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前世歴女な後宮の姫は、こっそり軍師になる~誰からも忘れられた病弱皇女の密かなる献策が、傾国の危機を救うまで~  作者: ヲワ・おわり
第3章:机上の戦争

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朝議は踊る

 壮麗だがどこか退廃的な空気が漂う宮殿の大広間「太極殿たいきょくでん」。

 国の行く末を決める最高会議「朝議ちょうぎ」が開かれている。

 しかしそれはもはや国を良くするための議論の場ではない。各派閥が自分たちの利益を主張し、責任をなすりつけ合うだけの「劇場」と化していた。


 玉座に座る皇帝は病にやつれ、その目は虚ろだ。

 北方の連戦連敗を受け議場は重い空気に包まれている。


 その中で宰相がさも珍しいもののように一枚の巻物を取り出した。

「陛下。先日宮中でこのような『拾い物』がございましてな」

 巻物を宰相に届けたのは王皓月だ。彼は宰相が今、責任を押し付けられる何か新しい材料を探していることを見抜き、「これは宰相閣下の人気取りに使えるかもしれませんぞ」と彼の自尊心をくすぐる形で渡していた。


 宰相が献策書の内容を読み上げると場内から失笑が漏れる。


「兵站だと? 馬鹿馬鹿しい! 兵糧なぞ敵の村から奪えばよかろう! 戦とは勇気と兵の数で決まるのだ!」

 武官のトップである大将軍が、真っ赤な顔で怒鳴った。

「そもそもこのような差出人も分からぬ落書きを国政の場で議論すること自体が帝国の恥だ。即刻燃やしてしまえ」

 第一皇子・李誠が、退屈そうに扇子を揺らしながら吐き捨てる。

「全くですな」「素人の戯言」と他の貴族たちも同調した。


 彼らが兵站を軽視するのはそれが地味で手柄が見えにくい仕事だから。

 そして前線で飢える兵士たちの苦しみを自分たちのこととして全く想像できていないからだ。この国の指導者層がいかに現場から乖離し腐敗しているかを、彼らの言動が浮き彫りにしていた。


 皆が嘲笑する中、宰相だけは一人冷静に計算を働かせていた。


(この策…もし万が一にも成功すればこれを拾い上げ実行させた私の手柄になる)

(もし失敗しても痛手はない。実行させた部隊とその指揮官に全ての責任を押し付けて切り捨てればよいだけの話)

(どちらに転んでも私に損はない。むしろ今の膠着した状況を動かすための格好の『駒』ではないか)


 宰相はさも国を憂いているかのような神妙な顔つきで皇帝に進言する。

「陛下。藁にもすがりたいのが今の我らの状況。この策、成功の確率は低いやもしれません。しかし試してみる価値はあるかと存じます」


 判断力の鈍った皇帝は、宰相の言葉にまるでそれが唯一の希望であるかのように頷いてしまう。

「…うむ。宰相、そちに任せる…」


 宰相は満足げに頷くと居並ぶ将軍たちを見渡し尋ねた。

「さてこの奇策を実行させる部隊だが…貴重な主力部隊を割くわけにはいかんな。誰か適任の者はいるかな? 失敗してもさして惜しくはない…そういう者が」


 その言葉に大将軍派閥の一人の将軍がにやりと笑いながら答える。

「おりますな。北の辺境で我らの言うことも聞かず独断専行を繰り返す若造が」

「家柄も低く後ろ盾もない。彼ならばこの作戦の『捨て駒』にはまさにおあつらえ向きでしょう」


 その将軍は、吐き捨てるように言った。


「その者の名は――趙子龍(チョウ・シリュウ)と申します」


 「趙子龍」という名が初めて帝国の権力の中枢で口にされた。

 しかしそれは英雄としてではなく、ただの便利な「捨て駒」としてだった。


 少女の憂国の情から生まれた声なき献策は、権力者たちの醜い思惑と計算によって歪められた。

 そして一人の無名な若者の元へと、死刑宣告にも等しい密命として届けられることになったのだ。


 彼らはまだ知らない。

 自分たちが今捨て駒として選んだその男が、そしてその影にいる名もなき軍師が、この腐りきった帝国を根底から揺るがす伝説の始まりになるということを。

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