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討伐対象の聖女様が可愛すぎるので、とりあえず勇者パーティごと魔王城に招待しました  作者: ledled


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第一話 プロローグ ~魔王、運命(聖女様)に出会う~

退屈だ。


途方もないほどの、退屈。

それが、魔王ゼノ・アークライトがここ数百年、抱き続けている唯一の感情だった。


黒曜石を磨き上げた広大な玉座の間。天井からは魔水晶のシャンデリアが妖しい紫の光を放ち、静寂だけが満ちている。この魔王城の絶対君主たるゼノは、肘掛けに頬杖をつき、長すぎる時を持て余していた。

腰まで流れる漆黒の髪は闇よりも深く、その切れ長の瞳は燃える溶岩のような深紅。神が悪意をもって作り上げたとしか思えぬほど整った顔立ちは、しかし、今は完璧な無表情を浮かべている。


「また、来たか」


ぽつりと漏れた声は、誰に聞かせるでもなく空間に溶けた。

城の最下層に仕掛けた結界が、微かに揺れた。招かれざる客の到来を告げる、聞き慣れた振動だ。

人間たちが「勇者」と祭り上げた憐れな生贄。数十年から百年に一度、律儀にこの城の門を叩く。彼らは口々に正義を叫び、世界平和を謳い、そして例外なく、この玉座の間で塵と化してきた。

もはや、それはゼノにとって作業でしかない。呼吸をするのと同じくらい、自然で、何の感慨も湧かない行為。


「さて、今回はどのような趣向で余を楽しませてくれるのか」


気だるげに立ち上がる。その指先には、戯れに作り出した小さな闇の球体が浮かんでいた。これを弾くだけで、大抵の勇者一行は蒸発する。

ああ、少しは歯ごたえがあるといいのだが。

そんな、あり得ないとわかっている期待を胸に、ゼノはゆっくりと玉座の間の中央へと歩を進めた。


やがて、遠くで轟音が響き、頑強なはずの城門が破られる音が聞こえてくる。側近の魔族たちが慌ただしく動く気配がするが、ゼノは「下がっていろ」と念話一つで黙らせた。

余興の邪魔は無用だ。どうせ、この玉座の間までたどり着けるのは、選ばれた「主役」たちだけなのだから。


罠をくぐり抜け、雑兵を蹴散らし、幹部格の魔族を辛うじて退け……。

ゼノが再び玉座に腰を下ろしてから、体感にして一時間ほど経った頃だろうか。

ついに、観音開きの巨大な扉が、内側から荒々しく蹴破られた。


「見つけたぞ、魔王!」


耳障りな甲高い声と共に、四人の人影がなだれ込んでくる。

先頭に立つのは、安っぽい金メッキの鎧をまとった少年。平凡な茶髪に、取り立てて特徴のない顔。ただ、その目だけがぎらぎらとした欲望と万能感に満ち溢れていた。あれが今回の勇者か。見た目も、放つ雰囲気も、過去の勇者たちと大差ない。凡庸だ。


