禁門の誓い
玲蘭は王皓月の先導で皇帝の私的な居住空間へと続く最後の門――「禁門」――の前に立つ。
この門は皇帝自身の許しか皇后の許しなくしては、たとえ皇太子であってもくぐることは国法で固く禁じられている。
無理に突破しようとすればその場で「反逆者」として斬り捨てられても文句は言えない。
まさに玲蘭の覚悟が試される最初の、そして最大の関門だった。
門の前には帝国最強とされる皇帝直属の「禁軍」の衛兵たちが鋼の壁のように立ち塞がっている。
衛兵隊長が一歩前に進み出た。彼は玲蘭に敬意を払って膝をつきながらも、その声は鋼のように冷たく硬い。
「第三皇女殿下。この先へお進みになることは国法により許されておりません。何卒お引き取りを」
玲蘭は彼らを睨みつけたりはしない。
ただ静かに彼らの顔を一人一人見つめる。
彼女には彼らがただ命令に従うだけの無機質な人形ではないことが分かっていた。彼らもまた国を憂い家族を愛する一人の人間なのだと。
玲蘭は権威で彼らを屈服させようとはしない。
彼女は彼らの「心」に直接語りかけた。
「顔を上げなさい、誇り高き帝国の盾たちよ」
「私は国法を破りに来たのではない。この国をそして貴方たちが守るべき貴方たちの家族を救いに来たのです」
彼女の声はか細い。しかし不思議なほどその場の全員の耳にはっきりと届いた。
「今、この国の政治は腐敗し北からは強大な敵が迫っている。貴方たちも薄々気づいているはずだ。このままでは国が滅びると」
「私はそれを止めるための策を持つ唯一の人間だ。しかし私の声はまだ父帝には届かない。だから私はここを通らなくてはならない」
そして彼女は衛兵たちに究極の選択を突きつける。
「貴方たちが守るべきは形骸化した『国法』か? それとも今まさに滅びようとしている『国家』そのものか?」
「もし私を阻むというのならその剣で私を斬りなさい。ただし貴方たちが斬り捨てるのはこの国の最後の希望かもしれないということを忘れるな」
玲蘭の魂からの叫び。
それは命令に忠実なだけの兵士だった彼らの心を激しく揺さぶる。
彼らは目の前のこのか弱い少女が、自分たちよりも遥かにこの国の未来を憂いていることを感じ取ってしまう。
彼らは顔を見合わせその手に握る剣が急に重くなったように感じた。
衛兵たちが動けずにいるその時、後方から甲高い声と共に皇后派の宦官たちが手勢を引き連れて駆けつける。
「何をしておるか! その女は反逆者ぞ! 勅命である、捕らえよ!」
万事休す。玲蘭は静かに目を閉じた。
しかしその瞬間、玲蘭の隣に立つ王皓月が静かに懐から一つの令牌を取り出し高く掲げた。
それは龍の彫刻が施された黄金の「勅命牌」。皇帝が真に信頼する側近にだけ与える、緊急時に限りあらゆる門を開けあらゆる命令を覆すことができる絶対的な権威の証だった。
勅命牌を見た瞬間、皇后派の宦官も衛兵たちもその場に平伏する。
衛兵隊長は震える声で告げた。
「…お通りくださいませ」
重々しい音を立てて禁門が開かれる。
玲蘭は王皓月に一度だけ頷き返すと、その先にある父が待つ部屋へと一歩を踏み出した。
彼女の戦いはもう始まっていた。




