると、手招きをしてテーブルに着くように促した。


 結論から言えば、レーン老人は楠木に本の読み聞かせをしに来ていた。


 自力で読んで学ぶのは難しいと判断しての、レーン老人の気遣いだった。

 あるいは、レーン老人本人も、早く楠木に話せるようになって欲しかったのだろう。


(高校生になって読み聞かせをして貰えるとは思わなかったな。)


 少し気恥しいが、悪い気分ではなかった。

おはようございます(8:02)月猫です。第4話です。

ほぼ毎話、こうやってあとがき書いてますが、もしかして若干うっとおしい…?

こういう作者の自我が出るところで、読者の気分を害していないかが非常に不安になります。

何はともあれ、ブクマや感想など、気が向いたら是非お願いします。

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