「我こそは、神に選ばれし勇者ユウト! 貴様の悪逆非道も今日までだ! この聖剣の錆にしてくれる!」


勇者ユウトと名乗った少年が、これみよがしに腰の剣を抜き放ち、紋切り型の口上を述べる。ゼノは欠伸を噛み殺しながら、その姿をぼんやりと眺めていた。

彼の後ろには、いかにもといった風情の屈強な戦士と、ずる賢そうな顔つきの魔法使いが控えている。手慣れたパーティ構成だ。

ゼノの興味は、すでに失せかけていた。早く終わらせて、また退屈な眠りに戻ろう。そう思った、その時だった。


四人目の人物が、静かに一歩前に出た。

その瞬間、玉座の間の空気が変わった。魔水晶の妖しい光が、その人物に吸い寄せられるように集い、神々しい後光となって輝き出す。


光を編み込んだかのような、柔らかなプラチナブロンドの髪。

穢れを知らぬ純白の聖女服に包まれた、華奢な肢体。

そして、何よりも――澄み切った大空をそのまま閉じ込めたかのような、青い瞳。


少女だった。年の頃は十七、八だろうか。

肌は抜けるように白く、唇は花弁のように瑞々しい。ゼノが五百年以上の生の中で見てきたどんな宝石よりも、どんな芸術品よりも、その存在は圧倒的に美しかった。

だが、ゼノの心を射抜いたのは、単なる美貌ではなかった。

その空色の瞳の奥に、深く、静かに沈殿している憂いの色。諦観にも似た、儚い翳り。まるで、世界の悲しみを一身に背負っているかのような、その表情。


――ドクン。


止まっていたはずの心臓が、大きく脈打った。

五百年間、凍り付いていた何かが、音を立てて砕け散る。

時間の流れが、彼女以外の全てを置き去りにして、無限に引き延ばされる感覚。

これが、そうか。

古代の文献で幾度となく読んだ、詩人たちがこぞって謳い上げた、あの陳腐で滑稽な感情。


「―――ッ!」


声にならない衝撃が、全身を駆け巡った。

魔王ゼノ・アークライトは、生まれて初めて、恋に落ちた。


「おい、聞いているのか魔王! 俺様を無視するとはいい度胸だ!」


勇者ユウトの癇に障る声で、ゼノは我に返る。視界の端で、勇者が何か喚いている。どうでもいい。今のゼノにとって、世界の中心はただ一人。勇者の後ろに立つ、あの聖女だけだった。


「リリアンヌ、奴の魔力を封じる! 回復と補助を頼む!」


リリアンヌ。それが彼女の名前か。なんと美しい響きだろう。


勇者の号令に、リリアンヌと呼ばれた聖女はこくりと頷き、胸の前で手を組んだ。その姿すら、一枚の絵画のようだ。

勇者が突撃の体勢に入る。足元に魔法陣が浮かび、剣に光が宿る。転生者特有の、借り物のスキルというやつか。見飽きた光景だ。


「喰らえええええ! 俺の必殺! ホーリー・エクスカリバー・スラッシュ!!」


ダサい名前だな、とゼノは心の中で毒づいた。

そして、自分に向かってくる勇者を――完全に無視して――ただ、聖女リリアンヌだけを見つめた。

彼女が、傷つくかもしれない。

その考えが脳裏をよぎった瞬間、ゼノの思考は氷のように冴え渡った。


パチン。


ゼノが、ただ右手の指を軽く鳴らした。

たったそれだけ。

次の瞬間、凄まじい重力が玉座の間を支配した。

勇者ユウトが叫びながら放とうとした光の斬撃は、発生する前に霧散し、彼自身も「ぐえっ」というカエルのような声を上げて床に突っ伏した。戦士も、魔法使いも、同じように身動き一つできず、床に縫い付けられている。


「な……んだ……これ……から、だが……動か、な……」


勇者が呻くが、指一本動かすことも叶わないだろう。ゼノが作り出したのは、一個人にのみ作用する超高密度の重力牢獄。歴代の勇者たちが、為す術もなく敗れ去った絶対の力だ。

しかし、その重力は、聖女リリアンヌにだけは届いていなかった。

絶対的な静寂の中、彼女だけが、何が起きたのかわからずに呆然と立ち尽くしている。その空色の瞳が、驚愕に見開かれていた。


ゆっくりと、ゼノは玉座から立ち上がる。

カツリ、カツリと、彼の靴音だけが広大な空間に響き渡る。

目の前の惨状に怯え、後ずさろうとするリリアンヌ。だが、恐怖に足がすくんで動けないようだ。

ゼノは彼女の前まで歩み寄ると、その美しい顔を傷つけないように、怖がらせないように、細心の注意を払いながら――恭しく、片膝をついた。


魔王が、聖女の前に跪く。

常識ではありえない光景に、リリアンヌの息を呑む気配が伝わってきた。


ゼノは、必死に頭を働かせていた。

どうすればいい? こういう時、どうすれば彼女の心を得られる?

