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討伐対象の聖女様が可愛すぎるので、とりあえず勇者パーティごと魔王城に招待しました  作者: ledled


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第三話 揺れる心と、勇者の本性

魔王城での奇妙な“賓客”としての生活は、いつしかリリアンヌの日常となっていた。

ゼノによる過剰で、どこかズレたおもてなしは相変わらずだったが、リリアンヌはもうそれを呆れて受け流すことしかしなくなっていた。

最近では、食事や散策の時間に、ゼノと対話をする機会が増えていた。


「魔王とは、ただ力が強いだけでは務まらない。何万という魔族の生活を背負い、その未来を示す道標でなければならないのだ」


ある日、城の書庫で、ゼノはそう静かに語った。そこは、天井まで届く本棚に、人間界では失われた古代の文献や歴史書がびっしりと並ぶ、知の宝庫だった。


「私は人間を憎んではいない。だが、過去には何度も人間側からこの魔界へ侵略が仕掛けられた。彼らは我々の土地を、資源を、そして命を奪っていった。その度に、魔王は民を守るために立ち上がらねばならなかったのだ」


彼の言葉は、リリアンヌが神殿で教えられてきた歴史とは全く違うものだった。

世界は、単純な善と悪で二分されているわけではない。人間にも、魔族にも、それぞれの正義と、守るべきものがある。その当たり前の事実を、彼女は敵であるはずの魔王から教えられていた。


「ゼノ様は……なぜ、魔王になったのですか?」


ふと、リリアンヌはそんな疑問を口にしていた。自分でも無意識のうちに、彼の名前を呼んでいたことに気づき、顔が熱くなる。

ゼノは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに嬉しそうな、それでいて少し寂しげな笑みを浮かべた。


「俺は、生まれつき力が強すぎた。それだけだ。先代が寿命で亡くなった時、俺以外にこの多様な魔族たちをまとめられる者がいなかった。ただ、それだけの理由で、俺は魔王になった」


その横顔には、最強の魔王という威厳ではなく、重すぎる宿命を背負った一人の男としての苦悩が滲んでいた。

リリアンヌは、自分の胸が小さく痛むのを感じた。


「もし君が望むなら、私は人間との和平に全力を尽くそう。だが、それには君という光が、私の隣で道を照らしてくれる必要がある。これは取引ではない。俺個人の、切なる願いだ」


その言葉は、いつものキザな口説き文句とは全く違っていた。彼の魂からの、偽りのない叫びのようにリリアンヌの胸に深く、深く響いた。

聖女としての役割ではなく、ただ一人の女性として、この人の隣にいる未来を、想像してしまった。

その考えに、リリアンヌは自ら愕然とする。自分は何を考えているのか。彼は人類の敵なのだ。


そんな葛藤を抱えたまま過ごしていた、ある夜のことだった。

いつものように、ゼノが用意した夜空の見えるテラスで、二人きりで夜食をとっていた時、事件は起こった。


「魔王様! 人間の小娘一人にうつつを抜かし、いつまでこのような茶番を続けられるおつもりか!」


突如、空間を裂くようにして現れたのは、牛のような角を持つ屈強な魔族だった。古参の幹部の一人、名をボルガという。彼は、ゼノのやり方に最も強く反発していた保守派の筆頭だった。