文献によれば、まずは己の想いを真摯に伝えるべきだとあった。そして、自らの力を誇示し、彼女を守れる男であることを示すのが定石だとも。よし、それだ。


顔を上げ、ゼノはリリアンヌの瞳をまっすぐに見つめた。緊張で、喉が少し乾く。こんな感覚は初めてだった。


「我が運命の女神よ」


まず、呼びかけは完璧だ。文献通り。

ゼノは、練習したこともないような、自分でも驚くほど甘く、熱のこもった声で続けた。


「その天空の如き瞳に、我が魂は撃ち抜かれた。このゼノ・アークライト、生まれて初めて、焦がれるという感情を知った」


リリアンヌの顔が、困惑に染まっていく。いいぞ、手応えがある。


「どうか、俺の妃になってはくれないだろうか」


渾身のプロポーズ。そして、ダメ押しの一言を添えなければ。彼女が断れないだけの、最高のメリットを提示するのだ。


「そうすれば、貴女が愛する人類の存続を、この俺が約束しよう」


完璧だ。これ以上ないほどの、甘い囁きと、王としての度量を示した提案。

これで彼女は感激し、「まあ、魔王様!」と俺の胸に飛び込んでくるに違いない。文献にはそう書いてあった。


しかし。

数秒の沈黙の後、リリアンヌの美しい顔は、困惑から恐怖へ、そして最後にはカッと赤く染まり、怒りの色へと変わった。


「ふ、ふざけないで!」


凛とした、しかし震えを帯びた声が玉座の間に響き渡る。

ゼノの予想とは、百八十度違う反応だった。


「な、何を……馬鹿なことを……! 人類の敵であるあなたが……! そのような戯言で、私を誑かそうなど……!」


彼女は目に涙を浮かべ、唇をきつく結んでいる。恐怖と、侮辱されたことへの怒りと、そして聖女としての矜持が、彼女にそう叫ばせていた。

文献と違う……なぜだ?


真っ向からの拒絶。だが、ゼノは不思議と落胆しなかった。

むしろ、恐怖に震えながらも、毅然として自分を睨みつけてくるその気丈な姿に、彼の心臓はさらに激しく高鳴った。

なんと健気で、なんと気高い魂。

ああ、やはり、俺の目に狂いはなかった。この女性こそ、俺の唯一無二の運命。


「……そうか。そう、だな」


ゼノはゆっくりと立ち上がった。

無理強いは良くない、と文献にもあった。まずは相手に自分を理解させ、信頼を得ることが肝要だ。ならば、方法は一つしかない。


「君が俺を信用できないのも無理はない。言葉だけでは、想いは伝わらぬものだろう」


ゼノは、どこか楽しげに、そして絶対者の笑みを浮かべて宣言した。


「ならば仕方あるまい。君が俺という男を理解し、その愛を、その運命を受け入れるまで――この魔王城で、過ごしてもらうことにしよう」


「え……?」


「心配は無用だ。君は討伐対象ではなく、俺が生涯をかけて愛を誓った女性なのだから。今日から君は、この城の『賓客』だ」


そう言って、ゼノは床に突っ伏している勇者たちを一瞥した。


「もちろん、君の大事な『お仲間』も、一緒にな」


これは脅しではない。ただ、彼女が寂しくないようにという、精一杯の配慮のつもりだった。

リリアンヌの顔から、さっと血の気が引いていく。

その絶望に染まった表情すら、ゼノの目にはこの世の何よりも愛おしく映っていた。


こうして、歴代最強と謳われた魔王による、人類の聖女を相手にした、壮大かつ不器用極まりない求愛作戦の火蓋が、今、切って落とされたのである。

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