「ボルガか。無粋な真似はよせ。客人の前だぞ」


ゼノが冷たく言い放つが、ボルガの目は血走っていた。


「もはや我慢なりませぬ! その女さえいなければ、魔王様も正気に戻られるはず! 全ては魔王様のため!」


ボルガは雄叫びを上げると、その巨大な爪をリリアンヌに向けて振り下ろした。あまりの出来事に、リリアンヌは声も出せずに立ち尽くす。

死を覚悟した、その瞬間。


「―――ッ!」


ゼノが、瞬きする間にリリアンヌの前に回り込み、彼女を抱きしめるようにして庇っていた。

ガギン、と金属同士がぶつかるような硬い音。

ボルガの爪は、ゼノが咄嗟に展開した魔力障壁に阻まれていた。しかし、障壁を展開するよりも早く、ボルガの爪の一部がゼノの左腕を深く切り裂いていた。

漆黒の衣服が破れ、鮮血が夜の闇に飛び散る。


「愚か者が……!」


ゼノの深紅の瞳が、怒りで燃え上がった。彼が右手をかざすと、ボルガは見えない力に締め上げられ、苦悶の表情を浮かべてその場に崩れ落ちる。


「ゼ、ゼノ様……!」


リリアンヌは、考えるより先に駆け寄っていた。

彼の腕からは、夥しい量の血が流れ落ちている。傷は深く、骨にまで達しているように見えた。

どうしよう。聖魔法を。でも、相手は魔王。人類の敵。癒してはいけない。

頭ではそう理解しているのに、リリアンヌの体は勝手に動いていた。


彼女は、震える手でゼノの傷口にそっと触れる。

そして、祈った。どうか、この傷が癒えますように、と。

彼女の手のひらから、暖かく、そして清らかな光が溢れ出す。聖なる力が、魔王の体を蝕むのではなく、優しくその傷を包み込み、塞いでいく。

魔族であるゼノの体にとって、聖魔法は本来、毒にも等しいはずだった。だが、リリアンヌの純粋な「癒したい」という祈りは、属性の壁すらも越えてしまった。


みるみるうちに傷口は塞がり、元の滑らかな肌に戻っていく。

敵であるはずの魔王を、自らの意志で、全力で癒してしまった。

その事実に、リリアンヌは激しく動揺した。


「なぜ……俺を?」


戸惑うゼノの声が、すぐ近くで聞こえる。

彼もまた、自分が聖女に癒されたという事実に混乱しているようだった。

なぜ?

そんなの、私にもわからない。

でも。


「わかりません……」


リリアンヌの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

これは恐怖の涙ではない。安堵と、そして自分でも整理のつかない感情からくる涙だった。


「でも、あなたが傷つくのを見たくなかった……ただ、それだけです」


その言葉は、リリアンヌの本心だった。

理屈じゃない。聖女としての役割でも、義務でもない。ただ、目の前のこの人が傷つくのが、たまらなく嫌だったのだ。

その瞬間、ゼノとリリアンヌの間を隔てていた、最後の見えない壁が、音を立てて崩れ去った気がした。

ゼノは、驚きに目を見開いたまま、何も言えずにリリアンヌを見つめている。


しかし。

その甘く、切ない雰囲気を、無慈悲にぶち壊す者がいた。


「よくも……よくも俺のリリアンヌの前でイチャつきやがって!!」


物陰から、嫉妬と憎悪に歪んだ顔の勇者ユウトが飛び出してきた。彼は、いつの間にか自室の拘束を抜け出し、この一部始終を盗み見ていたのだ。

その手には、禍々しい紫色の光を放つ、不気味な宝玉が握られていた。それは、ゼノの書庫からこっそり盗み出した、魔力を強制的に増幅させる代わりに、使用者の精神を破壊し、暴走させるという禁断のアーティファクトだった。


「リリアンヌは俺のだ! 魔王なんかに渡すかよ!」


嫉妬に狂ったユウトは、躊躇なくその宝玉を自らの胸に押し当てた。


「ぐあああああああっ!」


凄まじい魔力がユウトの体を駆け巡り、彼の体は見る見るうちに醜く膨れ上がっていく。理性など、もはやどこにも残っていない。


「死ねええええええ、魔王おおおおおお!」


暴走した魔力の塊となって、ユウトはゼノに襲い掛かった。だが、素人が扱える代物ではない。その力は完全に制御を失い、標的であるゼノだけでなく、そのすぐそばにいるリリアンヌをも巻き込もうと、巨大な破壊の奔流となって迫る。


「危ない!」


ゼノの声が響く。

だが、リリアンヌはあまりの恐怖に、その場から一歩も動けなかった。

もうダメだ。死ぬ。


そう思った瞬間、ふわりと体が浮き、力強い腕に抱き寄せられた。

ゼノだった。

彼は、リリアンヌを背中に庇うようにして、その前に立ちはだかった。

そして、たった一人で、その身を盾にして、暴走した魔力の奔流を真正面から受け止めた。


「リリアンヌッ!」


最後に聞こえたのは、自分の名を叫ぶ、彼の悲痛な声。

直後、世界が真っ白な光と、全てを薙ぎ払う轟音に包まれた。

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